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序章と果てしない回想
ろくでもない初陣(三)
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「それでは二人とも、間違いがないようならここに署名してくれ」
「分かりました」
「了解した」
王都に辿り着いて、まず最初にしたことは事情説明だった。今回の出征の間、部下たちにはいつどこで何があったかを覚えておくように指示をしていたので、それらの情報を突き合わせながら報告書を作成した。その書類には作成者として俺の名前が書かれていて、ロルフとハインツにも内容が間違いないことを確認してもらい、最後に署名をしてもらった。
ロルフはやや気が弱いが人当たりは良く、ハインツは口数が少ないが実直という印象をここまでは受けている。この二人の部隊は親衛隊の中でも特に殿下の近くに控えてもらっていたので、混乱の際にもすぐに駆けつけることができた。この二人がいなければ、殿下に傷の一つや二つはさせてしまったかもしれない。
今の俺には何の力もないが、今回の件に関して十分な恩賞が与えられればいいと思って二人にも署名をしてもらった。もちろん他の部下たちにも十分な恩賞が与えられるようにと殿下に頼んであるし、戦場でバラバラになった親衛隊の将兵が現れれば配慮をしてもらえるようにお願いしている。
他に大きく貢献してくれた部隊長には百人隊長のヴァルターもいるが、彼は怪我のために王都に着いてから熱を出し、すぐに療養することになった。どうやら腕にかすった鏃に毒が塗られていたようで、[解毒]を使うことは使ったがすでにかなり毒が回っていたので、そのまま軍の病院に入院している。
「殿下、もう一度確認の上、間違いがなければこちらに署名をお願いします」
「分かった。ここだな」
最後に証拠の品も添え、殿下の署名をいただいてから提出した。
「三人とも、迷惑をかけた。そして感謝する。できる限りの礼はさせてもらう」
「殿下がご無事であることが、軍学校の同期である私にとっては一番です」
「私も自分の務めを果たしたまでです」
「私も同様です」
その後は係の者の案内で、それぞれ用意された部屋へと下がることになった。
それから二週間ほどの間に二、三日に一度くらいの割合で呼び出されて質問された以外は俺にはすることがなかった。常に見張りが付いていたわけではないが、「不必要に部屋から出ないように」と言われたために出歩くこともできず、大公がそれからどうなったかは噂にしか聞いていない。ただ噂というのは口にした者が思った以上に速く遠くまで広がるため、欲しかった情報は部屋の前でのちょっとした立ち話でも手に入った。
大公がゴール王国と繋がっていたことは、残されていた手紙などによって判明した。ゴール王国の力を借りてレオナルト殿下を排除し、気弱な陛下を退位させて自分が国王になるという非常に分かりやすい夢を描いていた。だがそれもゴール王国の策略家に乗せられていただけのようだ。
ゴール王国としては大公に反乱を起こさせ、混乱に乗じて王都に進軍して占領する計画でも立てていたのではないだろうか。反乱が鎮圧されたとしても、しばらくは混乱で中枢が麻痺するだろうからゴール王国は損をしないだろう。俺でもその程度なら考えられる。
その大公は逃げ出そうとしたところを捕まって公開処刑にされたそうだ。それは自業自得だ。いや自業自得では済まないな。おかげで多くの将兵が無駄に命を落とすことになった。大公の家族については、成人男性は全員処刑、女性と未成年は修道院に入って死ぬまで俗世と切り離されるそうだ。
大公派の有力貴族もかなり減った。明らかにゴール王国と繋がっていた貴族は全て断絶で、大公と同様の処分が下った。最高指揮官もその一人だ。本人はいつの間にかどこからともなく飛んできた矢で命を落としたそうだ。
一応断っておくとやったのは俺じゃない。指示を出してもいない。どさくさに紛れてやろうと思えばできたとは思うんだが、矢がもったいないし殿下の側を離れるわけにもいかなかった。それに剣を無駄に汚したくもなかった。ゴール王国による口封じか、あるいは嫌っているやつがどさくさに紛れてやったか、そのあたりではないかと思うが、証拠はない。
