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第一章:領主一年目
好敵手、あるいは戦友
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二週間半かけて王都に入った。少しだけ急ぎ気味に帰ったのは、まあエルザなら大丈夫だとは思うが、どこぞの馬鹿貴族がうちの屋敷にちょっかいをかけてくる可能性がゼロではなかったからだ。まあ何もできないお嬢様ではないから、何かあれば俺が保護を頼んでおいた貴族のところに向かうなり貧民街に逃げ込むなりしただろう。
屋敷は王都の一番端とまでは言わないが、貧民街にかなり近く、決して治安がいいとは言えない。ボロ屋敷だが我が家であることには間違いない。軍学校時代はここから通っていた思い入れのある屋敷だ。
「へえ、ここがあなたの屋敷ね」
「小さくてボロいがな。一応土魔法で補強してはいるんだが、見た目はあえて変えていない」
「あ、エルマー様!」
「ああ、エルザ。今戻った。問題はなかったか?」
「はい、特に何もありませんでした。エルマー様もご無事で、何よりです……が……そちらの女性は……どなた、ですか?」
エルザの視線が下がってカレンの指にはまった指輪に目をやると、言葉が途切れ途切れになった。
「エルマーの妻になったカレンです」
「えっ? …………あの、エルマー様?」
「まあそういうことだ。向こうで見つけて結婚することになった」
「…………こほん、カレン様、初めまして。エルマー様の初めての相手を務めましたエルザです」
「……」
「……」
女同士が火花を散らすのは初めて見たなあ。男同士なら軍学校でよく見たんだが。俺は目を向けられても無視するだけだったが、爵位によっては体面だの何だの、色々とあるんだろう。
二人は火花を飛ばしながら「向こうで少し話でも」と言って奥の部屋に向かった。さて、茶でも淹れるか。
「エルマー様、お茶なら私が淹れます」
「そうか? それなら頼む。茶葉は向こうでいくつか買ってあるから好きに使ってくれ」
「はいっ」
エルザもカレンもいないから、アルマと二人で話すことになった。
もちろんこれまでに孤児たちと話をしたこともあるが、俺と孤児では共通の話題はそれほど多くない。必然的にエルザがどうだの普段の生活がどうだのという話になる。その中でアルマは他の子供たちとは少し違った。
俺はかつてこの子を王城で見かけたことがあった。あんなところにいた女の子がこんな孤児院にいるのには何か大きな理由があるんだろう。だがそんな理由を気軽に聞けるわけでもなく、初めて会ってからこれまで、そのことに触れたことはない。
「孤児院の方には、今は私しかいなくなりました」
「そうなのか? この前まで男女それぞれ三、四人ずつくらいいなかったか?」
「はいっ、男の子が四人と女の子が私以外に三人でした。みんな仕事が見つかりました。きちんとした商会だそうです」
「それはよかった。こういう聞き方もどうかと思うが、これまでお前はここを出ようと思わなかったのか?」
「私は……好きですので」
「そうか」
アルマと二人でしばらく話をすると、カレンがにこにこ顔のエルザを連れて戻ってきた。変わりすぎだろう。何があった?
「ねえ、エルマー。向こうに戻ってからだけど、エルザも連れて行くわよ」
「連れて行くって、ここはどうするんだ? エルザはここを離れるのを嫌がってたんだが」
「お伝えするのが遅くなりました。実はエルマー様が出立された後の話ですが、他の孤児たちは仕事が見つかって、すでにここを離れています」
「ああ、その話はさっき聞いたところだ。それにしてもよく見つかったな」
「王都内で貴族の引っ越しが増えているそうです。新築も改築も、どちらも多いようですね。どうしても長期に渡って男手が必要なんだそうです」
「まだ成人してないのにか?」
平民なら成人になる年齢は一五歳が多い。この孤児院でも一五までは世話をするということになっている。アルマもそろそろか?
