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第41話 決着
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吸い込まれそうな程暗くて丸い穴が、じっと自分を見つめている。心まで見透かされそうな気持ちになって、サミーは顔を背けた。けれど、ビンセントはそれを許さなかった。
「オレは気は長いほうだが今は急ぐんだよ。バードたちのこともあるしな。早く話せ」
カチリ。撃鉄を起こす音がする。全身の肌が粟立った。
「あの……」
声を出すと、途端に視線を感じた。トミーの。心臓が早鐘を打つ。話すしかない。そう分かってはいたが、決心がつかずに心は覚束無く揺れた。しかし、ぐっと息を飲んでなんとか意を固める。
「ぼくは、それなりに裕福な家庭に生まれました。でも両親はぼくが赤ん坊の時に死んでしまって、叔父夫婦に育てられたんです」
そこまで話すと、サミーは一度言葉を切る。どう話せば良いのだろう? 思案しても答えは見つからなかった。仕方なく、しっかりと固まらないままの不完全な言葉を、ポロポロとこぼしていく。
「両親は……殺されたんです。追い剥ぎに。……でも、それをすごく恨んでるとか、そういうんじゃなくて……。分かってるんです。悪いのは両親を殺した人たちじゃないって。悪いのは……そういう風にしなくちゃ生きていけない人たちがいるってことなんです。だからぼくは――」
「オレは嘘つきは嫌いだと言わなかったか?」
はっとしてビンセントを見ると、彼は先程ビリーに向けた何倍もの嫌悪を込めてサミーを睨めつけていた。
「だったら、さっきのはなんだ? 親を殺した連中を恨んでるから、そこの孤児のガキのやってたことが許せなかったんじゃねえのか?」
「違います!」
叫ぶと同時に、パンッ、と爆音が響き、サミーは思わず目を瞑った。殺気を帯びた風が頬をかすめる。一寸遅れて、幾本も細い糸のようなものがパラパラと肩へ落ちてきた。ゆっくりと頭が今起こったことを咀嚼していく。そして、はたと気がついた。
銃弾がぼくのすぐそこをかすめ通っていった。
冷たい恐怖が心臓を鷲掴みにした。そっと目を開けると、ビンセントはまだこちらへ銃を向けていた。が、トミーもまた、ビンセントに向かって銃を構えている。
「てめえ、次やったらぶっ殺すぞ」
ビンセントは声を上げて笑った。
「殺すんだったらやる前が良くないか?」
そうして彼は銃を下ろし、トミーへ振り向く。
「別にいいぞ。撃ってみろ。そうすりゃ、この嘘つきのガキが殺される心配もない」
トミーは鼻柱にまで皺を寄せてビンセントを睨みつけている。
「やってやるよ」
すると――ルークがトミーの腕を払い上げた。パンッと銃弾が頭上へ放たれる。
「このガキ……!」
トミーはルークの頭へ肘を打ち下ろした。鈍い音と共に、ルークはその場へ倒れる。
「それ以上そいつに手ぇ出すなよ」
ビンセントは銃をトミーへ向けていた。
「やらねえよ」
トミーは怯える素振りも見せず、ビンセントへ向き直る。
「よし、とりあえず銃を放って寄越せ。どうせお前、撃てやしねえだろ」
「は?」
トミーが喧嘩腰に声を荒らげた。
「何言ってやがる。オレはお前なんか――」
「撃てるなら今撃ってただろ。お前、銃の腕は大したもんだ。本気だったらルークに邪魔されたくらいで撃ち損ねたりしてねぇ」
ビンセントは心を見抜こうとするみたいに、トミーを見つめた。
「ランディとやり合ったガキを見習うんだな。お前より随分と小せぇらしいが、そいつは一人で四人殺したんだろ? 銃の腕の問題じゃない。そのガキには殺る気があった。お前にはない。できるのにやらない。とんだ腰抜けだ。お前だったら、まだあのデレクの方が見込みがある」
「本当にお喋りな野郎――」
トミーが言いかけたその時、再び銃声が響いた。物凄い早撃ちだ。パンッという音と共に、トミーの右手から銃が離れる。トミーは右手を反対の手で庇った。指の隙間から幾筋も糸のように血が垂れ流れた。方頬がひきつり、目元が歪んでいる。
「お喋りは終わりだ」
ビンセントの声は静かだけれど、耳の底に響いてくる。サミーはぐっと拳を握った。
甘かった。トミーが孤児だからといって、ビンセントは同情などしないのだ。
「やめてください」
声が震えた。でも、そう言う他になかった。サミーはこの間まで銃器を持ったことすらなかったのだ。銃を向けたところで、ビンセントの早撃ちに敵うはずがない。それに――そもそも彼には、誰かへ向けて銃を放つ自分など、想像がつかなかった。
「そうだな」
ビンセントはそう言って銃を下ろした。
「最後はお前には譲ってやらなきゃな」
え? 虚を突かれた。一体何を言っているんだ?
