ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

嫁入り

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「娘が世話になりました」

 朝食を済ませてから今日の作業予定を確認していると、俺よりも背の高い立派な体格をした赤黒い髪の男性が、昨日の少女を連れてやって来た。少女は少し顔が赤いか。この子の父親か。

 さすがに寝泊まりしている小さな小屋に案内することはできないから、急いで土で東屋を作った。そこに椅子とテーブルを出し、また茶の用意をする。少女はもじもじしているようなので、菓子も山のように出しておく。

「私はクラース、これは娘のカレンです」
「私はここを領地として拝領したノルト男爵エルマー・アーレントといいます」
「ほう、領地とはどこの国ですかな?」
「あの南の山の向こうで、アルマン王国という名前です」
「なるほど、あちらですか。最近は寄っていないですな」
「以前はよく行かれたので?」
「この子が生まれてからは——お前も話を聞きなさい!」

 ガゴッ!

「ぷぎゃっ!」

 黙々と菓子を食べて茶を飲んでいたカレンの後頭部をクラース殿が掴んで、思い切り顔をテーブルに叩き付けた。人間なら死ぬぞ。このテーブルは石だからな。

「まったく……勝手に出て行ったかと思えば、菓子と茶を出してもらって、しかも相手の名前も聞かずに、自分の名前さえも言わずに帰ってくるとか……」
「まあまあそれくらいで。竜の中ではまだ若いのではないですか?」
「それはそうなのですが、娘ももうそろそろ成人です。成人するまでは家の中で外の世界のことを学び、成人したら外の世界を体験する。それが我々にとっての普通、あるいは風習と呼ぶべきものです」

 涙目になって顔を押さえていたカレンがようやく頭を上げた。音からして普通の痛さではなさそうだが、怪我はなさそうだ。

「あー……いった……」
「お前も自分で挨拶しなさい」
「……カレンです」
「娘は年のわりには幼くて、勉強はサボりがちですが、地頭はそれほど悪くありません。人間としての見た目も悪くはないでしょう。できれば娘のことをよろしくお願いしたいのですが、どうでしょうか」
「よろしくとは?」
「ああ、申し訳ない。これはあくまで風習と呼ぶべきものなので、貴殿に強制するつもりはないと先に言っておきます。まあ早い話がこれに関してです」
「これ?」

 そう言うとクラース殿は自分の頭に角を生やした。年齢のせいか、カレンよりも立派な角だな。

「これはあくまで竜の中での話ですが、角というのは頭から生えているものですので、気軽に他人に触れさせるものではないのです」
「私は昨日触ってしまいましたが……」

 ……嫌な予感がする。

「話を聞けば、娘の方から触ってみるかと聞いたそうですな。角を触る意味は二つありまして、まず竜同士が戦った場合、勝てば相手の角を触り、それによって自分が勝者であるとはっきりさせます。もう一つ、自分から相手に触れさせるのは、早い話が求婚と同義なのです」

 ……嫌な予感が当たったか。

「それでは、私はそれを受け入れたことになると」
「いえ、貴殿がこの話を知らなかったのは当然なので、受け入れたことにはなりません。断ったところで貴殿に全く非はありません。全て娘の責任になります」
「なるほど」
「勉強嫌いで大切な話を聞かないのが原因です。人間の姿になれるようになりましたので、間もなく成人です。そろそろ角の話をしようと思っていたところだったのですが、その前に家を飛び出してしまいました」

 いわゆるお転婆か、それとも外に出たかっただけか。

「他人に角を触らせたと聞いて、私は驚いてテーブルの脚に小指をぶつけましたし、妻のパウラは驚きすぎて倒れました。朝には具合は良くなっていましたが、今日のところは休ませていますので、私が先に挨拶に来たわけです」
「えーと、何をどう言ったらいいのか……竜は人間の国にさほど興味がないかもしれませんが、私はこの度この土地にノルト男爵領という貴族領を作ることになりました。そうは言っても見てお分かりのように、ほとんどが更地の状態で、とりあえず堀と城壁を作っただけです。これからが大変ですが、それでもいいのですか?」

