上 下
243 / 253
Chapter16 - Side:EachOther - E

239 > 終業後 ー13〜 慕情(Side:Sugar)☆

しおりを挟む
(Side:Sugar)



 左隣にいる汐見が、俺の目の前で、初めて声を上げて泣き出して───

〝……いつもと立場が逆だな……〟

 いつもは、涙脆い俺を汐見が見守ってくれる。
 だけど、汐見が声を殺しながら泣く、その姿が切なくて悲しくて……愛しさが込み上げてきて……

 思わず、握っていた汐見の右手を引いて……抱きしめた。

「!!」

 俺に抱き止められた汐見の体が、一瞬、ビクッと震えた。
 だけど──それ以上の抵抗は一切なかった。そのことに俺は、思った以上に安心した。

 俺に顔を見られたくないだろうと思って、汐見の左肩に自分の顔を出して。
 俺の左肩あたりに汐見の顔が当たる。

〝……勢い余って……告白の返事を聞いばかりなのに……プロポーズ、しちまった……〟

 だがそれは、偽らざる俺の本心だ。
 心からの、言葉だったから……

「その……いきなり……ごめんな……でも、本当にそう、思ってるから……」
「……」

「考えておいて欲しい……その……ぷ、プロポーズの返事、も……」

 抱きしめている汐見の体は暖かい。だけど、汐見の返事はない。
 少し怖くなった俺は、急いで付け加えた。

「い、今すぐじゃなくていいから」

 こないだ告白して、その返事を数時間前にもらったばかりで、恋人になる前にいきなりプロポーズ、ってのは我ながらちょっと、性急すぎだと思う。

 思うけど───

〝それくらい、本気だ、って。俺の気持ちを、ちゃんとわかって欲しい……〟

 それも本心だ。
 汐見は、〈春風〉と離婚しない限り、きっとそういうことは──次の恋愛とか、交際とか、絶対考えられないだろうと思っていたから、汐見が離婚するまで言うつもりはなかったんだ────

〝あんなこと聞いたら……もう、言うしかないだろ……〟

『離婚した』って、本人から直接聞いた瞬間、もう、言いたくて。……一旦、口をついたら、止まらなかった。
 涙を流しながら話す〈春風〉とのことを聞いて……聞いてる最中も……触れたいと思った。

 汐見が、これほど弱ってるのを見るのは初めてで。
 俺が支えたいと思った。いつも思っていたけど。
 もう……今日は堪らないくらい、汐見を抱きしめたかった。慰めたかった。

 離婚して、フリーになった汐見にまた懸想する人間が現れて、汐見がまた俺以外を選ぶ……そんな未来をまた見るくらいなら、最初からそんな機会を潰しておかないと! ……って……必死だった。

〝必死すぎだ、俺……〟

 でもそれくらいしないと、汐見には伝わらない。それが、ここ数年でわかった。
 わかったならもう実力行使するしかない、と思ったんだ。

〝汐見……しおみ……俺を、選んで……俺の、そばで……〟

 極力声を押し殺そうとしゃくり上げている汐見の背中を軽くさする。子供をあやすように。
 嗚咽を零す汐見が俺の腕の中に収まって、大人しくしているその事実が───

 本当に嬉しくて愛しくて切なくて……俺の方が泣きそうになる。

 汐見の漢気を、俺は誰よりも、何よりも知っている。

 知っているが故に、汐見が誰にも頼らずにどうにかしようとしていることも、過去の事実から推測できる。
 これからも……〈春風〉と別れた後も、自分1人で解決していこうとしてるのも、わかる。

「汐見……その……プ、ロポーズの話は置いといても……俺を、頼って欲しい……お前に、頼られたい」
「……」

 さっきから返事はない。けど、俺の先刻の申し出と行動で、汐見にはきっと伝わっていると思う。
 思いたい。

 汐見と接している俺の左肩の部分が、涙で少ししっとりとしてきてるのがわかる。
 汐見の匂いも移っているだろうことを考えて

〝……このシャツ、あと2日くらい洗わないで置いておこう……〟

 この期に及んで、またしても邪なことを考えてしまう。
 仕方ない。それが男の習性ってもんだ。

 今日の返事から、こんなに早く汐見を堂々と抱きしめる機会が巡ってくるとは思ってなかった俺は、かなり不謹慎だとは思ってはいるが

〝……この体勢……で、汐見の、匂い……〟

 そろそろ……〝本気でヤバイ〟と感じ始めていた……

 汐見の声が少しずつ小さくなっていた。呼吸を整えようとしているのか、泣いて詰まってしまった鼻を啜る音が左の方で聞こえる。

〝……顔、見たい……さっきの……泣いてる顔……も、かわいかった……〟

 汐見を見る俺の視界には『世界一かわいい汐見』フィルターが掛かってるので、何をしてもかわいいとしか思えない。それを自覚してもなお、その……汐見の存在、が……

〝……ヤバイ……汐見の、体温、匂い……と、低い声、が……〟

 俺の股間に影響し始めている───

〝こ、れ、は……〟

 そこには接触していないし、見えていないだろうから問題ない気がするが、その……これ以上こうしていると、離れた時にさすがにバレる……

〝離れたくない…………ずっと、こうしていたい……〟

 俺の頭はお花畑になっていた。

 ようやく汐見が、モゾっと動いて、抱きしめられたまま俺の左胸に頭頂部を当てる。
 すると、ボソッと汐見が

「……立ってる……」

 呟いた。何のことか分からずにいると。

「……佐藤、お前、立ってるぞ……」
「!!!」

〝えっ!! ちょっと待て! え?!〟

 びっくりして、ガバっと汐見の両肩を捕まえて離すと

「これ……」
「!!!」

 充血した目を上目遣いにして、汐見が俺の股間を指差していた。

「う、うぁ! そ、そのっ!!」
「……ED、っつってなかったか?」

「そ、そそそそ、その……!!」

 ついさっきまで、穏やかでしっとりとした甘い空気が一瞬にして変な雰囲気に一変して

「ははっ……お前……EDって、嘘かよ……」

 泣き腫らした目で、面白そうに笑った汐見の発言が聞き捨てならずに俺は思わず

「ち、ちがうっ! お前以外に勃たないってことだっ!」

 本当のことを言ってしまった────







しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

処理中です...