大公派の中でそこまで悪質だとは見なされなかった貴族たちは爵位の召し上げ、つまり領地と王都の屋敷と財産を失って平民に落とされた。ある程度の金は残されるだろうが、これまで贅沢な暮らしをしてきた貴族が平民になって普通に生活ができるかどうか。今さら汗水垂らして働くなんてできないだろう。
しかし戦場での最高指揮官のお粗末なやり方を見る限り、大公はあまり部下に恵まれなかったようだ。あの伯爵は事を急ぎすぎたんだろう。子供でも分かるようなやり口だった。あんなお粗末なやり方でも苦労させられたのには間違いないが。
王城でやるべきことは全てやった。報告すべきことは報告した。貰うべきものは貰った。殴るべき相手は殴った。俺にとって王城はそこまで居心地のいい場所ではない。
王城は国王陛下が執務を行う場所であり、国を動かす大臣たちが働いている場所でもある。そして陰謀の巣窟でもあり、今回は俺もそこに思いっきり絡んでしまったわけだ。大公派にとっては極めて憎らしい存在だろう。
例えば軟禁中の食事だが、水に毒が入っているのは当たり前で、料理にも入っていない方が少なかった。そこまで強い毒は入っていなかったが、少なくとも腹を壊し、運が悪ければ数日は寝込むような毒が使われていた。
食事に毒を入れたと思われるやつら——大公派で、かつ俺のところに食事を運んできたやつら——は押さえつけて縛り上げ、取り上げた毒を口に入れて顎を押さえてやった。そもそも俺には効かないんだが、自分が他人に飲ませようとした毒がどれほどのものかを身をもって知ればいい。死にはしないだろうが、しばらくトイレとベッドを行ったり来たりすることになっただろう。
隠していようがいまいが毒の存在は[探索]を使えば分かるし、[分析]を使えば知っている毒ならすぐに分かる。ポケットの中なんて隠しているうちには入らないだろうに。頭は付いているはずなのに、どうしてその程度のことが分からないのか。軍学校時代によくやられた手段なので対策も問題ない。
そして大公派からは大いに嫌われた一方で、大公派以外——国王陛下や王太子殿下を支持する派閥や大公とは別の貴族の派閥——からは好意的に受け止められているらしいが、元から大公派は多い。大公がこの世から退場したとしても、手下はいくらでも残っているわけだ。このまま四散してくれれば一番いいんだが、なかなかそう上手くはいかないだろうな。
「分かりました」
「了解した」
王都に辿り着いて、まず最初にしたことは事情説明だった。今回の出征の間、部下たちにはいつどこで何があったかを覚えておくように指示をしていたので、それらの情報を突き合わせながら報告書を作成した。その書類には作成者として俺の名前が書かれていて、ロルフとハインツにも内容が間違いないことを確認してもらい、最後に署名をしてもらった。
ロルフはやや気が弱いが人当たりは良く、ハインツは口数が少ないが実直という印象をここまでは受けている。この二人の部隊は親衛隊の中でも特に殿下の近くに控えてもらっていたので、混乱の際にもすぐに駆けつけることができた。この二人がいなければ、殿下に傷の一つや二つはさせてしまったかもしれない。
今の俺には何の力もないが、今回の件に関して十分な恩賞が与えられればいいと思って二人にも署名をしてもらった。もちろん他の部下たちにも十分な恩賞が与えられるようにと殿下に頼んであるし、戦場でバラバラになった親衛隊の将兵が現れれば配慮をしてもらえるようにお願いしている。
他に大きく貢献してくれた部隊長には百人隊長のヴァルターもいるが、彼は怪我のために王都に着いてから熱を出し、すぐに療養することになった。どうやら腕にかすった鏃に毒が塗られていたようで、[解毒]を使うことは使ったがすでにかなり毒が回っていたので、そのまま軍の病院に入院している。
「殿下、もう一度確認の上、間違いがなければこちらに署名をお願いします」
「分かった。ここだな」
最後に証拠の品も添え、殿下の署名をいただいてから提出した。
「三人とも、迷惑をかけた。そして感謝する。できる限りの礼はさせてもらう」
「殿下がご無事であることが、軍学校の同期である私にとっては一番です」
「私も自分の務めを果たしたまでです」
「私も同様です」
その後は係の者の案内で、それぞれ用意された部屋へと下がることになった。