 正直なところ、カレンがどうこうの話ではなく、こんな場所に大事な娘を嫁がせても大丈夫なのかと、むしろこちらの方が心配してしまう。町で暮らす以前にらまず町を作るところから始めているわけだから。

「我々は人の町に紛れ込んで生活することがよくあります。私も若い頃はいくつもの国を訪れました。子供ができれば、その子供が成人するまでは家で子育てをします。そして子供が巣立てばまた外へ出かけます。そのような生活を繰り返すわけですな。この子も近いうちにはどこかの町に出かけていたでしょう。それがたまたまこの作りかけの町だっただけです。どうやら貴殿を気に入ったようですし、お嫌でなければ、しばらく面倒を見てくれませんか?」
「あー、カレンはどうなんだ? そもそも俺は人間だ。竜とは寿命が違うから先にいなくなるぞ」
「ふつつか者ですが……」

 カレンは真っ赤な顔をこちらに向けた。可愛いな。しかしまあ、そこまで気に入られる覚えもないんだがな。

「分かりました。カレンを貰います」
「なら邪魔者はここで去りましょう。カレン、たまには顔を見せに来なさい。エルマー殿、娘をよろしくお願いします」

 クラース殿は「これは結婚祝いです」と大きな包みを一つ俺に渡すと、赤い顔をしたカレンをこの場に残して姿を消した。一瞬姿が少しぶれたかと思うと、次の瞬間にはそこから消えていた。

「今のは[転移]か?」
「行ったことのある場所。でも飛んだ方が楽」
「カレンもクラース殿も疲れるのに[転移]で来たのはなぜだ?」
「逃げない?」
「逃げる」
「それと、土ぼこり」
「ああ、たしかに。ここは土ぼこりがひどいことになりそうだな」

 周囲に堀と城壁があるだけで、それ以外は寝泊まりしている小屋とこの東屋がぽつんとあるだけ。一部に石畳は敷いたが、それ以外は地面がむき出しだ。いずれは芝を植えたりしたいところだが、残念ながらそこまでは進んでいない。

「念のために聞くが、その[転移]は他人を運べるのか?」
「一人か二人なら。たくさんは無理」
「そうか……。ちなみに一日で何回くらい使えるんだ?」
「うーん……五回くらい?」
「五回か……」
「距離にもよる。遠いと疲れる」

 カレンに手伝ってもらえば、ハイデとここを往復して人が運べるかもと思ったが、一日二往復、合計四人。しかも距離も関係するならさすがに無理だな。

「もう少ししたら、俺は一度元の領地へ戻る。そのときに付いてきてもらって、向こうからこっちに戻るときに運んでくれるか?」
「それなら大丈夫。頑張る」
「それなら、今日はもう少し作業だけをしておく。カレンはどんな魔法が使えるんだ?」
「水属性。ある程度なら何でも」
「それなら、そっちの藪の木を全部抜いてくれるか? いずれは建材や薪として使いたいから、できれば枝を払ってから乾燥させてほしい」
「分かった」

 俺がそう言うとカレンはうなずいて木を抜き始めた。さすがに人間とは力が違うようで、おそらく土魔法で木の根元を緩めると引っこ抜いて横倒しにしていた。枝と根を取り去って次々に丸太にしている。
俺は畑を作るあたりの土を魔法で耕しておく。土はかなり硬いが、痩せてはいないようだ。しっかり耕せば立派な農地になるだろう。それからしばらく黙々と作業を進め、俺は畑が終わったら城壁を作ることにした。

 堀の内側に盛ってあった土を固めていく。藪の方はカレンに任せ、町を囲うように城壁を作っていると暗くなってきた。周囲が山だから暗くなるのが少し早い。暗くなる前に夕食を取ることにした。

「カレン、そろそろ夕食にするぞ」
「分かった」

 声をかけるとカレンはパタパタと走ってきた。
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