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青鬼
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「今日も昨日も良く降るもんだ」
差した傘の内側で、娘は天に向かって睨み遣る。
けれども天は露知らず、ただ延々と涙の粒を零して止まない。
「こんなんじゃ商売上がったりだよ」
とか言っている間に、娘は水煙の向こうに影を見た。
鮮やかな唐傘を差した大きな人影である。
先日の童とは比較にならない大きさだ。
となれば、団子も茶もたらふく食っていくだろう。
「はあ……」
娘は笑顔の裏で苛つきを抑えていた。
雨の日で湿気が強いとはいえ、客まで湿気にやられているとはどういうことか。
しかもこの客、図体のでかくて強い伝説として謳われる鬼の端くれであるくせに、妙になんだか大人しい。
腰掛けに座って背を丸め、俯き、熱い茶にも手を付けない。注文もしない。舐めてるのか。
いや、もしかしたら茶とは名ばかりの酒精を所望しているのはある。何しろ、鬼だ。茶より酒が好きなのは自明である。
娘は茶屋に引っ込み、取って置きの酒を取り出した。いつぞやの妖怪が寄越した秘蔵の酒樽である。一人でちびちび飲む心算だったが、儲けの前には致し方無し。
「客人、酒だ。飲め」
それでも渋る鬼に、娘はキレた。私の酒が飲めないってのか。現代ならばアルハラである。
杯を渡して一気飲みさせ、酒樽までも飲み干させた。ちなみに、娘の胃には一滴も酒精は入らなかった。
その甲斐あってか、鬼は涙をぽろぽろと落としながら自身の事情を告げたのである。
友の為に村を出奔し、宛無き旅に出ているのだと。今もまだ、留まる所が見出せないのだと。
その後、鬼はまた滅多矢鱈に涙を零して泣き崩れ、そしてすっきりしたらしい。
聞けば久しぶりに酒を飲んだそうである。泣いたのもまた、そうであったとか。
礼と金子を受け渡すと、鬼は揚々とした足取りで峠の向こうへと消えていった。
差した傘の内側で、娘は天に向かって睨み遣る。
けれども天は露知らず、ただ延々と涙の粒を零して止まない。
「こんなんじゃ商売上がったりだよ」
とか言っている間に、娘は水煙の向こうに影を見た。
鮮やかな唐傘を差した大きな人影である。
先日の童とは比較にならない大きさだ。
となれば、団子も茶もたらふく食っていくだろう。
「はあ……」
娘は笑顔の裏で苛つきを抑えていた。
雨の日で湿気が強いとはいえ、客まで湿気にやられているとはどういうことか。
しかもこの客、図体のでかくて強い伝説として謳われる鬼の端くれであるくせに、妙になんだか大人しい。
腰掛けに座って背を丸め、俯き、熱い茶にも手を付けない。注文もしない。舐めてるのか。
いや、もしかしたら茶とは名ばかりの酒精を所望しているのはある。何しろ、鬼だ。茶より酒が好きなのは自明である。
娘は茶屋に引っ込み、取って置きの酒を取り出した。いつぞやの妖怪が寄越した秘蔵の酒樽である。一人でちびちび飲む心算だったが、儲けの前には致し方無し。
「客人、酒だ。飲め」
それでも渋る鬼に、娘はキレた。私の酒が飲めないってのか。現代ならばアルハラである。
杯を渡して一気飲みさせ、酒樽までも飲み干させた。ちなみに、娘の胃には一滴も酒精は入らなかった。
その甲斐あってか、鬼は涙をぽろぽろと落としながら自身の事情を告げたのである。
友の為に村を出奔し、宛無き旅に出ているのだと。今もまだ、留まる所が見出せないのだと。
その後、鬼はまた滅多矢鱈に涙を零して泣き崩れ、そしてすっきりしたらしい。
聞けば久しぶりに酒を飲んだそうである。泣いたのもまた、そうであったとか。
礼と金子を受け渡すと、鬼は揚々とした足取りで峠の向こうへと消えていった。
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