242 / 280
4章 ブレイントラスト編
第5話 無限再生者
しおりを挟む
ブレイントラスト リフレッシュルーム
「ご飯よ、よくかんで食べなさい」
クロノスが昼食を済ませて中央を歩いていた時、
レイチェルが水槽に入れられてる生物にエサを与えている。
あたかも母親のような面倒見だ。
観たところ淡水魚だが、あまり見覚えのない姿。
黒く細長い40cm程の生き物はゆったりとした動きで底部にいる。
自分の知っているものとは違うようだ。
「これは魚ではないな。ウナギの様だが、なんだか色が異なる」
「デンキウナギという生物ですね。
この国には生息していない種類なんです」
「外国産生物か。しかし、なぜこの生物を?」
レイチェルが水生生物に関する研究をしているのは前でも
聞いていた通りだが、詳細までは知らない。
対象とする物をここに設置している様子でもなく
この生物も彼女が持参したわけでなく、始めからここで飼われているものだ。
そこへコウシ所長もやって来る。
「実は、飼い続けているのは私なんだ。
研究室で扱っていない物まで向こうに置けないからな」
「所長がこれを?」
「電気エネルギーを放つ珍しい生物でな。
体内に含む発電器官について前所長のオーディン博士が
研究していた物の残りで飼っていたんだ」
「生物が体内から電気を?」
デンキウナギ、2m近く成長する淡水に棲み放電力をもつという。
筋肉細胞が発電板に変位された800V、1Aの出力で、
全長の5分の4を占めるまでに長い仕組みで内包する。
現地では人以外に天敵が存在しない程、強力な生存圏をもつ生物だ。
一見、危険生物に指定されるが、ここでは研究対象の一部、
前任者が電気研究で何やら実験していた物をそのまま残していたらしい。
「人体も化学合成で微弱な電気を保持するのは理解してましたが。
高エネルギーを放出する生物、こんな性質をもつ物がいるとは・・・」
「それが、彼が退任しても連れていかなくてな。
もちろん処分するにも忍びなく、管理所にも無計画に飼育しきれん。
私も機会なく研究材料として扱おうとしたつもりが、
いつの間にかレイチェル君に世話をしてもらってな」
「いえいえ、私は水生生物が好きなので一向に構わないです」
聞けば、水生生物は種類が豊富なので好きだと言う。
もちろん生物は陸のみにあらず水中にも分布。
分類の中において多く、32900種類もの数がいるようだ。
全生物は海から誕生した説は教わってきたが、
水生生物の研究をしている彼女にとってはおあつらえ向きの
生物といえよう。
前にも聞いたが、レイチェル博士には旦那がいて同じく海洋生物に
携わっていた話があったが、すれ違いが生じて別の事に従事。
そんな彼がこの組織にいない事が気になっていた。
離婚しつつ同じ職場に勤務するケースなどあまりない方だが。
しかし、そこを聞くのは禁句。
癇に障る質問をするほど心理の素人ではない。
水と生物をどう応用しているのか、側からうかがってみた。
「そういえば君は水生生物で何を研究しているのだ?」
「流体工学を調べています。
水中生物が幾何学的に活動する構造を移動面から研究する事を少々」
「確かに水抵抗による生態を工学する者が母国でもいたな。
魚のロボットも現代では完全に再現していたが。
ん、そこと海洋生物に接点が?」
「いいえ、今施しているのは淡水生物の側です。
海洋生物とは未練もなく元の淡水のままシフトし続けていまして。
もう離婚してそれすら関わりもなくなっておりましたけど、ええ」
「そうか・・・すまない」
また余計な事を聞いてしまったようだ。
彼女の言い分は旦那の海水と決別した意味で述べていたのだろう。
別れがてらに違う道を選んだのかは分からなかったが、
事情が事情なのでこれ以上追及するのは止めておく。
淡々とした手つきで水槽に次々とエサを入れている。
中には埋め尽くす程、びっしりとガラスに張り付く無数の
軟体生物もいるが、まったく臆せずに続けている彼女。
(私の運命を決めたのは全てこの子達)
レイチェルは白い生物の群れを眺めて思う。
ここに居る由縁がこの子達がきっかけだとは誰にも思われないだろう。
同じ経験をした者など誰にもいないと回想。
自分の進路を決定づけたある出来事が脳裏に振り返らせ、
今を生きるきっかけとなった追憶がゆるやかに甦っていった。
レイチェル 18歳
バシッ
「「ううっ」」
「貴様は今日限りで跡継ぎを無効にする!
