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第一章:領主一年目
命名『ドラゴネット』
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「エルマー様、なかなか判読するのに困る字もありましたが、候補として特に多かったのはこの五つですね」
「五つか……」
「書かれていた名前はすべて列挙しています」
ハンスから渡されたのは新しい町の名前の候補。名前をみんなに決めてもらおうと思い、宴会のときに集会所の掲示板に紙を貼った。そこに書いてあったものをハンスがまとめてくれた。
このエクディン準男爵領が僻地にあるわりには領民たちには読み書きができる者が多い。特に最初からいる者たちやその子供たちはほぼ読み書きができる。父が領主になったとき、字が書けるようになって損はないと言って開拓の合間にみんなに教えていたからだ。もっと大きな町へ行ったとしたら、使えない者よりはずっと有利になるだろうと。だから子供たちもきれいな字とは言えないが、ある程度は字が書ける。
候補の中で特に多かったのが『ハイデ』『エクディン』『エルマー』『カレン』、そして『ドラゴネット』の五つ。前の四つは予想できたものだ。最後のは俺には思いつかなかったが、言われてみればなるほどと思えた。
ドラゴネットは小さな竜を意味する異国語。以前町の子供たちへの土産として、王都で何回か子供向けの本を買ったことがあった。その中の一冊の主人公がその小さな竜だ。
山の中にある家の中で一人で暮らしていた小さな竜の女の子が主人公。一人でいることに飽きて飛び出したところ、魔獣に襲われていた子供たちを助ける。見た目のせいで最初はその子供たちにも怖がられてしまうが、身振り手振りで怖くないことを伝えると、子供たちも少しずつその竜に近づいていく。そこに大人が絡んできて紆余曲折があるが、最終的にはみんなにその優しさを理解してもらって一緒に生活することになるという話だ。
そして町の名前の候補となったドラゴネットとはもちろんカレンのこと。まさに小さな竜だな。むしろ俺が大きいと言うべきか。この前の宴会のときに、家にいるのに飽きて外へ飛び出したら俺に会ったと酔って言っていたから、その話を思い出した者もいたのだろう。
「このようにして、退屈に飽きて家を飛び出したその小さな竜の冒険は終わりました。彼女は町の守り神となり、みんなと幸せに暮らしました。めでたしめでたし…………」
カレンはその『小さな竜の小さな冒険』というその本を読み終えると、しばらくしてから顔を上げた。
「ねえ、みんなは私を見てこの話を思い出したのよね?」
「そうだろうな。家族の話は出てこないし、この竜は人の姿にはならないし、細かな違いはかなりあるが、家を出たきっかけとかがなんとなく似ているだろう」
「こんないいお話の主人公と一緒にされるのも困るんだけど」
名前の候補の中で一番多かったのが『ドラゴネット』だと聞いたら、カレンが悩んでしまった。「さすが私ね」と言わないあたりがまだ周囲に遠慮している証拠だろう。
本の題名には小さな冒険とあるが、この話は冒険譚などではない。家を飛び出したことそれ自体が冒険だ。今の自分を変えたければこれまでと違ったこともしてみよう、という話だ。
「やはりドラゴネットにしよう」
「ねえ、本当にいいの?」
「問題ないだろう。『カレン』と『ドラゴネット』で半分近いんだ。受け入れてもらった証拠だろう」
「うーん、みんながそれでいいなら」
「よし、そう告知するか。ノルト男爵領の領都はドラゴネット。おかしくはないだろう」
新しい町をエクディンやハイデと名付けることはもちろんできる。だがそれは父がもらった爵位であり、父が作った町の名前だ。俺が勝手に向こうに持っていっていいとは思えない。もちろん俺はこのハイデの町が好きだし、ここで領主をできればそれが一番いいと思っていた。だがノルト男爵領の領主になり、エクディン準男爵領が廃止されるとなれば、この国の貴族としてはそれに従わなくてはならない。
それが一部の貴族——大公やヒキガエル伯爵の関係者たちの残り——の嫌がらせだとは分かっている。それを陛下がどう思ったかは俺には分からないが、形としては国王陛下が指示をしてそれを宮内省が俺に伝えたことになっている。たとえ理不尽であっても、それが正式に出されたものならそれには従わなければならない。陛下の指示が蔑ろにされるようであれば、もはや国が成り立たないからだ。
ハイデに帰って以降、向こうへ行ったらすぐに家を建てられるように木を切って乾燥させて、建材として使えるように溜めておいた。かなりカレン頼みなやり方だったが、家を一〇〇軒建てるくらいはできたはずだ。それもこのあたりの家だからできる話だ。東方には木だけでできた家があるらしいが、そんな家を建てようと思えば何倍必要になるか。山が丸裸になりそうだ。
もちろん角材や板材に加工したものを運ぶのも大変だ。だから俺が異空間に詰められるだけ詰めて俺ごと向こうへ運んでもらい、またこちらに戻ってきて、それからまた異空間に詰めて、というのを繰り返した。
石の方は、先日クラースとパウラにあらためて挨拶に行ったとき、カレンと二人で町の中に大量に用意しておいた。ついでに向こうに生えていた木を抜いて木材もある程度は集めておいたので、こちらで用意していた分が足りなければそれを使えばいい。ハイデとドラゴネット、両方で集めた木材があれば十分足りるだろう。
