ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

人集め

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 月が変わった。今月末からはエクセンとの間にトンネルを掘る作業に入る。その作業に入る前に、今月中には町としての体裁を整えることを進めたい。

 なんだかんだでドラゴネットの人口は三五〇人ほどだ。村と呼ぶには大きいが、町と呼べるほどかというと微妙なところだ。できれば以前くらいの人数がいる方が賑やかでいいだろう。それに今のままだといずれは色々な問題が出る。俺の生活はひとまず置いておいて、まず何よりも職人がいないことが一番の問題だ。

 ハイデにもきちんとした職人はいなかったわけだが、物は近くの町まで出かけて買うことができた。あるいは俺や父が王都でまとめて買ってくることもあった。鍋や包丁などはそれほど頻繁に必要に買い換えるものでもないので、そろそろ限界だと思ったときに買えばいいだけの話だ。だが今は買える場所すらない。

 トンネルが開通して商人が来るまでは必要なものが何も手に入らない。ちょっとしたものなら山を越えてエクセンでも買えるとは思うが、まだ繋がっていない。それまではやはり俺がカレンに王都まで運んでもらってまとめて買っておくという方法しかないだろう。後々のことを考えれば、どうしてもドラゴネットの中で必要なものは作る必要が出てくる。

「今日は王都に買い出しに行って、ついでに移住してくれるような職人を探してくる。鍛冶ができる職人がいないといざというときに困ることになるからな」
「それならゲルトさんに聞けば教えてくれるかもしれません」
「ゲルト……ゲルト……ああ、あの親父さんか」
「おそらくその人ですね。教会の修繕が必要になったときにも職人の方を手配してくれました」

 貧民街スラムの近くで何でも屋をやっているドワーフの親父さんだ。あの人自身も職人で手先は器用だそうだが、人を使うのが上手い上に、あのあたりではかなり顔が利く。俺が聞いて回るよりもいいだろう。

 エルザと一緒にカレンに王都の屋敷まで送ってもらい、エルザは屋敷と教会の見回り、俺はゲルトさんに会いに行くことにした。

「じゃあ、明日また来るから、お二人でごゆっくり」
「ああ、ありがとう」
「カレンさん、ありがとうございます」

 この屋敷から貧民街スラムまでは五分とかからない。なかなかの立地だ。もっとも俺としては貴族同士の面倒な付き合いがなかったから、これはこれでありがたかったが。



 屋敷と教会のことはエルザに任せて。貧民街スラムとの境目あたりを歩く。俺はこのあたりはそれほど不案内ではないない。エルザと一緒に歩いたことは何度もある。金を配って歩くだけの余裕はなかったが、エルザに食材を渡して炊き出しをさせたこともある。俺の顔を覚えている者もいるだろう。

 チャラチャラした貴族服を着ていれば目立つことこの上ないが、今着ているのは少し上等な平民の服くらいだ。まあ地味だな。

「ゲルトさん、いるか?」
「おお、あんたは……エルザの嬢ちゃんと将来を約束しているという貴族様でしたな」
「…………まあ大きく間違ってはいないが……」

 あいつはどこで誰にどこまで話をしてたんだ? もう今さらだが、これも根回しか?

「一応名前を覚えておいてくれ。今度ノルト男爵になったエルマー・アーレントだ。ゲルトさんに人を紹介してもらいたい」
「エルマー様ですな。人ですか。どのような人を?」
「その前にまず、この国の一番北にある『北の荒野』とか『死の大地』とか呼ばれている土地は知っているか?」
「ワシでも名前くらいは。詳しくは知りませんな。そこに関係があると?」
「ああ、先日その土地を与えられて領主になった。ノルト男爵領という新しい貴族領だ。領民たちも元の場所からさっそく移住して、すでに町を作り始めているんだが、とにかく職人がいない。元が田舎の領民たちだから家を建てるのは得意なんだが、鍛冶や他のことできる職人がいない。だから移住してもいいという職人を探している」

