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35・思いついた
しおりを挟む嵐(らん)もお弁当を持って行く日、私と専務と母の分も用意してリビングに並べると、まるで家族の分を準備する母親のような気持ちになった。
「遠足か運動会みたいな量だな。」
専務が先に食費を渡してくれる為、やりくりしながらお弁当を作っているんだけれど。
「…お金が余るな。」
専務の金銭感覚が富豪なので、万単位で渡してくるので、そこから必要な分だけ使って返そうとすると、作ってくれている時間への心付けだと言って受け取らない。
仕方ないので、お弁当貯金を始めた。
もう三週間くらい作っているのだが、既に小旅行ができるくらいある。
「あ、そうだ。誕生日パーティー開くか。」
先日、意を決して専務に誕生日を聞いたのだ。なんと1ヶ月後に迫っていた。なぜ、言わない。
専務は神妙な声で、楽さんの誕生日以外はどうでもいいことなので、と言っていた。私の誕生日、結構先だぞ。
せっかくだから、手を出したくても買えなかった良い材料を揃えて、専務の好きな料理を作ってあげようかな、なんて思った。
猛禽類が関係しているのか、専務はお肉が好きなので肉料理を何種類も用意しよう。
考えたらワクワクしてきた。
「姉さん、ニコニコしてどうしたの?良いことあったの?」
まずい、顔に出ていたか。
嵐がリュックを背負ってお弁当を取りに来た。
「嵐さ、来月頭の週末空いてる?」
巾着の中に入れて渡す。
「ありがと。うん、空いてるよ。どっか行くの?」
「専務が誕生日らしいから、うちで祝ってあげようかなと思って…。」
「わー!いいね!俺、そういうの好きだよ!鷹司さんの日程はもう押さえたの?」
「あっまだだわ。」
「きっと忙しいから、早めに伝えた方がいいと思うよ!」
「そうする、ありがと。」
嵐がにこにこ笑ってリビングを出て行く。
「じゃ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい。」
我が弟ながら、本当に出来た人間である。
見た目はモブだけど、性格は良くて、気遣いもできて、頭も良くて、何より家族思いのいい子だ。
姉は、頑張って稼ぐから、好きなだけ勉強をするんだよ。
ウルウルと心で泣きながら、自分も出勤準備をした。
専務室のローテーブルでご飯を食べるのも恒例となりつつあるこの頃。
今日のメニューは、そば寿司、大根と豚バラの煮物、ほうれん草のおひたし、うさぎりんごである。
「豚バラが…ジューシーですね。」
幸せのため息をついている。目に見えて嬉しそうに食べてくれるので、作り甲斐があるのだ。
だから、お弁当なのに地味に手間がかかるメニューを選んでしまう。
「専務…」
「二人きりの時は名前が良いです。」
「勤務中です。」
「休憩中ですよ。」
ぐぬぬ…こやつ、譲る気がないようだ。意地張っていても時間が過ぎるだけなので、スッと呼ぶ。
「疾風さん、来月頭の週末空いてますか?」
「週末ですか…。」
間が空いたから予定あるのかな、と思っていたら、勢いよく首を縦に振った。
「えっ…大丈夫ですか。無理にとは言わないので。」
「いえ、大丈夫です。命にかけて。」
「かけなくていいから!もっと大事にして!」
「楽さんより大切なものはありません。」
こんなこと言われ慣れてないから、どう反応したらいいか分かんない。にやけそうになる口を引き締めると、変な顔になってしまう。
「照れてる顔も可愛いです。」
「うるさい。それはいいとして、あの…みんなで専務のお誕生日パーティ開こうかと思ってまして。迷惑じゃなかったら。」
ガタッとソファがずれる勢いで立ち上がった。
「僕のですか?!」
「はい…そうです。」
「這ってでも行きます。」
すごい食いつきだ。
「あ、はい。待ってます。」
嬉しそうにそば寿司をもぐもぐして、目が三日月になっていた。
こんなに喜んでもらえると思わなかったから、正直私も嬉しい。
せっかくだし波琉も呼ぼうかなと思って、夕飯を食べに来た波琉に話したら、とても怪訝そうな顔をされた。
「あのさー、付き合い始めて最初の誕生日なのに、彼女の家族と一緒に祝われるってどうなのよ。」
「えっ…あー…そっかー。職場でも常に二人だから、状況に慣れてた。」
「えー!職場とプライベートは別でしょうよ。」
そこまで考えが及んでなかった。
みんなで祝った方が楽しいかなって軽く考えていたけれど、専務の気持ちを無視していたかもしれない。
あの喜び方は、本物だろうけど。二人の方がもっと喜んだかな。
「いやまあ、鷹司さんが喜んでるんならいいんだろうけど。私も予定は空いてるし、来るよ。」
「うん、ありがとう。えー…どう思う?二人っきりになった方がいい?」
「時間があるなら、パーティの前後はどっか二人で過ごしたら。」
リビングのソファーで寝そべって、ぐにゃぐにゃしながら提案される。
「うん、ちゃんと考える。」
「そうしなよ。ねえ、ご飯まだ?」
「はいはい、もう少し待ってて。」
大型猫がゴロンゴロンしながら、食事を要求してきたので、キッチンに戻ることにした。
そうか、専務は私と二人でいたかったのかもしれないのか。
確かにいつも専務室で二人だけど、自分からプライベートと仕事はちゃんと分けたいって言ったから、お昼休みだけ恋人同士っぽい会話をしているのみ。
実は付き合い始めてから、休日に会っていない。
だから、ちゃんとしたデートもしていない。
専務はどうやら、仕事がとても忙しいようなのだ。内勤を増やすと言っていたので、アポイントは自分で取っているみたい。
忙しいって知ってるから、無理に会うのもなと思っていた。毎日会社で会えるし、いいかなって。
でもちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、寂しいなって思ったり…。
寂しいっていうか、羽毛が恋しいっていうか。羽を撫で回したいだけっていうか。羽毛に包まれて寝たいっていうか。
ちょっとだけ、いちゃいちゃしたいな…とか。
いや、モフモフが足りないだけだから、モフモフが。
…今度、昼休みに触らせてもらおうかな。
そういうことを専務も思ってるのかな。
そんな可能性に、しばしドキドキしつつ、サラダをお皿に盛りつけた。
「まだー?」
「今持っていくー!」
不機嫌猫になる前に、どんどん料理を食べさせることにした。
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