上 下
48 / 48

第四十八話 脅威は再び

しおりを挟む
第48話

「……さて、そろそろ行くか」



 しばらくその場に立ち続け、まだ挑んでくる敵がいないことを確認したブレンが口にする。立ち上がってくる者がいないことに勝利を確信したようだ。



「おい! 大丈夫か!」



 ブレンが振り向くと同時に、カエデがふらりと倒れこむ。それを慌ててブレンは抱きかかえるように支えた。



「ごめんなさい、ちょっと気が抜けちゃって」



 ブレンは手に収まる少女の小ささと、ブルブルと震える様子を抱え込んだことによって初めて知った。ブレンの中では最強の魔法士と思っている少女も、少女であることをより強く思わせるものであった。それと同時に、少女が決心したことの自分と少女との差も理解できた。



「嬢ちゃんはよくやったよ。なに大丈夫さ。こいつらも曲がりなりにも国の兵士。誰一人死んではいねーよ」



「ありがとうございます。行きましょうか」



 カエデは支えてくれているブレンの手を取り寄りかかっている状態から自身の足で立つ。魔法を使いすぎて、少し息切れと倦怠感はあるものの全く動けないというほどではない。

 長い戦いを経てようやく本来の目的である逃走を果たすことができる。ブレンが乗ってきた馬を引き寄せてくる。



「助かります」



 もう一度ここから走ったり、浮遊したりするほどの体力は残されていないカエデにとって、それはまさに天からの救いであった。馬に乗った経験は一度もないが、ブレンが一緒であるのならば大丈夫であろうという安心感でいっぱいであった。



「いや、俺もこっちに向かってくるときに奪ってきた馬だから上手く乗りこなせるかは分からん。なにしろ馬なんて貴重なものは初めて乗ったからな」



「そ、そうなんですね」



 思わず苦笑いが出てしまったカエデだが、なんとなくその馬がブレンに懐いているようにも見えた。現にこれだけ過酷な戦闘をしていたにも関わらず、逃げずにこの場に残り終わるや否や、自らブレンがいる方に寄ってきたのだから。



「嬢ちゃん」



 ブレンが先に馬に跨り、カエデに向かって手を伸ばす。それは、今はすでに安全となったこの場所ではあるものの、どこか救い出してくれそうな導きの手に見える。過去にそれを掴んだことによる後悔は一度もなかった。そして、今もである。

 カエデは、ブレンの手を掴むとブレンは思い切りそれを上に引っ張り上げて自身の前に乗せる。

 少女が浮遊をすれば楽に馬に乗れたであろうが、そんなことはせずにブレンに乗せてもらいたい気持ちがあった。それはブレンの方も同じであろう。



「どこに行くんですか?」



 後ろを振り返らずにカエデは問うが、帰ってくる答えは分かり切っている。



「分からん。でも町にもいられなくなったな」



 ブレンは悟っている少女を傷つけないように、穏やか口調で事実を告げる。もともと少女も逃げるといっても行く当てなどなかった。それでも走らなければいけなかったのだから、走っただけ。

 ブレンがいればこれ以上なにもいらないほどに心強いものの、先は明るくないことは確かである。



「最後に店主のおじさんに挨拶したかったです」



「なに。あのオッサンはそう簡単にくたばりゃしねーよ。その内会える機会はあるさ」



 それがブレンにとっての優しさであることをカエデもすぐに見抜いた。国同士の移動が容易ではないこの世界で、別れ人とそんな簡単に再開はできない。

 馬に乗っているだけでも、かなりの体幹を使うため疲弊しきった少女は気を抜けば落っこちてしまいそうになる。それを比較的まだ力が有り余っているブレンが支える。二人は空と陸で支え合ってこれまで戦ってきた。それは二人が一緒にいる限りずっと続くことだろう。この世界にいる限りは戦い続けなければいけないのだから。



 二人が乗る馬は比較的元気なようで、颯爽と駆け続ける。それは、まるで背後から迫ってくるなにかおぞましい物から逃げるかのように。

 先に気が付いたのはブレンであった。



「……チッ!」



 大きく舌打ちすると、それを合図にカエデも後方から凄まじい勢いで迫ってくる、乗り心地の悪い箱の存在に気が付いた。



「追いつかれちゃいましたね」



 疲労で半分閉じかかっていた目が、危機感で前回になった。人体とは不思議なもので、命の危険に晒されるとどこからか力が湧いてくる仕組みになっている。今までの少女なら決して戦える状態ではなかったものの、今では再び空を駆け巡ることができるだけの力があふれ出している。



「ああ、しつこい連中だ!」



 ブレンが握る馬の手綱に力がこもる。それを察知して馬はよりスピードを上げようとするがそれにも限界はある。



「大丈夫ですよ。私とブレンさんなら!」



「まだ戦えるのか!?」



 その少女の空元気にも見える行動に、まだそんな力を残していることに驚きを示す。



「もちろんです!」



 カエデは胸の前で両手を握り小さくガッツポーズをとる。これは、度々カエデが見せる仕草ではあるがこんなにも、か弱く見えるのは初めてであろう。



「やるしかなさそうか……」



 横目で見る視界の端にその異質な存在が映った同時に、逃げ切れるかもしれないという淡い期待は、瞬時に消え去った。

 それは、二人の行く末を断つかのようにドリフトしながら前方に周り込んできた。馬は驚きのあまり駆ける足を止めるために、前足を大きく上げ体をのけぞらせる。目の前の箱から二人の人間が下りてくる。

 一人は大きな剣を携え、知っている優しそうな眼差しは持ち合わせてはいなかったものの、あふれ出すオーラは先ほどまで戦ってきた兵士とは比べ物にならないものであった。もうひう一人は杖をつき目の前が見えているのか分からないほど細目ではあるものの、その視線は間違いなく少女を捉え続けていた。実力が図り知れないがその魔法士が国家一と言われても、十分納得のいくものであろう。



「やっと追いつきました。残念ですがあなた方はここで終わりです。ですが、このままもう一度一緒に来てくれるというのであれば、最後の温情をかけることはできます」



 剣を地面に刺し仁王立ちをしながらその剣士は本来であれば戦いたくもないその二人に警告する。それが彼の役割であるがために。



「バカ言ってんじゃねーよ。俺は人の命令は受けない」



 間を置かずにブレンがそう言い返す。それはあくまで自分が従えないからと言うもので、その表面にには一切カエデの事情は含まれていない。本当に理由など分かり切っているものではあるが、それがブレンにとっての心意気なのであろう。



「残念です。本当に。」



 その言葉にはもしかしたら訪れたかもしれない、背中を預け合って戦う未来を創造して悲しんでいるように見える。それほどまでに目の前の剣士はブレンのことを評価していたのであろう。



「覚悟はいいか?」

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...