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Chapter05 - Side:Other - B
72 > 病室での2人ー10(佐藤の帰宅)
しおりを挟む汐見を慰める佐藤の図、はあまり見られない光景だった。
〝……不謹慎にも程があるけど……お前のそういう顔もいいな……ごめんな、汐見。でもお前の全部見たい、知りたい。全部丸ごと俺のものにしたい……〟
「お前、今日は……その、泊まるのか?」
「……」
〝正直、泊まっていきたい。だけど……そうするとアレだよな、一緒に帰ることになるわけで……俺、家出る時、あの壁隠してたっけ……〟
そうなのだ。
【あの壁】を作りつけたのは他でもない、汐見が度々自宅に来ることがあったからだ。
汐見は人の家に来て、全ての部屋をいちいちチェックするような無粋な人間ではない。ないが、実は、一度【ロールする壁】を作り付ける前に、間違って汐見があの部屋に入ったことがある。その時はもう、正直生きた心地がしなかった。
今ほどの枚数はなかったが、それでも汐見が知らないうちに撮影した写真も貼られていたので。
ただ、その壁面は出入り口のドアと同じ面だったため、既の所で見られずに済み──汐見が帰ったあと、希少スキルを持ったかのオタ友に即座に連絡して1週間後にはあの壁が出来上がった次第である──本当に肝が冷えた。
〝買い物……は帰りがてら行くとして、さすがにアレ見られるのはまずいし……色々……物置になってる部屋を片付けて汐見に使ってもらった方がいいから……と、するとどうするか……〟
佐藤は今日と明日の行動予定を瞬時に頭の中で思い描く。
病院から家までタクシーでも30分はかかる。往復1時間の移動は時間的にも労力的にも無駄が多い。
なら、今日は早めに病院を出て、自宅近くの行きつけのスーパーで買い出しをしてそのまま自宅に帰り、家の中の大掃除と汐見が数日過ごす快適な環境づくりをした方が得策だ。
何よりも、元通りにして気づかれないよう厳重に管理しておかないといけない【壁】がある。
〝それに……汐見が家に泊まるってことは……数日はお預け……かもしれないし、な……〟
日課となっているアレが出来なくなりそうなので、今日は帰ってから存分に───ということを考えていると、汐見が
「佐藤? 大丈夫か?」
「っあ、あぁ、大丈夫。泊まっていくか? ってことだったよな」
「ああ」
すると
プルルルル
ナースコールが響いたので、すぐさま汐見が受け取ると、今度はいつもの柳瀬の声だった。
『すみません、今日、あと数時間後に個室が必要な方のオペが終わるので、移動してもらいたいんですが、大丈夫ですか?』
汐見が佐藤を見るとOKと指でサインを出した。
「はい。大丈夫です。どうした方がいいですか?」
『じゃあ、今から向かいますね~!』
最後の一言は汐見以外の人間にも聞こえるような、一際大きな声だった。
コールを切ると、佐藤から提案した。
「今日は俺、早めに帰るわ。面会時間て何時までだ?」
「確か、6時だったな」
「了解。じゃあ、夕飯にかかる前に出る。明日、迎えに来るよ」
「は? いや、明日退院だけど、月曜だぞ?」
「明日朝イチで有給取るよ。未消化になってるのが1ヶ月分はあるしな。いつもだったら買取してもらってるけど、今回は消化してやるさ」
「おま、他の人の迷惑に……」
「最近1番のデカイ案件がこないだ終わったんだ。当分は俺がいなくても回るよ」
「でも……」
「なんだよ、お前、俺に世話されるのがそんなに嫌なのか?お前はさんざん俺に世話焼くくせに」
「……」
そう言われては汐見も反論しにくかった。
汐見のする佐藤の世話と言ってもせいぜい家や職場や飲み屋で話を聞いたり、簡単な手料理を作るくらいだ。手の込んだ料理なら汐見より佐藤の方が上手い。だけど、それだって普通に仲の良い友人同士ですることは稀だろう。男同士なら特に。
そもそも汐見の世話はどちらかというと甘やかしに近かった。美形イケメンで異性には困ってないだろう佐藤が、彼女がいるときでも自分との都合を優先してくれることにちょっとした優越感を感じているのは確かだ。
だが今回の件は極論すると夫婦間の問題だ。そんなことで佐藤の世話になって良いのかどうか汐見は悩んだ。
「お前な。こんな時くらい、俺を頼れって。『近くに身内はいない』んだろ。俺はお前の【世話】なんて思ってないからな。腹の傷が良くなるまでだ。そうだろ?」
〝本当は……ずっと一緒にいたい、んだけどな……〟
胸の内側がギュッと絞られる感覚に耐えた佐藤が、少し強張った顔で無理矢理笑顔を作る。
「俺の方がよっぽどお前の世話になってるよ。だから、これはそのお返し、と思って素直に受け取っとけよ」
「……わかった。悪いな」
「悪くない。ったく、その口癖、直せよな~」
最後は、ちゃんと、にこやかに微笑んだ。それを自覚して佐藤は安心した。
〝大丈夫。俺、ちゃんと笑えてる〟
そして、佐藤のその笑顔には汐見を癒す効果があることを佐藤は知らない。
〝オレは……そうやってお前が笑う顔が見たいから……〟
少し考えたあと、汐見は無意識に思考に蓋をした。
そしていつも通り、佐藤の笑みに苦笑で応える。
「数日、お願いするよ。ありがとな」
その日、その後の汐見と佐藤は、退院する明日の準備で大わらわだった。
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