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九話 天才
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われに兄がいると聞いたのは小学校五年生のときだった。
ママと夕食を食べていたとき、ママはあまり楽しくなさそうな顔でわれに兄がいるとはっきり言った。
「だから、あなたが後継者に選ばれたの。翔太が引っ越す前に一回挨拶に行こうね。」
ママは続けてそう言う。
「うん!」
われは笑ってみせた。
この人に何も心配や不安を与えることはない。
それに初めて会ったときからしょうたくんがわれの兄じゃないかとは思っていた。
しょうたくんの前では気づかないふりをしていたけど。
だって、われに顔や髪の毛の色がよく似ていたからだ。
すぐにわれらが兄妹だと分かった。
ママはわれが夕食を食べ終えた時点で、部屋からすぐに出るよう促す。
「太陽は何も言わなくて大丈夫だから。」
「分かった!」
スプーンを机の上に置くと、ママについて廊下に出る。
われがドアを閉めると、二人で二階に下りて、角部屋のほうへ歩いた。
その間、ママは何も言わない。
でもなんだかうれしそうではないことは分かる。
ママはかなりの心配性だし、われらのことはあまり好きではないとわれは勝手に思っている。
これからしょうたくんと初めて会ったかのように振る舞わなければいけない。
それよりもしょうたくんはわれのことを覚えてるかなあ。
あの日から二年も経っちゃったね。
またねって言ったのに。
ママが部屋のドアをノックした。
ついに再開かあ。
胸がドキドキして、全身が少しだけフワフワした感じになる。
両手に握り拳を作った。
落ち着かなきゃ。
そして、ママはスカートの右ポケットから出した鍵でドアを開ける。
ママが部屋に踏み込んで行った。
われは入り口でとりあえず立ち止まる。
「翔太。」
「はい…。」
机でわれと同じ夕食を食べているしょうたくんが見えた。
見た目はあまり変わっていない。
「あなたに妹を紹介するから。」
われが部屋に入って行くと、しょうたくんと目が合った。
あ、という顔になる。
ひ、さ、し、ぶ、り。
ママの後ろから口パクでそう伝えた。
しょうたくんがそれを見て、少しだけ笑ってくれる。
よかった。
われのことを覚えているみたいだ。
「俺に妹がいたんですか?」
しょうたくんがママにうわずったような声で質問した。
演技下手すぎ。
あんなんじゃ学芸会で主役なんか取れないよ。
思わず笑いたくなって急いで口を塞ぐ。
危ない。
声を出したらママにバレるところだった。
「そう。この子は二歳年下で、すごく頭がいいの。あなたよりもずっと。名前は太陽。」
「太陽…。」
しょうたくんがわれの名前を呟いた。
また呼んでもらえてうれしくなる。
「あなたによそへ引っ越してもらうにあたって、太陽が食料を送ることにするから。」
しょうたくんはわれをもう一度見た。
「…分かりました。」
そう返事をしたと同時に、ママは踵を返した。
われも慌ててママを追って部屋を出る。
まるでしょうたくんに一切の興味を失ったかのようだ。
ドアを閉める前、振り向くと、俯いたしょうたくんがいた。
大人は成果を出す人にしか優しくない。
われが十年生きてきて知ったことといえばそれくらいだ。
ママはさっきと同じようにドアの鍵を閉める。
大人って笑っちゃうくらい、すごく嫌い。
廊下を歩くママを後ろから睨んだ。
二ヶ月前、しょうたくんは私立中学校に入学した。
小学校は受験に失敗したから公立へ行ったんだとパパが言っていたけど、ということはたくさん勉強して頑張ったんだろうなあと思う。
われはそんなしょうたくんはすごいから兄として尊敬するし、憧れている。
でも、パパやママはしょうたくんが伝統や家系に泥を塗ったと言って怒っている。
なんでなんだろう。
われには時々大人が理解できない。
しかも、お手伝いの人たちに話を聞いてみたら、しょうたくんは小学校一年生のときからずっと部屋に閉じ込められているらしい。六年ちょっとも。
しかも、部屋に鍵をつけられたのもかなり早い段階かららしい。
もしかしたらパパとママはしょうたくんがとくに嫌いなのかもしれない。
われは生まれたときから閉じ込められるなんてことはなかった。
幼稚園に通って、なんとなく受けさせられた私立小学校にまぐれで合格して、それからその小学校に今も毎日通い続けている。
友達もたくさんできたし、学校から帰ったらクラスメイトと公園で遊ぶことが多い。
