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プロローグ
【オフ01】不安の始まり、一人じゃないこと
しおりを挟む子供の様な体だからか、オレを抱きかかえてトイレに連れてってくれる。
個室に入り、便座に優しく座らせてくれる。までは、良かったが出ていく様子はない。
《え、なんで母さんまで》
「だって、一人で出来ないでしょ? 立つこともままならないじゃない」
パジャマのズボンをおろし……て? おや? なんの引っかかりもなくするりと。
あれれ~? あるものが無いような? 無くて良いところが少しふっくらしているぞ。
そして、オレを叩き落とす一言が、母さんから言われる。
「女の子のトイレのしかた、覚えなくちゃね」
ペタンと便座に座らされて、半放心状態のオレは、自分の体と母さんの顔を何度も何度も往復しては、瞬きや目を擦ったり、頬を抓ってみる。
《う、うそだ~~!!》
母さんが複雑そうな顔をしながら、
「受け入れなさい、今のアナタは、女の子よ」
最後に、何故かニコッと微笑んで残酷な引導の言葉をオレに発す。
―― ◇◆ ――
《もう、お婿に行けない》
「ユーちゃんの場合、初めから【お嫁さん】よりだったから大丈夫よ」
「家事全般に手芸に裁縫から、じっちゃん達の畑仕事から山の山菜取りまで、自給自足も出来る知識を兼ね備えていたからな。どこに出しても恥ずかしくないだろう」
《ねぇ、これって――》
トイレから帰ってくるまでに、何度くらい尋ねただろう、
「ドッキリじゃないし、夢でもないからね」
その度に母さんが優しく言い返してくれる。
ほぼ無意識に目の前に綺麗に切り分けられた林檎を、口に運ぶ。
いままでなら難なく二、三個は口に帆奪っていた林檎。
今は、リスの様に両手を使ってもしゃもしゃと頬に溜める様にして食べている。
「……はぁ、何か若返った気がするわね」
オレの頭を撫でて、意味不明な事を呟く母親を、ジト目で見る事しかできない。
「千代(ちよ)さん、変な事を言わないでください。俺の親が聞いたら嫉妬の炎で狂います」
元々の体も、子供とは言わないが、オレの背が小さかったのは確実に母さんの遺伝だろう。
母さんは未だに女子高生に上がりたてです、そう言っても良い見た目だからな。
オレの事を思ってか玩具にして、和んだ雰囲気の中に父さんと白衣を着たお医者さん。
そしてきっちりした綺麗なスーツを着た人が神妙な面持ちで入って来た。
「どうも初めまして」
白衣の似合う女性のお医者さんが目の前に座ると、笑顔で挨拶してくれた。
《はい、はじめ……まして?》
また、妙な違和感がオレを襲う。
「私の名前はわかるかしら?」
《え? 継森(つぎもり)なな……》
メモ帳にサラッと目の前に座る女性の名を書いた。
書き終えて、自身で理解できずに一瞬だが固まる。
自分の書いた字と、【継森なな】というお医者さんへと視線が行き来する。
「大丈夫、落ち着いてね。えっと、私が貴方に自己紹介したって記憶はある?」
ビクッと肩が震えたオレを見て、頭を撫でてくれた、母さんも隣に座って背中を摩るように撫でてくれながら、反対の手でオレの手をしっかりと握ってくれている。
聞かれたことに、やっとの思いで首を左右に振って記憶は無いと答えた。
ただ、確かに目の前に座る女性の名は、自分が書いた名前だと自信をもっている。
「そう、じゃあ次ね。私の顔に見覚えはあるかしら?」
《……はい、多分》
「多分? それは夢みたいな朧気な記憶みたいな感じ?」
《そんな感じです》
オレの一言に、態度や仕草を見て何度か考える素振りをしていた。
「ん~、あっ、貴方のお名前は?」
《風雪幸十(かざゆき ゆきと、です》
ちょっとだけ驚いた表情でななさんがオレを見た気がした。
「貴方は綺麗な緑色の瞳なのね」
ななさんの言った「貴方は」という言葉が気になったが、意味が分からず首を傾げる。
「幸ちゃん、左眼は開けられる?」
そう言われて初めて左眼に指先で触れて、瞼が開いていない事を知った。
看護婦さんが手鏡を持ってきてくれて、ジッと鏡の中に映る女の子の顔を見る。
見覚えが無いピンク色のフワッとしている綺麗な髪、小顔で子供らしいくちょっと丸い感じの幼さが残る童顔だ。でも目尻が少したれ目気だろうか、瞳の色は明るく綺麗な翡翠の様な色をしているのが分かる。
《これ……が、オレ?》
「えぇ、そうよ。それが貴方の顔、見覚えはあるかな?」
ぎこちないブリキ人形の様に首を左右に振って否定した。
「えっと、じゃあ左の瞼は開ける?」
鏡を何度も見ながら、色々と試してみるけど開く気配がない。
「無理はしないで、ちょっとゴメンね」
ねねさんが一言謝ってから、親指で優しく左瞼を開き、ライトを何度か当てる。
チラチラと眩しい。
――え? 眩しいって事は左眼の視力はあるのか!?
