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脅しの護衛の驕り

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そんなバカな。

平民で育って運良く貴族になれた小娘に、負けるなど。

そんなことあってはならない、あるはずがない。

けれど現実に細腕の小娘に負け、無様に尻もちついたのは俺。

俺の結果に見物していた周りも唖然としてその場から動けなかった。

俺が、王宮武闘会で最年少で優勝したこの俺が、負けるはずがないと誰もが思っていただけにこの結果に目を疑ったのだ。なんやかんやと周りは言っていたが騎士団の中で1番強かったのは俺だ。

バクバクと痛いほど心臓が動いて肩で大きく呼吸している俺に対して、乱れた呼吸がないむしろ冷めた目で俺を見下ろしている小娘、……マリアンヌ嬢がいた。

「ハッ、ホールでぎゃあぎゃあ騒いでた割には大した事ないな」

大した事ない。言われた事がない言葉だ。

俺はずっと勝ってきた。

お袋に暴力を振るう親父にも、弱い者いじめをする近所の奴らにも、剣の師匠の兄弟子達にも、猛者が集まる王宮武闘会だって。

いつもいつも、勝ってきたんだ。

「信じられないって顔ね」

どうやら剣を持つと人格が変わるのか剣を近くにいた騎士に手渡すと、さっきとはガラリと雰囲気が変わった。

「どう?ただの平民の娘に負けた屈辱は。どんな気分?あんた騎士団長に勝つくらいだから態度は最悪だけど剣術の腕は良いのかと少しは期待したのに、全く、これっっぽっちも、ストレス発散にもならなかったわ。独学で学んだの?技の一つにしても雑すぎね」

これじゃあただのチャンバラごっこね、と言いたい放題言って屋敷に戻っていった。

「……技の一つにしても雑すぎ、か」

痛いところを突かれた。それもそのはずだ。

何度も兄弟子達に勝ってるのに同じ事しか教えてくれない師匠に焦れて13歳で王宮武闘会に行った。自分が優勝すれば次こそ奥義の一つ教えてくれるはずだと、認めてくれると。

だけど最年少で優勝した俺に師匠は嬉しそうな顔ではなく元々険しい顔がさらに険しくなっただけだった。

『お前はまだ歳も身体も未熟だ。今はまだ基礎の段階にある。確かに優勝したのは喜ばしいがワシが教えた剣術で勝ったのではなく、若さ故の力技だ。単純な力は並の大人より強いのだからこれから鍛錬すればもっとーーー』

あぁその後師匠は何て言ったっけ。

淡々と言う師匠に苛ついて少ない荷物を引っ掴んで飛び出したんだ。

剣を振るう基礎しか教えられていない俺に技なんかあるはずがなかった。雑すぎるのも大雑把な性格が災いした。

結局俺は師匠から何も学んじゃいない。

その事実にようやく気付き愕然とした。









「一から修行するために護衛を辞めて師匠のところに帰る?」

庭でお茶の時間を過ごしているマリアンヌ嬢に聞き返された言葉に「はい」と頷く。

あの事から数日後に師匠に『もう一度基礎から学びたい、強くなりたい』と謝罪も一緒に添えた手紙を書いた。勝手に飛び出してから初めて送っただけに無視されるかと思ったがすぐに了承の返事が返ってきた。

『中途半端に終わった教えに限界を知れば帰ってくると思ったのに思いの外長くて驚いた。お前はワシの教え子だ、強くなれる』

自分勝手な俺に複雑で色んな事を思っただろう。なのに受け入れてくれる師匠の言葉に、涙に濡れ握り込んだ手紙はシワシワになった。

数日間、戻ってきた騎士団長に辞表を伝え周りの人達にも謝罪と挨拶回りをした後、今日最後の挨拶にマリアンヌ嬢のところに来たのだ。

「……お嬢様には大変失礼な振る舞いをしました。申し訳ありません」

深々と謝罪の礼をとる。

「そう、謝罪を受け取るわ。……そうね、修行が終わって師匠に認められたら今度は私の専属の護衛になりなさい」

「えっ…?」と耳を疑う言葉が聞こえて思わず顔を上げると、出会った頃の様な軽蔑した目でもあの時の様な冷め切った目でもなく、ただ穏やかな瞳と目が合った。

「雇うのは公爵家じゃなくて私よ。だから公爵家ここにいなかったら迎えにきてくれたあの家で待ってるわ」

ニコッと微笑まれどこかそわそわした気持ちになる。

「それに、あの時ボロクソ言ったけど技に隙がありすぎてたまたま勝っただけよ。単純な力で女の私が勝てるわけないじゃない」

肩をすくめるような仕草をして、テーブルに置いてあった小包みの袋を掴み俺に向かって投げた。思わず受け取るとチャリチャリンと聞き覚えのある音に眉を顰めた。

「お駄賃よ」

「受け取れません」

即答しお駄賃にしては多すぎる大金を返そうとするとシッシッと手で追い払う仕草で迷惑そうに返される。

「いい?これは投資よ。強くならなかったら借金として返してもらうからそのつもりで」

ニヤッと公爵様によく似た黒い笑みを返され寒気に襲われながら、いやいや尚のことこれは受け取れないと言おうとすると、

「そういえば、あなた名前は?」

今度はキョトンとしてさっきからクルクル変わる顔を見ながら今更かよ、と脱力してガシガシと頭を掻いた。

「……ロイドです」

「ロイドね、絶対に帰ってくるのよ。主人の命令は絶対よ?」

了承した覚えはないのに自信満々なご主人様にまぁいいかと流される自分がいた。

「姫の望むままに」

茶化して言うと「いいわね、それ」とプフッと笑った。

……キザな事をしているのは分かっているのでやらなければ良かったと後悔した。




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