それに、パパとママはしょうたくんに勉強しなさいと口酸っぱく言っていたみたいだけど、われは言われたことがない。
女子だし、最近まで後継者扱いじゃなかったからだ。
学校の授業をちゃんと受けて、出された宿題をやっていればいつもテストは満点だし、全国模試でも一位か二位しか取ったことがない。
これは結構すごいことらしい。
われのことを周りのみんなは天才だと言う。
だけど、そんなこと言われてもとくにうれしいとは思わない。
誰かに褒められたり、認められたりしなくても何も思わないからだ。
しょうたくんは最近まで後継者になるために頑張っていたけど、結局われが後継者に選ばれた。
たまに家に来る医者のおじさんは、しょうたくんを無気力症候群と言っている。
しょうたくんは私立中学校に受かったものの、学校に行けず、部屋に自ら閉じこもっている。
でも、われには学校に行きたくない理由が分からない。
たぶんパパとママも分からないから毎日同じように、学校に行きなさい!と怒っているんだと思う。
でも、学校に行くのもつらくて、家にいるのもつらいって居場所が無くなったらどうなっちゃうんだろうってたまに考える。
お手伝いの人たちは、しょうたくんが人を殺しそうな怖い顔をしていると裏で話していたし、われが何とかしたいけど、どうすればいいのかはやっぱり分からない。
スズキくんは今、何してるんだろう…。
七月に入った頃だった。
ママが久しぶりに外に出たしょうたくんをタクシーに乗せている。
移住先の手配が終わったからだ。
ここから少し離れたマンションの最上階の一室に決まったらしい。
でも、パパもママもしょうたくんにかける言葉はなく、パパにいたっては外に出てこようともしない。
仕事が忙しいと言っていたけど、かなり淡白なお見送りだ。
われらは所詮大人たちの道具みたいなものなのかもしれないと思ったり。
われはドアを閉めようとするしょうたくんに小さく手を振る。
しょうたくんがこっちを見た。
そして、曖昧に笑って、ドアをバタンと閉めた。
それからは前を向いてわれのほうは二度と見ない。
行ってしまう。
しょうたくんが行ってしまう。
離れてしまう。
また会える日なんて来るの?
手の中で握りしめた封筒がぐちゃぐちゃになる。
手紙書いたのに渡せなかった。
パパとママに隠れて何度も何度も書き直した手紙を。
ママと夕食を食べていたとき、ママはあまり楽しくなさそうな顔でわれに兄がいるとはっきり言った。
「だから、あなたが後継者に選ばれたの。翔太が引っ越す前に一回挨拶に行こうね。」
ママは続けてそう言う。
「うん!」
われは笑ってみせた。
この人に何も心配や不安を与えることはない。
それに初めて会ったときからしょうたくんがわれの兄じゃないかとは思っていた。
しょうたくんの前では気づかないふりをしていたけど。
だって、われに顔や髪の毛の色がよく似ていたからだ。
すぐにわれらが兄妹だと分かった。
ママはわれが夕食を食べ終えた時点で、部屋からすぐに出るよう促す。
「太陽は何も言わなくて大丈夫だから。」
「分かった!」
スプーンを机の上に置くと、ママについて廊下に出る。
われがドアを閉めると、二人で二階に下りて、角部屋のほうへ歩いた。
その間、ママは何も言わない。
でもなんだかうれしそうではないことは分かる。
ママはかなりの心配性だし、われらのことはあまり好きではないとわれは勝手に思っている。
これからしょうたくんと初めて会ったかのように振る舞わなければいけない。
それよりもしょうたくんはわれのことを覚えてるかなあ。
あの日から二年も経っちゃったね。
またねって言ったのに。
ママが部屋のドアをノックした。
ついに再開かあ。
胸がドキドキして、全身が少しだけフワフワした感じになる。
両手に握り拳を作った。
落ち着かなきゃ。
そして、ママはスカートの右ポケットから出した鍵でドアを開ける。
ママが部屋に踏み込んで行った。
われは入り口でとりあえず立ち止まる。
「翔太。」
「はい…。」
机でわれと同じ夕食を食べているしょうたくんが見えた。
見た目はあまり変わっていない。
「あなたに妹を紹介するから。」
われが部屋に入って行くと、しょうたくんと目が合った。
あ、という顔になる。
ひ、さ、し、ぶ、り。
ママの後ろから口パクでそう伝えた。
しょうたくんがそれを見て、少しだけ笑ってくれる。
よかった。
われのことを覚えているみたいだ。
「俺に妹がいたんですか?」
しょうたくんがママにうわずったような声で質問した。
