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番外編
番外編小話・6
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弱っていても。
出張から帰って来た灘くんが、社内で電話をしながら、咳をしていた。
普段から自己管理を徹底していて、体調を崩すことがないから(体力魔人でもある)、珍しい。
翌日、灘くんの柔らかくてよく通る声が、ハスキーボイスになっていた。
完全に風邪をひいている。
ちょうど通路をこちらに向かって歩いて来たので、声をかけた。
「灘くん、風邪?」
「うん。出張先でもらってきた。いらない。」
鼻も詰まっていて、苦しそう。
今日は金曜日、普段通りなら、灘くんの家に行くけれど。
「今夜行くのやめようか?それとも看病する?」
灘くんの営業携帯電話が鳴った。
「予定通りで!」
即答して、電話を受けて歩き去って行った。
営業さんは、忙しい。
風邪、治りにくそうだなぁ。
勝手知ったる我が家のように、灘くんの家で彼を待つ。
合鍵をもらっているので、定時に上がって買い物をして、そのまま直行した。
喉が痛そうだったし、温かいものとネギ。あとビタミン。
我が家の風邪ひきレシピに必要な食材も買った。
キッチンで調理をしていると、鍵の開く音がした。
「ただいま…」
「お帰り!灘くん…随分と具合が悪くなっているね。」
「この感じ、熱が出てる気がする。」
確かに、顔が赤い。
アイスノン、買っておいて良かった。
「とりあえず、着替えて寝てなよ。ご飯食べられる?」
「うん、食べる。」
ゆっくりした足取りで、荷物を置き、着替えを始めた。
「できたら呼ぶね。」
「んー…」
もぞもぞと布団に入るのを見届けて、調理に戻る。
具材に火を通し、お米を入れて、後は20分くらい煮込んだら完成。
タオルで包んだアイスノンを持って、灘くんの枕元に行く。
「灘くん、頭上げて。」
「ん」
声が、ガサガサでかわいそう。
頭の下にアイスノンを入れて、体温計を渡す。
「熱計って。」
無言で体温計を受け取り、ゴソゴソしてしばらく経つと、電子音が鳴って戻される。
「37.8度、上がってるねえ。」
「熱出すの久しぶり。」
「かわいそうに、疲れちゃったのかな。ゆっくり休んだ方がいいよ。」
「うん。ねぇ、ご飯なに?」
食欲はあるようで良かった。
「あのね、風邪引いた時に、うちのお母さんがいつも作ってくれた雑炊なんだけど。」
「ほとりの家の味ね。」
灘くんのおでこをなでなでする。
「病気の時はね、好きなもの食べていいんだよ。アイスとかゼリーとか。買って来てあるから、好きなの食べていいからね。」
「ありがとう…」
うとうとし始めた灘くんの邪魔をしないように、ベッドの横で静かにしている。
もうそろそろご飯はできるけど、少し寝かせてあげよう。
1時間くらいすると、ベッドでゴソゴソと音がした。
「ん…寝てた。」
「うん、ぐっすりだったよ。」
「ご飯食べる。」
弱ってる灘くんは、なんだかカタコトだ。
かわいそうだけど、可愛い。
「今あっためるから、座って待ってて。」
コンロで温めてなおして、深皿に盛る。
湯気を立てて、美味しそうな匂いが漂った。
テーブルに置くと、灘くんが嬉しそうに笑っている。こんな時でも眉毛は八の字だ。
