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本編

33・Flamingo

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電話を切って、脱力した。
座っていたのに足がガクガク震えて、四肢が冷え切っている。
人生で一番の勇気を振り絞って、電話を掛けた。
そりゃそうだよね、だって人生の半分くらい好きな人だよ…憧れて恋焦がれて逃げ出すほど、好きな人。
でも、もう決めた。
伴くんのこと、諦めるの諦めた。
こんなに好きなのに、どうして自分を抑えられるって思ってたんだろう。
誤魔化せなくて苦しんで、一人で思い悩んで、本当にバカみたい。っていうか、バカ。
私は、ばんばんのファンで、担当で、ずっと応援したくて、活動してた。自担のお仕事を邪魔しちゃいけない、ファンが迷惑をかけちゃいけない、それはすごく大切で、守っていきたいことだけど。
私を好きだと言ってくれる、私の好きな人を傷つけてまで、守るようなルールじゃない。
大切な人を、大切にできなくて、何が好きですだよ。笑っちゃうね。
しかも、自分が側にいて、担当の仕事に影響を及ぼすなんて、そんな力ないのに自意識過剰でした。マイプレシャス、気づかせてくれてありがとう。
私は、やっと覚悟を決めた。
伴喜一くんが、好きです。
彼が求めてくれるなら、私はなんだって出来る。やってみせる。
プロ彼女にだって、なってみせる。
それが、私の覚悟だ。
自室を出てリビングにはいる。
冷え切った体を中から温めたくて、お茶を用意していると、実音々が部屋から出てきた。
「お姉ちゃん、私のもー!」
「あいよ。」
マグカップにティーパックを入れてお湯を注ぐ。
「ん、お姉ちゃん…なんかスッキリした顔してる。」
「うん、今一番スッキリしてるよ。決めたんだ、どうするか。」
ティーパックを外して実音々に渡す。自分のマグカップを両手で持ち、温めながら一口飲めば、アールグレイの爽やかな香りが鼻を抜けた。
「結婚するの?」
「…っ!しないよ!気が早いな!」
「なんだあ、晴れやかーな顔してるから、もう婚約でもしたのかと思った。」
思考が飛躍し過ぎだ。
まだ、気持ちすら伝えてないのに。
「ま、お姉ちゃんが決めたことなら、私は応援するからね。でも、言っておくけど、ばんばんより私の方がお姉ちゃんと仲良いんだからね!」
なんなの、うちの妹、めっちゃ可愛くない?!
「マイエンジェルー!もちろんだよー!」
「じゃあ、明日の帰りにアイス買ってきて。」
「お、おう、分かった。」
「わーい!」
体良くたかられた気がする。でも可愛いから許しちゃう。
やっと、自分の気持ちを認めて、心が穏やかになった。これで夜中に思い出しては叫びたくなる日々とも、お別れだ。
でも、よく考えて。
主演舞台まで、あと2ヶ月弱あるってこと…
伴くん、よく待ってくれるよね…こんなに待たせて、図々しくない?
おこがましくない?
相手は、あのばんばんだよ?
やっぱり、調子乗ったんじゃない?
体がぶるりと震えた。
落ち着いて、菜果音。
今日のやり取りを思い出してごらん?

「好きだよ、なかちゃん。だから、今度はちゃんと、俺が待ってるね。」

はあ?
好き過ぎて弾け飛ぶわ。
意味わかんない、意味わかんない!!死ぬ、無理、なにこれ!!
どうして私、こんなに好かれてるの?何したの?
もう全っ然自信ないけど、果てしなく自虐してしまうけど、伴くんの気持ちを疑うのはやめた!
いいじゃん、好きな人が自分を好きって言ってくれてる奇跡と幸せを、大切にしよ?
っていうか、何この人!!
かっこよすぎて異常なんですけど!
舞台で声かけられた時も半死半生って感じだったけど、あれはまだシェフっぽかったから…ギリギリ耐えられたっていうか…耐えてなかったけど…まだシェフだったから…
でも、電話、お前はダメだ。
即死、即死です。
声が…声が耳元で…電子音だって分かってる…擬似声再生機って分かってるけど、耳元で囁かれみなよー!死ぬー!!
危うく吐くところだった…
どうしてあんな照れてしまうようなセリフがどんどん出てくるんですか?欧米人ですか?そういう文化圏でお育ちになられたんですか?
ありがとうございます!!生きてて良かったです!!
あー…苦しい…胸が苦しくて、こんなに苦しかったら入院レベルだわ。
でも私、付き合うことになったら、これと向き合っていかなきゃいけないんでしょ?
伴くんに砂糖みたいな言葉を使われて、甘やかされて、愛でられるんでしょ?
あっ…無理…
私の覚悟は環境への対応であって、こっちの覚悟は出来てない…
えっ、ちょっとこっちは死ぬと思うの…やばいよ…えっ…
あー…考えるのよそう、そうしよう。

