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8・現場同行

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着たことのない良質な服に身を包みんだ。
パンツのシルエットがキレイだし、着心地が良い。動きやすい。高いだけあるなぁ、とにんまりする。
でも、専務に馬子にも衣装ですね、とか言われたら嫌なので、何事もなかったような平然とした顔でいようと思った。
そして殊勝に仕事をしようと気持ちを鼓舞し、いつもより断然早く出社した。
エレベーターに乗り、専務室のドアをカードキーで開ける。
部屋の中では、既に専務がデスクで仕事をしていた。
金色の瞳で私を確認すると、ふわふわの手をスッと挙げる。
「おはようございます、早いですね。」
こんな朝早くからいないと思ってたから、ノックしなかったー!
出勤時間の1時間前だよ!重役出勤をしない人だ、この人は。
そりゃそうだ、嵐の大学で伝説となった頭脳の持ち主なんだもの。
仕事人間なのかな。
「おはようございます。ノックをせず申し訳ありません。」
「いえ、問題ありませんよ。ノックも、今後は不要です。お手洗いや昼食の時は、いちいち面倒でしょう。」
「いや、ご来客があるんじゃ。」
「その際は、突き当たりの応接室にお通ししますから。」
そうなのか。これからお客様にお茶を出したりすることもあるだろうし、後で確認しておこう。
「かしこまりました。」
ペコっとお辞儀をしてデスクへ向かおうとすると、嘴の鳴る音がした。何がご機嫌なんだろう。
「その服、良いですね。似合ってますよ。」
「えっ!」
びっくりして立ち止まる。
「何ですか、変な声を出して。」
「褒めていただけると思っていなかったので。」
「なぜですか。」
それは、言って良いものなのだろうか。
「専務は、あまり私のことが好意的ではないようなので、その、皮肉を言われるんじゃないかと思っていました。」
ふわふわの毛をふるふるっとさせて、首を指で掻いている。
「僕が、渡辺さんに似合うと思って選んだんですけどね。伝わりませんでしたか。」
全然伝わってない!
「そうなんですか!」
「はい。それに好意的ではない、というのも違いますね。」
「え?」
嘴がカタカタと鳴る。
「好意的じゃない人に、服なんて贈りませんよ。」
「は?え?」
突然の発言に衝撃を受け固まっていると、デスクから立ち上がった専務がドアを開けた。
「そんな所に突っ立ったままだと、出発前の準備ができないんじゃなきですか。あと1時間もしないうちに出ますよ。」
どうぞ、と促されて自席にたどり着く。
呆然としたままイスに座り、しばらく動揺が収まるまでそのままでいた。
ドアが開けっぱなしで、専務が嘴を鳴らしながらこちらを見ているのにも気づかなかった。

時間が経過して落ち着いたので、現場へ持っていく手土産と、名刺をバッグに仕舞った。あと何が必要か分からない。
「うーん…。」
ガチャリとドアが開いた。
「渡辺さん、行きますけど。」
「専務、本当に手土産だけでいいんですか。」
「はい。あとは名刺で結構です。」
「分かりました。」
不安しかない。
ショルダーを肩からかけて手土産の紙袋を両手で持つと、専務が片方の紙袋を取った。
「また転んだら大変ですから。」
「…ありがとうございます。」
嫌味だと思うんだけど、さっきあんなこと言われたから、どう受け取っていいか分からない。
専務室を出て、駐車場直結のエレベーターで降り、また専務の車に乗せてもらう。もちろん、ドアの開閉は専務だ。ああ恐縮する。
特に何も話をせず、車は進んでいく。
大変居心地が悪いです。昨日もそうだったけど、どうしたらいいか分からない。
チラっと専務の様子を伺うと、ガッツリ目が合ってしまった。
運転は?と思ったけれど、鳥だから視野が広いのか。
いやそういう問題じゃない。
「…なんでしょうか。」
問いかけてみる。
「何がですか。」
逆に問われた。
「えっ…専務がこっちを見てらっしゃったので。何かあるのかと。」
「僕の秘書が、そわそわしているなぁと思って見てただけです。」
嘴がカタカタ鳴る。
くっそー、面白がられてる!
「どこに行くかも知らされず、高級車に乗せられて、上司と二人で移動する状況で、そわそわしない部下がいると思いますか。」
「まぁ、そうですね。するでしょうね。」
「行き先はどちらなんですか。」
「もうすぐですよ。」
頑なに話そうとしない!
なぜ!
隠す必要があるような場所なんだろうか。怖すぎる。
はぁ、と小さくため息をついて、専務の首のふかふかな羽毛を眺める。
うーん、やっぱり羽毛は気持ち良さそうだ。指を突っ込んでふかふか堪能したいなぁ。
モフモフしたーい。
「渡辺さん、すごい顔してますけど。僕の顔に何かついてますか。」
「はっ!いえ!なにも!」
あっぶなーい!
この人は、上司で男性だから!専務だから!地位も名誉もお金もあるやばい人だから!
可愛い鳥さんじゃない、落ち着け自分。
「そうですか。なにやら物欲しそうでしたけどね。」
最後の方はよく聞こえません!知りません!
窓の外を眺めていると、地下駐車場に入っていった。

車を降りて、受付にアポイントを確認する。
入管許可書を首から下げて、専務の後をついて行くと、大きなスタジオに着いた。
中では何人もの人が右往左往して、話したり、シャッターを切る音がしていた。
「わぁ…すごい。これ、何してるんですか。」
専務が首だけ振り向く。ちょっとびっくりした。鳥って可動域が広いもんね。
「新レーベルの撮影です。」
「えっ、それってもしかして。」
言い終わらないうちに、専務が指で向こうを指し示した。
目が捉えたのは、いつもの見慣れた、金色と黒の艶やかな毛並みの虎。
「…波琉!」
猛獣の強く鋭い瞳が表情を出し、麗しい毛並みの四肢が舞うようにポーズを変える。
知っているけれど知らない、波琉のモデルとしての仕事。
とてもかっこいい。
「渡辺さんのご友人でしょう。」
「だから連れてきてくださったんですか。」
カタカタっと専務が笑った。
「別に、そういう訳じゃないですけどね。」
入り口で見ていたら、気づいたスタッフさんが案内をしてくれた。
「鷹司専務、お越し下さってありがとうございます。」
多分、偉い現場監督みたいな人が専務に挨拶している。
「撮影は順調ですか。」
「はい、滞りなく進んでます。波琉ちゃんの表情が良くて、商品にもぴったりですよ。」
波琉が褒められていることが、自分のことのように嬉しかった。
後で波琉に教えてあげよう。
「こちら、僕の秘書です。」
はっとして名刺を取り出す。
「鷹司の秘書をしております、渡辺と申します。よろしくお願いします。」
二人でペコペコと挨拶をしていると、素っ頓狂な大声がした。
「あーっ!楽じゃーん!」
波琉に見つかった。

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