すぐに出ていけ!!」
父親から張り手された。
私は不妊症にかかっていて、発覚して大きな怒りを受ける。
ようやく認められて結婚にまでこぎづけたにも関わらず、
子どもができないので当主の跡継ぎとして認められず、
父親に勘当されて家を追い出されてしまった。
これは絶縁、地元で有権者の1つであったために計画の誤算により
家の者として認められずに他人扱いとなる。
「レイ・・・」
「「私は・・・大丈夫です・・・私は」」
行く当てもなかったので、旦那の家に引っ越すことにした。
少しの間準備がかかると、業者に言われたので家に向かう
その前に近くにあった小さな小川に立ち寄ってみる。
ここに来た事はほとんどない、常に幼少から行動を制限されていたので
あてもないのに気まぐれにここへ来る。
然程深くはない浅い川で、私は座って水面を眺めていた。
流れも緩やかな透明で綺麗な水。
すると、私はそこでうごめく白く小さな生き物を見つけた。
プラナリアという生物だった。
(可愛い)
「それはプラナリアという生物だな、やたらと触れない方が良いぞ」
「ぷらなりあ?」
指に留めていた生物の名だ。
旦那は海洋生物の学者でクジラの研究をしている。
最近、北海道で大型のクジラが発見されて、各生物学者達が
こぞって捕獲された水域の巨体を調べていた。
私も追従するべく必死で学問に励み、関係する組織に入れたのだ。
その後、この生物は環形虫類の仲間だと知る。
小さくてモゾモゾして自分と似たような習性で、
次第にその生物へ愛着が湧くようになってきた。
飼いたくなったが、旦那は意外にも蟲を嫌っており気持ち悪がられる。
だから、自宅ではなく研究所でコッソリと飼う事にした。
国立環境研究所
「き、君・・・なんだそれは!?」
「プラナリアです、ぜひ水槽を置かせて下さい」
しかし、注目される。
自前で捕ってきた子達をここに置かせて育てる要望をした。
元から研究している部署があるものの、500の子を多く世話する
所はなく個人による頼み事として置かせたい。
元有権者の娘の影響か、断れずに既存のケースに入れさせてもらう。
上司や周りも蟲類に馴染んでいないのか、
私の要望を快く思ってはいなかった。
より妙な目線で見られている気がする。
許可はとれたものの離れていけと言わんばかりに、
私専用の個室を用意されたが、立場そのものは後も変わっていない。
「このドキュメント300枚コピーしといて!」
「はい」
「レイチェル君、これもお願いね」
「はい」
周りの研究員に小仕事を押し付けられている。
断れない性格を知っていて、いつも面倒事を私に押し付けていた。
どんな名家に生まれても実力主義の世界においては無効化。
この頃は科学の成果もあまり上げられずに雑用係同様の仕事ばかりで、
重要な仕事はほとんど回されずに身を凌ぐのみだった。
同僚達は早く休憩するために、食堂へ行ってしまう。
「「・・・ううっ」」
いつか旦那と同じ職場にいられるのを願って耐え忍んでいた。
しかし、そんな旦那も最近帰りが遅くなる日ばかり続いた。
理由を聞いても、仕事が忙しいという。
あのクジラによほど大きな問題を抱えているのか、
何か相談にのろうと案じたいが聞き出す機会が見つからない。
良案なく内心濁らせていると、1人の同僚が近づいてきた。
「レイチェル聞いた?
あなたの旦那が上司の娘とやたらと会ってるらしいのよ」
「「そんな・・・あの人が」」
噂の好きそうな女研究員に私の反応を期待してそうに言われる。
居ても立っても居られずに、旦那の職場に向かって行った。
海洋生態研究所
「いた」
従業員もいなく、元々影が薄いのか容易く入れる。
ルームのドア外から覗くと、旦那の姿があった。
やはり彼はまだここにいたようだ。
こんな時間に遅くまでクジラの研究をしていたのか、
職務時間をとうに過ぎているにもかかわらず中でたたずんでいた。
心配していた彼女は声をかけようとした寸前、
次の旦那の言葉が常軌を逸したものだった。
「むふふうっ、もう我慢できないぞおおお。
生物の原点である海の王格にたるクジラよ。
今宵も圧倒する艶やかな朱肉をさらけだし
我に拝謁させたまえええぇぇぇ」
「!!??」
全裸でクジラに向かって言葉を発している。
今まで一度たりとも私に見せなかった風貌を露にして狂言を放ち、
まるで憑りつかれたかに両腕を広げた後、それに近づいていく。
そして。
ズボッ モゾモゾモゾ
旦那がクジラの肛門をこじ開けて体内へと侵入した。
ほんの少しだけ揺れながら、表面が蠢いている。
中で何をしているのかまったく理解できない。
(・・・彼が内蔵に潜り込んでいる)
大腸の調査などではない、明らかに個人による異常行動。
こんな性格、風貌など今まで見た事がない。
もう、それ以上は怖くて観ていられない。
訳も分からず、私は自室へと逃げて行った。
レイチェル自室
旦那のあの時の行動がすっかりと頭に焼き付いてしまった。
隠れて観ていたのを素直に打ち明けるべきか。
いや、嫌われるかもしれない。
本人の口から知る勇気もなく、黙っておくことにする。
ただ1つだけ理解できたのは、私はクジラ以下だった事だ。
モゾモゾ
水槽からプラナリアを1匹取り出してテーブルの上にのせた。
渦虫ともよばれるそれは、モゾモゾと這って動いている。
理由もなく、ただ気鬱に見つめている。
旦那とそれの重なるイメージの様な感覚が私を