ビンセントはゆっくり首を回して、その視線でサミーを捕まえた。
「銃は持ってるな? 出せ」
嫌な予感が背筋を、つー、と這い登る。
「さっさとしろ」
ビンセントの目には、有無を言わさぬ凄味があった。気圧されて、サミーはそろそろと銃を抜く。冷たくて硬い鉄の塊。ビンセントへ目を向けると、彼は満足気に頷き、狡猾そうな笑みを口元に浮かべる。
「よし、もう分かってるな? 親の仇を打つんだ。あのガキを殺せ」
心に過ぎった恐怖とビンセントの言葉が重なった。目頭に熱さがじり寄ってくる。
「そんなこと、できません……!」
鼻にかかった声が上がる。
「ぼくは誰のことも恨んでなんかいないんです。それにトミーは仇なんかじゃない。両親が死んだのは、ぼくが赤ん坊の頃なんだ。トミーなわけが――」
「そういうことじゃねえだろ」
ビンセントの声は落ち着いていて、あまりに落ち着き払っていて、非情だった。
「お前の親を殺した連中と同じことを、このガキはやってた。問題はそこだ。つまりな、こいつがお前の親を殺さなかったのは、たまたま生まれるのが遅かったからだ。もしもっと早く生まれていれば、お前の親を殺してたって不思議はない。こいつは、今、お前の親を殺した奴らみたいな、金持ちを襲って食い物にしてる野郎どもを代表してここにいるんだよ。だから殺して仇を取れ」
「嫌だ!」
サミーはほとんど叫んで言った。
「なら、やっぱりオレがやるか」
また、ビンセントがトミーへ向けて銃を構える。心臓が氷を投げ込まれたように、ギュッと縮んだ。
「やめろ!」
後ろから声がした。はっとして振り返ると、ビリーがビンセントへ銃を向けていた。
「トミーもサミーも殺させたりしない。二人とも友だちなんだ……」
ビリーの声は震えていた。両手で握った銃もガタガタと揺れる。腰元は覚束無く、力が入っていないように見えた。けれど目だけは、真っ直ぐにビンセントを見据えて動かない。
ビンセントは大きな、しかしひどく冷たい笑い声を上げた。
「結局、一番根性があんのはお前だな、チビ」
そうして、口の端が左右へ裂けるような、にたりとした笑みを広げた。
「いいぞ、撃ってみろ。友だちを救え」
その言葉がサミーの内のボタンを押した。彼は銃を構えた。ビンセントへ向けて。
「だめだ。ビリーがやるんだったら、ぼくがやる」
目の前が涙で滲む。震えが止まらず、銃は今にも手から滑り落ちそうだ。けれど、撃たなくては。まだ十歳のビリーに人を殺させてはいけない。たった三つではあるけれど、サミーの方が年上なのだ。ビリーを守るためには、彼がビンセントを撃たなくてはならないのだ。
「ほう、お前もやる気になったか。そうだ、どうせだからみんなで一斉に撃つか? そうすれば、この孤児のガキもオレも死んで、お前にとっちゃ一番だろう?」
「違う!」
声が詰まって、叫び声はひっくり返った。涙が目の縁から溢れる。
「そんなこと、ぼくは望んでない。本当に、全然望んでないんだ」
「サミー」
トミーが押さえていた右手をそっと下ろし、言った。
「どうせハッタリだ。オレのことは気にしねぇでいいから撃て」
ビンセントの顔から笑みが消えた。
「ハッタリだと?」
「そうだろ。お前の方こそ、いつでもオレらを殺せんのに、やらねぇじゃねぇか。お前のやってることは全部ハッタリだ」
「馬鹿なガキだ。言っただろう? てめぇらを殺すことなんか、屁とも思っちゃいねぇ」
「だから、さっさとやれって言ってんだろ」
ビンセントは深く息をついた。
「そうだな」
そして、トミーへ狙いをつけ、
パンッ!