「どしたの?」
「なんか…いいね、こういうの。」
「そう?熱いから、フーフーしてね。」
雑炊は、和風出汁にネギと生姜をたっぷりと少しのニンニク、柔らかく煮たモヤシやキャベツ、そして冷凍餃子が入っている。
「餃子だ。」
「ニラがいいのだよ、ニラが。知らんけど。」
「知らないんかい。」
フーフー冷ましながら、少しずつ口に入れている灘くんが、可愛い。
「餃子を崩して混ぜても美味しいよ。」
「ん、半分食べたらやる。」
私も、お皿によそって同じものを食べる。
2人で同じ物を食べるって、体を構成する物質を共有してるから、特別な感じがする。
「あ、お母さんの味だ。」
「味見しないで作ったの?すごいね。」
「再現率遺伝子レベルだわ。」
灘くんが餃子を潰して、ご飯と混ぜている。
「餃子味のご飯になった。」
「そうだね、そうなるよね。ごま油とかラー油垂らすともっと美味しいよ。」
「あぁ、絶対うまいやつ。」
中身のない話をしながら、のんびりご飯を食べて、食後のお茶を飲んだ。
市販薬とお水を渡して、灘くんに飲ませる。
「灘くん、お風呂明日にして寝たら?」
「整髪剤をつけたままが嫌だから、入る。」
ガッツリついてるもんね。
「シャワーだけにしたら?」
「うん、すぐ出る。」
灘くんがシャワーをしている間に片付けと、アイスノンのタオルを変えておく。
私も入浴の準備をして、さて寝床をどうしようと考える。
普段はシングルベッドに2人だけど。
きっと1人がいいだろうし。気温もまだ寒くないから、冬の掛け布団を下に敷けばいいかな。
なんて考えていると、ものすごい速さで灘くんが帰ってきた。
「人生最速。」
「お見事!私も入ってくる。」
サクッとシャワーで済ませて部屋に戻ると、灘くんはベッドでむにゃむにゃしていた。
髪の毛を乾かして寝る準備をする。
「ほとり…」
「あ、起こしちゃった?」
「ううん、うとうとしてた。」
おでこを触ってみる。
「熱、上がってない?」
「怠い。」
そのまま頭を撫でると、目を閉じて擦り寄ってきた。可愛い。
「スポーツドリンク、置いておくから飲んでね。」
「ありがとう。」
クローゼットを開けて、冬布団を探す。
「何探してるの?」
「冬布団をね」
「なんで?」
「床で寝ようかと思って。」
「やだ。隣で寝て。」
なにそれー!
振り向くと、ちょっと拗ねたような顔をしていた。
「隣にいて大丈夫?寝苦しくない?」
「平気。逆に、風邪移ったらごめん…」
「大丈夫!自分で引くことはあっても、人から風邪もらったことないから。」
そそくさとクローゼットを閉じ、ベッドにもぐる。
灘くんの体が熱い。
「大丈夫?寒くない?」
「ほとりがいるから、大丈夫。」
後ろからぎゅっと抱きしめられると、安心する。
首の後ろに熱い吐息を感じて、ちょっとだけドキドキした。
「熱下がるまでいるから、安心してね。」
「うん。」
お腹にあった灘くんの手が、段々上に移動してきて、胸を包んだ。
「灘くん?」
「うん。」
そのまま、むにむにと揉まれる。
風邪引いてるんじゃないんだっけ?
勃ってしまった突起をこねながら、やわやわと揉まれると、気持ち良くて声が出てしまう。
「んやっ…あん…」
「んー…風邪が早く治りそう。」
「やだ…もう!ああっ…」
弱ってる時くらい、静かに寝てればいいのに!
