アイラと神のコンパス

ほのなえ

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旅の目的編

第6話 カモメ島

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 穏やかな海の上をサルマの小船が行く。サルマは船首のそばに立ち進路を確認する。

(あのコンパスの示した方角は……)
 サルマは自分の首に紐を通してかけてあるコンパスを見る。
(……北西か。てことは行き先はカモメとうか、あるいは越えてさらに北西のどこかか……。どっちにしろそろそろ日も沈む頃だし、一旦カモメ島に立ち寄ることになりそうだな)

「サルマさん」
 船の後ろの方に座っていたアイラが声をかける。
「ん? 何だ?」
「ミンスさんのりんごパイ、食べる? 貰ってた分ちょっと持ってきたんだ」
 アイラがそう言って布の包みを広げると、手の大きさくらいのパイがいくつか姿を見せる。
「ああ、あのログの好物ってやつか。ったく、いいおっさんがりんごパイ……ねぇ」
「でも、わたしログさんの気持ちわかるな。だって、ミンスさんのは特別美味しいんだよ!」
「……そうなのか?」
「うん。ほら、食べてみてよ!」
 アイラはサルマにりんごパイを手渡す。サルマはそれを受け取り一口かじってみる。
「……‼」
(な、なんだこれ……めちゃくちゃ美味ぇっ‼)
「どう?」
 アイラがにこにこしてサルマに尋ねる。
「う、美味ぇよ……今まで食った焼き菓子の中で一番美味ぇ……!」
「でしょ! この味とか食感はミンスさんにしか出せないの。わたしもいつかは作り方教えてもらおうと思ってるんだけど、それにはまたメリスとうに帰ってこなきゃね……」
 そう言って、アイラは寂しげな表情で来た方を振り返る。

「……お、カモメとうらしきものが見えてきたな。おいオマエ、もう一度コンパス見せてくれ」
 サルマが前方の島に気づき、アイラの方を振り返る。アイラは旅の荷物が入った、背中にしょっている布袋からコンパスを取り出す。
「うん。えーと、進んでる方向と同じままだよ」
「…………」
 サルマはコンパスを確認しているアイラの横顔を見る。


(……今ここでコンパスを奪って、コイツを海に捨ててトンズラするって方法もあるが……)
 船の近くに飛んできた一羽のカモメを発見し、目を輝かせているアイラを眺めつつ、サルマは思いを巡らせる。
(周りは海だけで何もねぇ、人目の全く無ぇ状況だし……おそらく簡単にできるだろう。しかし…………ま、ガキ相手じゃそこまでしなくてもいつでも盗めるだろう。またの機会にしてやるよ。ありがたく思いな)
 そう思ってふっと鼻で笑うと、アイラから目をそらし、サルマは自分の首にかけてあるコンパスを確認する。
「進んでる方向と同じって言ったな? じゃあやはり北西……このまま進むとするか」

 アイラはサルマの方にやって来て、サルマの持っているコンパスをじーっと見つめる。
「サルマさんの首にかけてるそれも、コンパス……なの?」
「ああ、これ……な。ま、オマエのみたいに特別なやつじゃねぇ。北を指して方角を示すだけの普通のコンパスだよ」
「そうなの? でもミンスさんみたいに紐通してずっと首にかけてるじゃない。サルマさんにとって大切なお守りなの?」
「ばっ……バカ言え! こんなコンパス……大切でもなんでもねーよ!」
 アイラの言葉を聞いて、急にサルマが振り返り怒鳴る。アイラがびくっとする様子を見てサルマはハッとし、くるりと背を向ける。
「ただ……方角を見るのに便利なもんだから、首にかけて見やすいようにしてるってだけだ。他にコンパスがありゃそれでもいいし……。とにかく、これは別に俺にとって大事なものってわけじゃ……ねぇんだ」
「……そうなの」
「そうなんだよ! ……もういいだろ俺のコンパスの話は。あんまじろじろ見んなよ…………おっ?」

 前方に見えていたカモメとうが大きくなっている。海上には岩場も増え、岩場のあたりに多くのカモメの姿も見られる。
「わぁ、カモメがたくさん。かわいいなぁ」
「カモメとうや付近の岩場では特に多いんだ。……だいぶ島が近づいてきたみたいだな。もうじき日も暮れるし今日はあの島に船を一旦停めるから、オマエはコンパスの針が回るかどうか確認してくれ」
「うん、わかった」
 アイラはサルマを見て頷いた。


「よし、着いたぜ」
 サルマはカモメとうの木の板でできた船着場に船を停め、いかりを下ろす。
「どうだ、コンパスの様子は」
「うーん……あっ! 今ちょうど、くるくる回ったよ!」
「よーし、始めの目的地はここに決まりだな! じゃ、上陸すっぞ」

