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ほとり編

(4)普段より、少し長く一緒にいる。

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舞い上がってしまって、昨日の夜はなかなか寝付けなかった。
好きが爆発してる。
末ちゃんには報告済みだから、色々相談に乗ってもらおう。

昨日のお礼に、移動中つまめるようなお菓子を持ってきた。
直接渡せなくても、デスクに置いておけばいいかなと思って、付箋メモも貼ってある。
自席からそっと向こうを伺うと、席にはいなかった。
「ほほほ、見ておる見ておる。」
「ひえっ!末ちゃん!」
ちょうど席に戻って来た末ちゃんは、ニヤニヤしながらサムズアップ。
やっぱり、お菓子はさりげなくデスクに置いて、お土産っぽく見えるようにしよう。


コンペの提出は月末の為、まだ時間がある。
資料を参考にしながら何案か出し、上司に意見をもらうことにした。
出張中のため、データで送っておく。ついでに、灘くんにも送っておいた。

「木実、来週の出張準備してある?」
先輩の中村さんから声をかけられた。
「はい、大丈夫です。」
今回、人手が足りないらしく、取引先の視察と商談の同席、雑務を手伝うことになっている。
出張は初めてだから少し緊張するけれど、お土産を買うのが楽しみ。
金曜日に帰ってくるから、遊園地の準備は事前にしておきたい。
末ちゃん、服買いに行くの一緒に来てくれないかな。

「向こうで使うプレゼン資料の進捗どう?」
「今日中にできる予定です。データ送っておきます。」
「よろしく!俺これから打ち合わせだから」
「了解です。気をつけていってらっしゃい。」
手を振る中村さんを見送りつつ、ふと向こうの島を見る。
もしかして直行なのかな、一回も姿を見ていない。

ある程度、形になったプレゼン資料を見返すと、ちょうどお昼休みになった。
やっと末ちゃんと話せる!!
そそくさと財布を持って例の場所へ向かった。

それぞれランチセットが運ばれ、食べながら作戦会議。
「出張前に準備しておきたいんだけど、末ちゃん服買うの一緒に来てくれない?」
「いいよ。土曜でもいい?」
「えっ、末ちゃん珍しい!週末空いてるの?」
「土曜だけね!」
末ちゃんは多趣味で交友関係が広いから、大抵週末は予定が入っている。直前に捕まえるのは難しいのだ。
「日曜何するの?登山?」
「これがさ、なぜか松田とボルダリングすることになってて。」
「松田くんと末ちゃんて、体育会系だよね。前はマラソンとか行ってなかった?」
「行ってたね。アウトドアスポーツ仲間って感じ」
でもボルダリングは室内なんだよねー!と言いながら、スパゲッティをむしゃむしゃ食べている。
「松田くんと付き合わないの?」
「いやいやいや、そういう感じではない。」
「松田くんは末ちゃんのこと好きそうだけど。なにかと構ってくるし。」
「うーん。でも、そういうんじゃないんだよね。」
お水をゴクッと飲み込んで、末ちゃんが指を振る。
「それより、灘川なんなの。私の知ってる灘川じゃないわ。二人きりだとそんな甘々な感じになんの?!」
「私もびっくりするやらドキドキするやら。心臓がもたないよ。」
「あれでしょ、完全にほとりに気があるでしょ。」
「そうかな?って思ったけど。そんな期待して違ったら二度と立ち直れない!無理!」
何回反芻してもときめく、昨日のこと。
灘くんが、かっこよくて優しくて可愛くて、普段のおふざけ感からは想像し難い立ち振る舞い!
溜息がでちゃう。
途中途中はふざけてたけど。

