上 下
47 / 71

42話

しおりを挟む
「持っていく間に、デバイスが壊れないように、気を付けろよ」

 俺達は通話を繋げたまま、明日の準備をしている。荷詰めをしてしまうと、もう自宅では練習が出来ないため、ギリギリになっての準備だ。明日から当日までの3日間。場所は埼玉のライブなどをする会場だ。そこそこの広さの会場で、観客も入るらしい。俺もオフラインで試合するのは始めてなので、少し緊張している。

「いやー、ほんと楽しみですね!」

 一方相変わらずのタイガである。大勢の前でゲームをするということを理解できていないわけではなく、タイガにとってはそんなこと関係ないのだ。大好きなゲームを大好きな人たちと優勝するための場所くらいの感覚なのだろう。実に頼りがいがあっていいな。タイガを見ていると、自然といつもの自分い戻れる。これほど味方にいて頼りになる選手はいないだろう。こういった意味で。

「というか、もう後三日で終わりなのかって感覚の方が大きいよ」

「なに言ってんだよ? 世界まで行くんだからここで終わりなわけないだろ?」

 テツは、全然緊張をしていないようだ。4日間の合宿から帰ってきてから明らかに調子がいい。さらにそれが作用して、自信にもつながっているみたいだ。俺とタイガに遠慮して、俺たちの指示に従っていただけで、もともと自分で考えられる力を持っている人間だ。ゲームの頭の使い方と経験次第でいくらでも化ける可能性を秘めている。
 もしかしたら、このオフラインで何か掴んで、さらに飛躍するかもな。

「ニシずいぶん弱気だね~」

 ニシは、準々決勝ではあそこまでの結果を残したにも関わらず、まだ不安や自信を持てずにいるように見える。だけど、それは今プレイしていないからなだけで、フォージを通せば、そんな心配は一切なくなるだろう。

 開場の場所も、ホテルの場所も、確認済み。明日は、開場の最寄り駅で集合の後タクシーで会場入り。まだ、開場は作り終わっていないようなので、練習用の控室で、2日間練習できるようだ。移動費もホテルの宿泊費も全部運営が出してくれるそうだ。初の世界大会実施にしてはかなりの大盤振る舞いだとは思う。
 リリース前から話題で、リリース後も決して少なくないプレイ人口を誇っているとはいえ、競技シーンが人気だとは限らないからだ。カジュアル層と、上手い人間のプレイを見たがる層は同じじゃない。それでも、ここまで大きく告知をして、選手にも手圧サポートする当たり、本気でゲームの覇権を取りに来ているのは伝わってくる。
 まだ、断言することは出来ないが、この調子で上手くいけば、プロリーグを設立して、そこに所属する選手には、運営自らが給料を払うなんてことも、ありえそうだ。
 まあ、そんないつになるか分からないようなことを想像するのはいったん止めよう。俺たちは今目の前にやらなければいけないことが、あるから。
 一回全員であっているとはいえ、実際に横並びでやったことが無いので、どんな感じになるのだろうか?
 ヘッドホンを付けて、画面に集中するから、大した違いは感じないのだろうか? もしそうだとしても、勝った時に周りに3人がいることを想像すると、物凄く嬉しい気持ちになる。

「他になにか忘れ物無いかな?」

 タイガも身支度が終わったようで、みんなに確認する。その場にいるわけではないから、直接見れるわけではないが。

「ちゃんと、ゲーム内設定分かるようにしておけよ。向こうに行ったら、初期化されたパソコンでやるから、全部一から設定しなおしだぞ」

「「あ、忘れてた」」

 タイガとニシが、声を合わせてそういう。

「俺はちゃんとやったぞ」

「お前は、この間のやつがとっておいてあるだけだろ」

 テツと俺は、ネットカフェでやった時のが残っているから、今回再びする必要は無かった。そうはいっても、俺は、もともとスマホの写真で取っておいてあったのだが、テツは、そんなことすっかり忘れていて、ネットカフェで設定し直していたのだ。その時に、またすぐに必要になるからと、写真を撮らせていた。
 俺がある程度経験があるからいいが、もし全員が競技初参加だったとしたら、舞台に上がる前に、ある程度の差が出来てしまう。こういった所で、チームに入っているかいないかの違いが出てきてしまう。