精神の窮地へと縛り付けていく。
その時であった。
プツン
脳内の何かが弾けた。
憎悪なのか嫉妬なのか、よく分からない感情が渦巻き
目の前にいるプラナリアをメスで一刀両断してしまった。
スパッ
「「プラナリアは・・・分裂する」」
プラナリアは2つに分かれる。
私の思いも、こんな状態と重なりつつある。
目の前の物体は2つなのにも拘わらず、気持ちは1つに統合したがる。
苦しくても自分の願いが叶わない。
自らが分かれてゆく身体と精神の関係があたかも目前の光景と
等しくなる様に観えていった。
1週間後
「じゃあ、今日はこれだけやってくれ!」
「はい」
「あれとそれもやっといてよ」
「はい」
同僚達は相変わらず仕事を押し付けてくる。
私はストレスが溜まる度にプラナリアを切り続けた。
自分の子どもを切り刻むのは心が痛む、それでも手が止まらない。
切っても死なない。
この子が延々と繁殖し続けるのでやめられなかった。
スパッ スパッ スパッ スパッ
「「増える、増える、子どもが増える・・・」」
男が羨ましい、自分勝手に種をまき散らかせるから。
女は受け入れるだけの器。
目を付けられなくなったらそこで終わり。
永らく待ち続ける苦しみが待っている。
そして衰退して死に絶えるだけ。
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
「「私は・・・淘汰などされていない。
増やしているの・・・子どもを」」
薄暗い小部屋で腕を動かし切り続ける自分がそこにいた。
家に帰る気すら失いつつある。
このまま、この子達と一緒にいたい気持ちの方が上回ってくる。
手が止められずに私は無心で斬り続けた。
2日後
「おい、あの人出てこないけど何やってるんだ?」
「さあな、2日も出てこないと、さすがにおかしいだろ」
周りの研究者達も異変に気が付きだした。
タイムカードを見た主任がいつまでも退出していなかったレイチェルに
不審を抱いて様子を確認しに行く。昨日は休みで彼女に雑用させる機会も
なかったので誰も気にかけていなかった。
中にいる気配がするものの、あまり音が聴こえない。
研究員は恐る恐るドアを開けた瞬間だった。
ドチャドチャドチャグチャドチャ
「うわあああああああああ!!」
プラナリアの群れが部屋から溢れ出るように流れてきた。
周囲は阿鼻叫喚で研究者達が逃げ惑う。
レイチェルは彼らにおびえられている光景をここで気が付く。
ずっと明かりも付けずに隣室の光で子どもの繁殖を行っていて、
どれだけ時間が過ぎたのか確かめていなかった。
ぬるやかに包まれている私は満面の笑みでお構いなしに
無関係な彼らに溜め込んだ思いを伝える。
「個体を無限に再生できるならば、
事実上、子どもを造る事と等しい行為ですよね」
唖然を通りこして恐怖を覚える研究者達の目がそこにある。
すっかりとこの件があっという間に広まって以来、人事異動を宣告された。
しかも、旦那とも音信不通となった。
彼の異動届出書と離婚届けの2つを目にしてしまう。
悲しみに暮れたが、反する意も借りて長くない。
私は画期的な繫栄の手段の喜びを手に入れたのだから。
もう1つ大きな幸運を手にした。
コウシ所長の組織、ブレイントラストのAURO研究の過程が
扁形生物、環形虫類がもつ屈折作用との接点が判明したのだ。
全身が幹となり、神経が無数に独立して接する仕組みを工学へ応用、
質量を分子レベルの大きさに変換収縮できる可能性が分かった。
電気の性質をもつAUROとプラナリアの軟体性質を書いた
論文が彼の目に留まり、異動する機会に恵まれる。
ここと今の自分の立場と接点をもつきっかけになったのは前の出来事だった。
海洋生態研究所
「あなたは旦那とどういったご関係なの?」
とうとう上司の娘と真相を知るべく、直に話し合う事にした。
まだ縁を切られた理由を知りたかった時の事で、
旦那の動機について何か知っているかもしれない。
本人に聞けないのならば、周囲から聞けば良いと機転を利かす。
同僚が言っていた者なら行動心理を知っているのではと直に聞くのみで、
妻の私にとってより知る権利も道理もあるはず。
しかし、彼女は予想に反する回答を述べ始めた。
「これだけは言わせてもらうけど、決してあなたの旦那とは、
あなたが予想している関係ではないわ。
原因を知りたくて聞きにきたんでしょうけど、私だって不明だし」
「ならば何故・・・!?」
「あの人、就業後に研究員が帰宅した後、タイムカードを切っても
時たまクジラの中に入っては変な事してたのよ」
関係者も同じ内容を口にする。
確かに、あの時の旦那も同様な挙動不審をしていたのは自分も目撃していた。
それでも、身近にいながら何故彼を止めさせようとしてくれなかったのか、
悔しさとは裏に続けて彼女からでた報告は前代未聞の内容であった。
「あの後、父がクジラの中を調べてたらこんなものが見つかったのよ」
「・・・・・・・・・なに、これは!?」
言い分が飲み込めないと知られて現物を見せると言う。
娘が室内の冷凍庫から保管されていた物を取り出して
レイチェルの目の前に置いた。
それはデンキウナギだったのだ。
旦那が体内で置いたという物の正体が雷を内包する生物だ。
少なくとも、そこにいた研究員で理由を理解できた者は1人もいない。
淡水に棲む生物をどうして海水に棲む生物の中に入れるのか?