「どんな服着て行こう。灘くんの私服、見たことないんだよね。この前は、ご飯食べるだけだったから、ジーンズにスウェットだったし。」
「えーっとね…シャツだったかな。シンプルな感じ。変わってなければ。」
末ちゃんが過去を思い出そうと遠い顔をする。
「見たことあるの!?」
「ほとりが入社する前、社員旅行があって。何年かに一回、思い出したように開催するんだけど。その時に。」
「社員旅行あるんだ。」
「もしかしたら、今年か来年あるかもね。」
「社員旅行もいいけど、私はいつものメンバーでどっか遊びに行きたい。」
「確かに、飲み会以外は行ったことないね。提案するだけしてみよっか。」
「やったー!」
頬が緩む。
「灘くんがシンプルな服装なら、遊園地だし動きやすくてスポーティな方がいいかな。」
「とりあえず、ジェットコースターで飛んで行かないような服が良いと思うわ。」
「分かった!」
想像するだけで、ワクワクが止まらない。
灘くんが隣にいて、アトラクション乗ったり、ご飯食べたり、お話したり、また手を繋いだりできるかな…
「ほとり、顔がゆるゆる。」
「えへへ。お買い物楽しみ」
「私も服買おう。そろそろ出ようか。」
「そだね。」
ルンルンご機嫌で、午後の仕事に取り組めそうだった。


出張先の宿泊や交通の手配を終え、データもまとめて中村さんに送信し終わった。
後は、通常業務の残りを済ませれば、定時で帰れそうだった。
メールチェックをしていると、灘くんの声がする。
フロアの出入り口で、経理課の女性社員平野さんと話していた。
平野さんが笑いながら灘くんの腕に触れる。
ああ、触らないで、と思ってしまった。 
自分は昨日、手を繋いで家まで送ってもらったのに。なんて強欲。
見ていられなくて、業務に集中する。
資料のコピー出力をして、提出用を二部作成する。これは出張に持っていく分。封筒に入れておく。
もくもくと、仕事をしていると頭上から影が落ちて来た。

「木実、体調どう?」
顔を見なくても誰か分かる。
鼓動が速まった。
「おかげさまで、元気だよ。ありがとう。」
変な顔をしないように、ニコッと笑う。
見上げた顔が心配してくれていて、しかもかっこよくて、さっきの嫉妬なんてどこかへ行ってしまった。
「えへへ」
「お菓子ありがとう。まだ食べてないけど。」
「直行だったの?」
「うん、さっき帰って来た。」
「お帰りなさい。」
「ただいま。じゃあまた。」
「うん?」
また?
気になっているうちに、スッと戻って行ってしまった。


結局、にっこにこで仕事が終わり、定時に上がれた。
末ちゃんは、まだ少しだけ仕事が残っているらしく、先に帰ってと言われていた。
薬局かスーパーに寄って帰ろう。

「末ちゃんお先。」
「おつかれ、ほとり。」
周囲の人たちに軽く挨拶しつつ、フロアを出る。
「木実ー!ちょっと待ってー!」
呼び止められて振り向くと、中村さんが走って来た。
「ごめん帰るとこ。出張のことなんだけど」
提出する資料と、接待の日程と場所の確認だった。
「あともしかして、俺の宿泊先も手配してくれた?」
「はい、ついでだったので。」
中村さんは忘れっぽく、宿泊予約をせずに出張に行って、慌てて宿を探すことがままあるので、確保だけしておいた。
「木実ー!気がきく!!ありがとう!!」
肩をガクガクと揺さぶられる。
「あ、はい。」
「中村さん、木実は昨日体調悪かったんで、振ったら吐きますよ。」
「いや、吐かないわ。」
普段のノリでつい言葉が出てしまった。いつのまにか隣に灘くんが来ていた。
「マジか、ごめんな!じゃあ、俺明日から金曜日まで出張だから、来週よろしく!お疲れ様」
「はい、お疲れ様です。」
会釈して歩き出すと、灘くんもついてくる。
「どうしたの?」
「帰るんだよ」
右手に持ったバッグを、目線の高さに持ち上げた。
「定時で帰れることあるんだ!早いね!」
「あるよ!残ってるうちの30分くらいはゲームやったり話したりしてるだけだし。」
「あーなんか皆でよくやってるやつね。」
「木実もやろうよ。」
「ゲームは、やったはいいが続かないタイプ。」
「招待してあげよう。」
「君、押しが強いな。」
ピロンと音がした。
「送った。」
「うん。」
「早くインストールして」
「えー」
渋々スマホを見ると、招待メールが来ている。
灘くんがあまりにニコニコしているから、インストールしてしまった。
「しました。」
「よし、チュートリアルからな。」
「今?!」
「歩いてると危ないから、どっか寄ろう。ついでに、何か食べて帰る?」
「あ、うん。いいけど。」
「よし。和食と洋食どっちがいい?」
「和食かな。」
「了解」
何だかよく分からないまま、するするとご飯屋さんに連れていかれた。

