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第3章 カラン
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いつもの場所、との言葉を受け、Wは少年と共に路地裏を進んでいた。ゴミを掻き分け、反吐と小便のシミを避けながら進む。
途中、大量の赤い落書きのある壁を越え、暫く進んでいると、薄汚い空き地に出た。いかにも閑散とした、どこか寒風が差すような雰囲気のある空き地では、至る所で、汚れた衣服をまとった子供が座っていた。彼はそれを見回しながら、少年を伴って更に奥へと向かう。
「Wさん」
と、子供たちのうちの一人が立ち上がりながら、彼の名を呼んだ。彼は歩みを止めると、同伴した少年の背を軽く叩きながら、立ち上がった者の方を向いた。
「カラン、新人の教育くらいちゃんとしろ。お前は面倒も見れないのか?」
同伴した少年はWの下を離れ、立ち上がった者。カランと呼ばれた少女の方へと駆け寄った。
「ごめんなさい、Wさん。レノン、あの人の財布は盗んじゃダメよ、わかった?」
カランは謝罪しながら、駆け寄ってきた少年を抱き寄せて注意を言い含めた。少年がこくりと頷くと、彼女は「いい子ね」と応え、その頬にキスをして解放してやる。
それをWはやれやれと言った感じで見ていた。Wがカランに対してきつく言ったのは、理由がある。
数ヶ月前、あるギャングの財布を盗んだという理由で、ストリートチルドレンのグループが襲撃を受けた。全員殺され、死体は身ぐるみはがされ、全裸の状態でスラムの入口に並べられた。
それは、ギャングに逆らったらこうなるぞ。というメッセージも込めた襲撃だったのであろう。
死体は数が月放置され、誰なのかも分からないくらいに腐乱し、悪臭を放つようになった。そうなってようやく回収されたが、今でもその匂いは消えていない。
Wは一番腐乱が進んだ時に死体を見た、体に蛆がわき、体中を這い蹲り。死体の上を蠅を円をかいて飛んでいた。腕や足の一部は野良犬と野良猫によって食べられ、白い骨が露出していた。腹はタヌキのように膨らみ、穴が開いてそこから内臓が見えていた。
下手をすれば、この死体がまた並ぶことになる。そう思ったWはカランに対して、きつく物を言うようになったのだ。
そうして、少年が空き地の隅まで行って座り込んだのを確認すると、カランはWの方へ向き直った。
「最近どうなんだ? カラン。また面子が減ったようだが」
カランは、この辺り一帯のストリートチルドレンを束ねる代表格だ。彼女の存在は、この街全体に於いても無視できないものであり、Wにとっては貴重な情報源の一つである。
「さっき、また一人、クスリでダメになった。皆どんどん死んでいく」
「そうか。大変だな」
カランは後ろにある死体に目をやった、そこには顔に生気が少し残った、少し前まで生きていたという感じの死体が転がっていた。
近頃、非常に安価に麻薬が手に入るようになった。誰が裏で糸を引いているのかはわからないが、ストリートチルドレンの経済力でも、麻薬常用が可能なぐらい、強烈で安いものが簡単に手に入るのだ。
「隠れて使うから、見つからない。見つかったときはもう手遅れ」
「なんだったら、俺が手を貸してやってもいいが」
Wの言葉に、カランは少し迷う素振りを見せたものの、直ぐに頭を横に振った。
「私たちの問題は私たちでなんとかする。そのために私たちの組織が生まれた」
「なるほど立派な心がけだ」
誰かさんに見習わせたい、とWは素直に感じた。
「で、何の用なの?」
Wが、スリ少年を告発するためだけにここには来ないことを、彼女は知っている。いつも通りの声、いつも通りの仕事の目でWを見据える。
「情報が欲しい。アークランドグループの内情に関するものだ。この街で連中が一体何をやっているのか、それだけでも探ってくれないか」
「アークランドグループね」
Wの目が鋭く少女の姿を捉えた。馴染みの情報提供者相手でも、彼は油断しない。
「報酬は五万ドルだ。面白いネタがあれば更に上乗せしてやる。どうだ?」
「いいわ、引き受ける」
少女は胸を張りながら答えた。Wは「頼んだぞ」とだけ返し、踵を返す。
「Wさん」
カランはWの事を呼び止めた。Wは振り向かず、足を止めることによって、言葉を聴く体勢に入る。
やや沈黙があり、カランは口を衝いたように、「Kさんに、『この間は銅線をありがとう』と伝えておいて」と言い放った。