でも、弱っているからか、灘くんの灘くんは大きくなってはいなかった。
「寝るまで触らせて。」
「仕方ないなぁ。」
耳元で嬉しそうに笑って、首筋にキスをする。
そして、灘くんは寝付くまで、ずっと私の胸を触っていた。
弱っていても、灘くんは灘くんだった。
早く完治して欲しい一心だったのです。
土曜日の夜には熱も下がり、むにゃむにゃしていた灘くんも日曜日は起き出して、月曜日からの出張準備をしていた。
「明日、行くの?無理しない方がいいんじゃない?」
「ありがとう。でもこの調子なら、明日には完治だから行ってくるよ。」
「無理しないでね。」
「うん、ほとりのこと考えてれば、すぐ治る。」
「じゃあ、たくさん考えて!」
灘くんの背中に飛びついて、ぎゅうっと締め付けると、笑いながら手を撫でてくれた。
「うん、ちゃんと責任取ってね。」
「うん?分かった…??」
ちょっとよく分からないけど、返事をしておいた。
少し心配だったけれど、日曜日の夜に帰って翌日の出勤に備えた。
朝、灘くんからのメッセージには、無事出発したってあったから、ホッとしつつ仕事をこなした。
「ねえ、ほとり。久しぶりに飲みに行こうよ。」
パソコンのディスプレイ横から顔を出し、末ちゃんが言った。
「いいよ、金曜?」
「うん、松田と阿部のスケジュールは抑えてあるから。」
「灘くんに聞いておくよ。」
「そういえば、風邪治ったの?」
「本人は治ったって言ってるんだけど、治りかけかな。」
「そっか…飲み会は無理しなくていいよ?」
「んーでも、灘くんは行きたがると思う。」
「仲間外れ嫌がるもんね。」
「寂しがりやだからね。」
2人でくすくす笑って、仕事に戻る。
灘くんからはすぐ参加の返事が来て、金曜日はいつものメンバーでいつもの場所に集まることになった。
定時の鬼の末ちゃんといつもの席で待っていると、少し遅れて阿部くんが、その後に灘くんと松田くんが揃ってやって来た。
「営業2人が揃って来るなんて珍しいじゃん。」
「さっきまで会議してたんだよー!な、灘。」
「身のない会議で落ちるかと思った。」
眠そうな顔が如実に物語っている。
「あー、無駄にお偉方が集まるのに、何の会議か分からないアレっすね。」
「呼ばれた意味も分からなかった…時間の無駄。」
「灘ってば、本当寝るかと思って、俺焦ったよー。」
ビールジョッキが揃ったところで、乾杯をした。
美味しいご飯とお酒を楽しみ、仕事の疲れを癒す。
「灘川、風邪治ったの?」
末ちゃんが唐揚げを頬張りながら、空いたビールジョッキを片付ける。
「あぁ、もう余裕。薬も効いたし。」
ハイボールを飲んだ灘くんが、ニヤリと私を見てくるから、なんだかそわそわする。
「出張が多いと、体調管理も大変よね。松田も気をつけなさいよ。」
「うん、野菜いっぱい食べてる!」
「松田さんって、最近ちょっとアホの子入ってますよね。」
「そうなのよね。」
なんのかんの言いながら、あっという間に時間が過ぎる。
「んじゃ、また来週!」
「お疲れ様でしたー。」
「おやすみー」
駅で解散して、私は灘くんの家に向かう。
街灯が照らす道を、のんびりふわふわいい気持ちで歩いていると、灘くんの鼻にかかった甘えるような低い声が、私を呼ぶ。
「ほとり」
私はなんだか嬉しくなって、ご機嫌でこう返す。
「なぁに、幸太くん。」
「ずるいなぁ。」
名前を呼び合うだけのやり取りでも、こんなに幸せな気持ちになれるんだから、私はとっても単純だ。
「ねえ、責任取ってくれるんでしょ。」
「何の?」
思い出せなくて頭を振ってみるけど、やっぱり思い出せない。
「忘れたの?」
痺れるような声音が、胸を騒つかせる。
「俺が風邪を治したら、責任取ってくれるんだよね。」
あ、言った。よく分からないけど、風邪が治ればいいやって思って、うんって言った気がする。
「うん…?」
「男はね、辛い時、苦しい時、怖い時、好きな子の裸を思い出すと、耐えられるんだよ。」
にっこり笑って教えてくれる灘くんに、素直に感心した。
「へぇ、そうなんだ。男の人ってすごいね。」
「ほとりって、本当に可愛いよね。」
長くて逞しい腕が、私の腰を引き寄せる。
「ただでさえ2週間もほとりに触れなくて、今週は一度も会えない上に。」
耳に唇がつきそうな距離で、吐息交じりに囁かれる。
「ずっとほとりの裸を思い出させてた責任、取ってくれるよね?」
そういう、責任の取り方?!