でも左瞼が動かないだけで、他の部分は全体的に動くんだよな。
「ナナ、日を改めた方が良いか?」
入口付近でお父さんの隣に立っていた黒スーツの人が申し訳なさそうな感じで、お医者さんの背後に近づき様子を窺うように聞く。
ジッとオレを観察する視線を浴びて、何故か勝手に身が縮んでしまうようだった。
その様子を見てか、一呼吸置いてから、
「そうね、さすがに色々と混乱しているみたいだしね。詳しい事は日を改めましょうか」
明るい声で言う。
《西願寺(さいがんじ)さんごめんな――》
――また、また知らない名前を知ってる。
このスーツの人は西願寺成(さいがんじ しげる)。
オレが巻き込まれた事件を担当している刑事さんだ。
そう…… 知っている。聞いた記憶が確かにある。
ただ、オレじゃない。いや、正確にはオレ自身が聞いた記憶が無い?
いや記憶が無いなら知っている筈がない、じゃあなんだ? 夢で見たって感覚だ。
頭の中で考えが行ったり来たり、最初に戻ってはまた同じ事を考え始めてしまう。
――別の人から名前を聞いた…… そう、そうだよ。
そう、そんな感じだ。
それが一番しっくりくる気がする。
自分自身で可笑しい事には気付いているけど。
心の中でループしている思考で、なんか一番納得のいく答えの様な気がした。
「お、やっと自分の世界から帰ってきたか」
《え? あ、なに?》
「幸ちゃんってば、皆の話を全然聞いてなかったのね」
「まぁ、あのクセが出ていた時点で薄々そんな気はしていたが……まぁ、しかたないか」
《く、くせ?》
呆れたため息を吐きながら樹一が呆れたため息を吐きながらオレを見る。
すると、母さんが人差し指を下唇に、親指を顎に当て中指で上唇を軽くゆっくり叩く、
「これよ、これ」
とか言いながら、仕草をやって見せてくれた。
そんな癖があったのか。
よく見てる、いや、よくやっちゃうのか。
《あ、あれ。ななさんと西願寺さんは?》
看護師さんも居ない。
「あぁ、もう仕事だと言って出てったぞ。親っさんを連れてな」
《あ~、そうなんだ》
「俺も、もう行くわ。まぁ、なんだ。ゆっくり養生しろよ」
頭を掻きながら、病室のドアを開けてチラッとこっちを見る。
《あ、うん。バイバイ》
そう書いたメモ帳を持って、手を振って見送る。
ころころとベッドで行ったり来たりして、鏡を見ては自分の顔を確認する。
お昼頃に仮眠をとって、目が覚めてから手鏡を持っても同じ女の子の顔が見える。
トイレに連れて行ってもらった、手洗い場の鏡も同じだ。
窓ガラスにも知らない女の子が居る。
ころんっと、ベッドに倒れると、ちょうどお父さんがノックをして入って来た。
ガサゴソと大きめのビニール袋からA4サイズ・A3サイズとB5サイズのノートやらスケッチブックを買ってくれたようだった。
「あら、わざわざ買いに行ってくれたのね」
「ん、必要だろう」
しばらく居ないと思ったら、文房具店に言っていたらしい。
お父さんは相変わらず物静かに、淡々と短い言葉で喋る。
「それと、コレ」
「あら、それは?」
「ある人からの贈り物だそうだ、西願寺さんが幸十に渡してくれと」
A4サイズ位のタブレットパソコンを手渡された。
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