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Chapter09 - Side:Other - C
137 > 弁護士事務所 ー09(提案)
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【Side:Other】
二人で再び沈黙してしまうと、なんとも言えない空気が流れた。
「……話すべきことが多すぎますね……」
「はい……」
「ちょっと休憩にしましょう。待合室におられる佐藤さんもお呼びして……」
「え? もう大丈夫なんですか?」
「ええ、汐見さんだけにお伝えしたかったのは春風家と久住家の状況だけでしたから」
「あ、あの……」
「どうしました?」
「紗妃が今、あんな状況で……こんなことを聞くのは不謹慎かもしれないんですが……」
「?」
汐見がしどろもどろになりながら話す。
〝いや、質問しにくいだろ……〟
「率直に聞いても良いですか?」
「? はい、どうぞ?」
「そ、その、紗妃は今現在、どれだけの遺産を受け継いで、その、もし現金などがあれば、それはどこに……だれが……」
「あ!ああ、そうでした。そちらもお伝えする予定でした」
そう言うと、池宮は『久住家・遺産相続関連』のファイルを捲って、その中から一つの通帳を取り出した。
「美津子さん専用の預かり金口座を開設してそちらに全額入れております。ご確認ください」
「は、はい……」
汐見がおそるおそるその通帳を開いてみると……
〝え、っちょっと待て……十、百、千、万、十万、百……?!〟
通帳に並ぶ0の数を数えて汐見は目を剥いた。
「こ、これって……!」
入金は2回。
1回目の入金と2回目の入金に日付の間隔はほとんどないが、2回目の入金は、美津子が亡くなる半年前だ。
「1回目の入金額の方が大きいのですが、それは私が預かっていた春風幸三氏からの相続分です。春風家から預かっていたものをその口座に移動したものです。美津子さんが遺言書の作成で来所されたときにお渡ししようとしたら、受け取りを拒否されました」
「なぜ……」
「……何か予感……があったのかもしれません。自分が亡くなった後に、紗妃が来るようならその時に……遺言書と一緒に渡して欲しい、と……」
そう言った池宮はファイルの上に置かれたなんの変哲もない長3形の封筒を汐見に渡す。
「!!」
その表面には『遺言書在中』と書かれており、裏面には
『平成○○年 10月20日 遺言者 春風美津子』とだけ書かれていた。
椅子から立ち上がると池宮は大きくため息をついた。
「美津子さんはパワフルな人でした。……こんな地方都市で……パートで食い繋ぐような生活をするような人じゃなかった……私の母よりももっと……」
汐見は何故そう感じたのかわからないほど、池宮の目には悲愴感が漂っていた。
気を取り直したように、立ち上がったままの姿勢で池宮は汐見を見つめた。
「美津子さんが春風幸三氏から相続で受け取ったのは相続税を支払った残額540万。そして、同様に久住家からは315万円。どちらも、現預金のみの半額分だけ受け取ってます。合計で855万円。……まぁ、それでも請求された慰謝料三千万の3分の1もないんですが」
「い、いえ!そんなこと……」
"残り2150万……どうにかして……"
汐見がそんなことを考えていると、池宮は顔をうつむけたまま、メガネの上縁の隙間から汐見を見ていた。
「これは、提案なんですが……」
「はい?」
「相手方との……吉永からの慰謝料請求の交渉に、私も同席させてもらえませんか?」
「え?!」
「……春風家とはこれだけ懇意にさせてもらっていますし……美津子さんの遺言実行にもなりますので」
「? 遺言実行とは?」
「……紗妃がなんらかのトラブルに巻き込まれていたら助けしてほしい、と頼まれました」
〝そんなことを……お義母さんは……池宮先生に…………オレは……婿として頼りなかったんだろうか……〟
一瞬にして表情が陰った汐見を見た池宮は、何かを察して付け加えた。
「汐見さん、勘違いしないでくださいね。美津子さんなりの、紗妃への親心だったんだと思います」
「……」
「ただ、今回の話だと、私も同席させてもらった方が話は早く進むんじゃないかと感じているのもあります。もちろん、汐見さんが私の提案をお受けできないというのなら無理は……」
「いえ!それなら是非お願いしたいです。僕も、弁護士相手に交渉とか……素人ができるのだろうかと不安になっていたので」
「……そうですか、なら良かったです」
双方がホッとした表情を確認し合うと、2人して僅かに笑顔が出た。
外はもうすでに真っ暗で、来所した時から時間が経っているのがわかる。
「休憩しましょう。もう8時を過ぎていますし」
「あ、はい。大丈夫ですか?」
「何がです?」
「あの、こんな時間まで……」
「問題ありませんよ。私が相談対応の際には事務員も1人は残ってもらうように伝えてありますから。ああ、佐藤さんを待たせっぱなしなので、ご一緒しましょう」
そう言った池宮は、テーブルの上にある電話機の内線を押して呼び出した。