私と会う時間を割いてでも職務とは異なる行為を。
それが記憶から離れなかった。
別れ際の私に対するあの人の置き土産なのか、
生殖行為という役目を果たせない代替をクジラに求めていたのか。
そうでなくともそう思える感覚は脳内に永遠にへばり続けている。
まるで地を這う繊毛虫の様に。
海洋生物への嫉妬、執着が消える事はなかった。
(・・・あの人は本当に私を見てくれていたの?)
彼の行為を素直に受け入れる気持ちが湧かない
酌量の余地が見いだせずにいつまでも回り続けている
置き去りにされた身も縮まる様な収縮感
対して、この子供たちの性質がさらに高まって
その視線がプラナリアから極細なる粒子へと変わりゆく
表面のぬめりは生物の生き様と電気の微細構造と重ねた
変化を見逃さずにはいられなかった
「私はそれをAURO磁性流体と呼称します。
強磁性微粒子と表面活性剤を用いた分子結合を電気情報で
存在を収縮、原子構造を限りなくミクロの範囲へ変形させる技術を
環形虫類の構造を基に仮設し、創造してみました」
「なるほど、タコなどの軟体生物はあらゆる形に変形できる。
AUROによる負の力場に電子殻を歪曲させて円環状に折りたたみ、
質量に大きく負担をかける事なく収縮できるのか。
まさに幾何学の真骨頂だな」
「プラナリアは流入に最適な体質で最高の屈折作用を働きかけます。
姿形をどこまでも見えないサイズにまで縮めて存在の負担を和らげる。
繊毛から成る、物質という情報を操作した複素場円環理論。
幹の集合体は存在をあらゆるサイズに変える事ができる。
その結論へ導けたのも、この子達のおかげです」
レイチェルは得た成果をコウシ所長に表彰される。
複素場円環技術の誕生。
人類で初めてサイズを自由に変形させられる事に成功した。
横で見ていたクロノスも予想外な創造に大きく感心。
こうして彼女も大きな結果を出して功績をあげた。
自分もそれを微笑ましく見ている。そんな彼女とは対称的に
側から離れた者達の視線は同じものではなかった。
ブレイントラストの研究者はある意味ライバルそのもので、
等しく特待生どうしの我々にとって実感が湧きにくいだろう。
レイチェルは指で白い生物を優しく撫でる。
「・・・・・・」
彼女専用の水槽に入っているのはほとんどプラナリアだ。
1ケース100匹以上はいるだろう、
他の生物がいる中にも混ぜて入っている。
環形虫類の群れを観て快く思う者など余程の蟲好きくらいだろう。
(対象が不快でも追求するのが研究者。
物事の捉え方は科学の世界でも種別されるものだが)
ただ、レイチェルも話の経緯で心の中に捉われる部分を察知した。
考えられるのは関係妄想。
旦那との乖離が他への癒着に偏移した可能性がある。
生命の観点から不妊症という役割をもてない苦しみの果てに、
出会った白い生物に依代を見出していると懸念した。
もちろん、本人に言うつもりはない。
彼女の情動はアメリアと違い、後から押し寄せる節がある。
プラナリアを抑えようものなら、今後の心情に影響するだろう。
研究とはいえ、待合室やロビーの水槽にこれでもかと収めて
ケース設置で幅を取って許可するコウシ所長も肝がすわっている。
さながら自分も妙な態度で気取られぬよう
薄目でケースを眺めている内に、ある事に気がついた。
(デンキウナギの所には1匹も入っていない)
数時間後 レイチェル個室
今日の就業も終わり、レイチェルは就寝するために
明日の研究に備えて準備をしてから寝ようとする。
と、みせかけて水生生物についてサイトで調べてみる気になった。
プラナリアは淡水生物といえ、一部のみの生息圏。
それに、彼の研究に関する情報があるかもしれないと
海洋生物を含めた他の情報を観たくなったのだ。
「絶滅した数、15536種類・・・」
絶滅危惧種のすぐ側に表示されていた絶滅数。
約85000種類いるとされる軟体動物がいつの間にか減少していた。
全ての生命が誕生したとされる場で、これだけの命が失われている。
人口増加における食料事情はもちろん、人間達の矛先が
多く海に向けられていたのは以前から知ってはいた。
理由など乱獲に他ない。
「「あれだけいた多くの動物達が・・・」」
全生物の中でも群を抜いての数、犠牲となっていた。
この時代は人口増加に伴い、水域資源も隅々まで漁り尽くされて
人々の口の中に収められている。
研究でそれを食い止めようにも有効的な方法論がなく、
