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第二部
上弦の月・18
しおりを挟むサンキュウ!のシングルが出て、アルバムの発売が告知されて、アルバム発売1週間後からコンサートツアーが始まるってことが判明した。
1週間あったら、余裕でアルバム全曲覚えられます!
「だから、きいくんあんなに忙しかったんだ…」
「レコーディングしてMV撮って、特典映像撮って、その後にドラマの撮影して、バラエティとラジオの収録が定期的にあって、そりゃ…忙しくてすれ違うよね。」
隣で実音々が頷いている。
「守秘義務あるからね、忙しい理由言えないもんね。」
「芸能界は大変だねえ…お姉ちゃん見てると、自担のこと好きだけど付き合いたいって思わなくなるな。」
実音々、そんなこと考えてたんだ。
「なんでー?」
「だって、好きな時に会えないし、色んなこと秘密にされるし、浮気?って疑ったらキリが無いし、スキャンダル出るし、匂わせ女は殺したくなるし、私には無理だよー。お姉ちゃんすごいよ…内助の功過ぎて…」
イーッて顔して頭を振っている。
「そうだねえ、辛いねえ。私もそれは辛くて…別れるかと思ったよ。でもやっぱり、きいくんが好きなんだよね。笑ってくれるだけで、嬉しいから頑張っちゃうんだ。」
「…まじ、頑張りすぎないでね。ばんばんと持ちつ持たれつするんだよ?」
まじ優しい妹だわ。
不安そうな顔で見られたけれど、大丈夫。きいくんも私にしか打ち明けられないことも、あるんだよ。
「うん、ありがとう。」
テーブルのお茶を一気飲みして、アクリルのコップを置いた。
「アルバム予約した?」
「したしたー!全形態したよ。特典でアクリルスタンド付くからさー!」
「3人バラバラなの?」
「ううん、一緒!ご飯食べる時に並べて撮りたいよね!」
「使い勝手悪いな。」
「3人は仲良しってことでここはひとつ!」
初回盤A・Bと通常盤の三形態、3枚同時購入でアクリルスタンド付き。
Aはミュージッククリップと撮影風景映像が、Bはバラエティ企画で3人が日帰り旅をしている映像が特典でついていて、通常盤は収録曲が2曲多い。
バラエティ企画めっちゃ見たいんですけど!!!
3人でどこ行ったんだろー!楽しみだなー!!絶対にふざけ倒してるよー!!
「早くアルバム発売して!発作的に欲しい!」
「分かるー!私も見たいから、一緒に見よー。」
「いいよー!」
そんなアルバム特典に想いを馳せていれば、開催2週間前にチケットが届いた。
「みねねちゃあーん!自名義ちゃん、今回ダメだったー!」
「どこー?」
アイスをパクパクしながら、チケットを覗き込む。
「1回目が一階席後方で、2回目が二階席だったー。」
「ノーアリーナですか。」
「ええ、ノーアリーナ席でした。二階席は外周花道あるかなー。もしくはトロッコとか…」
「うーん、トロッコより花道派ですな。何にもないよりトロッコの方が全然良いけどね!」
該当コンサート会場だと、トロッコの確率が高そうだ。
「よし、うちわつくろう!お姉ちゃん!」
「あっ…うーん…今回は…なくても…」
「なんで?!」
いつも真剣にガッツリ作るのを知っているから、とても驚いている。
「…彼女だし…目立たない方がいいかなって…」
きっと、ばんばんは私にファンサしないだろうし、静かなファンを装った方がいいんじゃないかって思った。
実音々の片眉が上がる。
「なにそのクソ遠慮。うちわ持ってて彼女なら、この世のファンみんな彼女じゃん!むしろうちわ持ってない方が目立つ!っていうか、コンサート中はみんなサンキュウ!の彼女でしょ!誰かに遠慮して楽しめないなんて、一番ばんばんが悲しむよ!」
だから作るの!って部屋から制作キットを持ち出してくる妹、最高にクールでカッコいい。
「ありがとう…ちゃんねね。」
「私はうげんちゃんの持つから、よろしくー!」
あ、私が作るんですね。
「了解でーす。」
「文面何にしよっかなー。ファンサ系にするか、感謝系にするか、ネタに走るか。」
こういうの考えてる時が、一番コンサートっぽくて楽しい。
「私は、いつもありがとう大好き、にするー!」
「それこそ、ばんばんにしか分かんなくて、良いじゃん。ファンから見たらただの感謝だけど。」
「そうかな…えへへ。」
「どうしよっかなー。」
折り紙と色画用紙をめくりながら、実音々が楽しそうに悩み始めた。
職場のデスクでお菓子を摘みつつ、パソコンとにらめっこしている咲ちゃんに声をかける。
「さきさき、手伝う?私、今手が空いたんだけど。」
「えー?!本当?!ありがとう!待って、今データ送る。」
珍しく残業をしていて、分量の差で私の方が早く終わった。
メールが届いたので、データをダウンロードする。
「これの後半の部分をグラフ化したら送ってー!そしたら終わりなんだ!」
「おっけー!任せて!」
多分これは、忙しい営業さんに頼まれたプレゼン資料なんだろうな。
しばらく無音が続き、咲ちゃんのため息が漏れ出た。
「終わった…くっそー!資料くらい自分で作れ!」
「今データ送ったよー。」
