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16・衝撃のもふもふ

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私は頭がおかしくなっていた。
こんな風に、触っていいよって据え膳されたら、どうしたってモフモフしたくなるに決まってる。顔を埋めてスーハースーハー呼吸をしたくなるし、頬を擦り付けて可愛いー!って叫びたくなるし、撫で回したいし、とにかくモフモフに触れたくなるものだ。
だから、仕方ないのだ。

専務がハラリとジャケットを脱いで、ソファの背もたれに掛ける。
大変ボリューミーな胸元が露わになった。鳩胸?!いや、専務は鳩じゃないけど!すごいムクムクしてる。アレ触ったら絶対に気持ちいいやつ。
「渡辺さん、目がキラッキラしてますよ。本当にモフモフがお好きなんですね。」
ええそうですね、と心の中で答える。
そんなことより、早くその服の下のモフモフを見せて欲しい。
カタカタと嘴を鳴らしながら、専務がワイシャツのボタンを外していく。
ワイシャツが開くごとに、羽毛がふわふわと顔を出す。
ゴクリと喉が鳴った。
勝手に足が動いて、ソファまでたどり着く。
「積極的ですね。」
専務の手が私の手を取って、ワイシャツのボタンを握らせる。
「どうぞ。」
興奮で震える手を止めるようにワイシャツを強く握り、残りのボタンを外す。スラックスからワイシャツを引き出して、全面が見えるように左右に開いた。
手入れの行き届いている羽が艶々としていて、甘くて優しい香水のような香りがする。
「触っても?」
「ええ、どうぞ。渡辺さんの好きなようにしてくださっていいですよ。」
指先を目の前の羽毛に差し込むと、第二関節近くまで埋まった。
専務の手の羽毛とはまた違ったふかふかな感じで、気持ちいい。
そのまま感触を楽しみつつ、胸元の一番ボリューミーな場所へ移動する。
本当だ、胸元が一番ふかふかだ。
すごく気持ちいい。
思わず両手を突っ込んで撫で回してしまった。
「はああ…すごくふわふわぁ…。」
うっとりとその胸元に顔を埋めて、頬擦りをすると、甘くて優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「良い匂い。」
「新商品のケアクリームです。様々な毛質に対応できるよう種類豊富に揃えてます。もちろん、お肌にも良いですよ。」
うん、でもその他に、穀物のような太陽のような自然な優しい香りもする。多分これは専務の体臭なんじゃないだろうか。
肺いっぱいに香りを吸い込んでは、ぐいぐいと胸に顔を埋めていたので、いつの間にか専務の腕が背中に回っていたのに気がつかなかった。
今やモフモフの中に上半身が埋まっている。
待って、今すごく幸せかもしれない。
モフモフに包み込まれて気持ちいい。
胸元に突っ込んでいた手をそっとワイシャツの中の専務の背中に回すと、感触の違う滑らかであるのにふわりとした羽毛が触れた。
なんだろう、これは。結構なモフモフ具合と大きさがある。
もしやこれって…
「専務の背中には羽根があるんですか。」
パッと顔を上げると、私を見下ろしていた専務と目が合った。
「ええ、ありますよ。」
鋭い目を瞬かせて、細める。
「すごい…!飛べますか。」
「はい、子どもの頃はよく飛んでました。」
「かっこいい…!」
「今も飛べますよ。」
金色の瞳がキラッといたずらっぽく光る。
「あの…その…」
興奮してうまく言葉が出て来ない。
「何ですか。」
専務の手が私の髪や額を撫でて、子どもをあやすようにゆっくりと待ってくれる。
「羽根が見たいです。バッてしてもらえますか。」
「渡辺さんにだけですよ。」
抱きしめられていた腕が離れて、少し距離を取る。ベッドの脇に立った専務がワイシャツを脱いで放る。
後ろを向いて見えたのは、こんもりとした畳まれた羽根。
ゆっくりと広がっていき、ベッドと同じくらいの大きさになった。
こんなに大きい翼をスーツの中に格納していたのか。
スーツがモフモフ詰まってるように見えていたのも頷ける。
「かっこいい…。すっごくかっこいいです。」
波琉や大河は見たまま猛獣のかっこよさがあるけれど、専務は脱がなきゃ見られない、秘密のかっこよさだ。
「ありがとうございます。」
羽根が大きすぎて専務の正面に回り込むのが大変なので、羽根の下をくぐって顔を出した。
「専務って、何の鳥なんですか。」
まさか羽根の下から来ると思っていなかったのか、驚いたように目を見開いている。
「イヌワシです。」
「へー!通りで。強そうな顔してますもんね。」
カタカタ、カタカタ、嬉しそうな音がする。
「渡辺さんが僕にこんなに興味を持ってくれるの、初めてですね。」
「そうですか。」
「はい。今、僕は初めてイヌワシで良かったと思いました。」
初めて、が引っかかった。
「どうしてですか。」
「渡辺さんが僕に興味を持ってくれたからって言いましたよ。」
「そうじゃなくて、初めてって。」
目を閉じてゆっくりと開き、金色の瞳が少し翳った。
「右の翼の付け根が見えますか。」
また羽根の下をくぐって背面に行く。
「付け根のすぐ下を搔きわけると、傷があるんです。」
「見ていいんですか。」
「はい。」
しなやかな羽を掻き分けると、ミミズ腫れのように走った古傷が見えた。
「僕は、一族で初めてイヌワシに変異した獣人なんです。」
「へー!すごいですね!かっこいい!」
「僕の苗字はご存知ですよね。」
「はい、鷹司…あっ!え、そういうことですか?」
「はい、僕は鷹ではなく鷲なんです。母方の血筋に鷲がいるようなんですが、そっちの遺伝子が強かったみたいで。」
傷を指先でなぞる。
「それで傷になるんですか。」
「祖父に、翼をもがれそうになったらしいです。僕は小さかったので覚えてませんが。」
衝撃の事実だった。


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