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第二話 三聖人ー1
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1 サマエル登場
深夜の街に、不穏な空気が淀む。そこは、どれほどの長さがあるとも知れない裏通りの細い路地であった。しかもその両脇は高い塀で囲まれ、じめじめとした側溝の蓋から霧のように湧き出たものか、白煙が地表を舐めるように這っていた。辺りの視界を遮り、ただでさえ不気味で薄暗い所をさらに怪しくさせて、今にも得体の知れない魔の出現を予感させるかのようだ。
ただそんな人気もない、異様な場にも拘らず、今宵に限って一人の老父が姿を見せた。酒ビンを片手に壁に寄りかかって倒れている。その貧相な成りから、札つきの浮浪者が酒を飲み過ぎて眠ってしまったのだろう。だが、もしこの場に人が居合わせたとしても、気にする者はいるはずもなかった。最下級の人種など、誰が相手にするというのか。
するとここで、奇妙な出来事が起こった? 淀んだ煙の中を男の方へと近づく、生き物?……一匹の蛇が現れたのだ。何ともグロテスクな、黒みがかった錆色の小さな体をくねらせ、側溝に沿って進んできた。そのうえ、いつの間にか老父の真近に寄ったかと思ったら、唐突に男の口の中へと潜り込んだ!
「……ぐげっ」無論、それには老父も焦ったに違いない。頭を揺らして本能的に異物を拒む。が、既に遅く、蛇は喉を通り体内へ入ってしまった。
「うっぷー」そして老父は、ただちに意識を取り戻す。目を見開きすっくと立ち上がったなら、顔を天に向けるとともに拳を握り締め、「おおおお……」と雄たけびを上げたのだ。
これはいったい……。彼に何が起こったというのか? その容姿をよくよく見れば、まるで今生まれ出でたかのような快活さで、表情も生気が漲りもう老父の顔ではなかった。たくましい骨格に荒々しい形相の、どう見ても三十歳は若返った男が立っていたではないか。
その後、男は目をらんらんと輝かせて歩き始めた。視線の先はニューヨークにそびえ建つ摩天楼、スクエアーガーデン。そこを目指して、深夜の人通りものない細い路地をひたすら歩いていくのであった。
老父は、黙々と歩を進めていた。
……と、その時、暗闇から不審な人影が出て来たことに気づく。その場は深夜のせいで誰も寄り付かない場所なのに、道沿いに据え付けられた背丈ほどもあるゴミ箱の陰にでも潜んでいたのだろうか、見知らぬ男が急に現れて、
「金目の物、持ってねえか? あるなら貸してくれや」と言った。……おそらくこの機に乗じて善からぬ算段を立てた悪人と思える。その男のうしろにも、二人の労働者風で悪党面をした族を目にしていた。
だが、老人の方はまるで眼中になく、気にも留めず歩き続けた。
そうなると、男はその無愛想な行動にしびれを切らしたようだ。途端に態度を急変させて、
「ジジイ、聞いているのか? さっさと金を出せって言ってんだ」と本性を丸出しにして叫んでいた。そのうえ、既にナイフをちらつかせ、今にも刺すぞと言わんばかりに立ち塞がった。
それでも、老人は一向に怯むことなく、余裕の笑みを浮かべて対峙する。
流石にその異質な応接には、男も呆れ顔を見せた。「何がおかしい? このナイフが見えねえのかよ」となおも粋がったが……男の運命もこれまで、本当は絡んではいけない相手だった!
