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本編

6・きぜつしちゃう

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その週は定時に帰る為、全力で仕事をした。
そりゃもう死に物狂いで。
だって、ばんばんに会うのに遅刻するなんて有り得ない。待たせるとか意味分かんない。
「菜果音ちゃん、この前は死にそうだったのに、元気になったねー!良かった。」
「ありがとう、心配かけてごめんね。さきさきは、先週の飲み会どうだったん?」
可愛いお顔をむにゅっと不満そうに歪めた。
「それがね、ひどいの!みんな彼氏がほしくてさ、合コンみたいな感じで集まったのに、相手側が彼女ありとか、妻子持ちでさー!信じらんない!バカにしてんの?って感じじゃん!ムカついたから、さっさと切り上げて女子会したよお!」
「それは酷い…浮気や不倫しに来てるってことじゃん。」
そりゃ、咲ちゃんも怒るよ。
「もう、絶対に主催の人にメンバー集めは頼まない。」
「うん、そうしよ。やめよ。」
ぷんぷんしてる咲ちゃんに飴とチョコを与えて、怒りを鎮めさせる。
「んー!美味しいー!」
チョコで幸せな気持ちの咲ちゃんを眺めつつ、仕事の手を速めた。
「ん、そういえば!酔ってたからちゃんと覚えてなんいんだけど、業界人っぽい人がいたよ。えっとねえ…ばんばんのこと知ってるみたいだった。」
「なんだってー!!!ばんばんにお仕事ください!!!」
「よく知らないけどねー、菜果音ちゃんに言わなきゃーって思ったのは覚えてる。」
「ありがとう、それだけで嬉しい!」
業界人の方、どうぞ、どうぞばんばんにお仕事をください。
ばんばんは、演技させれば登場人物そのものになるし、ダンスさせれば魅了するし、バラエティならモノマネだってできるんです!頑張り屋さんなんです!お歌だけは普通なので、そこはアレなんですけど。
ばんばんを、よろしくお願いします。
脳内で業界の方にテレパシーを送りつつ、史上最速で仕事を終わらせることができた。

ファンとして私に出来ることってなんだろう。
まずは品行方正である。ファンのマナーが悪ければ、あの芸能人のファンはこういう奴ばっかりだから…となって担当が貶められてしまう。担当が頑張ってるのに、私の行いのせいでマイナスイメージになるのは絶対に嫌だ。
お手紙を書く。担当には応援している旨、感想、邪魔にならない程度の長さを意識しつつ。
担当以外にも書く、例えば雑誌。メールでも専用ハガキでもいい。このページや企画が素敵でした、また買うので載せてくださいって送る。そうすると、載る回数や面積が増える。
テレビ番組やラジオ番組にも送るし、なんなら曲を提供してくれたアーティストにも感謝のメッセージを送ることもある。だって、本当に嬉しいから。
SNSでの記事を拡散する。増えれば増えるほど影響が出るから、この芸能人を使えば宣伝になるって分かってもらえる。
宣伝している商品を購入する。ただただ買う、消費する。
ということを考えて、行動してきた。
サンキュウ!に関しては、CMなどの宣伝をしてないから、商品を買うことは出来ないけど、買う準備はいつだって出来てる!

私はいつだって、誇らしいばんばんの担当でありたい。
完全に自己満足だけど、そうやって担当やってきたんだ。
これからもそのつもり。
微々たるものだけど、応援していきたい。
もう、ばんばんがゲイとか恋人とキスしてたとか、どうでも良くなった。
私は、ばんばんの笑顔を見ていたいから、そう決めたんだ。

