ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
31 / 345
第一章:領主一年目

好敵手、あるいは戦友

しおりを挟む
 二週間半かけて王都に入った。少しだけ急ぎ気味に帰ったのは、まあエルザなら大丈夫だとは思うが、どこぞの馬鹿貴族がうちの屋敷にちょっかいをかけてくる可能性がゼロではなかったからだ。まあ何もできないお嬢様ではないから、何かあれば俺が保護を頼んでおいた貴族のところに向かうなり貧民街スラムに逃げ込むなりしただろう。

 屋敷は王都の一番端とまでは言わないが、貧民街にかなり近く、決して治安がいいとは言えない。ボロ屋敷だが我が家であることには間違いない。軍学校時代はここから通っていた思い入れのある屋敷だ。

「へえ、ここがあなたの屋敷ね」
「小さくてボロいがな。一応土魔法で補強してはいるんだが、見た目はあえて変えていない」
「あ、エルマー様!」
「ああ、エルザ。今戻った。問題はなかったか?」
「はい、特に何もありませんでした。エルマー様もご無事で、何よりです……が……そちらの女性は……どなた、ですか?」

 エルザの視線が下がってカレンの指にはまった指輪に目をやると、言葉が途切れ途切れになった。

「エルマーの妻になったカレンです」
「えっ? …………あの、エルマー様?」
「まあそういうことだ。向こうで見つけて結婚することになった」
「…………こほん、カレン様、初めまして。エルマー様のを務めましたエルザです」
「……」
「……」

 女同士が火花を散らすのは初めて見たなあ。男同士なら軍学校でよく見たんだが。俺は目を向けられても無視するだけだったが、爵位によっては体面だの何だの、色々とあるんだろう。

 二人は火花を飛ばしながら「向こうで少し話でも」と言って奥の部屋に向かった。さて、茶でも淹れるか。

「エルマー様、お茶なら私が淹れます」
「そうか? それなら頼む。茶葉は向こうでいくつか買ってあるから好きに使ってくれ」
「はいっ」

 エルザもカレンもいないから、アルマと二人で話すことになった。

 もちろんこれまでに孤児たちと話をしたこともあるが、俺と孤児では共通の話題はそれほど多くない。必然的にエルザがどうだの普段の生活がどうだのという話になる。その中でアルマは他の子供たちとは少し違った。

 俺はかつてこの子を王城で見かけたことがあった。あんなところにいた女の子がこんな孤児院にいるのには何か大きな理由があるんだろう。だがそんな理由を気軽に聞けるわけでもなく、初めて会ってからこれまで、そのことに触れたことはない。

「孤児院の方には、今は私しかいなくなりました」
「そうなのか? この前まで男女それぞれ三、四人ずつくらいいなかったか?」
「はいっ、男の子が四人と女の子が私以外に三人でした。みんな仕事が見つかりました。きちんとした商会だそうです」
「それはよかった。こういう聞き方もどうかと思うが、これまでお前はここを出ようと思わなかったのか?」
「私は……好きですので」
「そうか」

 アルマと二人でしばらく話をすると、カレンがにこにこ顔のエルザを連れて戻ってきた。変わりすぎだろう。何があった?

「ねえ、エルマー。向こうに戻ってからだけど、エルザも連れて行くわよ」
「連れて行くって、ここはどうするんだ? エルザはここを離れるのを嫌がってたんだが」
「お伝えするのが遅くなりました。実はエルマー様が出立された後の話ですが、他の孤児たちは仕事が見つかって、すでにここを離れています」
「ああ、その話はさっき聞いたところだ。それにしてもよく見つかったな」
「王都内で貴族の引っ越しが増えているそうです。新築も改築も、どちらも多いようですね。どうしても長期に渡って男手が必要なんだそうです」
「まだ成人してないのにか?」

 平民なら成人になる年齢は一五歳が多い。この孤児院でも一五までは世話をするということになっている。アルマもそろそろか?

 成人していなくても働くことはもちろんできるが、力仕事ならあまり若いと大変だろう。貴族の引っ越しなら荷物も多いだろうからな。

「はい、一番上で一二才です。今はまだ雑用程度しかできないかもしれませんが、先のことを考えた商会に雇われることになりました。まずは荷物の仕分けなどをさせると言っていました。若い方が仕事の飲み込みが早いですので。この好景気はしばらく続いて、落ち着くには五年から一〇年はかかると言われています」

 失脚したりこの世から退場した多くの貴族の屋敷が売りに出されたんだろう。もっと大きな屋敷に引っ越したい貴族がそれを買ったんだろうが、買ったら買ったで普通はそのまま使わずに自分の好みに改装するだろう。引っ越せば前に住んでいた屋敷を売りに出すから、そこもまた改装や建て直しが行われるはずだ。

 俺が仕掛けたわけではないが、経済に少しでも貢献できたとなると気分は悪くはないな。

「だが、ってことは、女の子はどうした?」
「アルマだけは本人の希望で残りました。他の女の子たちは、全員お針子として雇われました。教えていた甲斐がありました」

 エルザが拳を握って力説する。

 アルマは最初からわりと懐いてくれていた。いつからこの孤児院にいたのかははっきりと覚えていない——いや、軍学校を卒業する少し前あたりだったか、急に孤児院に預けられることになったそうだ。たしか殿下の誕生パーティーがあって、それからしばらくして演習があり、それから戻ってきたらすでにいたんだったな。

 俺は教会の関係者ではないから詳しい話は聞いていないが、それなりの身なりをしていたと思う。髪もボサボサではなくて、綺麗な銀髪をきちんと伸ばしていた。王城にいる方が間違いなく似合うだろうな。

 最初は年齢のわりに背が高い俺を怖がっていた気がするが、しばらくしたら慣れてくれたようだ。かなりしっかりした子だから、おそらくそれなりの家で育ったんだろう。自分より小さな子供たちの世話をよくしていた覚えはあるから、責任感で最後まで残ったんだろうか。何があってここに来たのかは分からないが、出来るだけ幸せになってほしいと思う。

 しかし他の女の子たちは針子か。建設現場が増えれば作業員も増える。それなら服が汚れたり破れたりすることも増えるから、針子の需要も増えたんだろう。

「孤児院は私がトビアス様に許可をもらって作ったものです。もう役目は終わったでしょう。アルマも一緒に向こうに連れて行ってもらえますか?」
「お願いします」
「それはいいが、教会はどうする? 別で管理人を雇うか?」
「カレンさんに週に一度か二度くらい戻してもらいますので、それで十分です。信者は入ってくると一人で祈りを捧げて帰っていきます。教会に悪戯をする人はいないでしょう。戻るのは教会よりもむしろ屋敷の管理のためです」

 まあたしかに司祭もいない教会だから他にやりようもないな。

「……分かった。俺はカレンを連れて一度ハイデに帰る。それから領民たちを連れて新しい領地に行った後、また迎えに来る。麦の収穫が終わってから移動することになるから、迎えに来るのは秋以降になるんだが、それでいいのか?」
「はい。それまでには準備を済ませておきますね♪」
「……なあ、カレン。エルザに何を言ったんだ?」
「ん? 奥さんは何人いてもいいはずよね、って」
「そ、そうか……」
「♪」

 剣と魔法ならそれなりに自信はあるんだが、女の扱いにそこまで慣れているわけじゃない。ここは余計なことは口にしない方がいいだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...