14 / 105
14《稚沙の恋心》
しおりを挟む
炊屋姫の誓願から、早2週間ほどが経過する。
稚沙は相変わらず小墾田宮にて、日々女官の仕事にはげんでいた。
前回の炊屋姫の誓願時は他の仕事の手伝いに回っていたが、普段は大王の内典、紙や木簡といった書物、墨等の管理の仕事に携わっている。
これは彼女が、一応は文字の読み書きが出来るため、それを考慮しての配置だった。
※内典:仏教の書物
そして今日の早朝は倉庫の掃除をおこない、その後は別の部屋に移動して、今は宮に届いた木簡や送られてきた荷物の確認をしていた。
ただ先ほどの掃除とはちがって、今やっている仕事は割りと単純な作業である。なので彼女は静かに黙々と仕事をこなしていた。
そうしていると、同じ部屋にいた他の2人の女官の会話が聞こえてきた。
余りに単純な内容の仕事で退屈なのか、どうやら少し雑談を始めたようだ。
「ねぇ、聞いた。厩戸皇子の妃の膳部菩岐々美郎女様がご懐妊されたそうよ!」
「まぁ、本当なの。確かこれで3人目だわ。本当に厩戸皇子は、菩岐々美郎女様をご寵愛されてるわね」
女官の2人の娘は、少し声を上げて興奮気味に話している。
厩戸皇子には複数の妃がいるが、その中で彼が最も寵愛しているのが、膳部菩岐々美郎女という女性だった。
彼女は膳氏の生まれの娘で、主に大和での食膳を管理していた伴造である。
※伴造:大和に奉仕する中下層の豪族
それを聞いた稚沙は「私、ここの書物の確認が終わったので、ちょっと倉庫に荷物を持って行ってきます」といって、部屋を後にする。
それから稚沙は、宮内をとぼとぼと歩いていた。
荷物はそこまで重くないので、本来ならもう少し早く歩けるはずである。
だが彼女は、今は先ほどいた部屋に余り戻りたくないと思っている。
「そっか、菩岐々美郎女様がまたご懐妊されたのね……」
稚沙はぼそりと呟いた。
厩戸皇子も今頃は、恐らく飛び跳ねてこのことを喜んでいるはずである。
膳部菩岐々美郎女は、元々彼の妃の中では一番身分が低い。にもかかわらず、皇子は彼女をとても寵愛していた。
(私は夫や恋人といった人がいないから、2人の幸せがどれ程なのかは、正直想像がつかない)
稚沙はふと、自分がまだこの宮にやってきたばかりの頃のことをふと思い出した。
「あれは私がまだ仕事が慣れてなくて、落ち込んでいる時だったわ……」
当時の彼女は13歳で、その日仕事で少し大きな失敗をしてしまっていた。
そのため思わず宮の端までやってくると、人に隠れてこそこそと泣いていた。
(お父様、お母様、もうやっぱりお家に帰りたいよ~)
この宮には自身の希望で奉仕に来たというのに、彼女はすっかり弱気になってしまったようだ。
稚沙は相変わらず小墾田宮にて、日々女官の仕事にはげんでいた。
前回の炊屋姫の誓願時は他の仕事の手伝いに回っていたが、普段は大王の内典、紙や木簡といった書物、墨等の管理の仕事に携わっている。
これは彼女が、一応は文字の読み書きが出来るため、それを考慮しての配置だった。
※内典:仏教の書物
そして今日の早朝は倉庫の掃除をおこない、その後は別の部屋に移動して、今は宮に届いた木簡や送られてきた荷物の確認をしていた。
ただ先ほどの掃除とはちがって、今やっている仕事は割りと単純な作業である。なので彼女は静かに黙々と仕事をこなしていた。
そうしていると、同じ部屋にいた他の2人の女官の会話が聞こえてきた。
余りに単純な内容の仕事で退屈なのか、どうやら少し雑談を始めたようだ。
「ねぇ、聞いた。厩戸皇子の妃の膳部菩岐々美郎女様がご懐妊されたそうよ!」
「まぁ、本当なの。確かこれで3人目だわ。本当に厩戸皇子は、菩岐々美郎女様をご寵愛されてるわね」
女官の2人の娘は、少し声を上げて興奮気味に話している。
厩戸皇子には複数の妃がいるが、その中で彼が最も寵愛しているのが、膳部菩岐々美郎女という女性だった。
彼女は膳氏の生まれの娘で、主に大和での食膳を管理していた伴造である。
※伴造:大和に奉仕する中下層の豪族
それを聞いた稚沙は「私、ここの書物の確認が終わったので、ちょっと倉庫に荷物を持って行ってきます」といって、部屋を後にする。
それから稚沙は、宮内をとぼとぼと歩いていた。
荷物はそこまで重くないので、本来ならもう少し早く歩けるはずである。
だが彼女は、今は先ほどいた部屋に余り戻りたくないと思っている。
「そっか、菩岐々美郎女様がまたご懐妊されたのね……」
稚沙はぼそりと呟いた。
厩戸皇子も今頃は、恐らく飛び跳ねてこのことを喜んでいるはずである。
膳部菩岐々美郎女は、元々彼の妃の中では一番身分が低い。にもかかわらず、皇子は彼女をとても寵愛していた。
(私は夫や恋人といった人がいないから、2人の幸せがどれ程なのかは、正直想像がつかない)
稚沙はふと、自分がまだこの宮にやってきたばかりの頃のことをふと思い出した。
「あれは私がまだ仕事が慣れてなくて、落ち込んでいる時だったわ……」
当時の彼女は13歳で、その日仕事で少し大きな失敗をしてしまっていた。
そのため思わず宮の端までやってくると、人に隠れてこそこそと泣いていた。
(お父様、お母様、もうやっぱりお家に帰りたいよ~)
この宮には自身の希望で奉仕に来たというのに、彼女はすっかり弱気になってしまったようだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~
藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。
そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。
椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。
その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。
だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。
そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。
蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは?
大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語……
「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー!
※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。
※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。
東洋大快人伝
三文山而
歴史・時代
薩長同盟に尽力し、自由民権運動で活躍した都道府県といえば、有名どころでは高知県、マイナーどころでは福岡県だった。
特に頭山満という人物は自由民権運動で板垣退助・植木枝盛の率いる土佐勢と主導権を奪い合い、伊藤博文・桂太郎といった明治の元勲たちを脅えさせ、大政翼賛会に真っ向から嫌がらせをして東条英機に手も足も出させなかった。
ここにあるのはそんな彼の生涯とその周辺を描くことで、幕末から昭和までの日本近代史を裏面から語る話である。
なろう・アルファポリス・カクヨム・マグネットに同一内容のものを投稿します。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
【完結】ツインクロス
龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる