ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

帰郷

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 屋敷で一泊すると、早いうちにハイデに向かうことにした。一泊しかしなかったのには理由がある。なぜかエルザもあの水薬ポーションを飲んでいたからだ。

 あれは人になら誰にでも効く薬だ。男に効き目があるなら当然女にも効き目がある。カレン一人でもそれなりに大変で、二人がかりだと文字通り休む暇もなかった。とりあえずエルザにはあの水薬ポーションは禁止だと言った。どうもカレンがあの包みの中の水薬ポーションを持って行って渡したみたいだが、細かな作り方は知らないはずだ。その分がなくなれば終わりだろう。

 正直なところ、屋敷でもう一泊くらいゆっくりしたかったが、一人でゆっくりできるはずもないだろう。結局もう一晩同じことが繰り返されるだけだろうと思って、一泊だけして出立することになった。

 そのカレンとエルザは抱き合って別れの挨拶をしている。アルマも見送りに来ているが、二人を不思議そうに見ている。

「ビックリです。昨日以上に仲良く見えます」
「二人とも……本当に仲良くなったな」

 アルマの感想に対して俺はそうとしか答えられない。昨日の夜が原因なのはよく分かっているからだ。

「同じ人を好きになった者同士だからね」
「そうです。同じ人に愛された者同士です」

 それを聞いたアルマは何も言わずにそのまま顔をこっちに向けた。昨日は本当に大変だったんだからな。



◆ ◆ ◆



 エクディン準男爵領は王都からやや北寄りの遙か東にある。遙かと言っても二週間から三週間程度だが、それでも一番端だ。そんな場所に貴族領が作られた理由は、父が従軍したときの上官だった伯爵ヒキガエルの派閥にいた子爵が、邪魔な土地を手放したかったからだ。

 税は土地の広さと領民の数によって決まる。広ければ広いほど箔が付くが税は高くなる。誰だって税は安い方がいいが、領地が減るのは貴族にとっては恥になる。その子爵は——イタチのような顔をしたヴィーゼル子爵だが——自分の領地の一部を泣く泣く恩義ある伯爵に差し出し、伯爵は子爵の無私無欲を称えつつそれを俺の父に与えるという、誰が見ても茶番としか思えないようなことを真面目な顔でやったそうだ。そう言えばその子爵も伯爵と一緒に戦死したらしいな。軍人でもないのにわざわざ戦場まで来るからだ。

 そういうわけでうちの実家は僻地にある。東側は国境と呼べなくもないが、かなり険しい山岳地帯がどこまでも続いているので、敵が越えてきたことはない。

「あの山の麓にあるのね」
「ああ、普通に向かえば三週間近くかかる」
「まだ時間はあるわね。それまでに頑張って[転移]を覚えるわよ」
「そもそも身に付けられる確証はないんだろ?」
「確証はないけど可能性はあるわよ。可能性があるなら損はないわ」
「損はなくても俺の体がもたない」
「そこは頑張って。苦痛ばかりじゃないでしょ? たっぷり愛情が入ってるんだから」
「愛情だけじゃ無理なこともあるんだがなあ……」



 エクディン準男爵領にたどり着くまでにはいくつもの貴族の領地を通っていかなければならない。その中にはできれば関わりたくない貴族の領地もわけだ。あの伯爵ヒキガエル子爵イタチだ。伯爵の領地は王都から東の方角で、伯爵だけあってかなりの広さが。その派閥の中心人物となっていた子爵はその北、つまりエクディン準男爵領から南の方に。そのどちらもすでに伯爵領と子爵領ではなくなっている。

 大公の派閥にいた貴族たちは軒並み没落したことは分かっていたが、エルザが仕入れてくれた情報によると、伯爵領や子爵領は町ごとに分割されて新しい男爵や準男爵が複数できたそうだ。そしてこれまで大公派の派閥に迷惑をかけられていた貴族の次男や三男、あるいは前回の戦争で功績を立てた者たちが領地を与えられることになったと。

