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第十話 再会の前日

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 ウォーレンから与えられた自室のベッドに横たわり、悠香は深く息をついた。
 悠香がこちらの世界にやってきてから九日が経ち、ウォーレンが言うには、明日には優花が王都に到着するらしい。
 この九日間、悠香はカレン、アイカ、それからグレンの三人から様々なことを教わった。
 彼らは皆ウォーレンの従者であり、カレンとアイカからはこの世界の常識や教養、魔術について学び、グレンからは護身用として剣術を学んでいた。
 彼らの教えからが上手いのか、悠香に素質があったのか。あっという間に魔術も剣術も護身用としては申し分ないほどに扱えるようになった悠香に、「想像以上ですね」とウォーレンが感嘆の声を漏らしたのは、訓練を開始してからわずか二日目のことだった。


「ウォーレン様、この子すっごく才能ありますよー!」
 その日の訓練をすべて終え、グレンたちと共に休んでいたところにウォーレンが訪れた。
 調子はどうか、と尋ねたグレンに答えたのは主に魔術を教えているカレンだ。
 彼女と、彼女の双子の妹であるアイカは十四歳という若さでありながら、王国の魔術師団という組織で、それぞれが一つの隊を仕切るほどの人物であるらしい。
「魔力が高いとは思っていましたが……、貴女がそう言うなんて余程なのですね」
「余程なんてものじゃないですよー! なんせこの子、全属性の魔術を扱えるんですから!」
 声高々に告げるカレンに、ウォーレンは驚いた様子で悠香を見る。
 前日にも同じような反応を教師役である三人にされたばかりではあるが、悠香にはイマイチそれがどれほど凄いものなのかは分からなかった。
「全属性とは……、カレンとアイカでも二属性、あの師団長でさえも三属性が限度だというのに……」
 カレンとアイカの話では、この世界ではすべての人間が潜在的に魔力を有しており、その魔力には八つの属性が存在しているという。
 その属性というのは水・雷・火・風・土・氷、そして光と闇の八つ。光と闇の属性を持つのは極稀であるらしく、基本的にはそれ以外の六つのどれかの属性を有するらしい。
 魔力そのものに属性が付与されているため、一般的に一人の人間が使える魔術は一つの属性に限られている。二つ以上の属性を扱えるというのは、二つ以上の属性を有していることと同義であり、それはかなり稀なことなのだそうだ。
 全属性の魔術を扱えるというのは即ち全属性の魔力を有していることであり、それはこの国の長い歴史の中でも片手で足りるほどしか前例がないのだという。
「あの、このことは伏せておいた方がいいと、思うのですが……」
 控えめに声を発したのはアイカだった。彼女はおずおずと言った様子で片手をあげながら、伺うような視線をウォーレンに向けている。
 このこと、というのは悠香が全属性の魔術を扱えるということだろうことは、この場にいる全員が理解できた。
「そうですね……。その力を利用しようとする者が現れないとも限りませんし……」
「アンタらがそうした方がいいっていうならそうするけど……」
 じっと悠香を見つめて考えるウォーレンに、イマイチ事情が呑み込めないながらも告げる。
 それを見ていたグレンも、同意するように口を開いた。
「魔術だけではなく、剣術の才もあるようですし、切り札を隠しておくという意味でも、伏せておいた方がよろしいのではないかと」
「ふむ。ならば悠香さんには一先ず一つの属性の魔術を極めて貰いましょう。他の属性も一応訓練はしておいて下さい。剣術についてはグレンに一任します」
「畏まりました」
 ウォーレンに言われ、グレンたちは揃って恭しく一礼する。
「それにしても、まさかそこまでとは……」
 悠香を見ながらひとりごとのように呟くウォーレンに、悠香は不思議そうに首を傾げる。
「いえ、こちらの話です。さて、そろそろ夕食も出来るでしょう。その前に湯浴みでもしてきてはいかがですか?」
「あー、そうね、そうするわ」
 ウォーレンの提案に頷き、悠香はグレンたちに軽く一礼してから部屋をあとにした。


 それから毎日魔術や剣術の訓練を受け、ようやく優花と会える日が訪れようとしている。
 今日は試験と称して一般教養のテストを受け、こちらの世界の常識が叩き込まれていることを確認した。
 魔術も剣術も申し分ないとそれぞれの師からのお墨付きを受けている。
 そして、ウォーレンを経由して、明日王都に訪れるはずの優花の、護衛という立場を約束されている。
「やっと……優花に会える……」
 そんな安堵と同時に訪れるのは、一抹の不安。
 これから先、自分も優花も魔王の復活の阻止などという、未だに全く実感の湧かないことに従事しなければいけないことになる。
 悠香がまずしなければいけないのは、優花に事情を説明し、彼女をやる気にさせることだ。そうしなければ、彼女は元の世界に戻ることは出来ない。もちろん、悠香自身も。
「ターシャがある程度は説明しておくって言ってたけど……、どうなるかしら……」
 数日前に一度今後のためにとウォーレンに連れられて会いに行った少女のことを思い出す。
 明日、優花はまずターシャに会ってから、彼女と共に悠香に会いに来るという手筈になっている。
 直接自分に会いに来させればいいのに、とは思いつつも、ターシャの立場を考えれば、そう言うのも憚られた。
 それに、自分は優花がこちらにいることを知っているが、優花はそれを知らない。先に自分と会えば、優花は混乱してしまうかもしれない。
 きっと明日から、また長い生活が始まる。そう考えながら、悠香は襲い来る睡魔に抗うことなく、瞼を閉じた。


 翌日。
 いつもより早く目が覚めてしまった悠香は、そわそわと騒ぐ心を落ち着かせながら、魔術を扱う練習をして時間を潰した。
 それから朝食をとり、この日のために用意されていた服に着替える。
 グレンが着用していたものとよく似ているそれは、王国騎士団に与えられている制服に手を加えた、救世主の護衛となる者に与えられることになっている制服。
 救世主騎士団として、王国騎士団や魔術師団から優秀な人材を集めた組織を創設することとなったようで、その中にはグレンやカレン、アイカも加わっている。
 その中に悠香も加えてもらえるように、ウォーレンが手を回してくれていたらしい。
「よくお似合いですね」
 制服に着替えウォーレンの元へと向かった悠香に、彼は柔らかい笑みを向ける。
 少し気恥ずかしさを感じながら「どうも……」と短く礼を言えば、彼はふふ、と声を漏らした。
「では、城に向かいましょうか」
「うん」
 歩き始めたウォーレンに続いて、歩を進める。
 ようやく、優花に会える。その喜びと、この先への不安を抱えながら。
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