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Chapter04 - Side:Salt - B
50 > 汐見と佐藤の出会いー9(忘年会場から汐見のアパートへ)
しおりを挟む『! え?! 佐藤さん?!』
美形の涙にびっくりしたオレは宴会場での「鈴木先輩」以上に狼狽えた。
だってそうだろう?
隣で歩いてたオレより10cmも長身の美男の───
けぶるような栗色のまつ毛の下、少し垂れた目からポロポロと涙がこぼれ落ちてくるのだ。
ズズっと鼻をすする音まで聞こえきたかと思うと、とうとう佐藤は立ち止まってしまった。
〝女性でなくてよかった……オレが泣かせたと思われる……〟
ちょいちょい、と佐藤のジャケットの裾を引っ張って、歩道の街路樹の影まで誘導し、少しでも目立たないように隠す。
〝……女性だったら、なぁ……〟
……こんな弱ってる異性がいたら、思わず抱きしめてしまって間違いが起こったやもしれない。
いや、いやいや、弱ってる異性を手込めにするのは不謹慎だろ。
でもこのとき、オレは別に同性云々を気にしていたわけじゃないし、同性愛にも偏見はない。だが、まぁ、それはオレが同性愛者に見向きもされないと思ってたからだろう。
佐藤だって、女性にモテまくり去年までは社内で彼女がいたと聞いてるし、今は外に金持ちの女性がいると聞いていたので、お互い同性に性的なことを感じる人種ではないだろう。と思っていた。
オレはしばし、映画のワンシーンのような佐藤の「泣き」を少し斜め下から見上げていた……
〝あ。ちょっと待て、さっきメガネ拭いたハンカチが……〟
着替えた一式の中にハンカチも突っ込んでいたことを思い出し、急いでビニール袋を取り出す。ちょっと日本酒の匂いが残るそれを佐藤に差し出した。
『さっき少し拭いちゃったから日本酒の匂いはするけど、多分そんなに染みてないから』
そう言うと、コクコクと頷いた佐藤は素直にそのハンカチを受け取って目元をおさえた。
〝美形って何やっても絵になるな……〟
女であるとか男であるとかを超越するんだな、美人は。というのがその日最大の結論だ。
泣き止まない佐藤を連れて歩くのは少し目立つかと思ったが、このまま寒空の下で屋外にいると2人して風邪を引きそうだと思った。
仕事納めの日の夜だ。各種一次会場は大いに盛り上がっているだろうが、二次会に出るには少し早い時間帯だったため、人通りはまだまばらだ。
アパートまでそんなに時間はかからないから、と促すと、ようやくシャクリあげるだけで佐藤の泣き声は収まっていった。
大の男、しかも高身長で芸能人並みの美形、がこんなに泣いてるのを初めて見た。
いや、人前で泣く成人男性を見たのは生まれて初めてだったかもしれない。
あまりの出来事に、オレの隣で何が起こってるんだ……と思いながらオレのアパートに着くと、玄関の鍵を開けて中に入るよう促し、靴を脱いであがってもらった。
オレのアパートは、自慢じゃないが狭い。
6畳2間の2Kだ。かろうじてバストイレはあるが、それもユニットバス。会社に近いというのが最大の条件で借りて、家賃だって負担にならない程度ならいいや、どうせ寝に帰るだけの場所だし。くらいの気持ちの築40年の賃貸アパート。
その奥の畳間に半畳ほどの小さな折り畳みテーブルが鎮座していて、寝るときはそれを片付けて押し入れから布団を出して寝る。特に不自由はしてなかった。
3日ほぼ連徹で帰ってきた時はテーブルを片すのも面倒でそのまま畳間にぶっ倒れて朝まで寝入ってしまい、危うくデスマーチのピーク時に風邪をひきそうになったんだが。
そんな部屋の中で、部屋の主であるオレと、まだしゃくりあげている長身の佐藤は、半畳ほどの座卓をL字になって隣に座る。オレは美形が話せるくらいは泣き止むのをそばで待っていた。
すると───
『ず、ずびばぜん……ごんな……』
『うん……』
『どづぜん、お”じゃま”、じでるぶんざい、で……』
涙声が若干ダミ声で、泣き濡れた美形の顔面の口元から出てくる濁音混じりの声に、ちょっと笑いそうになった。だが、ここで笑うのはダメだ! と気を引き締めて、神妙な面持ちを作り出して佐藤の顔を下から覗き込む。
『よくわからんが……仕事、辛かったりする……のか?』
悩みを聞くと言うか……オレ自身があまり覚えてもいないようなありきたりな言葉で泣いてしまうくらいだ。多分、抱えてるものが多いか、悩みが深いんだろうと思った。
『……』
ダンマリしている佐藤を見て
『いや、話したくなければいい……初対面も同然のオレに何がわかるんだ、って話だしな……』
『!ッぢがう”んでず!』
鼻にかかった濁音で佐藤はオレを見た。
『逆でず……オレ……僕……ごんな”ごど……迷惑がど……』
『迷惑?』
『だっで……初対面、な”の”に”……』
〝あぁ~……こいつ……〟
本質的に優しい人間───というのは自分を後回しにする。
相手を重んじるあまり、迷惑じゃないか、重すぎるんじゃないか、そこまでして嫌われやしないかと、そればかり考えて後手に回るのだ……
そんな男が営業ナンバーワンになれたのは、どうしてだろう?
図々しいほどじゃなければ営業マンとして仕事はできないんじゃないのか? そう思ったとき
『ぼ……僕、会社、やめようと思ってて……』
『え??!!』
ようやくダミ声から抜け出せたらしい。が、その内容にびっくりしたのはオレの方だった。
美男の目は真っ赤に腫れ、鼻頭も赤くなり、鼻下にはまだ水滴がついていた。
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