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Chapter05 - Side:Other - B

58 > 病院での2人ー5(相手からの好意)

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 小1時間ほど仕事の話をして日常の感覚を取り戻した汐見の表情も声もだいぶ和らいできた。

〝あんなことがあったのに……お前ほんとタフだよな……〟

 言葉にしたことはないものの、汐見のそのストレス耐性は佐藤が最も愛してやまない部分だった。

〝メンタルもそうだし、男の俺から見てもエ……い体つきもそうだけど、汐見は声がいいんだよな……〟

 かく言う佐藤も声は悪くはない。営業だからしてハキハキと通る声質は上司にも褒めてもらえるくらいだが、汐見の声はバリトン音域のクリアな声音をしている。

 特に無表情になって冷静に話してる時の声色はバリトンが響いて佐藤は毎度惚れ直している。そこが人によっては強面との相乗効果で怖すぎると言われる所以でもあったりするのだが。

〝でも声が良いって貴重だよな……この声でどんな風に喘ぐのか聞いてみたい……〟

 佐藤がいつもお世話になってる汐見似の男優は声も似ているのだが、本物の汐見より音域が若干高めだ。本人ではないのだから仕方ないところだが、本物の汐見が、あの肢体を晒して喘ぐ様を見たら佐藤はそれこそ、その場で異世界転生してしまうんじゃないか、と本気で心配している。

〝病院とはいえ2人っきりの個室で話し合うことができるなんて、久しぶりのご褒美だな、これ〟と思いながら汐見と会話してる時の通常運転はこうだ。

 会話では平静を装って談笑しつつ、頭の中では今見ている汐見の姿と声を脳内で合成しまくって別の妄想を繰り広げる。
 ある意味特殊能力なんじゃないかと思ったりもするが、別にこんなことができたからといって実際、願望通りに事が運ぶわけがないのでその辺りは至って冷静だったりもする。

〝今すぐこの場で俺の脳内妄想が開陳かいちんされたら、それこそ猥褻物陳列罪わいせつぶつちんれつざいで捕まるよな〟などとも考えていた。



 そうやって会話をしているうちに消灯1時間前を切り、ベッド上のスピーカーからプププッ! と音が鳴った。ナースコールだ。
 汐見が横にあるスイッチを押して

「はい」

 応答すると

『夕食終わりました?』
「はい、1時間前には」

『今から簡易ベッド持って行きたいんですが、大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ」

『了解しました。すぐお持ちしますんで』

 柳瀬からの連絡はそれだけだった。

「? 別にすぐ持ってきてくれてもいいのにな?」

 小首を傾げる汐見に対し、佐藤は事情聴取の休憩中、汐見の手を握っていた自分に対して『今行きますからね』という合図だな、と即座に察していた。

〝ありがたいやら、恥ずかしいやら……〟

 少し赤面した自分とは対照的に全く何もわかっていない鈍ちん汐見を佐藤はじっとり眺めてしまう。

〝お前が彼くらいさとければ俺もこんな苦労はしてないんだろうな……〟



 だが、こうも思うのだ。

〝でもだからこそ、なんだよな……自分に向けられる好意をわずらわしいと感じていたことにすら気づかなくて……おかしくなりかけてた俺に、大事なことを気づかせてくれたのもお前だから……〟

 佐藤はモテ期以降、付き合って欲しいと言われて付き合った女性に好意を寄せたことは皆無だった。だが、向けられる好意に反応するように付き合っていると、自分の中の何かが擦り減っていくような不可思議な消耗感を感じていた。

 相手から好かれている感覚はわかる。だが、その相手の好意に対して応え続けていると、いつの間にか自分も相手も疲労が溜まっていく。

 あの感覚がなんなのかよくわかっていなかったが、その相談を聞いた汐見に言語化されたことでようやくその正体らしきものが見えるようになった。

 汐見いわ

『……オレは恋愛ごとはお前ほどよくわからないんだが、その、なんつうか、お前の話聞いてると……【相手の好意に】って感じてるんじゃないか? お前自身が……』

 絶妙な言語感覚で言い当てられて衝撃を受けたことを、佐藤は今でも昨日のことのように覚えている。

 自分のことが好きな相手と付き合うのは簡単だし楽だ。佐藤に好意を寄せ、嫌われたくないと思っている相手が、佐藤の気持ちと行動を優先して最大限合わせてくれるからだ。

 だが、そうやってくる相手に合わせているうちに佐藤自身の感情がブラインドされ、自分の好意が介在しないのに合わせてくれようとする彼女にまた自分自身も合わせざるをえなくなっていき。

 そうなるともうどちらが悪いとも言えなくなるが、少なくとも好意を寄せてくれる相手に好意を抱けない自分に罪悪感を抱き始め、自責の念も相まって次第に心が呼吸困難に陥るのだ。

 そこで相手にも気づかれる。

『佐藤くんて、私のこと好きじゃないでしょ』

 好きだと言われて付き合っていくうちに好きになれればそれでいいんじゃないか、と最初は思っていた。

 だが、実際にそうやって付き合ってるうちに好きになれた女性は結局誰1人もいなかった。
 佐藤と連れ添って歩く彼女たちのほとんどが、佐藤の内面ではなく外面だけを自慢するような態度だったからかもしれない。

 彼女たちは、自分のことを至極詳細に話してくれるが、彼女たちから佐藤自身について聞かれたことも話をしたこともほとんどなかったから。

 だからかもしれない。
 テレビの画面越しに観た【2人の〈春風〉】の告白を聞いていても、汐見ほどの衝撃は受けなかったのは。

 〈春風〉のその心の叫びは、佐藤自身が感じていたことでもあったから────





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