「でもさ、本当によくここまで来たよね」

 恐らく雰囲気的に全員の準備が終わり、もう通話を切るか、という流れになる時にニシがそう言う。

「俺さ、みんなで始めたときは日本一なんてなれないと思ってたんだよね。だけど、今はその目標が決して、夢物語ではないところまで来てる」

 いつもの気弱な発言ではなく、ようやく形になり始めている夢の大きさに動揺しているようだ。それはきっとニシにとっては想像以上に大きいものだったのだろう。

「おいおい………。縁起でもないこと言うなよ」

 そう言うテツもいつものような、声の張りが無い。

「いや、冗談とかじゃなくて本当のことなんだよ」

 珍しく、テツに対しても真面目に返答するニシにテツも黙る。きっと思い当たるふしがあるのだろう。
 俺はどうだろうか? 俺は。

「俺もぶっちゃけそう思ってた。だけど、この選択に言い訳をしないために、仕事を辞めた。3人となら、叶えたいと思う夢が見れそうだったから。全力になれると思ったから」

 一度諦めた夢。完全に崩れ去ったと思っていた、世界への再挑戦。
 もうこの先、あんなに夢中になれることは無いと思っていた。このまま消したい過去から逃げ続けて、惨めに暮らしていくと本気で思っていた。

「僕は全然そんなことなかったですよ」

 そんな時、きっぱりと違うと言えるタイガ。

「お前はまた、そうやって………」

 珍しくニシがタイガに対して、呆れ声を向けるが。

「テツがいて、ニシがいて。ヴィクターさんが来てくれた。この4人でなら日本は余裕だと、ずっと思ってましたし、今も思っています。世界はまだ分かんないですけどね」

 ニシを遮るように、タイガが続ける。一番年下で、年相応のタイガだが、このチームの支柱はタイガである理由がよく分かる。

「すべてに絶望した僕を、ゲームの世界に連れてきてくれたヴィクターさん。その後、ボロボロだったテツと会って」

「タイガと会ったばかりの俺は、笑うことすらできなかったっけな? それなのに、一人で楽しそうに、ぎゃあぎゃあ騒ぎながらゲームしているお前を見て、なんでそんなに楽しそうなのかと、不思議に思ったのを今でも覚えているよ」

 タイガにテツが続く。

「そして、悪評立ちまくってたニシを二人で更生させたんだよな」

「おい! やめろよその話!」

 え? なにその話。俺知らないんだけ? めっちゃ聞きたいんだけど!

「そして、ヴィクターさんが復帰。皆がお互いが助けあって今の形があるんだよ」

「そう言えば、俺達全員カスみたいな存在だったのか」

 テツの言葉に全員で笑うが、まさにその通りだ。ただ、こんな軽口を言えるほど、それぞれの出来事は過去のものになったんだな。

「むしろここにいる全員がその道を通っていなかったら、ここにたどり着いていなかっただろうな」

 本当に奇跡みたいな集まり方したな。
 嫌なことは無いに越したことは無いけど、まあ、その分何かしらで返ってくるってことなんだな。

「まさに、ODDS&ENDSですね!」

「いいチーム名だな」

「じゃあ、軽く日本一になって、チーム名の由来を優勝インタビューで話すか!」

「それは最高だな!」「うん!」「いいね!」

 思わぬ形でなった始まった、決起集会。
 実力も気合も十分。
 いよいよ明日会場へ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

月都七綺
青春
『はっきりとした意識の中で見る夢』 クラスメイトは、たしかにそう言った。 周囲の期待の圧から解放されたくて、学校の屋上から空を飛びたいと思っている優等生の直江梵(なおえそよぎ)。 担任である日南菫(ひなみすみれ)の死がきっかけで、三ヶ月半前にタイムリープしてしまう。それから不思議な夢を見るようになり、ある少女と出会った。 夢であって、夢でない。 夢の中で現実が起こっている。 彼女は、実在する人なのか。 夢と現実が交差する中、夢と現実の狭間が曖昧になっていく。 『脳と体の意識が別のところにあって、いずれ幻想から戻れなくなる』 夢の世界を通して、梵はなにを得てどんな選択をするのか。 「世界が……壊れていく……」 そして、彼女と出会った意味を知り、すべてがあきらかになる真実が──。 ※表紙:蒼崎様のフリーアイコンよりお借りしてます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない

AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。 かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。 俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。 *書籍化に際してタイトルを変更いたしました!

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...