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24・フリーズ
しおりを挟む口を閉ざし疼く体を抑えて、車を降りる。
「明後日は出勤しますので。」
「かしこまりました。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。おやすみなさい。」
走り出した車を見送り、玄関のドアを開ければ、仁王立ちの大河がいた。
「遅かったな。」
眉間にシワを寄せて、小さく唸る。
この兄のような男が、本当に私のことを女として見ているのだろうか。
「そう?」
靴を脱いで玄関を上がる。
「書類は?」
手ぶらで帰って来たのを見つけられた。目敏い。
「ああ、なかった。忘れたらしいよ。」
「それでこんなに遅くなるか?」
珍しく食い下がる。
専務が言ってたこと、本当なのかな。
「どうしてそんなに気にするの?夕飯前もそうだけど、専務は大河にとって取引先相手なのに、言い方とかキツいし。取引なくならないか心配なんだけど。」
これは本当。専務はあんまり気にしてなさそうだけど、それにしたって友達じゃないんだから。
「それは…気をつけるようにする。けど、楽がアイツに良いようにされてるんじゃないかって、心配なんだ。昨日だって帰って来ないし、連絡もなくて、俺は生きた心地がしなかった。」
「連絡しなかったのは、ごめん。だけど、私はもう大人だから、自分の行動の責任は自分で取れるよ。だから、大丈夫。」
大河の横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
「なに?」
ふかふかの指からチラリと鋭利な爪先が光った。ぼんやりと、昨日の専務も足に鋭利な爪があったな、なんて思い出してしまった。
「嫌なんだ。」
見上げた大河の顔は苦しそうで、掴まれた腕が少し震えている。
「鷹司さんにも、他の誰かにも、楽を取られるのが、嫌だ。」
何て返したらいいか分からなかった。
無言でただ大河を見つめる。
「俺のことも、考えてくれないか。家族みたいに思ってくれてるのも知ってる。ずっと何もしてこなかった俺のせいだってことも分かってる。だけど、俺のことを男として見てほしい。楽が好きだ。」
専務の言ってたことは、本当だった。
「えっと…。」
「何も言わなくていい。ただ、俺のことを意識してくれたら、それでいい。」
掴んでいた手が離れ、二人の間に距離ができる。
「今夜は帰るよ。波琉は泊まって行くって言ってた。」
「分かった…気をつけてね。」
玄関を出て行く大河の後ろ姿が消えても、まだ私はその場を動けなかった。
うずくまったままの私の頭に、もこもこしたものが乗った。
「波琉ちゃんがお茶を入れてあげるから、リビングに来なよ。なんと、今日は高級菓子もあるよ。」
頭を撫でる手が優しい。
「それ、専務からもらったやつでしょ。」
「またくれないかなー!」
波琉に手を引かれてソファに座る。キッチンではポットにお湯を入れる音がした。
湯気の立つマグカップを二つ持って隣に座った波琉の毛に顔を埋める。
「嵐は部屋で勉強してて、ママはさっきお風呂出てもう寝るってさ。」
グリグリと顔を押し付けて、ため息を吐く。
「長いな、ため息。」
「長くもなるわい。」
「大河、やっと言ったんだね。」
「やっと、なんだ。」
「まぁね。」
ふわふわの腕が肩に回る。
「昨日から今日にかけてね、色んなことが起こって、私のキャパをオーバーしてる。」
「楽って昔から、一度に色んなことが起こると、フリーズするもんね。」
「してる、今してる。処理出来てない。無理、時間かかる。」
「まあまあ、茶を飲みねえ。」
波琉にもたれかかりながら、マグカップからお茶を飲む。あったかくて、美味しい。
「はー…波琉って料理できないけど、お茶入れるのだけは上手だよね。」
「料理はできないんじゃない、しないことを選択しただけだ!」
自慢げに言う。
「波琉はかっこいいね。」
「どうもどうも!」
自分の気持ちをハッキリ言葉にして、行動できて、自信があって、波琉は本当にかっこいい。
「大河は、波琉がそばにいるのに、どうして私を好きなんだろう。」
「えっ、嫌だよ実の弟に恋愛感情持たれたくない。」
「そういうことじゃない。波琉みたいに綺麗でかっこよくて素敵な女の子がいて、大河のこと好きな女の子も昔からみんなキラキラしてるのに、どうして私なんだ。」
甚だ疑問である。大河、モテるのに。
「いや、楽も相当だと思うけどね。私と気が合う時点で、自己主張強いからね。」
「えー?そう?」
「そうだよ。あとね、楽は強くてしなやかだからさ、受け止めてくれるって思わせるんだよ。特に男。」
「なんだそれ。」
身勝手な。私は自分のことで精一杯なんだ。
だから、専務の気持ちにも、大河の気持ちにも気づかない。
言われて初めて知ることばかりだ。
余裕がない。
「あとは、なんか…俺が守らなきゃみたいな気持ちにさせる何かがある。あれだ、一人で背負ってるみたいな。まあ実際背負ってるんだけどね、家計を。」
「勝手に想像されてるな、私。」
「そんなもんだよ、恋の始まりなんてさ。大河の場合は、ずっと隣で見てたのもあるし、尚更ね。」
一口、お茶を飲む。
喉からお腹まで温まる。
「大河のこと、ちゃんと考える。時間かかるだろうけど。」
「姉としては、そうしてやってほしいけど。友人としては、楽の気持ちが惹かれる方を選んで欲しいかな。」
「うん…。」
肩を抱いていた手がぎゅっと体を抱きしめる。
「断っても気まずくなんて、なんないよ。だって私達だよ。」
「うん。ありがとう。」
優しさに涙が出た。
「お菓子美味しいから食べた方がいいと思う!」
ほらほら、と包みを渡してくるから、一つ食べる。
「美味しい。」
「でしょー?まだあるから食べな!」
「あはは、うん。」
勝手にどんどん包みを開いて、全種類をテーブルに乗せていく。
「そんなに食べられないよ、夕飯食べたばっかりなのに。」
「私が食べるからいいの!」
「おい、モデル!」
「走る、走るから大丈夫!」
食べるの大好きなのに、努力してモデルをやっていて、なのに私に合わせてお菓子を食べて、なんて優しい子なんだろう。
「波琉の好きなおかず一生作らないって思ったの撤回する。」
「なにそれ?!そんなこと思ってたの??ひどい!」
「うん、ごめん。だから好きなおかず、たくさん作る。」
「ならよし!」
むぎゅっと抱きしめ合って笑う。
「波琉も、辛いことあったら言ってね。聞くしかできないけど。」
「ありがと、すぐ言うわ。」
「すぐ言って。」
温かなお茶と、暖かい気持ちが私を勇気付けてくれた。
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