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Chapter14 - Side:Salt - D

211 > 後日ー05(【きっかけ】ー前編)

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 紗妃からの、そのLIMEを受けて呆然としていたオレは──数分後、ようやく機械のように動き始めた。

 LIME通話をするが繋がらない。電話に掛けてもやはり繋がらない。

 どういう状況なのか考えて……行動に移すしかなく、オレは帰ってきたばかりで開けっぱなしにしていたトランクに新しい衣類を3日分突っ込み、よく使う旅行代理店に連絡した。

 紗妃宛のLIMEにはテキストメッセージで『今から向かう』とだけ書いて送って。

 到着までの行動はおぼろげだ。



 古い日本家屋になっている春風家に到着すると、玄関には『忌中』と書かれた札が掛かっており、御霊燈が灯され、数人の親戚らしき人が数名、喪服を着てぞろぞろと集まってきているところだった。
 喪服を着てくるのを忘れたオレを見て怪訝そうな顔をした爺さんと玄関先で目があった時。
 家の奥の方からオレに気づいた喪服姿も美しい紗妃が駆け寄って来て、腕を引っ張って台所に連れて行かれた。

「……どこにいたの……」
「……す、まん……その……」

「出張は、ここだって聞いていたのに……どうしてLIME にも電話にも出てくれなかったの?」

 その声は地響きがするのではないかと思うくらい、紗妃から出たとは思えないほど寒々と冷えて、黒く、重かった。

「そ……の……佐藤、が……」

 パンッッ!!!

 音が耳に届いた後、ゆっくりと戻って来た触覚で〝左頬が熱い〟と感じた。
 衝撃にかすんだ視界で紗妃を見ると……鬼のような形相をしていた。

「あなたはッ!! 誰と結婚したのよっ?!」
「……紗妃……」

「いつもいつもいつもいつも!! 佐藤佐藤佐藤佐藤ッ!! 佐藤ばっかり!! いい加減にしてっ!! 何かの理由にあの人の名前を聞くのなんて、もううんざりよ!!」
「! 紗妃! 違うんだ! そうじゃなくて!」

 オレは取り繕うつもりじゃなかった。ただ事実を聞いて欲しかっただけだ。
 だが、それは紗妃には届かなかった。

「あなたの言い訳にはいつも彼がいる!! 私はどこ!? あなたの中にはいるのっ!? どうして?! どうして一番必要な時に連絡がつかないのよ!!」
「紗妃……!」

「あなたの口から彼の名前が出るたびに!! 心の中で私は何かを殺してる!! その気持ちがあなたにわかる?!」
「……どう、いう……」

 紗妃の詰問にオレは一瞬固まる。
 そこに、昨日オレが佐藤に感じた何かを、紗妃に読み取られた気がして────

「彼は男よ!! 親友?! でもただの友達でしょう?! どうして妻である私じゃなくて、友人の彼を優先するのよっ!!」

 紗妃が、オレの中にある、何かを暴き出そうとする──最悪の、タイミングで────

「そ、うじゃない……紗妃、頼む、聞いてくれ……」

「言い訳なんか聞きたくないっ!! 私が必要な時にそばにいてくれないなんて!! それで私の夫なの?! おかしいでしょ!! 私たちは夫婦なのに!! あなたの妻は私なのにっ!!! なんで私じゃなくて彼を取るのよぉッ!!」

 掴みかかって来た紗妃はドカドカとオレの胸ぐらを力一杯叩いた。
 物理的な痛みよりも何よりも、紗妃の心が痛くて、オレは紗妃を抱きしめた。

「ぅううゔゔゔゔゔぅ~~~~~ッッ!! ぁあ"あ"あ"あ"~~~~!!!」

 為す術もなく、ただただ紗妃を抱きしめて、衝動が収まるまで待つしかなかった。

 紗妃は声を殺して泣き続け、30分程経った頃、力尽きて寝てしまった。
 オレが紗妃を抱き抱えて台所を出たところでお義母さんの遠い親戚だという女性に導かれ、紗妃を寝かせられる部屋に入った。

 そこはお義母さんの寝室だった。
 殺風景な畳間に不似合いのベッドが置かれており、お義母さんの為人ひととなりが知れた。
オレは紗妃をベッドに横たえた後どうすべきか迷っていると、先程の女性が来て台所まで戻って話してくれた。

「紗妃ちゃんね、木曜日の夜からほとんど寝てないの。ずっとあなたのこと待ってて。きっと来てくれる、って。優しい人なの、って」

 6畳ほどの台所にある食卓には、急須と葬式用の茶菓子が置かれ、大きな入れ物の中に湯呑みが30個ほど積まれていた。
 その女性が、湯呑みを一つ取ると急須から温かいお茶を淹れてくれた。

「でもね、みっちゃん……あ、美津子さんのことだけど……以前会った時ね『もう1度倒れたら回復は無理だと思うから放っておいてほしい』って、言ってたのよ……」

 オレはその人から、状況を説明されてようやく理解した。

 お義母さんは倒れる寸前にその女性に電話をして不通になったらしい。不審に思った彼女が30分後に家に到着するとすでに虫の息で。急いで救急を呼び、紗妃の連絡先も知っていた彼女は紗妃にも連絡した。

 だが、お義母さんの脳はもう限界だったらしく……

 紗妃の到着を待っていたかのように、紗妃が見守る目の前で……

 そこまで聞いて、オレはぼろぼろと涙をこぼした。

「……これ……」

 女性が、ハンカチを差し出してくれたので、オレはそれで涙を拭った。

 バキン と心の中で何かが割れる音が聞こえた。


〝オマエハ、サキノソバニイルベキダッタ〟


 オレの判断が────

 オレの気持ちが────

 オレ、は────







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