 田舎だから家を建てるのが得意というのもおかしな話だが、「クルトの家が傾いたから建て替える」とか、「カールが結婚するから家をきれいにする」とか、そのようなことがあれば近隣住民が総出で家を建てる。元々は何もないところに町を作ったわけだから、家も自分たちで建てるしかなかった、というのが一番の理由だ。

 だが家を建てるのと鍋を作るのは全く違う。鍛冶をするには炉が必要だ。それに鉄もたくさん必要になる。ハイデには鉄はなかったし、鍛冶師もいなかった。俺は土や石を扱うのは得意だが、さすがに鉄は無理だ。

「条件はどうなりますか?」
「年齢や性別、種族などには一切制限はない。真面目に働いて他の住民たちと揉め事を起こさなければそれでいい。移住希望者は人数に関係なく全員受け入れるつもりだ。家と工房はまだないが土地はあるから、来てくれるなら全員に用意する。麦や芋などは当面は配るので、食べていくことについても心配する必要はない」
「なかなか豪勢ですな」
「最初から手の内をさらすようだが、こちらには何もないからな。当面はこちらの求めるものを作ってもらうことになるが、落ち着いたら好きに任せることになる。特に鍛冶などができる人がいてくれれば助かる」

 俺は腹芸は得意ではないし、こういうのは最初からはっきりと条件を言っておいた方がいい。

「このあたりには腕はいいのに職にあぶれている者がたくさんいます。心当たりはいくらでもいるのですが……」
「移住してくれるかどうかは分からないと」
「そういうことですな。念のために聞きますが、もう移住は完了しているということでよろしいので?」
「ああ。荒野だの何だのと言われているが、単にこれまで人が住んでいなかっただけの土地で、川も森もある普通の土地だ。移住は終わって家も建て、教会もできている。畑も耕して麦も蒔いた。さっきは職人と言ったが、人が少ないから職人じゃなくても移住者は大歓迎だ。農民をしてもいいという者がいたら誘ってほしい。土地は与えるし、家も用意する」
「分かりました。そのあたりも含めて探します」
「来週の……光の日あたりでいいか、あの教会で待つように伝えてほしい。それと、何人集まるか分からないが、全員が乗れるだけの馬車と馬を用意してほしい。代金はこれで足りるか?」
「ん? 金貨と、これは何でしょ……うええ⁉」
「うちは気前はいいぞ。食うに困らないことだけは保証する。来る来ないはともかく、声をかけたみんなにはそう言っておいてくれ」

 ゲルトの親父さんは一目見てそれが何か分かったらしい。手のひらよりも大きい竜の鱗だ。しかも割れていない。余所ではなかなか手に入らないから貴重だぞ。俺には使えないものだから、金貨や宝石の代わりにしかならないが。

「……わ、分かりました。本当にこれをいただいてもいいので?」
「ああ、売るなり何なり、好きにしてくれ。それで足が出たら追加で請求してくれてかまわない。それでは頼んだ」
「は、はい」

 移住希望者を異空間に入れて運べれば楽だったが、残念ながら人は入らなかった。カレンと森の掃除屋と馬が入って、エルザとアルマが入らない。基準は……人かどうかか? よく分からないが、人が運べれば楽ができたのにな。

 さて、せっかく王都にいるわけだから、出来ることはやっておこう。まずは買い出しだな。まだ作れないものが多い、と言うか作れるものが何もないからな。



◆ ◆ ◆



「お帰りなさい」
「ただいま」
「いかがでしたか?」
「ゲルトさんに頼むことは頼んだ。集まってくれるかどうかは運次第だな」

 仕事が得られない職人は多い。だが移住までしてくれるかどうかは不明だ。あまり評判の良くない土地だからな。

「一人でも多いといいですね」
「そうだな」

 ここでエルザと二人でいると昔に戻った気分だ。あの頃は俺もエルザももっと青くて、好き勝手やっていた感じだ。

「こんなときに他の女性の話を出すのもあれですが、アルマと何かありましたか? もちろん女にしてあげた以外のことで」
「……何があっても守ってやると言ったかな」
「あら羨ましい。それはコロッといきそうですね」
「なんだ、言ってほしいのか?」
「いえいえ、私はとっくにコロッといっていますから」
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