演技下手すぎ。
あんなんじゃ学芸会で主役なんか取れないよ。
思わず笑いたくなって急いで口を塞ぐ。
危ない。
声を出したらママにバレるところだった。
「そう。この子は二歳年下で、すごく頭がいいの。あなたよりもずっと。名前は太陽。」
「太陽…。」
しょうたくんがわれの名前を呟いた。
また呼んでもらえてうれしくなる。
「あなたによそへ引っ越してもらうにあたって、太陽が食料を送ることにするから。」
しょうたくんはわれをもう一度見た。
「…分かりました。」
そう返事をしたと同時に、ママは踵を返した。
われも慌ててママを追って部屋を出る。
まるでしょうたくんに一切の興味を失ったかのようだ。
ドアを閉める前、振り向くと、俯いたしょうたくんがいた。
大人は成果を出す人にしか優しくない。
われが十年生きてきて知ったことといえばそれくらいだ。
ママはさっきと同じようにドアの鍵を閉める。
大人って笑っちゃうくらい、すごく嫌い。
廊下を歩くママを後ろから睨んだ。
二ヶ月前、しょうたくんは私立中学校に入学した。
小学校は受験に失敗したから公立へ行ったんだとパパが言っていたけど、ということはたくさん勉強して頑張ったんだろうなあと思う。
われはそんなしょうたくんはすごいから兄として尊敬するし、憧れている。
でも、パパやママはしょうたくんが伝統や家系に泥を塗ったと言って怒っている。
なんでなんだろう。
われには時々大人が理解できない。
しかも、お手伝いの人たちに話を聞いてみたら、しょうたくんは小学校一年生のときからずっと部屋に閉じ込められているらしい。六年ちょっとも。
しかも、部屋に鍵をつけられたのもかなり早い段階かららしい。
もしかしたらパパとママはしょうたくんがとくに嫌いなのかもしれない。
われは生まれたときから閉じ込められるなんてことはなかった。
幼稚園に通って、なんとなく受けさせられた私立小学校にまぐれで合格して、それからその小学校に今も毎日通い続けている。
友達もたくさんできたし、学校から帰ったらクラスメイトと公園で遊ぶことが多い。
それに、パパとママはしょうたくんに勉強しなさいと口酸っぱく言っていたみたいだけど、われは言われたことがない。
女子だし、最近まで後継者扱いじゃなかったからだ。
学校の授業をちゃんと受けて、出された宿題をやっていればいつもテストは満点だし、全国模試でも一位か二位しか取ったことがない。
これは結構すごいことらしい。
われのことを周りのみんなは天才だと言う。
だけど、そんなこと言われてもとくにうれしいとは思わない。
誰かに褒められたり、認められたりしなくても何も思わないからだ。
しょうたくんは最近まで後継者になるために頑張っていたけど、結局われが後継者に選ばれた。
たまに家に来る医者のおじさんは、しょうたくんを無気力症候群と言っている。
しょうたくんは私立中学校に受かったものの、学校に行けず、部屋に自ら閉じこもっている。
でも、われには学校に行きたくない理由が分からない。
たぶんパパとママも分からないから毎日同じように、学校に行きなさい!と怒っているんだと思う。
でも、学校に行くのもつらくて、家にいるのもつらいって居場所が無くなったらどうなっちゃうんだろうってたまに考える。
お手伝いの人たちは、しょうたくんが人を殺しそうな怖い顔をしていると裏で話していたし、われが何とかしたいけど、どうすればいいのかはやっぱり分からない。
スズキくんは今、何してるんだろう…。
七月に入った頃だった。
ママが久しぶりに外に出たしょうたくんをタクシーに乗せている。
移住先の手配が終わったからだ。
ここから少し離れたマンションの最上階の一室に決まったらしい。
でも、パパもママもしょうたくんにかける言葉はなく、パパにいたっては外に出てこようともしない。
仕事が忙しいと言っていたけど、かなり淡白なお見送りだ。
われらは所詮大人たちの道具みたいなものなのかもしれないと思ったり。
われはドアを閉めようとするしょうたくんに小さく手を振る。
しょうたくんがこっちを見た。
そして、曖昧に笑って、ドアをバタンと閉めた。
それからは前を向いてわれのほうは二度と見ない。
行ってしまう。
しょうたくんが行ってしまう。
離れてしまう。
また会える日なんて来るの?
手の中で握りしめた封筒がぐちゃぐちゃになる。
手紙書いたのに渡せなかった。
パパとママに隠れて何度も何度も書き直した手紙を。
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