「悪いんだけど、茶菓子とコーヒーを持ってきてくれるかい。3人分。待合室にいる佐藤さんにもお声掛けして相談室に入るように言ってくれ」
二人で再び沈黙してしまうと、なんとも言えない空気が流れた。
「……話すべきことが多すぎますね……」
「はい……」
「ちょっと休憩にしましょう。待合室におられる佐藤さんもお呼びして……」
「え? もう大丈夫なんですか?」
「ええ、汐見さんだけにお伝えしたかったのは春風家と久住家の状況だけでしたから」
「あ、あの……」
「どうしました?」
「紗妃が今、あんな状況で……こんなことを聞くのは不謹慎かもしれないんですが……」
「?」
汐見がしどろもどろになりながら話す。
〝いや、質問しにくいだろ……〟
「率直に聞いても良いですか?」
「? はい、どうぞ?」
「そ、その、紗妃は今現在、どれだけの遺産を受け継いで、その、もし現金などがあれば、それはどこに……だれが……」
「あ!ああ、そうでした。そちらもお伝えする予定でした」
そう言うと、池宮は『久住家・遺産相続関連』のファイルを捲って、その中から一つの通帳を取り出した。
「美津子さん専用の預かり金口座を開設してそちらに全額入れております。ご確認ください」
「は、はい……」
汐見がおそるおそるその通帳を開いてみると……
〝え、っちょっと待て……十、百、千、万、十万、百……?!〟
通帳に並ぶ0の数を数えて汐見は目を剥いた。
「こ、これって……!」
入金は2回。
1回目の入金と2回目の入金に日付の間隔はほとんどないが、2回目の入金は、美津子が亡くなる半年前だ。
「1回目の入金額の方が大きいのですが、それは私が預かっていた春風幸三氏からの相続分です。春風家から預かっていたものをその口座に移動したものです。美津子さんが遺言書の作成で来所されたときにお渡ししようとしたら、受け取りを拒否されました」
「なぜ……」
「……何か予感……があったのかもしれません。自分が亡くなった後に、紗妃が来るようならその時に……遺言書と一緒に渡して欲しい、と……」
そう言った池宮はファイルの上に置かれたなんの変哲もない長3形の封筒を汐見に渡す。
「!!」
その表面には『遺言書在中』と書かれており、裏面には
『平成○○年 10月20日 遺言者 春風美津子』とだけ書かれていた。
椅子から立ち上がると池宮は大きくため息をついた。
「美津子さんはパワフルな人でした。……こんな地方都市で……パートで食い繋ぐような生活をするような人じゃなかった……私の母よりももっと……」
汐見は何故そう感じたのかわからないほど、池宮の目には悲愴感が漂っていた。
気を取り直したように、立ち上がったままの姿勢で池宮は汐見を見つめた。
「美津子さんが春風幸三氏から相続で受け取ったのは相続税を支払った残額540万。そして、同様に久住家からは315万円。どちらも、現預金のみの半額分だけ受け取ってます。合計で855万円。……まぁ、それでも請求された慰謝料三千万の3分の1もないんですが」
「い、いえ!そんなこと……」
"残り2150万……どうにかして……"
汐見がそんなことを考えていると、池宮は顔をうつむけたまま、メガネの上縁の隙間から汐見を見ていた。
「これは、提案なんですが……」
「はい?」
「相手方との……吉永からの慰謝料請求の交渉に、私も同席させてもらえませんか?」
「え?!」
「……春風家とはこれだけ懇意にさせてもらっていますし……美津子さんの遺言実行にもなりますので」
「? 遺言実行とは?」
「……紗妃がなんらかのトラブルに巻き込まれていたら助けしてほしい、と頼まれました」
〝そんなことを……お義母さんは……池宮先生に…………オレは……婿として頼りなかったんだろうか……〟
一瞬にして表情が陰った汐見を見た池宮は、何かを察して付け加えた。
「汐見さん、勘違いしないでくださいね。美津子さんなりの、紗妃への親心だったんだと思います」
「……」
「ただ、今回の話だと、私も同席させてもらった方が話は早く進むんじゃないかと感じているのもあります。もちろん、汐見さんが私の提案をお受けできないというのなら無理は……」
「いえ!それなら是非お願いしたいです。僕も、弁護士相手に交渉とか……素人ができるのだろうかと不安になっていたので」
「……そうですか、なら良かったです」
双方がホッとした表情を確認し合うと、2人して僅かに笑顔が出た。
外はもうすでに真っ暗で、来所した時から時間が経っているのがわかる。
「休憩しましょう。もう8時を過ぎていますし」
「あ、はい。大丈夫ですか?」
「何がです?」
「あの、こんな時間まで……」
「問題ありませんよ。私が相談対応の際には事務員も1人は残ってもらうように伝えてありますから。ああ、佐藤さんを待たせっぱなしなので、ご一緒しましょう」
そう言った池宮は、テーブルの上にある電話機の内線を押して呼び出した。
「悪いんだけど、茶菓子とコーヒーを持ってきてくれるかい。3人分。待合室にいる佐藤さんにもお声掛けして相談室に入るように言ってくれ」
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