成人していなくても働くことはもちろんできるが、力仕事ならあまり若いと大変だろう。貴族の引っ越しなら荷物も多いだろうからな。
「はい、一番上で一二才です。今はまだ雑用程度しかできないかもしれませんが、先のことを考えた商会に雇われることになりました。まずは荷物の仕分けなどをさせると言っていました。若い方が仕事の飲み込みが早いですので。この好景気はしばらく続いて、落ち着くには五年から一〇年はかかると言われています」
失脚したりこの世から退場した多くの貴族の屋敷が売りに出されたんだろう。もっと大きな屋敷に引っ越したい貴族がそれを買ったんだろうが、買ったら買ったで普通はそのまま使わずに自分の好みに改装するだろう。引っ越せば前に住んでいた屋敷を売りに出すから、そこもまた改装や建て直しが行われるはずだ。
俺が仕掛けたわけではないが、経済に少しでも貢献できたとなると気分は悪くはないな。
「だが、男手ってことは、女の子はどうした?」
「アルマだけは本人の希望で残りました。他の女の子たちは、全員お針子として雇われました。教えていた甲斐がありました」
エルザが拳を握って力説する。
アルマは最初からわりと懐いてくれていた。いつからこの孤児院にいたのかははっきりと覚えていない——いや、軍学校を卒業する少し前あたりだったか、急に孤児院に預けられることになったそうだ。たしか殿下の誕生パーティーがあって、それからしばらくして演習があり、それから戻ってきたらすでにいたんだったな。
俺は教会の関係者ではないから詳しい話は聞いていないが、それなりの身なりをしていたと思う。髪もボサボサではなくて、綺麗な銀髪をきちんと伸ばしていた。王城にいる方が間違いなく似合うだろうな。
最初は年齢のわりに背が高い俺を怖がっていた気がするが、しばらくしたら慣れてくれたようだ。かなりしっかりした子だから、おそらくそれなりの家で育ったんだろう。自分より小さな子供たちの世話をよくしていた覚えはあるから、責任感で最後まで残ったんだろうか。何があってここに来たのかは分からないが、出来るだけ幸せになってほしいと思う。
しかし他の女の子たちは針子か。建設現場が増えれば作業員も増える。それなら服が汚れたり破れたりすることも増えるから、針子の需要も増えたんだろう。
「孤児院は私がトビアス様に許可をもらって作ったものです。もう役目は終わったでしょう。アルマも一緒に向こうに連れて行ってもらえますか?」
「お願いします」
「それはいいが、教会はどうする? 別で管理人を雇うか?」
「カレンさんに週に一度か二度くらい戻してもらいますので、それで十分です。信者は入ってくると一人で祈りを捧げて帰っていきます。教会に悪戯をする人はいないでしょう。戻るのは教会よりもむしろ屋敷の管理のためです」
まあたしかに司祭もいない教会だから他にやりようもないな。
「……分かった。俺はカレンを連れて一度ハイデに帰る。それから領民たちを連れて新しい領地に行った後、また迎えに来る。麦の収穫が終わってから移動することになるから、迎えに来るのは秋以降になるんだが、それでいいのか?」
「はい。それまでには準備を済ませておきますね♪」
「……なあ、カレン。エルザに何を言ったんだ?」
「ん? 奥さんは何人いてもいいはずよね、って」
「そ、そうか……」
「♪」
剣と魔法ならそれなりに自信はあるんだが、女の扱いにそこまで慣れているわけじゃない。ここは余計なことは口にしない方がいいだろう。
屋敷は王都の一番端とまでは言わないが、貧民街にかなり近く、決して治安がいいとは言えない。ボロ屋敷だが我が家であることには間違いない。軍学校時代はここから通っていた思い入れのある屋敷だ。
「へえ、ここがあなたの屋敷ね」
「小さくてボロいがな。一応土魔法で補強してはいるんだが、見た目はあえて変えていない」
「あ、エルマー様!」
「ああ、エルザ。今戻った。問題はなかったか?」
「はい、特に何もありませんでした。エルマー様もご無事で、何よりです……が……そちらの女性は……どなた、ですか?」
エルザの視線が下がってカレンの指にはまった指輪に目をやると、言葉が途切れ途切れになった。
「エルマーの妻になったカレンです」
「えっ? …………あの、エルマー様?」
「まあそういうことだ。向こうで見つけて結婚することになった」
「…………こほん、カレン様、初めまして。エルマー様の初めての相手を務めましたエルザです」
「……」
「……」
女同士が火花を散らすのは初めて見たなあ。男同士なら軍学校でよく見たんだが。俺は目を向けられても無視するだけだったが、爵位によっては体面だの何だの、色々とあるんだろう。
二人は火花を飛ばしながら「向こうで少し話でも」と言って奥の部屋に向かった。さて、茶でも淹れるか。
「エルマー様、お茶なら私が淹れます」
「そうか? それなら頼む。茶葉は向こうでいくつか買ってあるから好きに使ってくれ」
「はいっ」
エルザもカレンもいないから、アルマと二人で話すことになった。
もちろんこれまでに孤児たちと話をしたこともあるが、俺と孤児では共通の話題はそれほど多くない。必然的にエルザがどうだの普段の生活がどうだのという話になる。その中でアルマは他の子供たちとは少し違った。
俺はかつてこの子を王城で見かけたことがあった。あんなところにいた女の子がこんな孤児院にいるのには何か大きな理由があるんだろう。だがそんな理由を気軽に聞けるわけでもなく、初めて会ってからこれまで、そのことに触れたことはない。
「孤児院の方には、今は私しかいなくなりました」
「そうなのか? この前まで男女それぞれ三、四人ずつくらいいなかったか?」
「はいっ、男の子が四人と女の子が私以外に三人でした。みんな仕事が見つかりました。きちんとした商会だそうです」
「それはよかった。こういう聞き方もどうかと思うが、これまでお前はここを出ようと思わなかったのか?」
「私は……好きですので」
「そうか」
アルマと二人でしばらく話をすると、カレンがにこにこ顔のエルザを連れて戻ってきた。変わりすぎだろう。何があった?
