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86《蝦夷の提案》

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  椋毘登くらひととの出来事があった翌日、稚沙ちさは朝からずっと放心状態だった。

  そしてこの日の彼女の仕事ぶりは、本当に悲惨である。

  指示の聞き取りのまちがいに始まり、物をうっかり落として壊してしまう。

  そしてその挙げ句に、大事な書物の送り先をまちがえて、危うくもう少しで送り出される所でもあった。

  そんな彼女の余りの失敗の多さに、周りの女官達も、さすがにあきれてしまう。

  そこで今日は、彼女には掃除と荷物の運びのみをさせることにした。

「はぁーこんなんじゃ、いつまでたっても、一人前になんてなれない……」

  彼女はそんなことをボヤきながら、両手で荷物を持ち、倉庫に運んでいた。

  すると目の前に、彼女が昨日見かけた糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこの姿があった。

  彼女は炊屋姫かしきやひめの提案で、数日間だけ小墾田宮おはりだのみやに滞在することになっている。

(さすがに、私が声をかける訳にもいかないか……)

  だが糠手姫皇女の方が稚沙に気付いたらしく、彼女はいきなり稚沙の元にやってきた。

「あなた昨日、椋毘登と一緒にいた子よね?あと炊屋姫の大殿にも顔を出していた」

  彼女は昨日の雰囲気と違って、今は割と気さくな感じで稚沙に話しかけてきた。

「はい、ここ小墾田宮に女官として仕えてまして、名を稚沙と申します」

  稚沙は思わず、頭を下げて彼女にあいさつをした。

「あなた、稚沙っていうのね。昨日は恥ずかしい所を見せてしまって、本当にごめんなさい。あなたの横に椋毘登がいたものだから、もう必死だったのよ」

  昨日ならまだしも、自身の気持ちに気付いてしまった彼女である。糠手姫皇女の椋毘登に対しての話しは、正直余り良い気がしない。

「ねぇ、折角だし少しお話しない?」

  彼女にそういわれた稚沙は、内心困惑する。

(どうしよう、でも相手は皇女だし。まぁ今日は仕事も失敗続きで、余り仕事をたくさん任されてはいないけど……)

  稚沙がどうしたものかと悩んでいたそんな時である。

「おーい、稚沙ー!」と誰かが彼女の名前を呼んだ。

  2人は思わずその相手の顔を見る。そこにいたのは蘇我蝦夷そがのえみしだった。

「あ、蝦夷?あなた今日来ていたの?」

  蝦夷はそのまま稚沙達の元にやってきた。そして彼女のとなりにいる糠手姫皇女を目にし、とても驚く。

「あ、あなたは糠手姫皇女?」

「蝦夷久しぶりね。私も昨日から小墾田宮に来ていたのよ」

  どうやら糠手姫皇女は、蘇我蝦夷とも顔見知りのようだ。

「でも、あなたは婚姻問題で今色々と大変なはずでは?」

「えぇ、それはそうなのだけど……」

  彼女はどうも自分から事情を話すのが恥ずかしいようで、中々言葉が出てこない。

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