Wは、底意地の悪い笑みを浮かべると、片手をあげてそれに応え、再び歩き出す。空き地を抜け、路地裏を歩き、赤い落書きを一瞥し、また路地を進んで事務所へと戻っていく。
途中、大量の赤い落書きのある壁を越え、暫く進んでいると、薄汚い空き地に出た。いかにも閑散とした、どこか寒風が差すような雰囲気のある空き地では、至る所で、汚れた衣服をまとった子供が座っていた。彼はそれを見回しながら、少年を伴って更に奥へと向かう。
「Wさん」
と、子供たちのうちの一人が立ち上がりながら、彼の名を呼んだ。彼は歩みを止めると、同伴した少年の背を軽く叩きながら、立ち上がった者の方を向いた。
「カラン、新人の教育くらいちゃんとしろ。お前は面倒も見れないのか?」
同伴した少年はWの下を離れ、立ち上がった者。カランと呼ばれた少女の方へと駆け寄った。
「ごめんなさい、Wさん。レノン、あの人の財布は盗んじゃダメよ、わかった?」
カランは謝罪しながら、駆け寄ってきた少年を抱き寄せて注意を言い含めた。少年がこくりと頷くと、彼女は「いい子ね」と応え、その頬にキスをして解放してやる。
それをWはやれやれと言った感じで見ていた。Wがカランに対してきつく言ったのは、理由がある。
数ヶ月前、あるギャングの財布を盗んだという理由で、ストリートチルドレンのグループが襲撃を受けた。全員殺され、死体は身ぐるみはがされ、全裸の状態でスラムの入口に並べられた。
それは、ギャングに逆らったらこうなるぞ。というメッセージも込めた襲撃だったのであろう。
死体は数が月放置され、誰なのかも分からないくらいに腐乱し、悪臭を放つようになった。そうなってようやく回収されたが、今でもその匂いは消えていない。
Wは一番腐乱が進んだ時に死体を見た、体に蛆がわき、体中を這い蹲り。死体の上を蠅を円をかいて飛んでいた。腕や足の一部は野良犬と野良猫によって食べられ、白い骨が露出していた。腹はタヌキのように膨らみ、穴が開いてそこから内臓が見えていた。
下手をすれば、この死体がまた並ぶことになる。そう思ったWはカランに対して、きつく物を言うようになったのだ。
そうして、少年が空き地の隅まで行って座り込んだのを確認すると、カランはWの方へ向き直った。
「最近どうなんだ? カラン。また面子が減ったようだが」
カランは、この辺り一帯のストリートチルドレンを束ねる代表格だ。彼女の存在は、この街全体に於いても無視できないものであり、Wにとっては貴重な情報源の一つである。
「さっき、また一人、クスリでダメになった。皆どんどん死んでいく」
「そうか。大変だな」
カランは後ろにある死体に目をやった、そこには顔に生気が少し残った、少し前まで生きていたという感じの死体が転がっていた。
近頃、非常に安価に麻薬が手に入るようになった。誰が裏で糸を引いているのかはわからないが、ストリートチルドレンの経済力でも、麻薬常用が可能なぐらい、強烈で安いものが簡単に手に入るのだ。
「隠れて使うから、見つからない。見つかったときはもう手遅れ」
「なんだったら、俺が手を貸してやってもいいが」
Wの言葉に、カランは少し迷う素振りを見せたものの、直ぐに頭を横に振った。
「私たちの問題は私たちでなんとかする。そのために私たちの組織が生まれた」
「なるほど立派な心がけだ」
誰かさんに見習わせたい、とWは素直に感じた。
「で、何の用なの?」
Wが、スリ少年を告発するためだけにここには来ないことを、彼女は知っている。いつも通りの声、いつも通りの仕事の目でWを見据える。
「情報が欲しい。アークランドグループの内情に関するものだ。この街で連中が一体何をやっているのか、それだけでも探ってくれないか」
「アークランドグループね」
Wの目が鋭く少女の姿を捉えた。馴染みの情報提供者相手でも、彼は油断しない。
「報酬は五万ドルだ。面白いネタがあれば更に上乗せしてやる。どうだ?」
「いいわ、引き受ける」
少女は胸を張りながら答えた。Wは「頼んだぞ」とだけ返し、踵を返す。
「Wさん」
カランはWの事を呼び止めた。Wは振り向かず、足を止めることによって、言葉を聴く体勢に入る。
やや沈黙があり、カランは口を衝いたように、「Kさんに、『この間は銅線をありがとう』と伝えておいて」と言い放った。
Wは、底意地の悪い笑みを浮かべると、片手をあげてそれに応え、再び歩き出す。空き地を抜け、路地裏を歩き、赤い落書きを一瞥し、また路地を進んで事務所へと戻っていく。
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