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ダメダメな当代
しおりを挟むロアンが自室で酒を飲みながら月を見ているとノック音がして入室を許可すると長年勤めている執事は酒の匂いに顔をしかめた。
「ロアン様、その酒は保管してあった中で1番度数が高いものでは?」
酒のラベルを見た執事が胡乱げに主人を見る。よほどのことがないとここまで度数の高い酒を飲まないことを知っているからだ。一回ヴィオラ嬢に失恋して飲みそれ以降は全く無かったくらい、よほどのことがないと飲まない。
「じぃや、俺は酷い男だ」
椅子の上で体育座りするように足を折りたたみ両膝の間に顔をうずめた。そしてシクシク泣くのだ。27にもなった大の大人が。
じぃやと呼ばれ自身の呼び名に俺と言った酷い有様の主人の様子に、こりゃ面倒な時に来てしまったと顔を歪めた。
「あ~、酷いと言うのは、イザベラ様と婚約を交わしたことに関係があるのですか?」
というか昨日今日の出来事で大事な事はこの事しかない。合っていたようでロアンはガクッと項垂れた。
「そう、イザベラね好きな人がいるんだって。本当はその男と一緒になれるように協力しなきゃいけないのに、無理だった。嫌なんだ。だから無理矢理公爵を丸め込んで結婚式の日取りまで決めたんだ。半年過ぎた頃だよ」
何から突っ込めば良いのか。正直ヴィオラ嬢への片想いが吹っ切れたのは喜ばしいし、なんならこれまで一度として身を固めようとしなかったから、やっと奥様を迎えることができると使用人一同大喜びしたほどだ。片想いが拗れ自棄酒を煽っていた主人に喝を入れながらも献身的に勇気づけたイザベラ嬢ならなおさら大歓迎というもの。
………それにしても坊ちゃん、今あの頑固な公爵を丸め込んだって言ったか?
執事は今の発言に既視感を覚え当時のことを思い出した。先代が領地開拓ために奮闘していた頃、あの頑固な公爵のおかげで物流に関する手続きが色々と面倒臭い時ありその際に先代は「ちょっくら酒交わして語り合ってくるわ」と言ったかと思えば、あっさりと簡略化にできたわけで。
「あんなの頑固のうちに入らねぇな!はははっ!こう丸め込んでしまえばいいさ!」
良くも悪くも領地を拡大してきた豪快な先代とコツコツと努力し領民の暮らしを直に見ながら運営してきた温厚な当代だが、性格は違えど血は争えないらしい。
未だにシクシクジメジメとキノコ生やしているかのような主人を見つめる。仕事は完璧主義だというのに何故恋愛になるとこうもポンコツになるのか。先代はそれはもううるさ…いや強烈で熱烈に愛を周囲を巻き込んでいた。そう思うと本当に似なくてありがたい。
呆れると同時に今回もまた泣く泣く手放すのかと思っていただけにイザベラ嬢への強引なまでの婚約の結び方に感心もしていた。
……やっぱり表現が違うだけで似ているのだろうか…?
色んなことを思い返して考えを消した。忘れよう、胃が痛いだけだ。
「坊ちゃん、その様に泣かれてはイザベラ様との結婚が嫌のように聞こえますが」
「な訳ないだろう!」
キッと睨みつけながら即答する主人に執事はにこりと笑う。
「なら愛している事をイザベラ様に伝え続けることです」
「伝え続ける……?」
「男は言われなければ分からないと言いますがそれは女も同じ。言葉にしなければ相手の気持ちも自分の気持ちも迷子になってしまいます。一度だけではいけません、行動だけも駄目ですよ。大事なのは愛していることを伝えるために言葉と行動を何度も繰り返す事です」
それは偶然にもマリアンヌが王太子とヴィオラに伝えた事と同じだった。
考えるようにぼうっとしたかと思えばずっと握りしめていたグラスを置き、酒の瓶の口にコルクを押し込んだ。
「……その通りだな。俺は今まで口にする事はなかった。というより最初から諦めていたな」
酒の酔いでクラリときたのか背もたれに寄り掛かり深く深呼吸した。
「……ウェディングドレス姿のイザベラはとても綺麗だろうなぁ」
しみじみと呟きながら目を閉じたので思い浮かべているのだろう。半年後の結婚式では一日中眺めているだろう。簡単に推測ができて執事は苦笑した。
願わくばイザベラ嬢もこんなダメダメな主人を愛して欲しいと、綺麗な月が映る夜空に想いを込めた。
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