約束の時間より早くお店に着いた。
何かあった時のために、ポチ袋にお金を入れて持って来ておいた。渡したらマジでやばい人だから、渡しはしないけれど。
服も途中で着替えて、この前ばんばんが選んでくれたワンピースを着てる。ああ、緊張するなあ。
お店のシフトはもちろんユキさんで、手を振って待っててくれた。
「なかちゃーん!仕事お疲れ様。」
「ユキさんもお疲れ様です。すみません、お店集合になってしまって。」
「いいのいいの!それよりさ、なかちゃんて、喜一くんのこと好きでしょ!」
ひえっ!なんてこと言うんだこの人は、当たってるけど!
慌てて周囲を見回して、誰もいないのを確認する。
「大丈夫だよ、喜一くん来てないからさ。っていうか、すっごく分かりやすいよ、なかちゃんの反応。喜一くんが見た瞬間から、瞳がウルウルして顔が違ってたもん。一目惚れ?」
そりゃ、10年以上好きですから!
「…あー、まあ。そんなに分かりやすかったですか?」
「よっぽどのボンクラじゃなければ、分かると思うよ。喜一くんも察しが良いタイプだから、何となく感じてるんじゃないかな。」
「…どうしよう。」
楽しそうに笑っているユキさんに、人差し指を立てて口元に持っていく。
「絶対に言わないでくださいね!」
「言わないよー、言ったら野暮じゃん。でもさ、体調悪いところを助けてもらうなんて、王子様みたいだもんねー!そりゃ惚れちゃうよー!」
まあねー!ばんばんは、すっごく素敵だからー!
ああ、顔が熱い。
「喜一くん、めちゃくちゃイケメンだよね。スタイルいいし、顔小さいし、オシャレだし。モデルの仕事でもしてるのかな。」
アイドルやってます!
「ま、お客さんのプライベートは突っ込まないのが私のモットーだから、何でもいいけどね!それにしても顔が良い。」
「めっちゃ分かります。お顔が良いですよね。目は大きいし、鼻は高いし、お口はにゅっとしてて可愛いし。」
「え、そんなに見てたの?!すごいね!」
「あっ、いや、違っ、違くないけど!」
「あはは、分かってる言わないよ!」
手をパタパタ振って笑うユキさんに、安心する。
「彼がうちに来始めたのって、ここ半年くらいなんだよね。だから、なかちゃんが何ヶ月か来てなかった間に、頻繁に来るようになった感じ。」
「そうなんですかー!」
確かに、コンサートなどの現場がないから、最近来てなかった。元々平日は来ないし。先週は、たまたまタイミングが良かったんだなあ。
「レディース商品も買ってくんだけど、これが似合うんだよねー。」
「ですよねー!だってスタイル良くてお顔も良くて、似合わない訳ないですよね。あんなにかっこいいんですもん、喜一さん。」
はぁ、ばんばんを知ってる人と魅力について語れるなんて、幸せだ…。自分の顔が緩んでるのが分かる。
「そんなに褒められると、すごく照れるんだけど。」
全身がビクッと震えた。鳥肌、冷や汗、発熱、まるで風邪のような症状!
油の切れた歯車が音を立てるように振り向けば、全身ピカピカに光るアイドル伴喜一がいた。
仕事終わりなのかしら…すっごく光ってる。眩しい…発光体みたい。
「こ、こここんにちはっ!」
「ごめんね、遅れちゃって。仕事が押してて。」
「いいんです、仕事ですから!仕事大事です!偉いです!」
ばんばんの仕事!大事!
何のお仕事だったのかなあ、気になるなあ。雑誌の撮影かな?ああ、楽しみ。
「あはは、ありがとう。いっぱい仕事して来たよ!」
ぐはっ!なにそれ…なんなの…可愛い…意味わかんない…涙出てきた。
「お疲れ様です…!」
当たり障りのないことしか言えない、自分の語彙力が憎い!
えーん!何の仕事なんだろー!気になるー!聞きたいー!でも絶対に聞けないー!ジレンマ!
「なかちゃんもお仕事お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
疲れ吹っ飛んだ。
「あ、この前俺が選んだワンピースだ!うんうん、似合ってるね。」
「あっああ…ありがとうございます。」
カーッと全身が熱いなって、これ以上ないくらいクラクラしてきた。やばい、解熱剤を飲まないと、立っていられるかどうか。
「ねえ、喜一くん。今日は、なかちゃん呼んで何かするの?」
ひえっぷ!ユキさん、核心突いちゃうの?!私まだ心の準備出来てない。
そわそわして、ばんばんを見ると、いたずらっこみたいな顔して笑っている。
「好きなバンドも服屋さんも一緒ってさ、俺となかちゃん、好み合いすぎじゃない?だから、俺も服を選んで欲しくなっちゃって!」
ぎえええええ!!!
はい、昇天。今世、終了。どうもありがとうございました。みなさん、さようなら。来世でお会いしましょう。
スッと気が遠くなるのが分かった。
「なかちゃん、なかちゃーん!戻ってこーい!」
呼び止めるユキさんの声が聞こえる。
「はっ!今の夢?」
「現実、ここにある現実。」
ユキさんが首を振る。
「あははは!めっちゃ面白いね!」
ばんばんが、笑ってくれるなら、なんだっていい。私は幸せだ。
「ということで、俺に合いそうな服を選んで欲しいな!」
ケラケラ楽しそうに笑うから、是しか選択肢はない。
「…はっ、ははい!」
一生で一番頑張らなきゃいけないのは、今この瞬間だと思った。



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