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14《稚沙の恋心》

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  炊屋姫かしきやひめの誓願から、早2週間ほどが経過する。

  稚沙は相変わらず小墾田宮おはりだのみやにて、日々女官の仕事にはげんでいた。

  前回の炊屋姫の誓願時は他の仕事の手伝いに回っていたが、普段は大王の内典ないてん、紙や木簡といった書物、墨等の管理の仕事に携わっている。
これは彼女が、一応は文字の読み書きが出来るため、それを考慮しての配置だった。
※内典:仏教の書物

  そして今日の早朝は倉庫の掃除をおこない、その後は別の部屋に移動して、今は宮に届いた木簡や送られてきた荷物の確認をしていた。

  ただ先ほどの掃除とはちがって、今やっている仕事は割りと単純な作業である。なので彼女は静かに黙々と仕事をこなしていた。

  そうしていると、同じ部屋にいた他の2人の女官の会話が聞こえてきた。
  余りに単純な内容の仕事で退屈なのか、どうやら少し雑談を始めたようだ。

「ねぇ、聞いた。厩戸皇子うまやどのみこの妃の膳部菩岐々美郎女かしわでのほききみのいらつめ様がご懐妊されたそうよ!」

「まぁ、本当なの。確かこれで3人目だわ。本当に厩戸皇子は、菩岐々美郎女ほききみのいらつめ様をご寵愛されてるわね」

  女官の2人の娘は、少し声を上げて興奮気味に話している。

  厩戸皇子には複数の妃がいるが、その中で彼が最も寵愛しているのが、膳部菩岐々美郎女という女性だった。

  彼女は膳氏かしわでうじの生まれの娘で、主に大和での食膳を管理していた伴造とものみやつこである。
※伴造:大和に奉仕する中下層の豪族

  それを聞いた稚沙は「私、ここの書物の確認が終わったので、ちょっと倉庫に荷物を持って行ってきます」といって、部屋を後にする。



  それから稚沙は、宮内をとぼとぼと歩いていた。

  荷物はそこまで重くないので、本来ならもう少し早く歩けるはずである。
  だが彼女は、今は先ほどいた部屋に余り戻りたくないと思っている。

「そっか、菩岐々美郎女様がまたご懐妊されたのね……」

  稚沙はぼそりと呟いた。

  厩戸皇子も今頃は、恐らく飛び跳ねてこのことを喜んでいるはずである。

  膳部菩岐々美郎女は、元々彼の妃の中では一番身分が低い。にもかかわらず、皇子は彼女をとても寵愛していた。

(私は夫や恋人といった人がいないから、2人の幸せがどれ程なのかは、正直想像がつかない)



  稚沙はふと、自分がまだこの宮にやってきたばかりの頃のことをふと思い出した。

「あれは私がまだ仕事が慣れてなくて、落ち込んでいる時だったわ……」

  当時の彼女は13歳で、その日仕事で少し大きな失敗をしてしまっていた。

  そのため思わず宮の端までやってくると、人に隠れてこそこそと泣いていた。

(お父様、お母様、もうやっぱりお家に帰りたいよ~)

  この宮には自身の希望で奉仕に来たというのに、彼女はすっかり弱気になってしまったようだ。

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