自分1人でどうにかできるはずもない。
部屋内の水槽にいる子を1匹指ですくい、不安気に閲覧を続けていた。
「ご飯よ、よくかんで食べなさい」
クロノスが昼食を済ませて中央を歩いていた時、
レイチェルが水槽に入れられてる生物にエサを与えている。
あたかも母親のような面倒見だ。
観たところ淡水魚だが、あまり見覚えのない姿。
黒く細長い40cm程の生き物はゆったりとした動きで底部にいる。
自分の知っているものとは違うようだ。
「これは魚ではないな。ウナギの様だが、なんだか色が異なる」
「デンキウナギという生物ですね。
この国には生息していない種類なんです」
「外国産生物か。しかし、なぜこの生物を?」
レイチェルが水生生物に関する研究をしているのは前でも
聞いていた通りだが、詳細までは知らない。
対象とする物をここに設置している様子でもなく
この生物も彼女が持参したわけでなく、始めからここで飼われているものだ。
そこへコウシ所長もやって来る。
「実は、飼い続けているのは私なんだ。
研究室で扱っていない物まで向こうに置けないからな」
「所長がこれを?」
「電気エネルギーを放つ珍しい生物でな。
体内に含む発電器官について前所長のオーディン博士が
研究していた物の残りで飼っていたんだ」
「生物が体内から電気を?」
デンキウナギ、2m近く成長する淡水に棲み放電力をもつという。
筋肉細胞が発電板に変位された800V、1Aの出力で、
全長の5分の4を占めるまでに長い仕組みで内包する。
現地では人以外に天敵が存在しない程、強力な生存圏をもつ生物だ。
一見、危険生物に指定されるが、ここでは研究対象の一部、
前任者が電気研究で何やら実験していた物をそのまま残していたらしい。
「人体も化学合成で微弱な電気を保持するのは理解してましたが。
高エネルギーを放出する生物、こんな性質をもつ物がいるとは・・・」
「それが、彼が退任しても連れていかなくてな。
もちろん処分するにも忍びなく、管理所にも無計画に飼育しきれん。
私も機会なく研究材料として扱おうとしたつもりが、
いつの間にかレイチェル君に世話をしてもらってな」
「いえいえ、私は水生生物が好きなので一向に構わないです」
聞けば、水生生物は種類が豊富なので好きだと言う。
もちろん生物は陸のみにあらず水中にも分布。
分類の中において多く、32900種類もの数がいるようだ。
全生物は海から誕生した説は教わってきたが、
水生生物の研究をしている彼女にとってはおあつらえ向きの
生物といえよう。
前にも聞いたが、レイチェル博士には旦那がいて同じく海洋生物に
携わっていた話があったが、すれ違いが生じて別の事に従事。
そんな彼がこの組織にいない事が気になっていた。
離婚しつつ同じ職場に勤務するケースなどあまりない方だが。
しかし、そこを聞くのは禁句。
癇に障る質問をするほど心理の素人ではない。
水と生物をどう応用しているのか、側からうかがってみた。
「そういえば君は水生生物で何を研究しているのだ?」
「流体工学を調べています。
水中生物が幾何学的に活動する構造を移動面から研究する事を少々」
「確かに水抵抗による生態を工学する者が母国でもいたな。
魚のロボットも現代では完全に再現していたが。
ん、そこと海洋生物に接点が?」
「いいえ、今施しているのは淡水生物の側です。
海洋生物とは未練もなく元の淡水のままシフトし続けていまして。
もう離婚してそれすら関わりもなくなっておりましたけど、ええ」
「そうか・・・すまない」
また余計な事を聞いてしまったようだ。
彼女の言い分は旦那の海水と決別した意味で述べていたのだろう。
別れがてらに違う道を選んだのかは分からなかったが、
事情が事情なのでこれ以上追及するのは止めておく。
淡々とした手つきで水槽に次々とエサを入れている。
中には埋め尽くす程、びっしりとガラスに張り付く無数の
軟体生物もいるが、まったく臆せずに続けている彼女。
(私の運命を決めたのは全てこの子達)
レイチェルは白い生物の群れを眺めて思う。
ここに居る由縁がこの子達がきっかけだとは誰にも思われないだろう。
同じ経験をした者など誰にもいないと回想。
自分の進路を決定づけたある出来事が脳裏に振り返らせ、
今を生きるきっかけとなった追憶がゆるやかに甦っていった。
レイチェル 18歳
バシッ
「「ううっ」」
「貴様は今日限りで跡継ぎを無効にする!
