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しおりを挟むそして佐由良は馬を走らせ続けて、以前仕えていた住吉仲皇子の宮の近くにあった丘に来ていた。
伊莒弗には、この丘には1人で来たいと伝え、ここから少し離れた所に行ってもらった。
「わぁー、ここ全然変わってないわ」
住吉仲皇子の宮は既に取り壊されていて、その跡地だけが残っていた。
佐由良は勾玉の首飾りを取り出した。
「でも、どうしてここの光景が見えたのかしら。普通だったらこんな所に皇子が来るなんて到底考えられない」
ただこの丘の上にいると、どうも気持ちが落ち着く。
(私ここで初めて、瑞歯別皇子と会ったのよね……)
佐由良はふとその時の事を思い返した。
「これでもし皇子が現れなかったら、また振り出しね」
彼女がそう思いながら、丘からの景色を見ている時だった。
「うん?佐由良」
彼女は自分の名前を呼ばれて、思わず振り返った。
そこには何と瑞歯別皇子が立っていた。
(うそ、本当に皇子が来た)
皇子は彼女を見つけると、どんどんと歩いて来た。
「佐由良、本当に会えた」
「瑞歯別皇子、どうしてここに?」
「宮の中を歩いてる時、ふとお前と初めて会った時の事を思い出してな。
それで不思議なんだが、何となくここに来たらお前に会えるような気がしたんだ」
(え、そんな事って……)
それを聞いた佐由良が、自分がここに来た理由を話そうとした瞬間。
彼女は皇子に抱きしめられた。
「佐由良、お前の事が好きだ。お前を誰にも渡したくない」
その瞬間、2人の間に風がさっーと吹いた。
(え、皇子……)
それから瑞歯別皇子は、佐由良から少し体を離すと彼女の目を真っ直ぐ見て言った。
「佐由良、お前の事は俺が絶対に守ってやる。だから俺の妃になってくれ」
(皇子が私を妃に?)
「で、でも、皇子はあの女の人と一緒になるんじゃあ」
「あの女の人?一体誰の事だ」
「私また勾玉の首飾りで不思議な光景を見たんです。皇子が知らない女性と抱き合っていて。それで前回の宴の場でその女の人と皇子が仲良さげに話しをされていたので」
「前回の宴の場って……あぁーそう言う事か」
それを聞いた皇子はクスクス笑いだした。
(え、一体どう言う事?)
「そうか、お前には話して無かったな。あの人は安倍姫、先の大王の兄妹で俺の叔母に当たる人だ。何分歳が近いのでそんな風には見えなかったかもしれないが」
「え、叔母さま?」
「少し前に、叔母は夫を病で亡くされて、酷く落ち込んでいてな。一度俺に泣き付いてきた事があったんだが、お前はそれを見たんじゃないか。先日の宴の場でも気になってたので、声を掛けただけだ」
それを聞いた瞬間、佐由良から一気に血の気が引いた。
「私何て勘違いを……」
「ちなみに、叔母と俺との間に恋愛関係は無いし、今後もそのつもりは俺には無い。多分叔母上もこの話しを聞いたら笑い出しそうだ」
(本当、穴があったら入りたい気分だわ)
それまで笑いながら話していた瑞歯別皇子だが、それから急にまた真面目な表情になって言った。
「で、誤解は解けた訳だが、それでお前は俺の事を受け入れるのか」
「えっと、それは……」
「佐由良、俺は本気だ。本当にお前が好きなんだ。
自分が皇子とかそんなの全く関係ない」
それを聞いた佐由良の目から涙が溢れた。
(私、皇子を好きでいても良いのね)
「はい、私もあなたが好きです。妃になります……」
佐由良がそう言った瞬間、皇子は思わず彼女に口付けた。
(み、瑞歯別皇子……)
そして2人はそのまま互いに口付けを続けた。
それから暫くして、やっと佐由良との口付けに満足したのか、瑞歯別皇子は彼女から唇を離した。
だが、佐由良も流石にこの口付けには堪えた。
「皇子、流石にもう無理です」
彼女は潤んだ目で彼を見た。
「佐由良、お前って奴は」
皇子は佐由良の頬に軽く口付けると、再度彼女を抱きしめた。
そして皇子は彼女を抱きしめたままで言った。
「でも、まさかまたこの場所でお前と会うとはな」
それを聞いて佐由良ははっとした。
「実は私が見た不思議な光景はもう一つあったんです。
私は何故かこの丘に来ていて、そこへ皇子がやって来るのが見えました。
それで今回ここに来て見る事にしたんです」
「な、何だって!」
これには、瑞歯別皇子も驚いた。
佐由良は思わず皇子から離れて、勾玉の首飾りを見た。
勾玉の首飾りは、今回も特に変わった様子はなかった。
「もしかしたら、この首飾りが私達をここに導いてくれたのかもしれませんね」
「確かに、そうかもしれない」
2人はまじまじとこの勾玉の首飾りを見た。
「そうすると、やっぱり私達の出会いは運命だったのでしょうか」
「あぁ、きっとそうだ」
瑞歯別皇子も嬉しそうに頷いた。
そして瑞歯別皇子は彼女の顔を再度自分に向けて言った。
「佐由良、愛してるよ。他の誰よりも」
そして再度2人は口付けを交わした。
遥かなる大和にやって来た娘は、ここで本当の運命に出会う事になった。
これは彼女のもつ勾玉の首飾りがもたらした、運命なのかもしれない。
だがこの先、さらなる運命が待ち受けている事を、その時の彼女はまだ知るよしもなかった。
それから6年後。
「大王、大王、しっかりして下さい!」
去来穂別大王は家臣に囲まれていた。
彼は病に侵されていた。
そしてついに即位から6年目にして、大王は崩御した。
「父、父さま」
皇子の市辺皇子は、自分の父親が亡くなった事が分からず、ただただ怯えていた。
皇子はまだ6歳になったばかりだった。
「一体どうすれば、皇子はまだ幼すぎる」
こうして大和で話し合いが行なわれ、次の新たな大王が決められた。
「この度はご即位、誠におめでとうございます」
《瑞歯別大王《みずはわけのおおきみ》》
これが大和王権にとって、初の兄弟継承の始まりである。
(佐由良......これが俺達の運命だ)
END
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