「ありがとう、助かったよお。」
本当は今日、CD発売日だから早く帰りたかったけど、残業になってしまった。期日に追われて大変そうな咲ちゃんを置いて帰れないし。
「じゃあ先に帰るね。」
「珍しく急いでるんだね!」
「うん、サンキュウ!のアルバム発売日だから!」
「あー!ポスターが貼られてるよね、駅で見たよ!」
「そうなのー!ありがとう見てくれて、嬉しい!」
「後で感想教えて。」
「なんなら、データ差し上げますぜ。」
「えっ?!いいの?!」
「もちろーん!ドラマの主題歌も入ってるから、是非聞いて!」
「ありがとう!」
じゃあね、と手を振り足早に退勤した。
電車に乗れば、ビルや看板に貼ってあるサンキュウ!のポスターが見える。
ああ、嬉しい。サンキュウ!の認知度が上がっている。新規のファンが増えて欲しいと思っていたから、こうして目に見えて彼らの活動が分かると確実に増えているはずだ。
みんなに、サンキュウ!を知って欲しい。好きになってもらいたい。
嬉しくなって、きいくんにメッセージを送っておいた。
きっと、コンサートの準備で忙しいから、無理に返事をしなくていいことも添えて。
帰宅すると、実音々が段ボールを持って出迎えてくれた。
「お姉ちゃん!届いてるよ!早く見よ!!」
特典映像が見たくて仕方ないらしい。
特典映像を撮ってくれている企画制作会社が、サンキュウ!のことをよく理解してくれていて、お腹がよじれるほど楽しませてくれるのだ。
「ご飯食べてからにさせてー!集中できない!」
「もう用意してあるから!」
「ありがとうー!」
急いで着替えてご飯を食べ、なんなら歯も磨いて準備万端。
リビングに戻れば、実音々が段ボールからアルバムを出して、きれいにテーブルの上に並べていた。
「お姉ちゃん、真ん中が初回Bだよ。」
「んまあ、こんなに分かりやすくしてくれてありがとう。」
ビニールから取り出して、DVDをレコーダーに入れる。
音が大きいから事前に小音にしておいた。
「サンキュウ!のみなさん、お集まりいただきありがとうございます。」
「えっ、これ何ですか?」
ゆーてぃが挙動不審な動きをしているから、ばんばんのツッコミが入る。
「織田さんだから、特典映像に決まってんじゃん!」
「その通りです。」
「あ、そっか。」
「えっ、逆に何だと思ってたの?」
うげんちゃんが半笑いでゆーてぃを見ている。
「なんか…集められて怒られるのかと思った。」
「俺たち、大人によく怒られるもんね。」
「ふざけすぎるからね。」
3人とも半笑い。
「あ、もういいですか、話して?」
「いいですよ、どんどん来てくださいよ!」
ばんばんにフリップが渡される。
「めくってもらっていいですか?」
「はい。お?サンキュウ!アルバム発売記念企画…日帰り旅行?!えっ?!」
「旅行?!マジで?!」
「やったあー!!関口さん、俺の財布いくら入ってる?!」
「おい、マネージャーに確認すんな。」
「俺たち…こんな企画してもらえるなんて、売れてきたなサンキュウ!…」
それぞれの反応をしてるけど、ばんばんは目が潤んでる。
俺は泣かないって日々言ってるけど、実は結構涙脆いよね。
「ということで、明日の朝5時に集合です。よろしくお願いします。」
「えっ?!今からじゃないんですか?!」
「今、午後の2時だよ!行けても取れ高悪いよ!」
「5時かー!早いな!」
映像が切り替わり、薄暗い空の下、3人が立っている。
「おはようございます。」
「織田さん、どこ行くんですか。」
「俺、ワクワクしてさ!早く寝た!」
「眠れなかったんじゃないんだ!」
「めっちゃ寝たぜ!」
「ロケバスに乗ってください。」
「はーい。」
わちゃわちゃしてる3人可愛すぎるー!
後部座席で並んだ3人、フリップをもったばんばんが、ぺりぺりめくる。
「日帰り3人旅、温泉でのんびりしよう!」
「売れて忙しい3人に、のんびり過ごしてもらおうと思いまして。」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございまーす!」
「よっしゃー!ありがとうございます!!!」
「でもこれ…何かあるんでしょ?絶対あるんでしょ?俺知ってるんだから…!」
ばんばんが怯えた小動物のように警戒している。
「えっ?!あるの?!普通の旅行じゃないの?」
「いやー、普通の旅行ですよねえ?そうですよねえ?」
驚いているゆーてぃと、笑顔でとぼけているうげんちゃん。
「それはついてからのお楽しみで。」
「ほらー!あるやつだよー!素直に旅行させてくれるわけないじゃん!」
3人は早朝にも関わらず元気で、きゃっきゃしている。
が、連日の疲れが来ているのか、しばらくバスが進むと、うとうとし始めた。
3人の寝顔をカメラがしばらく映してくれている。
「可愛い…みんな可愛い!ありがとうございます、ありがとうございます。」
「お姉ちゃん、いつもばんばんの見てるでしょ。」
「3人でいるのと、私といるのとじゃ違うんだよおー!可愛いー!」
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