【R18】次に目を開けた時、イケメンのベッドの中に異世界転移してました。

番外編２

リリーの恋・１４

 傷口から血が流れて、シクシクと痛む。
「気持ちを受け入れてもらえないのに、操立てする必要ある？」
 払いのけた手は、黒髪を一房すくい取ってくるくると指に巻きつけた。
「俺、すっごく優しいよ。うんと甘やかして、気持ちよくてドロドロになっちゃうまで愛してあげる。」
 金色のまつげに縁取られたグレーの瞳が潤んでいる。
「大切にするよ？」
 その瞳が、過去と重なる。

『世界で一番大切な女の子』

『愛してるわ』

 あの日を思い出して、ドクドクと心臓が脈打った。
「大切って、何？」
「へ？」
「大切、大切って言うけど、私には何を大切にしてるのか分かんないよ！」
 私の気持ち？私の体？環境？
 それとも、自分の体裁？欲望？
 沸いてきたのは怒りだ。
「帰ります！ご馳走さまでした！」
 勢いよく席を立ち、エルさんに挨拶をした。
「えっ、うん…気をつけて…」
 店を出て外の空気を大きく吸い込む。
「みんなみんな、自分勝手！」
 私もそうだ。
 自分の気持ちを押し付け合ってる。
 変に涙が出て、手のひらでゴシゴシと拭き取った。そのままズンズンと大股で歩く。
 ムカつく、ムカつく、ムカつく。
 何もかもがムカつく。
 上手くいかない自分も、会えない彼も、緩い先輩も、全部がムカつく！
 角を曲がったところで家への道が分からなくなったから、細い路地に入って人目を避け、転移魔法を使った。
 小さな庭のある、実家によく似たお祖母ちゃんの家。
 強く思い浮かべれば、体がトプンと魔力に沈む。
 一度行った場所なら、制限魔法がかかってなければどこへでも行ける。
 これが私の特技だ。
 フッと体が浮き上がると、玄関前にいた。
 リビングに灯りがついている。
 今朝、うっかり消し忘れただろうか。
 玄関の鍵を開けて中へ入ると、衣擦れと共に柔らかな声に迎えられた。
「おかえり、リリー。」
 長い髪を頭頂部付近で一本に結い、さらりと垂らした彼がソファに足を組んで座っていた。
「なんっで…いるの…」
「アルシーに鍵を借りたの。」
 なんて事のないように微笑んでいる。
「そうじゃなくて、どうして来たの。」
 脈が速くなる。
「リリーに会いたかったからよ。ダメだった？」
 ダメな訳がない。
だけど、さっきまで怒り心頭だったから、どうしたらいいか分からない。
「だって仕事とか…」
 奥さん達の相手とか…
「今日は早く終わったのよ。」
 組んでいた足を崩して、私をじっと見つめてくる。
 指先からじわじわと熱が広がる。
 とりあえず、自室に荷物を置いて着替えることにした。
 リビングに戻って来れば、彼がお茶を淹れている。
 カップをテーブルに置いて、手招きをされた。
「こっちへいらっしゃい。」
 言われるがまま、隣に座る。私に拒否権なんてない。
 どれほど女性として扱われなくても、姪っ子として可愛がられてるだけであっても、彼に触れられるなら側にいたい。
「こっちには慣れた？」
 カップからお茶を啜る。温かくてほのかに甘い。これは、実家のハーブティーだ。
「うん、最近は慣れて来たよ。」
 さっき迷子になったけれど。
「そう。仕事はどう？楽しくやってる？」
「あ、うん。えっと、新しい仕事を任されたの。細胞の培養なんだけど、医療に使えるかもしれなくて。」
「まあ、すごいわね！さすが私のリリー！」
 大きくて温かな手が、頭を撫でる。
 いつからだろう、それで体がゾクゾクするようになったのは。