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Chapter02 - Side:Salt - A
24 > 悲しき鳥ー紗妃−4(虚ろな瞳)
しおりを挟む「紗妃……どういうことか、説明してくれ……」
「……」
床に崩れたまま微動だにしない紗妃は、虚な目で床を見ていた。
昨夜遅く帰ってきたオレが……割れた食器を片付けた……床だ────
「……私は……」
「紗妃……」
この郵便物がわざわざ紗妃が退職した会社に送られてきたのは偶然ではないだろう。
弁護士なら紗妃の現住所がどこかなんて職権で簡単に調べることができる。
おそらく、オレに知らせる意図を持って送りつけてきたものだ。しかも、会社の人間が受け取ってしまっては、その内容をある程度会社側に知らせる義務も生じる。
内容証明郵便を受け取った会社側としても、その内容を知らぬ存ぜぬは通せない。自社社員がなんらかの法的措置を取られる可能性があるのなら、会社として責任の所在をはっきりさせる必要があるからだ。
〝紗妃を追い詰めるつもりでオレの会社に……紗妃が既に退職した会社宛に送ったのか……〟
だとしたら、効果は抜群だ。
オレも紗妃も……今────
何も考えられないほどの絶望に叩き落とされている────
ゆらり……と立ち上がった紗妃の視線は焦点が定まっていなかった。
空虚な目をして、天井を見上げると、ぶつぶつと何かつぶやいている。
よく聞こえない。近くに行って聞き耳を立てた。
「こんな……こんなはずじゃ、なかったの……」
「紗妃?」
「あの人の、子供を、産んで……私……」
〝あの人って……〟
「こんな……こんな、暮らしをするはずじゃ……なかったの……」
「!」
どっと冷や汗が噴き出した。紗妃がまた……
「私くらい美人なら……どんな金持ちとでも結婚できるわって……ママに言われたの……」
「……!」
オレはそういうことを、佐藤に思った過去を一瞬、思い出した……
「……クリスマスケーキも……25日を過ぎると値段が下がっちゃうから……24までには結婚してね、って……言われたの……」
「……」
──俺たちの披露宴までに、紗妃は25になっていた。
だが、入籍したのは……24歳のクリスマス・イブ────
「あの人も……私と暮らしたい、って……言ってくれたの……」
あの人とは……オレのことではない……
「……君は……きれいだから……美しい鳥みたいに、世界中を飛び回って……」
「……!」
「そんな、生活……私ならできる、って言ってくれたの……」
紗妃はオレを見ていない。
虚な視線が宙を彷徨う。
「僕と君ならそうなれるよ、って……そう、なろうって、言って……くれたの……彼、が……」
〝彼……〟
ぶるぶると震えが走る。
オレじゃない誰かを想って話す紗妃の顔は、いつも以上に穏やかで眩しくて。
「お金持ちと……結婚して……みんなから、うらやましがられる……一流のセレブに、なって……」
紗妃が夢見るように語るその話は───不倫相手の男がささやいた空想の夢物語だ。
「なのに、なんで……なんで……私……私、は……」
不倫を継続させるため──自分に依存させるための、凶悪な麻薬────
〝そう、か……オレじゃない……誰かと……お前は……〟
紗妃の状態は心配だ。心中穏やかでもない。
だが、現実問題、大至急やらなければならないことがある。
不倫の慰謝料の相場はたしか、大体100万円くらいだと聞いたことがある。最近は不景気からか、不倫がカジュアルに流行っているからか200万円~300万円くらいに値上がりしてると聞いた。
三千万円なんてぼったくりにも程がある、そう思ったオレは、とりあえずW不倫相手の男にも連絡を取ろうと、テーブルに置かれた紗妃のスマホに手を伸ばした。
すると、意図を察した紗妃が反射的にスマホに飛びついた。
「ダメっ!」
「紗妃……相手の男と連絡を取ろう。こんな大金、オレたちに払えるわけがない」
「いや! 来ないで! 近づかないでっ!」
「紗妃っ!」
ビクっと震えた紗妃は、スマホを胸元に握りしめたまま、オレを睨みつけた。
「いやよっ! 彼が、彼が待ってて、って言ってたの! 僕から連絡するからって! ホントよ!」
オレはもう我慢ならなかった────
紗妃に手荒なことをしたくない。
大声だってあげたくない。
いつだって真綿に包んで、大事に……大事にしたい。
ずっとこの可愛らしい美しい顔を見ていたい。
愛しい妻の笑っている横顔をずっと眺めていたい。
……君を、一生……守りたい。
そう思ったから、結婚したんだ。
なのに……なんだ?
オレの最愛の妻が、オレの知らないところで……
オレの知らない男と、不倫?
戸建て1軒が買えるだけの慰謝料を……請求、された?
これは、夫婦の危機であり、オレたち夫婦のこれからの生活の危機でもあった。
こんな大金、あるわけがない。
それを知っててこの弁護士、いや、不倫男の妻は紗妃に揺さぶりをかけてきている。
もう、ちゃんと……全てに決着をつけるべきだ。
そう、思ったんだ────
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