これでできる限りの準備は終わっただろうか。まだ麦の収穫が終わっていないが、それが終われば大丈夫だ。それに恩賞として貰った分もそれなりにある。足りないことはあり得ないが、もしそうなったら王都へ買いに行けばいい。
「五つか……」
「書かれていた名前はすべて列挙しています」
ハンスから渡されたのは新しい町の名前の候補。名前をみんなに決めてもらおうと思い、宴会のときに集会所の掲示板に紙を貼った。そこに書いてあったものをハンスがまとめてくれた。
このエクディン準男爵領が僻地にあるわりには領民たちには読み書きができる者が多い。特に最初からいる者たちやその子供たちはほぼ読み書きができる。父が領主になったとき、字が書けるようになって損はないと言って開拓の合間にみんなに教えていたからだ。もっと大きな町へ行ったとしたら、使えない者よりはずっと有利になるだろうと。だから子供たちもきれいな字とは言えないが、ある程度は字が書ける。
候補の中で特に多かったのが『ハイデ』『エクディン』『エルマー』『カレン』、そして『ドラゴネット』の五つ。前の四つは予想できたものだ。最後のは俺には思いつかなかったが、言われてみればなるほどと思えた。
ドラゴネットは小さな竜を意味する異国語。以前町の子供たちへの土産として、王都で何回か子供向けの本を買ったことがあった。その中の一冊の主人公がその小さな竜だ。
山の中にある家の中で一人で暮らしていた小さな竜の女の子が主人公。一人でいることに飽きて飛び出したところ、魔獣に襲われていた子供たちを助ける。見た目のせいで最初はその子供たちにも怖がられてしまうが、身振り手振りで怖くないことを伝えると、子供たちも少しずつその竜に近づいていく。そこに大人が絡んできて紆余曲折があるが、最終的にはみんなにその優しさを理解してもらって一緒に生活することになるという話だ。
そして町の名前の候補となったドラゴネットとはもちろんカレンのこと。まさに小さな竜だな。むしろ俺が大きいと言うべきか。この前の宴会のときに、家にいるのに飽きて外へ飛び出したら俺に会ったと酔って言っていたから、その話を思い出した者もいたのだろう。
「このようにして、退屈に飽きて家を飛び出したその小さな竜の冒険は終わりました。彼女は町の守り神となり、みんなと幸せに暮らしました。めでたしめでたし…………」
カレンはその『小さな竜の小さな冒険』というその本を読み終えると、しばらくしてから顔を上げた。
「ねえ、みんなは私を見てこの話を思い出したのよね?」
「そうだろうな。家族の話は出てこないし、この竜は人の姿にはならないし、細かな違いはかなりあるが、家を出たきっかけとかがなんとなく似ているだろう」
「こんないいお話の主人公と一緒にされるのも困るんだけど」
名前の候補の中で一番多かったのが『ドラゴネット』だと聞いたら、カレンが悩んでしまった。「さすが私ね」と言わないあたりがまだ周囲に遠慮している証拠だろう。
本の題名には小さな冒険とあるが、この話は冒険譚などではない。家を飛び出したことそれ自体が冒険だ。今の自分を変えたければこれまでと違ったこともしてみよう、という話だ。
「やはりドラゴネットにしよう」
「ねえ、本当にいいの?」
「問題ないだろう。『カレン』と『ドラゴネット』で半分近いんだ。受け入れてもらった証拠だろう」
「うーん、みんながそれでいいなら」
「よし、そう告知するか。ノルト男爵領の領都はドラゴネット。おかしくはないだろう」
新しい町をエクディンやハイデと名付けることはもちろんできる。だがそれは父がもらった爵位であり、父が作った町の名前だ。俺が勝手に向こうに持っていっていいとは思えない。もちろん俺はこのハイデの町が好きだし、ここで領主をできればそれが一番いいと思っていた。だがノルト男爵領の領主になり、エクディン準男爵領が廃止されるとなれば、この国の貴族としてはそれに従わなくてはならない。
それが一部の貴族——大公やヒキガエル伯爵の関係者たちの残り——の嫌がらせだとは分かっている。それを陛下がどう思ったかは俺には分からないが、形としては国王陛下が指示をしてそれを宮内省が俺に伝えたことになっている。たとえ理不尽であっても、それが正式に出されたものならそれには従わなければならない。陛下の指示が蔑ろにされるようであれば、もはや国が成り立たないからだ。
ハイデに帰って以降、向こうへ行ったらすぐに家を建てられるように木を切って乾燥させて、建材として使えるように溜めておいた。かなりカレン頼みなやり方だったが、家を一〇〇軒建てるくらいはできたはずだ。それもこのあたりの家だからできる話だ。東方には木だけでできた家があるらしいが、そんな家を建てようと思えば何倍必要になるか。山が丸裸になりそうだ。
もちろん角材や板材に加工したものを運ぶのも大変だ。だから俺が異空間に詰められるだけ詰めて俺ごと向こうへ運んでもらい、またこちらに戻ってきて、それからまた異空間に詰めて、というのを繰り返した。
石の方は、先日クラースとパウラにあらためて挨拶に行ったとき、カレンと二人で町の中に大量に用意しておいた。ついでに向こうに生えていた木を抜いて木材もある程度は集めておいたので、こちらで用意していた分が足りなければそれを使えばいい。ハイデとドラゴネット、両方で集めた木材があれば十分足りるだろう。
これでできる限りの準備は終わっただろうか。まだ麦の収穫が終わっていないが、それが終われば大丈夫だ。それに恩賞として貰った分もそれなりにある。足りないことはあり得ないが、もしそうなったら王都へ買いに行けばいい。
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