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Chapter12 - Side:Other - D

189 > 決戦の日−08(不倫の慰謝料)

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「遅いですよ、大石森先生」
「すみません、まさかこんな時間帯にここまで混んでるとは思わなくて」

「まぁ、良いです。こちらにお掛けになって」

 志弦はそう言って、自分の隣にある1人掛けソファを示した。

「もうだいぶ話し込んでしまいましたわ」
「? 何のお話ですか?」

 大石森がぐるりと回り込んでソファに向かうのを横目で見ながら

「こちら、の話です」

 志弦が、テーブルの上にあるパンフレットを示す。

「あぁ……隆さんの…………」

 どうやらこの弁護士も事情は全て承知のようだ。

〝この人が、この会社の、この女性ひとの弁護士……〟

 池宮や汐見のようながっちりした体型ではない。
 スラッとした細長い体躯に、来ている濃紺のスーツの生地が上質なのがわかるほどのもので、気品と知的な雰囲気を感じさせる。弁護士というより、どちらかというと

〝大学教授のような……〟

「ご紹介が遅れました。こちら、当社の顧問弁護士の大石森五朗先生です」

 紹介された大石森は持っていた黒い革のカバンをソファの足元に置くと立ったまま一礼した。
 汐見と池宮も立ち上がり、一礼すると

「初めまして。ですね、汐見さん。池宮先生は、お久しぶりです」
「お久しぶりです。と言っても、2ヶ月前に法廷でお会いしましたね」

「別件でしたけどね」
「あれも離婚訴訟でしたね」

「縁がありますなぁ」

 そこまで親しいわけではないにしろ、それまで見たことがない池宮の挑むような口調に汐見は驚いていた。
 2人の弁護士のとってつけたような会話に、汐見がちょっと引いていると志弦が

「あら、汐見さん。コーヒーが冷めてしまってますよ。お取り替えしましょう」
「え、あ、だ、大丈夫です!」

〝もしかしなくても……顔見知りで……仲が悪い? のか?〟

「しかし……まだあの事務所に?」
「……」

「池宮先生はもう少し上を目指しても良いと思うんですけどねぇ」
「その話はもう終わったことですので」

「……わかりました。で」

 そう言ってその大石森という弁護士が自分の足元にあるカバンを取って何やら取り出す。

「えー、……春風紗妃さまは本日は来られないんですよね?」
「……あ、あの……」

 池宮が汐見を制して代弁する。

「春風ではありません。現在は汐見紗妃です」
「ああ、そうでしたなぁ」

「……大石森先生も来たことですし、本題に入らせていただきたい」
「まぁ、そうですね。私もそうさせていただきたいですわ」

 志弦も涼しげな声で池宮に同意する。

「わかりました。慰謝料の金額について異議がおありとか」
「そうです」

「なるほど。ではどの程度お支払いする予定ですかな?」

〝どの、程度……〟

 具体的な数字を考えていたわけではない汐見は少し考え込む。
 あくまでも斜めに対面する汐見相手に話を進めようとする大石森に、池宮は鋭い視線を真正面から投げかけて言った。

「そもそも、この慰謝料の金額は吉永隆さんが三浦家への融資として希望して吉永家が出したお金。それを不倫相手だからとはいえ、損害賠償として請求するのはおかしいでしょう。そんなことがまかり通るなら、彼が勝手にギャンブルで費消ひしょうした金額すら不倫相手に請求できることになる」

 一気にまくし立てた池宮に驚きつつ、汐見が双方の弁護士を見やる。

「それに。こちらにいる汐見潮さんも、被害者です。吉永隆氏の。彼にも吉永に慰謝料請求する権利がある」

 その場にいる全員が、ひりついた空気を感じていた。
 池宮の怒りのような気配を感じる主張に大石森も若干怯んでいる様子だ。

「……はー。志弦さん?」
「はい」

「この方達にどこまでお話したんですか?」
「……えーと、ほぼ全部?」

 悪びれた様子もない志弦が素直に答えると、大石森が座った目で威嚇するように志弦をめ付けた。

「……なぜ?」
「うーん……ちょっと誰かに聞いて欲しかった、のかも?」

「……遅れて到着した私も悪いですが、これでは私の職務が全うできないのですが?」
「そうですよねぇ……」

 そう言いながらも志弦の表情には少し楽しげな気配があり、困惑している様子ではない。

「まぁ、でもそこからでも要求していくのが先生のお仕事でしょう?」
「……あ、あの……」

 本来は当事者なのに部外者のように扱われていた汐見が

「その……お支払いするつもりではいるんです」
「汐見さん!」

「いえ、池宮先生。やはり……紗妃の方にも非はありますので」

 そう言って志弦と大石森に向き直る。

「ただ、慰謝料としては金額が現実的じゃないと。それに、他の方も、その金額を払える人はいないんじゃないでしょうか?」

 先ほど、志弦は愛人3人にも同じ内容で慰謝料請求の内容証明を出したと言っていた。ということは4人に3千万の請求をしているということだ。

〝4人に3千万なら、等分するとしたら750万。それくらいなら、先日池宮先生から言われた紗妃の相続した金銭でなんとか……〟

 瞬時にそう計算していたのは汐見だけじゃなかった。

「……おいくらなら支払えるという話なんですか?」

 大石森の質問に汐見が答える寸前、池宮がそれを遮る。

「その前に。3千万とした具体的な根拠をお聞きしたい」
「それは通知書で通達したはずですが?」

「融資額の6千万の半額と書いてありました。ですが、そのうちの5千万は海外での不動産詐欺で溶かしたと。そうすると、不倫に関して本来請求できる金額は1千万程度という話なのでは?」

〝そうか! 不倫関係でということならせいぜい……〟

 だがそれは池宮のはったりだった。
 
 なぜなら不倫の慰謝料は実際の被害額ではない。

 浮気・不倫の慰謝料とは【配偶者とその相手から受けたに対して支払われる金額】だからだ。








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