耳も首も腰も、触れているところ全部、電流が走っているみたい。
「は、はい…」
息も絶え絶え、やっと口にできたのは、肯定の一言だった。
ルンルンして家に着いた灘くんの責任の取らせ方は、途中から記憶がなくなりまして、覚えてません。
出張から帰って来た灘くんが、社内で電話をしながら、咳をしていた。
普段から自己管理を徹底していて、体調を崩すことがないから(体力魔人でもある)、珍しい。
翌日、灘くんの柔らかくてよく通る声が、ハスキーボイスになっていた。
完全に風邪をひいている。
ちょうど通路をこちらに向かって歩いて来たので、声をかけた。
「灘くん、風邪?」
「うん。出張先でもらってきた。いらない。」
鼻も詰まっていて、苦しそう。
今日は金曜日、普段通りなら、灘くんの家に行くけれど。
「今夜行くのやめようか?それとも看病する?」
灘くんの営業携帯電話が鳴った。
「予定通りで!」
即答して、電話を受けて歩き去って行った。
営業さんは、忙しい。
風邪、治りにくそうだなぁ。
勝手知ったる我が家のように、灘くんの家で彼を待つ。
合鍵をもらっているので、定時に上がって買い物をして、そのまま直行した。
喉が痛そうだったし、温かいものとネギ。あとビタミン。
我が家の風邪ひきレシピに必要な食材も買った。
キッチンで調理をしていると、鍵の開く音がした。
「ただいま…」
「お帰り!灘くん…随分と具合が悪くなっているね。」
「この感じ、熱が出てる気がする。」
確かに、顔が赤い。
アイスノン、買っておいて良かった。
「とりあえず、着替えて寝てなよ。ご飯食べられる?」
「うん、食べる。」
ゆっくりした足取りで、荷物を置き、着替えを始めた。
「できたら呼ぶね。」
「んー…」
もぞもぞと布団に入るのを見届けて、調理に戻る。
具材に火を通し、お米を入れて、後は20分くらい煮込んだら完成。
タオルで包んだアイスノンを持って、灘くんの枕元に行く。
「灘くん、頭上げて。」
「ん」
声が、ガサガサでかわいそう。
頭の下にアイスノンを入れて、体温計を渡す。
「熱計って。」
無言で体温計を受け取り、ゴソゴソしてしばらく経つと、電子音が鳴って戻される。
「37.8度、上がってるねえ。」
「熱出すの久しぶり。」
「かわいそうに、疲れちゃったのかな。ゆっくり休んだ方がいいよ。」
「うん。ねぇ、ご飯なに?」
食欲はあるようで良かった。
「あのね、風邪引いた時に、うちのお母さんがいつも作ってくれた雑炊なんだけど。」
「ほとりの家の味ね。」
灘くんのおでこをなでなでする。
「病気の時はね、好きなもの食べていいんだよ。アイスとかゼリーとか。買って来てあるから、好きなの食べていいからね。」
「ありがとう…」
うとうとし始めた灘くんの邪魔をしないように、ベッドの横で静かにしている。
もうそろそろご飯はできるけど、少し寝かせてあげよう。
1時間くらいすると、ベッドでゴソゴソと音がした。
「ん…寝てた。」
「うん、ぐっすりだったよ。」
「ご飯食べる。」
弱ってる灘くんは、なんだかカタコトだ。
かわいそうだけど、可愛い。
「今あっためるから、座って待ってて。」
コンロで温めてなおして、深皿に盛る。
湯気を立てて、美味しそうな匂いが漂った。
テーブルに置くと、灘くんが嬉しそうに笑っている。こんな時でも眉毛は八の字だ。