「ねえ、エルマー。向こうに戻ってからだけど、エルザも連れて行くわよ」
「連れて行くって、ここはどうするんだ? エルザはここを離れるのを嫌がってたんだが」
「お伝えするのが遅くなりました。実はエルマー様が出立された後の話ですが、他の孤児たちは仕事が見つかって、すでにここを離れています」
「ああ、その話はさっき聞いたところだ。それにしてもよく見つかったな」
「王都内で貴族の引っ越しが増えているそうです。新築も改築も、どちらも多いようですね。どうしても長期に渡って男手が必要なんだそうです」
「まだ成人してないのにか?」
平民なら成人になる年齢は一五歳が多い。この孤児院でも一五までは世話をするということになっている。アルマもそろそろか?
成人していなくても働くことはもちろんできるが、力仕事ならあまり若いと大変だろう。貴族の引っ越しなら荷物も多いだろうからな。
「はい、一番上で一二才です。今はまだ雑用程度しかできないかもしれませんが、先のことを考えた商会に雇われることになりました。まずは荷物の仕分けなどをさせると言っていました。若い方が仕事の飲み込みが早いですので。この好景気はしばらく続いて、落ち着くには五年から一〇年はかかると言われています」
失脚したりこの世から退場した多くの貴族の屋敷が売りに出されたんだろう。もっと大きな屋敷に引っ越したい貴族がそれを買ったんだろうが、買ったら買ったで普通はそのまま使わずに自分の好みに改装するだろう。引っ越せば前に住んでいた屋敷を売りに出すから、そこもまた改装や建て直しが行われるはずだ。
俺が仕掛けたわけではないが、経済に少しでも貢献できたとなると気分は悪くはないな。
「だが、男手ってことは、女の子はどうした?」
「アルマだけは本人の希望で残りました。他の女の子たちは、全員お針子として雇われました。教えていた甲斐がありました」
エルザが拳を握って力説する。
アルマは最初からわりと懐いてくれていた。いつからこの孤児院にいたのかははっきりと覚えていない——いや、軍学校を卒業する少し前あたりだったか、急に孤児院に預けられることになったそうだ。たしか殿下の誕生パーティーがあって、それからしばらくして演習があり、それから戻ってきたらすでにいたんだったな。
俺は教会の関係者ではないから詳しい話は聞いていないが、それなりの身なりをしていたと思う。髪もボサボサではなくて、綺麗な銀髪をきちんと伸ばしていた。王城にいる方が間違いなく似合うだろうな。
最初は年齢のわりに背が高い俺を怖がっていた気がするが、しばらくしたら慣れてくれたようだ。かなりしっかりした子だから、おそらくそれなりの家で育ったんだろう。自分より小さな子供たちの世話をよくしていた覚えはあるから、責任感で最後まで残ったんだろうか。何があってここに来たのかは分からないが、出来るだけ幸せになってほしいと思う。
しかし他の女の子たちは針子か。建設現場が増えれば作業員も増える。それなら服が汚れたり破れたりすることも増えるから、針子の需要も増えたんだろう。
「孤児院は私がトビアス様に許可をもらって作ったものです。もう役目は終わったでしょう。アルマも一緒に向こうに連れて行ってもらえますか?」
「お願いします」
「それはいいが、教会はどうする? 別で管理人を雇うか?」
「カレンさんに週に一度か二度くらい戻してもらいますので、それで十分です。信者は入ってくると一人で祈りを捧げて帰っていきます。教会に悪戯をする人はいないでしょう。戻るのは教会よりもむしろ屋敷の管理のためです」
まあたしかに司祭もいない教会だから他にやりようもないな。
「……分かった。俺はカレンを連れて一度ハイデに帰る。それから領民たちを連れて新しい領地に行った後、また迎えに来る。麦の収穫が終わってから移動することになるから、迎えに来るのは秋以降になるんだが、それでいいのか?」
「はい。それまでには準備を済ませておきますね♪」
「……なあ、カレン。エルザに何を言ったんだ?」
「ん? 奥さんは何人いてもいいはずよね、って」
「そ、そうか……」
「♪」
剣と魔法ならそれなりに自信はあるんだが、女の扱いにそこまで慣れているわけじゃない。ここは余計なことは口にしない方がいいだろう。
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