忽ち老人が、前触れもなく攻撃を仕掛けた。瞬く間に右手で男の腹を貫いたのだ! それも、まるで鋭い刀のごとく一気に手首まで男の体内へ侵入させていた。
「うぐっ!」悪人は、目と口をあらん限り開いて全身を震わせながら苦しみ始めた。よもや、逆に反撃されるとは考えもしなかったであろう。ただし、これで老人の攻めが終わった訳ではない。その無抵抗な男の体から、弄るようにして半透明な球体を無理やり取り出し、高々と掲げたのだ。
男は、力なくその場に倒れ込む。事切れたかのように無念の死相を見せて……
――まさか、死んでしまったのか? 確かに、魂を奪い取ったせいだ!――
「うわー!」立ち所に、うしろの仲間二人も仰天した態になる。慄いた顔を晒し逃げ出してしまった。
……後には、何事もなかったかのように老父だけがその地に佇んでいた。
「主よ。待っていてくだされ。必ずやこの地を炎かで焼き尽くしてみせます」とポツリと呟く。続いて一層険しい顔つきになった途端、激昂して言った。「ミカエルめ。我のしもべを消しよって。いいか、この先少しでも物音がすれば我と知れ。気づかぬうちに背後から忍び寄り、八つ裂きにしてくれるわ!」
そう告げた老人の背には、知らぬ間に黒い翼が生えていた。
深夜の街に、不穏な空気が淀む。そこは、どれほどの長さがあるとも知れない裏通りの細い路地であった。しかもその両脇は高い塀で囲まれ、じめじめとした側溝の蓋から霧のように湧き出たものか、白煙が地表を舐めるように這っていた。辺りの視界を遮り、ただでさえ不気味で薄暗い所をさらに怪しくさせて、今にも得体の知れない魔の出現を予感させるかのようだ。
ただそんな人気もない、異様な場にも拘らず、今宵に限って一人の老父が姿を見せた。酒ビンを片手に壁に寄りかかって倒れている。その貧相な成りから、札つきの浮浪者が酒を飲み過ぎて眠ってしまったのだろう。だが、もしこの場に人が居合わせたとしても、気にする者はいるはずもなかった。最下級の人種など、誰が相手にするというのか。
するとここで、奇妙な出来事が起こった? 淀んだ煙の中を男の方へと近づく、生き物?……一匹の蛇が現れたのだ。何ともグロテスクな、黒みがかった錆色の小さな体をくねらせ、側溝に沿って進んできた。そのうえ、いつの間にか老父の真近に寄ったかと思ったら、唐突に男の口の中へと潜り込んだ!
「……ぐげっ」無論、それには老父も焦ったに違いない。頭を揺らして本能的に異物を拒む。が、既に遅く、蛇は喉を通り体内へ入ってしまった。
「うっぷー」そして老父は、ただちに意識を取り戻す。目を見開きすっくと立ち上がったなら、顔を天に向けるとともに拳を握り締め、「おおおお……」と雄たけびを上げたのだ。
これはいったい……。彼に何が起こったというのか? その容姿をよくよく見れば、まるで今生まれ出でたかのような快活さで、表情も生気が漲りもう老父の顔ではなかった。たくましい骨格に荒々しい形相の、どう見ても三十歳は若返った男が立っていたではないか。
その後、男は目をらんらんと輝かせて歩き始めた。視線の先はニューヨークにそびえ建つ摩天楼、スクエアーガーデン。そこを目指して、深夜の人通りものない細い路地をひたすら歩いていくのであった。
老父は、黙々と歩を進めていた。
……と、その時、暗闇から不審な人影が出て来たことに気づく。その場は深夜のせいで誰も寄り付かない場所なのに、道沿いに据え付けられた背丈ほどもあるゴミ箱の陰にでも潜んでいたのだろうか、見知らぬ男が急に現れて、
「金目の物、持ってねえか? あるなら貸してくれや」と言った。……おそらくこの機に乗じて善からぬ算段を立てた悪人と思える。その男のうしろにも、二人の労働者風で悪党面をした族を目にしていた。
だが、老人の方はまるで眼中になく、気にも留めず歩き続けた。
そうなると、男はその無愛想な行動にしびれを切らしたようだ。途端に態度を急変させて、
「ジジイ、聞いているのか? さっさと金を出せって言ってんだ」と本性を丸出しにして叫んでいた。そのうえ、既にナイフをちらつかせ、今にも刺すぞと言わんばかりに立ち塞がった。
それでも、老人は一向に怯むことなく、余裕の笑みを浮かべて対峙する。
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忽ち老人が、前触れもなく攻撃を仕掛けた。瞬く間に右手で男の腹を貫いたのだ! それも、まるで鋭い刀のごとく一気に手首まで男の体内へ侵入させていた。
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――まさか、死んでしまったのか? 確かに、魂を奪い取ったせいだ!――
「うわー!」立ち所に、うしろの仲間二人も仰天した態になる。慄いた顔を晒し逃げ出してしまった。
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「主よ。待っていてくだされ。必ずやこの地を炎かで焼き尽くしてみせます」とポツリと呟く。続いて一層険しい顔つきになった途端、激昂して言った。「ミカエルめ。我のしもべを消しよって。いいか、この先少しでも物音がすれば我と知れ。気づかぬうちに背後から忍び寄り、八つ裂きにしてくれるわ!」
そう告げた老人の背には、知らぬ間に黒い翼が生えていた。
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