すぐに出ていけ!!」
父親から張り手された。
私は不妊症にかかっていて、発覚して大きな怒りを受ける。
ようやく認められて結婚にまでこぎづけたにも関わらず、
子どもができないので当主の跡継ぎとして認められず、
父親に勘当されて家を追い出されてしまった。
これは絶縁、地元で有権者の1つであったために計画の誤算により
家の者として認められずに他人扱いとなる。
「レイ・・・」
「「私は・・・大丈夫です・・・私は」」
行く当てもなかったので、旦那の家に引っ越すことにした。
少しの間準備がかかると、業者に言われたので家に向かう
その前に近くにあった小さな小川に立ち寄ってみる。
ここに来た事はほとんどない、常に幼少から行動を制限されていたので
あてもないのに気まぐれにここへ来る。
然程深くはない浅い川で、私は座って水面を眺めていた。
流れも緩やかな透明で綺麗な水。
すると、私はそこでうごめく白く小さな生き物を見つけた。
プラナリアという生物だった。
(可愛い)
「それはプラナリアという生物だな、やたらと触れない方が良いぞ」
「ぷらなりあ?」
指に留めていた生物の名だ。
旦那は海洋生物の学者でクジラの研究をしている。
最近、北海道で大型のクジラが発見されて、各生物学者達が
こぞって捕獲された水域の巨体を調べていた。
私も追従するべく必死で学問に励み、関係する組織に入れたのだ。
その後、この生物は環形虫類の仲間だと知る。
小さくてモゾモゾして自分と似たような習性で、
次第にその生物へ愛着が湧くようになってきた。
飼いたくなったが、旦那は意外にも蟲を嫌っており気持ち悪がられる。
だから、自宅ではなく研究所でコッソリと飼う事にした。
国立環境研究所
「き、君・・・なんだそれは!?」
「プラナリアです、ぜひ水槽を置かせて下さい」
しかし、注目される。
自前で捕ってきた子達をここに置かせて育てる要望をした。
元から研究している部署があるものの、500の子を多く世話する
所はなく個人による頼み事として置かせたい。
元有権者の娘の影響か、断れずに既存のケースに入れさせてもらう。
上司や周りも蟲類に馴染んでいないのか、
私の要望を快く思ってはいなかった。
より妙な目線で見られている気がする。
許可はとれたものの離れていけと言わんばかりに、
私専用の個室を用意されたが、立場そのものは後も変わっていない。
「このドキュメント300枚コピーしといて!」
「はい」
「レイチェル君、これもお願いね」
「はい」
周りの研究員に小仕事を押し付けられている。
断れない性格を知っていて、いつも面倒事を私に押し付けていた。
どんな名家に生まれても実力主義の世界においては無効化。
この頃は科学の成果もあまり上げられずに雑用係同様の仕事ばかりで、
重要な仕事はほとんど回されずに身を凌ぐのみだった。
同僚達は早く休憩するために、食堂へ行ってしまう。
「「・・・ううっ」」
いつか旦那と同じ職場にいられるのを願って耐え忍んでいた。
しかし、そんな旦那も最近帰りが遅くなる日ばかり続いた。
理由を聞いても、仕事が忙しいという。
あのクジラによほど大きな問題を抱えているのか、
何か相談にのろうと案じたいが聞き出す機会が見つからない。
良案なく内心濁らせていると、1人の同僚が近づいてきた。
「レイチェル聞いた?
あなたの旦那が上司の娘とやたらと会ってるらしいのよ」
「「そんな・・・あの人が」」
噂の好きそうな女研究員に私の反応を期待してそうに言われる。
居ても立っても居られずに、旦那の職場に向かって行った。
海洋生態研究所
「いた」
従業員もいなく、元々影が薄いのか容易く入れる。
ルームのドア外から覗くと、旦那の姿があった。
やはり彼はまだここにいたようだ。
こんな時間に遅くまでクジラの研究をしていたのか、
職務時間をとうに過ぎているにもかかわらず中でたたずんでいた。
心配していた彼女は声をかけようとした寸前、
次の旦那の言葉が常軌を逸したものだった。
「むふふうっ、もう我慢できないぞおおお。
生物の原点である海の王格にたるクジラよ。
今宵も圧倒する艶やかな朱肉をさらけだし
我に拝謁させたまえええぇぇぇ」
「!!??」
全裸でクジラに向かって言葉を発している。
今まで一度たりとも私に見せなかった風貌を露にして狂言を放ち、
まるで憑りつかれたかに両腕を広げた後、それに近づいていく。
そして。
ズボッ モゾモゾモゾ
旦那がクジラの肛門をこじ開けて体内へと侵入した。
ほんの少しだけ揺れながら、表面が蠢いている。
中で何をしているのかまったく理解できない。
(・・・彼が内蔵に潜り込んでいる)
大腸の調査などではない、明らかに個人による異常行動。
こんな性格、風貌など今まで見た事がない。
もう、それ以上は怖くて観ていられない。
訳も分からず、私は自室へと逃げて行った。
レイチェル自室
旦那のあの時の行動がすっかりと頭に焼き付いてしまった。
隠れて観ていたのを素直に打ち明けるべきか。
いや、嫌われるかもしれない。
本人の口から知る勇気もなく、黙っておくことにする。
ただ1つだけ理解できたのは、私はクジラ以下だった事だ。
モゾモゾ
水槽からプラナリアを1匹取り出してテーブルの上にのせた。
渦虫ともよばれるそれは、モゾモゾと這って動いている。
理由もなく、ただ気鬱に見つめている。
旦那とそれの重なるイメージの様な感覚が私を
