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32・決着

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次に目が覚めた時、とっても寝心地の良いベッドの中で、ここは一体どこなのだろうと不思議に思った。
でも、起きたら自分の部屋だった。
パジャマを着て、乾いたベッドで寝ていたのだ。
「うん?昼間のは…超絶リアルな、夢?」
一階から賑やかな声が、というか怒声が聞こえて、嫌な予感でいっぱいになった。
これ、降りて行かなきゃダメだよね。
パジャマの上にガウンを羽織って、あーと大きなため息と共に、自室のドアを開けた。


「俺は絶対に許さない。」
「そうですか…でも、楽さんが選んだのは僕なので。」
二度目の咆哮に頭を抱えつつ、リビングに入る。
中には、専務、大河、波琉、嵐がいた。母はまだ帰って来ていないようだ。
「楽、もう体は大丈夫なのか。」
「うん、ありがとう大河。」
大河が私の額に手を当てようとしたところを、すかさず体ごと引き寄せて専務が触らせないようにする。
「ちょっと…転ぶんですけど。」
「すみません。でも、大河さんに触れさせたくなくてですね。」
絶望した顔で大河が私を見ている。
「楽、本当なのか。こいつを…え……選んだ…って言う…のは。」
言いたくないって分かるくらい、絞り出すように声にしている大河に、罪悪感が押し寄せる。
私は、どれだけ大河を傷つけてきたんだろう。
今までずっと大切にしてきてくれたんだろうに、気づかず、傷つけて、選ばなかった。
お互い無言になったところを、あっけらかんとした声が破った。
「あったりまえじゃん!大河、あんたは二十年以上好きだったくせに、何もしないで、楽が好きになってくれないかなって待ってただけ。楽と仲が良いままなのだって、私が楽と親友だったからだよ。」
「な、なみる…!」
ひ、ひえー。波琉、ここで言う?いくらなんでも、かわいそうでは。って、私が言えることじゃない。私も同じことをしてるんだ。
専務の隣に並んで、肩を抱かれてる時点で同じ。
「大河、あんたは思春期のガキじゃないんだよ。好きな女がいるなら、動かなきゃいけなかったんだ。後からきた男に取られそうになって、初めて危機感覚えるなんて、遅すぎる。」
心をグサグサと刺されて、大河は今瀕死の状態だ。
見てられなくて声をかける。
「波琉…もう、やめよ?」
「楽は黙ってて。」
「はい、すみません。」
怒った波琉は大河の比じゃない。獰猛な獣そのものだ。
「私達は、幼馴染で家族みたいに育って、いつだってお互いを大切にしてきてた。それを崩したくないからって、勇気を出さなかったのは大河だよ。鷹司さんに食ってかかるのは、お門違いだ。男なら、愛した女の選んだ道を、笑顔で祝福するくらいの気概を持ちな!」
キッツいこと言うな…。
私はもう、何も言えない。
しばらく黙った大河は、小さな声で一言告げて、部屋を出て行った。
「幸せになれよ。」
頷くことしか、できなかった。


「波琉、あそこまで言わなくたって。」
「なみちゃん、キツいよ。たーくん可哀想だよ。」
渡辺姉弟でどん底のような顔をしているが、波琉は背筋をピンとさせて首を振った。
「いいのよ。アイツはね、うじうじいつまでも受け入れられなくて、仲睦まじい二人を見ては傷ついて、自分を守るために鷹司さんに食ってかかり続けるんだから。ここでボキッと折っておいた方がいいんだ。二十年以上も初恋こじらせて、うだうだしてた男だよ。傷ついても、スッキリ終わらせてやりたいじゃん。」
口を尖らせて不服そうにしているけれど、本当はずっと心配してたんだろう。きっとこれは、姉弟の二人にしか分からないものだ。
「私が言うのは変なんだけど、ありがとう。」
「いいのよ!だから、二人は幸せになりなさいよ!」
「…はい。」
「絶対に幸せにします。」
すごくこそばゆい。
あと、肩に乗る専務の手がとても恥ずかしい。下ろしてくれないかな。
「姉さんたちは、丸く収まったんだよね?」
嵐がそわそわして聞いてくるので、渋々頷いた。
「わー!やったー!鷹司さんがお義兄さんになるんだね!!」
「利発な義弟ができて、僕も嬉しい限りです!」
「いや、結婚しないから。何でみんな結婚する体で話してるの?専務は分かってるくせに、ノリで結婚できるんじゃないかって合わせたでしょう。」
「ダメでしたかー。」
「姉さん結婚しないの?じゃあ何なの?」
それでも満足そうに嘴を鳴らして、私を抱きしめた。
「恋人です!今日から僕は、楽さんの恋人です!」
「…離してもらえますか。」
「つれませんねえ。」
しょんぼりして手を離した。
人前、特に家族の前ではやめてほしい。とてつもなく恥ずかしい。
「なんだあ、結婚しないのかー。」
「だって、私…専務のこと全然知らないし、結婚なんてできない。知ったら嫌いになるかもしれないし。」
「えっ!」
専務が悲壮な目をしている。
「結婚したいくらい好きになるかもしれないし。」
「はい!」
今度はキラキラしている。
表情は分からないけど、感情表現は豊かだ。
「そう思ってもらえるように、頑張りますね。」
「わー、ご馳走さま。二人を邪魔しちゃ悪いし、私も帰ろっかな。」
波琉がバッグを持って立ち上がったので、玄関まで見送る。
ついてこようとした専務は、嵐に押し付けておいた。
「波琉、専務と飲んだ時、外堀から埋めろ、恋愛経験ないから落ちるって言ったんでしょ。」
じっと見つめると、靴を履いていた波琉の目が泳いだ。
「あー、そんなこと言ったっけかなー。覚えてないなー。」
「絶対、覚えてるね。面白がって言ったでしょ。分かってるんだからね。」
「…ご、ごめんー。」
あっさりと謝って、顔の前で手を合わせる。
「ありがと。」
「へ?」
「波琉のおかげでしょ。だから、ありがと、うっ!」
力任せに抱きつかれて、体に衝撃を受ける。
「お金持ちだし、いい人だったから、楽が幸せになればいいなーって思って…煽ってごめん!」
「思うところは色々あるけど、面白いからって引っ掻き回すのは程々にしておきなよ。今回は、許す。」
「うん、ありがと。本当、幸せになってね。」
「善処します。」
じゃ、と手を振って波琉が帰って行った。

リビングに戻ると、何やら嵐が専務にお礼を言っていた。
「え、なに?」
「姉さん、鷹司さんがうちのベッドのマットレスをプレゼントしてくれたんだって!」
「楽さんは寝るのがお好きみたいなので、うちの商品の新作をと思いまして。嵐さんとお母様の分も運ばせていただきました。是非、使ってください。」
それって、私がお漏らししたからなんじゃ…。いや、私のせいじゃなくて、専務のせいだから。
ありがたく使わせてもらおう。
「寝心地が違ったのでびっくりしました。ありがとうございました。」
「いえ、お気になさらず。」
はい、気にしません。
「明日は、出勤できそうですか?」
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」
「じゃあ、代わりと言っては何ですが。ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」
「はあ、何でしょう。」
変なことじゃないだろうな、と視線を送ると、目を細めて見つめられた。

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