 そうなると、ロルフやハインツ、あるいはヴァルターあたりは領主になれたかもしれない。ロルフ・パウマンはペングン男爵の次男、ハインツ・ディーボルトはメロン男爵の三男だった。ヴァルターについては詳しく聞いてはいないが、百人隊長なら貴族の家柄ではないはずだ。殿下がどこまで押し込めるか分からないが、彼らなら一ずつ領地を与えられてもおかしくないだけの働きはしたはずだ。

 しかし、一番遠くに行くことになったのが俺か。まああれだけ広い領地を与えられたから贅沢は言えないが、近い方が楽だったとは思う。



「小さな町なのに慌ただしそうね」
「このあたりは領主が変わったところが多いんだ。領主が死んで、領地が分割されて、それぞれ町ごとに小さな貴族ができるそうだ」
「あなたは男爵だったっけ?」
「ああ、領地だけはどこにも負けないくらい広いけどな」

 そうやっていくつもの町を通り抜け、レフィンという小さな町に入ったとき、どこかで見たことのある顔がいると思ったらヴァルターだった。役人たちに囲まれて何かをしていたようだが、向こうもこちらに気付いたようだ。馬を下りて久しぶりに会った元部下に近寄る。

「エルマー様!」
「ヴァルター、元気だったか?」

 ヴァルターは俺が王城から出られない間に実家の方に戻ったということだった。王都に戻った途端に倒れ、そのまま軍病院に入っていた。もっと早くに言ってくれれば[解毒]がもっと効いただろうから、寝込むこともなかったかもしれない。

「閣下のおかげで元気になりました。そのときは世話になりました」
「いやいや、殿下を守ってくれた大切な部下だ。それよりも、ここで見かけるということは、このあたりの出身か?」
「いえ、もっと遠方の小さな町の出身ですが、実はこの度リンデンシュタール準男爵の爵位をいただき、レフィン周辺の領主として引っ越してきました」
「ああ、それはおめでとう」
「殿下から伺っていますが、閣下も男爵になられたようで」
「ああ、ずっと北だな。広さだけはどこよりもある。一度視察に行って戻ってきたところだ。それよりお互いに貴族になったんだから、様はやめないか? 俺はヴァルター殿と呼ぶことにする」
「少々恐れ多いところではありますが……ではエルマー殿でいいでしょうか?」
「ああ、男爵も準男爵も変わらないだろう。ああ、忙しいところをすまなかったな。俺も帰ってから引っ越しの準備だ。町ができたら必ずまた連絡する。お互いになかなか大変だろうが、また会えそうならどこかで会おう」
「はい、楽しみにしています」

 ヴァルターは馬に乗ったままだったカレンに頭を下げると、役人たちが待っているところに戻っていった。

「あの人とは仲は良いの?」
「最初の頃は親しく話したことはなかったが、頼れる部下だった」

 戦争が始まり、そして戦場を離脱するまではヴァルターと親しく話をしたことはなかった。百人隊長は平民だから、向こうから俺に話しかけてくることはなかった。話をするようになったのは戦場から離れてからだ。それから王都に帰るまでも色々なことがあったから、あの頃の親衛隊の一体感はどんな軍隊にも負けないくらいあっただろう。

 王都に着く間にもどこからともなく矢が飛んでくることがあり、彼は殿下をかばってその矢を腕に受けていた。「かすり傷程度なので大丈夫です」と言っていたが、どうもそこに毒が塗られていたようだった。俺と同じで頑丈さは保証できるが、さすがに俺のように毒が効かないほどには慣れていないようだった。

「そういう人が領主になればいい町ができそうね」
「そうあってほしいな。だがいい人だから領主としていい領主になれるかというと、それはまた別だからなあ。ろくでもない人間でも領主としては優秀ということがあり得る」
「難しいのね」
「領主夫人として、少しずつ覚えていってくれ」

 再び馬に跨がると、今日中に次の町へ着くために町の外へと馬を進めた。
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