 サルマがそう言って木の板に足をかけると、肌がよく焼けており、白いタオルを頭に巻いた船乗り風の男がぬっと現れる。
「おい、お前さん。ここに船を停めるなら停め賃を払いな。でないとてめぇの船がどうなっても知らないぜ?」
 男はニヤニヤと笑いながらサルマの船を親指で指差す。サルマはそれを聞いてふっと鼻で笑う。
「俺の船にケチつけるとは……身の程知らずのようだな。船の船首をよく見ろよ」
「……あ? …………げぇっ‼」
 男は、船首を見て青ざめる。
「て、てめぇ……警備戦士だったのか⁉」
「おうよ。ま、今日は取り締まりに来た訳じゃねぇし、特別に見逃してやらぁ」
「………………」
 男は呆然として突っ立っていたが、慌てて逃げ出す。

「……ねぇ、サルマさん。けいびせんしってなぁに?」
 カモメとうに足を踏み入れ並んでサルマと歩きつつ、アイラは尋ねる。
「ああ……知らねぇのか。なんつーか……戦闘能力に長けてる戦士で、犯罪とか非常事態が起きた時に対処したり、そーいったことが起こらないように見張ってるヤツらのことかな」
「ふうん…………あれ? サルマさんもそうなの?」
「……いや……違ぇよ」
 サルマは足を止めアイラの方を振り返る。
「さっきは警備戦士ってことにしといた方が、船の停泊費払わずに済むからそういうことにしただけで……ヤツらはむしろ盗賊の俺からすると敵……てことになるな」
「? じゃあ、なんでさっきの人はサルマさんのことを……」
「……船だよ。俺の船にも、警備戦士のものと同じ紅竜の船首がついている。紅竜の船首と紅色の船体、三日月の形をした剣のエムブレムの描かれた帆が、警備戦士のヤツらの帆船のシンボルなんだ。……ま、俺の船には船首しかねぇんだけど、パッと見、紅竜が目についたからビビって逃げたんだろーよ」
「?? じゃあ……サルマさんの船には、どうして警備戦士の船と同じ船首がついてるの……?」
「ああ、俺の船はな……警備戦士のヤツらの帆船についてる、脱出用の小船を盗って改造したモンなんだ」
「盗っ…………⁉」
 アイラは眉をひそめてサルマをじいっと見つめる。
「……何だよその目は。言っておくがな、盗みなんて盗賊の俺にとっちゃあ日常茶飯事なんだぜ。俺に付いてくるってんならそれくらい慣れろよな」
「……それはそうだけど……」
(……にしても、よりによって悪いことを取り締まるっていう警備戦士の船を盗むなんて……度胸あるよね)
 そう思ってアイラはサルマをしげしげと眺める。

「あ、そういえば……どうしてさっきの人はサルマさんが警備戦士だってことに焦ってたの?」
「ああ……あいつもせモンだよ。ホントはアイツの持ってる場所じゃねぇのに、嘘ついてカネをぶんどってるとか……そんなとこだろう」
「……あの人悪い人だったの……」
「おう、悪いヤツはとにかく多いからな。メリスとうみてぇな平和ボケした島、他にはないんだぜ」
「………………」
 アイラは寂しげな表情で少しうつむく。
「……おっ。そんなことより、見てみろよ」
「……え?」
「これがカモメとう名物……カモメ市場だぜ」

 アイラは顔を上げる。そこにはカモメの絵が描かれたカラフルなゲートがあり、ゲートの向こうには石畳の道がどこまでも広がっていて、両脇には多くの店が立ち並んでいる。

「うわぁ、すごい‼ これがお店……? それに、見たことないものがいっぱいあるよ!」
 市場を歩きながら、アイラはずっときょろきょろと周りを見渡している。サルマは肩にかけている袋の中から麻の小さな巾着を取り出す。


「オマエはカネも知らねぇらしいし一応言っておくがな……店とか市場ってのはモノとカネをやり取りする場だ。欲しい物があったらこのカネを使って手に入れるんだ」 
 そう言って巾着から紐でできた輪っかを取り出す。輪っかには平たい細長い金属のものが連なって付けられている。
「この平たくて小さな穴が空いているのがいわゆるカネだ。穴に紐を通して持ち歩くんだ。金貨、銀貨、銅貨の三種類があって、それぞれ価値が決まっている。主にこいつらをよく使うんだが、もっと価値のある金塊、銀塊、銅塊や宝石類もカネの代わりになる」
「ふうん……そういえばみんな、サルマさんの持ってるのと同じの使ってるね」
 アイラは買い物をしている人々の様子を見て頷く。
「そうだ、あんな風に使うんだ。お互い欲しいものが一致しなくても、カネさえあれば好きなものが手に入るんだ……そこが物々交換なんかと違って便利なわけよ。どうだ、カネって素晴らしいものだろう⁉」
「た、確かに便利だね……」
 熱く語るサルマにアイラは苦笑いしつつ答える。

「よし、今日のところは晩飯をここで買って、今夜の宿を決めるぞ。そうだ、カネの使い方も見とけよ」
「うん、わかった!」

 アイラは元気よくそう言って頷く。
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