「どしたの?」
「なんか…いいね、こういうの。」
「そう?熱いから、フーフーしてね。」
雑炊は、和風出汁にネギと生姜をたっぷりと少しのニンニク、柔らかく煮たモヤシやキャベツ、そして冷凍餃子が入っている。
「餃子だ。」
「ニラがいいのだよ、ニラが。知らんけど。」
「知らないんかい。」
フーフー冷ましながら、少しずつ口に入れている灘くんが、可愛い。
「餃子を崩して混ぜても美味しいよ。」
「ん、半分食べたらやる。」
私も、お皿によそって同じものを食べる。
2人で同じ物を食べるって、体を構成する物質を共有してるから、特別な感じがする。
「あ、お母さんの味だ。」
「味見しないで作ったの?すごいね。」
「再現率遺伝子レベルだわ。」
灘くんが餃子を潰して、ご飯と混ぜている。
「餃子味のご飯になった。」
「そうだね、そうなるよね。ごま油とかラー油垂らすともっと美味しいよ。」
「あぁ、絶対うまいやつ。」
中身のない話をしながら、のんびりご飯を食べて、食後のお茶を飲んだ。
市販薬とお水を渡して、灘くんに飲ませる。
「灘くん、お風呂明日にして寝たら?」
「整髪剤をつけたままが嫌だから、入る。」
ガッツリついてるもんね。
「シャワーだけにしたら?」
「うん、すぐ出る。」
灘くんがシャワーをしている間に片付けと、アイスノンのタオルを変えておく。
私も入浴の準備をして、さて寝床をどうしようと考える。
普段はシングルベッドに2人だけど。
きっと1人がいいだろうし。気温もまだ寒くないから、冬の掛け布団を下に敷けばいいかな。
なんて考えていると、ものすごい速さで灘くんが帰ってきた。
「人生最速。」
「お見事!私も入ってくる。」
サクッとシャワーで済ませて部屋に戻ると、灘くんはベッドでむにゃむにゃしていた。
髪の毛を乾かして寝る準備をする。
「ほとり…」
「あ、起こしちゃった?」
「ううん、うとうとしてた。」
おでこを触ってみる。
「熱、上がってない?」
「怠い。」
そのまま頭を撫でると、目を閉じて擦り寄ってきた。可愛い。
「スポーツドリンク、置いておくから飲んでね。」
「ありがとう。」
クローゼットを開けて、冬布団を探す。
「何探してるの?」
「冬布団をね」
「なんで?」
「床で寝ようかと思って。」
「やだ。隣で寝て。」
なにそれー!
振り向くと、ちょっと拗ねたような顔をしていた。
「隣にいて大丈夫?寝苦しくない?」
「平気。逆に、風邪移ったらごめん…」
「大丈夫!自分で引くことはあっても、人から風邪もらったことないから。」
そそくさとクローゼットを閉じ、ベッドにもぐる。
灘くんの体が熱い。
「大丈夫?寒くない?」
「ほとりがいるから、大丈夫。」
後ろからぎゅっと抱きしめられると、安心する。
首の後ろに熱い吐息を感じて、ちょっとだけドキドキした。
「熱下がるまでいるから、安心してね。」
「うん。」
お腹にあった灘くんの手が、段々上に移動してきて、胸を包んだ。
「灘くん?」
「うん。」
そのまま、むにむにと揉まれる。
風邪引いてるんじゃないんだっけ?
勃ってしまった突起をこねながら、やわやわと揉まれると、気持ち良くて声が出てしまう。
「んやっ…あん…」
「んー…風邪が早く治りそう。」
「やだ…もう!ああっ…」
弱ってる時くらい、静かに寝てればいいのに!