それから二週間ほどの間に二、三日に一度くらいの割合で呼び出されて質問された以外は俺にはすることがなかった。常に見張りが付いていたわけではないが、「不必要に部屋から出ないように」と言われたために出歩くこともできず、大公がそれからどうなったかは噂にしか聞いていない。ただ噂というのは口にした者が思った以上に速く遠くまで広がるため、欲しかった情報は部屋の前でのちょっとした立ち話でも手に入った。
大公がゴール王国と繋がっていたことは、残されていた手紙などによって判明した。ゴール王国の力を借りてレオナルト殿下を排除し、気弱な陛下を退位させて自分が国王になるという非常に分かりやすい夢を描いていた。だがそれもゴール王国の策略家に乗せられていただけのようだ。
ゴール王国としては大公に反乱を起こさせ、混乱に乗じて王都に進軍して占領する計画でも立てていたのではないだろうか。反乱が鎮圧されたとしても、しばらくは混乱で中枢が麻痺するだろうからゴール王国は損をしないだろう。俺でもその程度なら考えられる。
その大公は逃げ出そうとしたところを捕まって公開処刑にされたそうだ。それは自業自得だ。いや自業自得では済まないな。おかげで多くの将兵が無駄に命を落とすことになった。大公の家族については、成人男性は全員処刑、女性と未成年は修道院に入って死ぬまで俗世と切り離されるそうだ。
大公派の有力貴族もかなり減った。明らかにゴール王国と繋がっていた貴族は全て断絶で、大公と同様の処分が下った。最高指揮官もその一人だ。本人はいつの間にかどこからともなく飛んできた矢で命を落としたそうだ。
一応断っておくとやったのは俺じゃない。指示を出してもいない。どさくさに紛れてやろうと思えばできたとは思うんだが、矢がもったいないし殿下の側を離れるわけにもいかなかった。それに剣を無駄に汚したくもなかった。ゴール王国による口封じか、あるいは嫌っているやつがどさくさに紛れてやったか、そのあたりではないかと思うが、証拠はない。
大公派の中でそこまで悪質だとは見なされなかった貴族たちは爵位の召し上げ、つまり領地と王都の屋敷と財産を失って平民に落とされた。ある程度の金は残されるだろうが、これまで贅沢な暮らしをしてきた貴族が平民になって普通に生活ができるかどうか。今さら汗水垂らして働くなんてできないだろう。
しかし戦場での最高指揮官のお粗末なやり方を見る限り、大公はあまり部下に恵まれなかったようだ。あの伯爵は事を急ぎすぎたんだろう。子供でも分かるようなやり口だった。あんなお粗末なやり方でも苦労させられたのには間違いないが。
王城でやるべきことは全てやった。報告すべきことは報告した。貰うべきものは貰った。殴るべき相手は殴った。俺にとって王城はそこまで居心地のいい場所ではない。
王城は国王陛下が執務を行う場所であり、国を動かす大臣たちが働いている場所でもある。そして陰謀の巣窟でもあり、今回は俺もそこに思いっきり絡んでしまったわけだ。大公派にとっては極めて憎らしい存在だろう。
例えば軟禁中の食事だが、水に毒が入っているのは当たり前で、料理にも入っていない方が少なかった。そこまで強い毒は入っていなかったが、少なくとも腹を壊し、運が悪ければ数日は寝込むような毒が使われていた。
食事に毒を入れたと思われるやつら——大公派で、かつ俺のところに食事を運んできたやつら——は押さえつけて縛り上げ、取り上げた毒を口に入れて顎を押さえてやった。そもそも俺には効かないんだが、自分が他人に飲ませようとした毒がどれほどのものかを身をもって知ればいい。死にはしないだろうが、しばらくトイレとベッドを行ったり来たりすることになっただろう。
隠していようがいまいが毒の存在は[探索]を使えば分かるし、[分析]を使えば知っている毒ならすぐに分かる。ポケットの中なんて隠しているうちには入らないだろうに。頭は付いているはずなのに、どうしてその程度のことが分からないのか。軍学校時代によくやられた手段なので対策も問題ない。
そして大公派からは大いに嫌われた一方で、大公派以外——国王陛下や王太子殿下を支持する派閥や大公とは別の貴族の派閥——からは好意的に受け止められているらしいが、元から大公派は多い。大公がこの世から退場したとしても、手下はいくらでも残っているわけだ。このまま四散してくれれば一番いいんだが、なかなかそう上手くはいかないだろうな。
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