「ハイボールとウーロン茶、焼肉定食と煮魚定食でお願いします。」
「かしこまりました。」
注文してから、早速スマホを取り出す。
「取り敢えず、チュートリアル終わったら言って!」
「う、うん。」
頬杖をついてこちらを見る態勢に入っている。
喜んでくれるならいいか、とチュートリアルを始めた。
なんか物語が始まった。一回死んで蘇って、冒険の旅をすることになり、ガチャで武器をもらった。
「多分、終わった。」
「よし、俺たちのグループに招待するから、待ってろ。」
招待されている間に、飲み物が来た。
「お疲れ様」
「お疲れ様」
乾杯をしてゴクリと一口。今回はお酒に飲まれないためにも、ウーロン茶にさせていただいた。ハイボールを飲んでいる灘くんの美味しそうなこと。
「参加した?」
「うん、できた。」
「これチャットもできるんだよ。」
ログを見たら、ふざけ倒し通常運転な内容で、笑ってしまった。
「灘くんて、誰に対しても変わらないね。いい意味で。」
「そうでもないよ。」
「そうなの?そんな風に見えないよ。」
「そっか、見えないか。分かった。」

定食が運ばれてきたので、お互いの今日の仕事や、社内の話、全然関係ないことを話しながら、ご飯を食べた。
ゲームの続きも少しして、お店を出た。

駅までゆっくり歩く。
歩調を合わせてくれているとかじゃなくて、お互いゆっくり。向こうも帰り難いのかなって思うような。
そっと斜め上を見上げると、街灯に照らされた瞳がキラキラ光っていた。何回見ても思うけど、本当にかっこいい。

灘くんだったらもう何でもいいってくらい好きなんだけど、エラから首のラインが芸術的で特に美しい。くるくる動く黒目や、表情豊かな眉、ゴツゴツした指、好きな部分をいくらでも挙げられる。
あーかっこいいかっこいいどうしよう。
周りに人がいれば普通にしてられるのに、二人っきりだとソワソワしてしまう。

「何?見すぎじゃない?」
ちょっぴり眉をしかめた灘くんと目が合った。
この表情は、照れている灘くんである。
「いや、見てない」
「見てる」
「見てない」
「見てる」
「じゃあ見てる」
「もう見なくていいから!」
灘くんの首筋がほんのり赤くなった気がした。
かっこいい可愛い大好き。

駅に着いて改札を通り、同じ電車に乗る。
「木実、家まで送ろうか?」
「えっ、いやいいよ大丈夫だよ。元気だし。」
今日も心配してくれているらしい。でも、昨日も別に体調悪かった訳ではないし、さすがに罪悪感を禁じ得ない。
「そうだけど、そうじゃないというか」
「ん?今日は一人で帰れるよ!心配してくれてありがとう。」
「分かった。」
あんまり分かってなさそうな顔で頷いた。可愛かった。
電車が止まって、ホームに降りて手を振る。灘くんは右手を顔の横に軽く挙げた。
帰り道、寂しくなってやっぱり送ってもらえば良かったかな、なんて現金なことを考えながら、薬局に寄ってシャンプーの詰め替えを買って帰った。

それから平日はあっという間に過ぎて行った。
ついでに言うと、灘くんも中村先輩と一緒の出張でいなかった。帰りがけに言ってくれればよかったのに。と思ったけど、携わってる案件違うし、彼女でもないのに別に言う必要ないよね。

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