でも、弱っているからか、灘くんの灘くんは大きくなってはいなかった。
「寝るまで触らせて。」
「仕方ないなぁ。」
耳元で嬉しそうに笑って、首筋にキスをする。
そして、灘くんは寝付くまで、ずっと私の胸を触っていた。
弱っていても、灘くんは灘くんだった。
早く完治して欲しい一心だったのです。
土曜日の夜には熱も下がり、むにゃむにゃしていた灘くんも日曜日は起き出して、月曜日からの出張準備をしていた。
「明日、行くの?無理しない方がいいんじゃない?」
「ありがとう。でもこの調子なら、明日には完治だから行ってくるよ。」
「無理しないでね。」
「うん、ほとりのこと考えてれば、すぐ治る。」
「じゃあ、たくさん考えて!」
灘くんの背中に飛びついて、ぎゅうっと締め付けると、笑いながら手を撫でてくれた。
「うん、ちゃんと責任取ってね。」
「うん?分かった…??」
ちょっとよく分からないけど、返事をしておいた。
少し心配だったけれど、日曜日の夜に帰って翌日の出勤に備えた。
朝、灘くんからのメッセージには、無事出発したってあったから、ホッとしつつ仕事をこなした。
「ねえ、ほとり。久しぶりに飲みに行こうよ。」
パソコンのディスプレイ横から顔を出し、末ちゃんが言った。
「いいよ、金曜?」
「うん、松田と阿部のスケジュールは抑えてあるから。」
「灘くんに聞いておくよ。」
「そういえば、風邪治ったの?」
「本人は治ったって言ってるんだけど、治りかけかな。」
「そっか…飲み会は無理しなくていいよ?」
「んーでも、灘くんは行きたがると思う。」
「仲間外れ嫌がるもんね。」
「寂しがりやだからね。」
2人でくすくす笑って、仕事に戻る。
灘くんからはすぐ参加の返事が来て、金曜日はいつものメンバーでいつもの場所に集まることになった。
定時の鬼の末ちゃんといつもの席で待っていると、少し遅れて阿部くんが、その後に灘くんと松田くんが揃ってやって来た。
「営業2人が揃って来るなんて珍しいじゃん。」
「さっきまで会議してたんだよー!な、灘。」
「身のない会議で落ちるかと思った。」
眠そうな顔が如実に物語っている。
「あー、無駄にお偉方が集まるのに、何の会議か分からないアレっすね。」
「呼ばれた意味も分からなかった…時間の無駄。」
「灘ってば、本当寝るかと思って、俺焦ったよー。」
ビールジョッキが揃ったところで、乾杯をした。
美味しいご飯とお酒を楽しみ、仕事の疲れを癒す。
「灘川、風邪治ったの?」
末ちゃんが唐揚げを頬張りながら、空いたビールジョッキを片付ける。
「あぁ、もう余裕。薬も効いたし。」
ハイボールを飲んだ灘くんが、ニヤリと私を見てくるから、なんだかそわそわする。
「出張が多いと、体調管理も大変よね。松田も気をつけなさいよ。」
「うん、野菜いっぱい食べてる!」
「松田さんって、最近ちょっとアホの子入ってますよね。」
「そうなのよね。」
なんのかんの言いながら、あっという間に時間が過ぎる。
「んじゃ、また来週!」
「お疲れ様でしたー。」
「おやすみー」
駅で解散して、私は灘くんの家に向かう。
街灯が照らす道を、のんびりふわふわいい気持ちで歩いていると、灘くんの鼻にかかった甘えるような低い声が、私を呼ぶ。
「ほとり」
私はなんだか嬉しくなって、ご機嫌でこう返す。
「なぁに、幸太くん。」
「ずるいなぁ。」
名前を呼び合うだけのやり取りでも、こんなに幸せな気持ちになれるんだから、私はとっても単純だ。
「ねえ、責任取ってくれるんでしょ。」
「何の?」
思い出せなくて頭を振ってみるけど、やっぱり思い出せない。
「忘れたの?」
痺れるような声音が、胸を騒つかせる。
「俺が風邪を治したら、責任取ってくれるんだよね。」
あ、言った。よく分からないけど、風邪が治ればいいやって思って、うんって言った気がする。
「うん…?」
「男はね、辛い時、苦しい時、怖い時、好きな子の裸を思い出すと、耐えられるんだよ。」
にっこり笑って教えてくれる灘くんに、素直に感心した。
「へぇ、そうなんだ。男の人ってすごいね。」
「ほとりって、本当に可愛いよね。」
長くて逞しい腕が、私の腰を引き寄せる。
「ただでさえ2週間もほとりに触れなくて、今週は一度も会えない上に。」
耳に唇がつきそうな距離で、吐息交じりに囁かれる。
「ずっとほとりの裸を思い出させてた責任、取ってくれるよね?」
そういう、責任の取り方?!
耳も首も腰も、触れているところ全部、電流が走っているみたい。
「は、はい…」
息も絶え絶え、やっと口にできたのは、肯定の一言だった。
ルンルンして家に着いた灘くんの責任の取らせ方は、途中から記憶がなくなりまして、覚えてません。
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(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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