精神の窮地へと縛り付けていく。
その時であった。
プツン
脳内の何かが弾けた。
憎悪なのか嫉妬なのか、よく分からない感情が渦巻き
目の前にいるプラナリアをメスで一刀両断してしまった。
スパッ
「「プラナリアは・・・分裂する」」
プラナリアは2つに分かれる。
私の思いも、こんな状態と重なりつつある。
目の前の物体は2つなのにも拘わらず、気持ちは1つに統合したがる。
苦しくても自分の願いが叶わない。
自らが分かれてゆく身体と精神の関係があたかも目前の光景と
等しくなる様に観えていった。
1週間後
「じゃあ、今日はこれだけやってくれ!」
「はい」
「あれとそれもやっといてよ」
「はい」
同僚達は相変わらず仕事を押し付けてくる。
私はストレスが溜まる度にプラナリアを切り続けた。
自分の子どもを切り刻むのは心が痛む、それでも手が止まらない。
切っても死なない。
この子が延々と繁殖し続けるのでやめられなかった。
スパッ スパッ スパッ スパッ
「「増える、増える、子どもが増える・・・」」
男が羨ましい、自分勝手に種をまき散らかせるから。
女は受け入れるだけの器。
目を付けられなくなったらそこで終わり。
永らく待ち続ける苦しみが待っている。
そして衰退して死に絶えるだけ。
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
自然淘汰自然淘汰自然淘汰
「「私は・・・淘汰などされていない。
増やしているの・・・子どもを」」
薄暗い小部屋で腕を動かし切り続ける自分がそこにいた。
家に帰る気すら失いつつある。
このまま、この子達と一緒にいたい気持ちの方が上回ってくる。
手が止められずに私は無心で斬り続けた。
2日後
「おい、あの人出てこないけど何やってるんだ?」
「さあな、2日も出てこないと、さすがにおかしいだろ」
周りの研究者達も異変に気が付きだした。
タイムカードを見た主任がいつまでも退出していなかったレイチェルに
不審を抱いて様子を確認しに行く。昨日は休みで彼女に雑用させる機会も
なかったので誰も気にかけていなかった。
中にいる気配がするものの、あまり音が聴こえない。
研究員は恐る恐るドアを開けた瞬間だった。
ドチャドチャドチャグチャドチャ
「うわあああああああああ!!」
プラナリアの群れが部屋から溢れ出るように流れてきた。
周囲は阿鼻叫喚で研究者達が逃げ惑う。
レイチェルは彼らにおびえられている光景をここで気が付く。
ずっと明かりも付けずに隣室の光で子どもの繁殖を行っていて、
どれだけ時間が過ぎたのか確かめていなかった。
ぬるやかに包まれている私は満面の笑みでお構いなしに
無関係な彼らに溜め込んだ思いを伝える。
「個体を無限に再生できるならば、
事実上、子どもを造る事と等しい行為ですよね」
唖然を通りこして恐怖を覚える研究者達の目がそこにある。
すっかりとこの件があっという間に広まって以来、人事異動を宣告された。
しかも、旦那とも音信不通となった。
彼の異動届出書と離婚届けの2つを目にしてしまう。
悲しみに暮れたが、反する意も借りて長くない。
私は画期的な繫栄の手段の喜びを手に入れたのだから。
もう1つ大きな幸運を手にした。
コウシ所長の組織、ブレイントラストのAURO研究の過程が
扁形生物、環形虫類がもつ屈折作用との接点が判明したのだ。
全身が幹となり、神経が無数に独立して接する仕組みを工学へ応用、
質量を分子レベルの大きさに変換収縮できる可能性が分かった。
電気の性質をもつAUROとプラナリアの軟体性質を書いた
論文が彼の目に留まり、異動する機会に恵まれる。
ここと今の自分の立場と接点をもつきっかけになったのは前の出来事だった。
海洋生態研究所
「あなたは旦那とどういったご関係なの?」
とうとう上司の娘と真相を知るべく、直に話し合う事にした。
まだ縁を切られた理由を知りたかった時の事で、
旦那の動機について何か知っているかもしれない。
本人に聞けないのならば、周囲から聞けば良いと機転を利かす。
同僚が言っていた者なら行動心理を知っているのではと直に聞くのみで、
妻の私にとってより知る権利も道理もあるはず。
しかし、彼女は予想に反する回答を述べ始めた。
「これだけは言わせてもらうけど、決してあなたの旦那とは、
あなたが予想している関係ではないわ。
原因を知りたくて聞きにきたんでしょうけど、私だって不明だし」
「ならば何故・・・!?」
「あの人、就業後に研究員が帰宅した後、タイムカードを切っても
時たまクジラの中に入っては変な事してたのよ」
関係者も同じ内容を口にする。
確かに、あの時の旦那も同様な挙動不審をしていたのは自分も目撃していた。
それでも、身近にいながら何故彼を止めさせようとしてくれなかったのか、
悔しさとは裏に続けて彼女からでた報告は前代未聞の内容であった。
「あの後、父がクジラの中を調べてたらこんなものが見つかったのよ」
「・・・・・・・・・なに、これは!?」
言い分が飲み込めないと知られて現物を見せると言う。
娘が室内の冷凍庫から保管されていた物を取り出して
レイチェルの目の前に置いた。
それはデンキウナギだったのだ。
旦那が体内で置いたという物の正体が雷を内包する生物だ。
少なくとも、そこにいた研究員で理由を理解できた者は1人もいない。
淡水に棲む生物をどうして海水に棲む生物の中に入れるのか?
