上 下
76 / 253
Chapter05 - Side:Other - B

72 > 病室での2人ー10(佐藤の帰宅)

しおりを挟む
 


 汐見を慰める佐藤の図、はあまり見られない光景だった。

〝……不謹慎にも程があるけど……お前のそういう顔もいいな……ごめんな、汐見。でもお前の全部見たい、知りたい。全部丸ごと俺のものにしたい……〟

「お前、今日は……その、泊まるのか?」
「……」

〝正直、泊まっていきたい。だけど……そうするとアレだよな、一緒に帰ることになるわけで……俺、家出る時、あの壁隠してたっけ……〟

 そうなのだ。
【あの壁】を作りつけたのは他でもない、汐見が度々自宅に来ることがあったからだ。

 汐見は人の家に来て、全ての部屋をいちいちチェックするような無粋な人間ではない。ないが、実は、一度【ロールする壁】を作り付ける前に、間違って汐見があの部屋に入ったことがある。その時はもう、正直生きた心地がしなかった。
 今ほどの枚数はなかったが、それでも汐見が知らないうちに撮影した写真も貼られていたので。

 ただ、その壁面は出入り口のドアと同じ面だったため、すんでの所で見られずに済み──汐見が帰ったあと、希少スキルを持ったかのオタ友に即座に連絡して1週間後にはあの壁が出来上がった次第である──本当に肝が冷えた。

〝買い物……は帰りがてら行くとして、さすがにアレ見られるのはまずいし……色々……物置になってる部屋を片付けて汐見に使ってもらった方がいいから……と、するとどうするか……〟

 佐藤は今日と明日の行動予定を瞬時に頭の中で思い描く。

 病院から家までタクシーでも30分はかかる。往復1時間の移動は時間的にも労力的にも無駄が多い。
 なら、今日は早めに病院を出て、自宅近くの行きつけのスーパーで買い出しをしてそのまま自宅に帰り、家の中の大掃除と汐見が数日過ごす快適な環境づくりをした方が得策だ。

 何よりも、元通りにして気づかれないよう厳重に管理しておかないといけない【壁】がある。

〝それに……汐見が家に泊まるってことは……数日はお預け……かもしれないし、な……〟

 日課となっているアレが出来なくなりそうなので、今日は帰ってから存分に───ということを考えていると、汐見が

「佐藤? 大丈夫か?」
「っあ、あぁ、大丈夫。泊まっていくか? ってことだったよな」

「ああ」

 すると

 プルルルル

 ナースコールが響いたので、すぐさま汐見が受け取ると、今度はいつもの柳瀬の声だった。

『すみません、今日、あと数時間後に個室が必要な方のオペが終わるので、移動してもらいたいんですが、大丈夫ですか?』

 汐見が佐藤を見るとOKと指でサインを出した。

「はい。大丈夫です。どうした方がいいですか?」
『じゃあ、今から向かいますね~!』

 最後の一言は汐見以外の人間にも聞こえるような、一際大きな声だった。
 コールを切ると、佐藤から提案した。

「今日は俺、早めに帰るわ。面会時間て何時までだ?」
「確か、6時だったな」

「了解。じゃあ、夕飯にかかる前に出る。明日、迎えに来るよ」
「は? いや、明日退院だけど、月曜だぞ?」

「明日朝イチで有給取るよ。未消化になってるのが1ヶ月分はあるしな。いつもだったら買取してもらってるけど、今回は消化してやるさ」
「おま、他の人の迷惑に……」

「最近1番のデカイ案件がこないだ終わったんだ。当分は俺がいなくても回るよ」
「でも……」

「なんだよ、お前、俺に世話されるのがそんなに嫌なのか?お前はさんざん俺に世話焼くくせに」
「……」

 そう言われては汐見も反論しにくかった。

 汐見のする佐藤の世話と言ってもせいぜい家や職場や飲み屋で話を聞いたり、簡単な手料理を作るくらいだ。手の込んだ料理なら汐見より佐藤の方が上手い。だけど、それだって普通に仲の良い友人同士ですることは稀だろう。男同士なら特に。

 そもそも汐見の世話はどちらかというと甘やかしに近かった。美形イケメンで異性には困ってないだろう佐藤が、彼女がいるときでも自分との都合を優先してくれることにちょっとした優越感を感じているのは確かだ。

 だが今回の件は極論すると夫婦間の問題だ。そんなことで佐藤の世話になって良いのかどうか汐見は悩んだ。

「お前な。こんな時くらい、俺を頼れって。『近くに身内はいない』んだろ。俺はお前の【世話】なんて思ってないからな。腹の傷が良くなるまでだ。そうだろ?」

〝本当は……ずっと一緒にいたい、んだけどな……〟

 胸の内側がギュッと絞られる感覚に耐えた佐藤が、少し強張った顔で無理矢理笑顔を作る。

「俺の方がよっぽどお前の世話になってるよ。だから、これはそのお返し、と思って素直に受け取っとけよ」
「……わかった。悪いな」

「悪くない。ったく、その口癖、直せよな~」

 最後は、ちゃんと、にこやかに微笑んだ。それを自覚して佐藤は安心した。

〝大丈夫。俺、ちゃんと笑えてる〟

 そして、佐藤のその笑顔には汐見を癒す効果があることを佐藤は知らない。

〝オレは……そうやってお前が笑う顔が見たいから……〟

 少し考えたあと、汐見は無意識に思考に蓋をした。
 そしていつも通り、佐藤の笑みに苦笑で応える。

「数日、お願いするよ。ありがとな」



 その日、その後の汐見と佐藤は、退院する明日の準備で大わらわだった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ホントの気持ち

神娘
BL
父親から虐待を受けている夕紀 空、 そこに現れる大人たち、今まで誰にも「助けて」が言えなかった空は心を開くことができるのか、空の心の変化とともにお届けする恋愛ストーリー。 夕紀 空(ゆうき そら) 年齢:13歳(中2) 身長:154cm 好きな言葉:ありがとう 嫌いな言葉:お前なんて…いいのに 幼少期から父親から虐待を受けている。 神山 蒼介(かみやま そうすけ) 年齢:24歳 身長:176cm 職業:塾の講師(数学担当) 好きな言葉:努力は報われる 嫌いな言葉:諦め 城崎(きのさき)先生 年齢:25歳 身長:181cm 職業:中学の体育教師 名取 陽平(なとり ようへい) 年齢:26歳 身長:177cm 職業:医者 夕紀空の叔父 細谷 駿(ほそたに しゅん) 年齢:13歳(中2) 身長:162cm 空とは小学校からの友達 山名氏 颯(やまなし かける) 年齢:24歳 身長:178cm 職業:塾の講師 (国語担当)

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~
BL
没落貴族の次男ユーリ・ラン・ヤスミカは王室の血が流れる姫君との縁談がまとまる。 しかし、蓋をあけてみると花嫁になる姫は少年だった。 姫と偽った少年リンの境遇が哀れでユーリは嫁として形式上夫婦となるが…… おひとよしな貴族の次男坊と訳あり花嫁少年の結婚生活!

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~

天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。 オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。 彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。 目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった! 他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。 ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...