グズグズとまとまらない思考をやっつけて、飲み終わったカップを片付けた。


それから私が何をしていたかと言えば、普段通りだった。
アイドル雑誌を買ってアンケートハガキを送り、舞台雑誌に掲載されまくるサンキュウ!を片っ端から追いかけ、付属ポスターにニヤつき、ファッション誌の彼氏役を崇めて、レギュラー放送のラジオを聴きつつ録音して、公式連載をチェックして和む。あとは、たまに出るテレビ番組に騒いだり、新しい生写真を買いに行ったり、そんな風に過ごしていた。
あんなに長いと思っていた2ヶ月って、大人になるとあっという間に過ぎるんだよね。
ばんばんの主演舞台のチケットは届くし、メディアに露出が始まって、SNSでは舞台宣伝の写真が載り、ラジオでは告知がされた。
いよいよ、なのだ。
だから、私は伸びた髪を整えに美容室へ行ったし、折角なのでデパコスのタッチアップで一番似合うカラーのリップを選んだし、アクセサリーも探してハンドメイドの大振りなイヤリングを買った。
1週間前から毎日パックしてる。除去系泥パックしてから化粧水を浸透させた紙パックして、保湿系パックを一日置きにして、合間にホットタオルで毛穴開いて、そしてまた除去系パックして、顔も大忙しだ。そのおかげか、毛穴は消えてうるつやぷるんな陶器肌になってきた。手間をかければ私も肌美人にはなれるんだぞ。
自分に自信を持つ為に、出来ることは全てやる。そうじゃなきゃ、伴くんに思いを伝えることなんて、無理。
そして、一番の武装はこれ。
クローゼットに眠らせていた、シャツワンピース。
気温が高くなった今は、少し袖をまくって、八分袖にする。夜だから寒いかもしれないので、薄手のカーディガンを持っていく。
編んである少しゴツめの革ベルトを巻いて、靴は赤いパンプス。バッグは貴重品しか入れない小さいショルダーと、パンフレットやグッズを入れる為のA4サイズがゆったり入るトートを持った。
「はあ…死にそう。」
部屋を出てくる時、実音々に「今夜は夕飯いらないでしょ?明日の分もいらないよね!色んな意味で気をつけてね!」って言われて送り出された。
夕飯は、いらないかもしれないけど…明日の分はいるよ!!
ああもう、顔から火を噴くってマジで今だよ。
電車に揺られて、乗り換えて、また揺られて、大きな駅にたどり着いた。工事をしているから、出口がコロコロ変わって分からなくなる。構内掲示板を見て出口を探し、外に出てGPSに誘導されながら劇場へ向かった。
車通りのほとんどない路地を曲がり、大きな本屋さんとビルのわきにある、地下の小さな劇場。
階段を降りてすぐのところに、レターボックスとグッズ売り場があった。ファンレターを投函して、パンフレットとポストカードを買う。
座席は、ちょうど一段高くなった列で、前の人の頭の高さを気にしないでステージを見ることが出来る。
もうすぐ開演時間だ。
ドキドキゾワゾワしているけれど、舞台はちゃんと見たい。
深呼吸を繰り返していたら、ブザーが鳴って暗転した。

男女6人が部屋で酒盛りをしている。うち二人は彼氏彼女、残りの4人はただの友達。
このロッジには大学のサークル活動で3泊4日の合宿に来た。
が、そこで問題が発生。
なんと、夜中に男女の喘ぎ声がするのだ。
「まっじ、ふざけんなよ!俺たちはフィールドワークをしに来てるんだ!どうしてこんな悶々としなきゃいけないんだ!くそー!彼女が欲しい!!」
どうやら今回のばんばんは、非モテ系らしい。前回との落差が激しいぞ。
「俺だって彼女欲しいよー!うわー!!」
どう考えても彼氏彼女の2人なんだけど、本人たちはシラを切っているらしい。
男子2人が阿鼻叫喚。残りの女子2人はドン引き。そりゃ、こんな状況じゃそうなるよね。
「…フィールドワークとっとと済ませて、帰りたいね。」
「うん…っていうか、私たちはそんな声聞こえなかったし。」
彼氏彼女も顔を見合わせて不思議そうにしている。
「もしうちらがセックスするとしても、場所なくない?部屋は男女別だし、リビングとキッチンは部屋出たら目の前だし。」
「俺たち、見られて興奮するタイプじゃないしな。」
ばんばんが、キッと睨んで反論する。
「トイレとか、外とか色々あるだろ!」
「やだー!綺麗じゃないところでしたくなーい!」
彼女が普通に嫌がっている。
「とにかく、2人は夜絶対に逢引しないこと!」
「はいはい、分かりましたよお。」
「童貞の執念やべえな。」
「なっ!どっ、童貞…じゃ…」
「いや、俺もコイツもまごうことなき童貞だ。」
「はぁ?!何言ってんだよ!」
そして無言で遠い視線の女子2人。
うん、そうなるよね。男子2人だけやいのやいのしてる。
この舞台、一体どうなるんだろう、皆目見当がつかない。

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