私と会う時間を割いてでも職務とは異なる行為を。
それが記憶から離れなかった。
別れ際の私に対するあの人の置き土産なのか、
生殖行為という役目を果たせない代替をクジラに求めていたのか。
そうでなくともそう思える感覚は脳内に永遠にへばり続けている。
まるで地を這う繊毛虫の様に。
海洋生物への嫉妬、執着が消える事はなかった。
(・・・あの人は本当に私を見てくれていたの?)
彼の行為を素直に受け入れる気持ちが湧かない
酌量の余地が見いだせずにいつまでも回り続けている
置き去りにされた身も縮まる様な収縮感
対して、この子供たちの性質がさらに高まって
その視線がプラナリアから極細なる粒子へと変わりゆく
表面のぬめりは生物の生き様と電気の微細構造と重ねた
変化を見逃さずにはいられなかった
「私はそれをAURO磁性流体と呼称します。
強磁性微粒子と表面活性剤を用いた分子結合を電気情報で
存在を収縮、原子構造を限りなくミクロの範囲へ変形させる技術を
環形虫類の構造を基に仮設し、創造してみました」
「なるほど、タコなどの軟体生物はあらゆる形に変形できる。
AUROによる負の力場に電子殻を歪曲させて円環状に折りたたみ、
質量に大きく負担をかける事なく収縮できるのか。
まさに幾何学の真骨頂だな」
「プラナリアは流入に最適な体質で最高の屈折作用を働きかけます。
姿形をどこまでも見えないサイズにまで縮めて存在の負担を和らげる。
繊毛から成る、物質という情報を操作した複素場円環理論。
幹の集合体は存在をあらゆるサイズに変える事ができる。
その結論へ導けたのも、この子達のおかげです」
レイチェルは得た成果をコウシ所長に表彰される。
複素場円環技術の誕生。
人類で初めてサイズを自由に変形させられる事に成功した。
横で見ていたクロノスも予想外な創造に大きく感心。
こうして彼女も大きな結果を出して功績をあげた。
自分もそれを微笑ましく見ている。そんな彼女とは対称的に
側から離れた者達の視線は同じものではなかった。
ブレイントラストの研究者はある意味ライバルそのもので、
等しく特待生どうしの我々にとって実感が湧きにくいだろう。
レイチェルは指で白い生物を優しく撫でる。
「・・・・・・」
彼女専用の水槽に入っているのはほとんどプラナリアだ。
1ケース100匹以上はいるだろう、
他の生物がいる中にも混ぜて入っている。
環形虫類の群れを観て快く思う者など余程の蟲好きくらいだろう。
(対象が不快でも追求するのが研究者。
物事の捉え方は科学の世界でも種別されるものだが)
ただ、レイチェルも話の経緯で心の中に捉われる部分を察知した。
考えられるのは関係妄想。
旦那との乖離が他への癒着に偏移した可能性がある。
生命の観点から不妊症という役割をもてない苦しみの果てに、
出会った白い生物に依代を見出していると懸念した。
もちろん、本人に言うつもりはない。
彼女の情動はアメリアと違い、後から押し寄せる節がある。
プラナリアを抑えようものなら、今後の心情に影響するだろう。
研究とはいえ、待合室やロビーの水槽にこれでもかと収めて
ケース設置で幅を取って許可するコウシ所長も肝がすわっている。
さながら自分も妙な態度で気取られぬよう
薄目でケースを眺めている内に、ある事に気がついた。
(デンキウナギの所には1匹も入っていない)
数時間後 レイチェル個室
今日の就業も終わり、レイチェルは就寝するために
明日の研究に備えて準備をしてから寝ようとする。
と、みせかけて水生生物についてサイトで調べてみる気になった。
プラナリアは淡水生物といえ、一部のみの生息圏。
それに、彼の研究に関する情報があるかもしれないと
海洋生物を含めた他の情報を観たくなったのだ。
「絶滅した数、15536種類・・・」
絶滅危惧種のすぐ側に表示されていた絶滅数。
約85000種類いるとされる軟体動物がいつの間にか減少していた。
全ての生命が誕生したとされる場で、これだけの命が失われている。
人口増加における食料事情はもちろん、人間達の矛先が
多く海に向けられていたのは以前から知ってはいた。
理由など乱獲に他ない。
「「あれだけいた多くの動物達が・・・」」
全生物の中でも群を抜いての数、犠牲となっていた。
この時代は人口増加に伴い、水域資源も隅々まで漁り尽くされて
人々の口の中に収められている。
研究でそれを食い止めようにも有効的な方法論がなく、
自分1人でどうにかできるはずもない。
部屋内の水槽にいる子を1匹指ですくい、不安気に閲覧を続けていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる