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8《葛城円の危機》

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  大泊瀬皇子おおはつせのおうじが4年ぶりに葛城の元を訪れてから、2週間程が経過していた。

  葛城円かつらぎのつぶらが自身の部屋で仕事をしていた時の事である。
  娘の韓媛からひめが綺麗な山茶花が手に入ったので、父親にあげようと思い、部屋へと向かった。

「お父様、綺麗な山茶花が手に入ったのでお持ちしました。中に入っても宜しいですか?」

  彼女は、父親の部屋の外から声をかけた。しかし中からは一向に返事が返ってこない。

(あら、変ね。先程は部屋にいたはずなのに……)

「お父様、いらっしゃらないのですか?」

  韓媛は何度か部屋の外から声をかけてみた。しかしそれでも何の反応もない。
  彼女がどうしたものかと、途方にくれていると、部屋の中から奇妙な唸り声が聞こえて来た。

「う、うぅ……」

(え、お父様?)

  韓媛はついに待ちきれなくなり、そのまま部屋の中へと入った。

  実際に入ってみると、部屋の中では葛城円が俯伏せの状態で床に倒れていた。そして彼はとても苦しそうにしている。

「お、お父様!  一体どうされたのですか」


  韓媛は慌てて父親に駆け寄った。そして彼を一旦仰向けにし、彼に声をかけた。
  円も一応意識はあるみたいで、とてもしんどそうにしている。

  そして彼女が彼のおでこに手を当てると、かなり熱を持っていた。

(凄い、熱だわ……)

「韓媛、悪いな……急に体がフラついて来たかと思うと、そのまま酷くしんどくなり、さらに熱が出てきたようだ」

  彼はそう言って、尚もしんどそうにしている。

  とりあえず、このままだと父親が危険だ。急いで治療に当たらないと、命まで危ういかもしれない。
  韓媛は急いで使用人達に伝える事にした。

「お父様、待ってて下さい。急いで誰か呼んで来ますから!」

  彼にそう言って、彼女は部屋を飛び出して行った。

  そしてこの家の使用人に今の現状を伝えた。それを聞いた者は慌てて、病気に詳しい者を呼ぶ事にした。

  韓媛も何か自分に出来る事をしないとと思い、ひとまず水で濡らした布を用意して、円の体を拭いたり、水を飲ませてみる事にした。

(お父様にもしもの事があったら、どうすれば良いの……)

  韓媛にとって、父親である円は唯一の近い肉親だ。そんな彼にもしもの事があれば、彼女には到底耐えられるものではない。


  それから暫くして、病気に詳しい者がやって来た。
  そして急いで父親の状態を見てもらうも、原因は不明との事。

  韓媛は水が足りなくなったため、追加の水を急いで取りに行く事にした。そして彼女が走っていると、うっかり誰かにぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。急いでいたものだからつい……」

  韓媛が慌ててぶつかった相手に謝った。そして相手の顔を見ると、それは何と大泊瀬皇子だった。

  どうやら彼は、今日葛城に来ていたようだ。


「大泊瀬皇子、今日は葛城に来られてたのですね……」

  本来であれば、ここで皇子にきちんと挨拶をしたい所だ。だが今の韓媛は、父親の事で頭がいっぱいいっぱいの状態である。

  大泊瀬皇子も、そんな韓媛の様子に少し疑問を感じる。彼女がこんなに焦って走っていたところを見ると、余程の事があったのだろうか。

「どうした韓媛、ひどく落ち着かないように見えるが」

  大泊瀬皇子は、今日ここにまだ来たばかりで、恐らく円が倒れた事をまだ知らないみたいだ。
  彼女は取り乱す気持ちを必死で抑えて、彼に今の状況を説明する事にした。

「父の部屋に行ったら、その場で父が倒れてました。そして酷く苦しそうで、熱もかなり出ている状態です。朝方は元気だったので、本当に突然の事で……」

  それを聞いた大泊瀬皇子はとても驚いた。昔から父親好きの彼女だ、その大事な父親が倒れたとなると、ここまで動揺するのも理解出来る。

  それから彼は少し表情を険しくさせて、彼女に言った。

「なる程、それでお前がここまで慌てていたのか。それで円の容体はどうなんだ」

  大泊瀬皇子はとりあえず、今の円の現状を確認する事にした。

「はい、今病気に詳しい者が見ています。ですが原因はどうも分からないとの事」

(急に容態が悪くなったとなると、何か体に害のある物でも食べたのか)

  大泊瀬皇子は、どうしたものかと考えた。

  今はここで悩んでいてもどうしようもない。であれば、ひとまず自分も円の元に行って、直接彼の状態を見た方が良さそうだ。

「そう言う事か。では俺も一度円を見に行ってみる」

  大泊瀬皇子がそう韓媛に言った。

  すると韓媛は緊張の糸が切れたのか、こみ上げてくる思いを抑えきれずに、その場でぼろぼろと泣き出した。

「お、お父様にもしもの事があったら、私は……」

  普段はとても聡明な彼女だが、大事な父親の事となると、かなり心を取り乱していた。

  そんな韓媛を見て、大泊瀬皇子は思わず彼女を優しく抱きしめた。

「韓媛、落ち着け。お前の父親はこんな事で死んだりはしない」

  彼はそう言ってから、彼女の頭を軽く撫でてやった。

  皇子に優しくそう言われて、韓媛は暫く彼の胸の中で泣いていた。
  こうやって抱きしめられていると、彼の胸の鼓動が微かに聞こえて来る。
  そして彼の言葉とこの温もりの中で、彼女は不思議と心が安らぐ感じがした。

  それから韓媛が落ち着くのを待ってから、2人は水を持って円の元に向かった。

  その後暫くして、円は安静にしていたため、だいぶ容体も落ち着いてきたようだ。そんな彼を見て、韓媛もひとまず安心した。

  一方大泊瀬皇子は、元々今日は円と話しをするために来ていた。だが今の彼の容態では、話しもよう出来ない。

  またこの騒動が落ち着いた頃には、日が暮れ出したので、彼もこの日は葛城に泊まる事にした。
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