「オレは気は長いほうだが今は急ぐんだよ。バードたちのこともあるしな。早く話せ」
カチリ。撃鉄を起こす音がする。全身の肌が粟立った。
「あの……」
声を出すと、途端に視線を感じた。トミーの。心臓が早鐘を打つ。話すしかない。そう分かってはいたが、決心がつかずに心は覚束無く揺れた。しかし、ぐっと息を飲んでなんとか意を固める。
「ぼくは、それなりに裕福な家庭に生まれました。でも両親はぼくが赤ん坊の時に死んでしまって、叔父夫婦に育てられたんです」
そこまで話すと、サミーは一度言葉を切る。どう話せば良いのだろう? 思案しても答えは見つからなかった。仕方なく、しっかりと固まらないままの不完全な言葉を、ポロポロとこぼしていく。
「両親は……殺されたんです。追い剥ぎに。……でも、それをすごく恨んでるとか、そういうんじゃなくて……。分かってるんです。悪いのは両親を殺した人たちじゃないって。悪いのは……そういう風にしなくちゃ生きていけない人たちがいるってことなんです。だからぼくは――」
「オレは嘘つきは嫌いだと言わなかったか?」
はっとしてビンセントを見ると、彼は先程ビリーに向けた何倍もの嫌悪を込めてサミーを睨めつけていた。
「だったら、さっきのはなんだ? 親を殺した連中を恨んでるから、そこの孤児のガキのやってたことが許せなかったんじゃねえのか?」
「違います!」
叫ぶと同時に、パンッ、と爆音が響き、サミーは思わず目を瞑った。殺気を帯びた風が頬をかすめる。一寸遅れて、幾本も細い糸のようなものがパラパラと肩へ落ちてきた。ゆっくりと頭が今起こったことを咀嚼していく。そして、はたと気がついた。
銃弾がぼくのすぐそこをかすめ通っていった。
冷たい恐怖が心臓を鷲掴みにした。そっと目を開けると、ビンセントはまだこちらへ銃を向けていた。が、トミーもまた、ビンセントに向かって銃を構えている。
「てめえ、次やったらぶっ殺すぞ」
ビンセントは声を上げて笑った。
「殺すんだったらやる前が良くないか?」
そうして彼は銃を下ろし、トミーへ振り向く。
「別にいいぞ。撃ってみろ。そうすりゃ、この嘘つきのガキが殺される心配もない」
トミーは鼻柱にまで皺を寄せてビンセントを睨みつけている。
「やってやるよ」
すると――ルークがトミーの腕を払い上げた。パンッと銃弾が頭上へ放たれる。
「このガキ……!」
トミーはルークの頭へ肘を打ち下ろした。鈍い音と共に、ルークはその場へ倒れる。
「それ以上そいつに手ぇ出すなよ」
ビンセントは銃をトミーへ向けていた。
「やらねえよ」
トミーは怯える素振りも見せず、ビンセントへ向き直る。
「よし、とりあえず銃を放って寄越せ。どうせお前、撃てやしねえだろ」
「は?」
トミーが喧嘩腰に声を荒らげた。
「何言ってやがる。オレはお前なんか――」
「撃てるなら今撃ってただろ。お前、銃の腕は大したもんだ。本気だったらルークに邪魔されたくらいで撃ち損ねたりしてねぇ」
ビンセントは心を見抜こうとするみたいに、トミーを見つめた。
「ランディとやり合ったガキを見習うんだな。お前より随分と小せぇらしいが、そいつは一人で四人殺したんだろ? 銃の腕の問題じゃない。そのガキには殺る気があった。お前にはない。できるのにやらない。とんだ腰抜けだ。お前だったら、まだあのデレクの方が見込みがある」
「本当にお喋りな野郎――」
トミーが言いかけたその時、再び銃声が響いた。物凄い早撃ちだ。パンッという音と共に、トミーの右手から銃が離れる。トミーは右手を反対の手で庇った。指の隙間から幾筋も糸のように血が垂れ流れた。方頬がひきつり、目元が歪んでいる。
「お喋りは終わりだ」
ビンセントの声は静かだけれど、耳の底に響いてくる。サミーはぐっと拳を握った。
甘かった。トミーが孤児だからといって、ビンセントは同情などしないのだ。
「やめてください」
声が震えた。でも、そう言う他になかった。サミーはこの間まで銃器を持ったことすらなかったのだ。銃を向けたところで、ビンセントの早撃ちに敵うはずがない。それに――そもそも彼には、誰かへ向けて銃を放つ自分など、想像がつかなかった。
「そうだな」
ビンセントはそう言って銃を下ろした。
「最後はお前には譲ってやらなきゃな」
え? 虚を突かれた。一体何を言っているんだ?
ビンセントはゆっくり首を回して、その視線でサミーを捕まえた。
「銃は持ってるな? 出せ」
嫌な予感が背筋を、つー、と這い登る。
「さっさとしろ」
ビンセントの目には、有無を言わさぬ凄味があった。気圧されて、サミーはそろそろと銃を抜く。冷たくて硬い鉄の塊。ビンセントへ目を向けると、彼は満足気に頷き、狡猾そうな笑みを口元に浮かべる。
「よし、もう分かってるな? 親の仇を打つんだ。あのガキを殺せ」
心に過ぎった恐怖とビンセントの言葉が重なった。目頭に熱さがじり寄ってくる。
「そんなこと、できません……!」
鼻にかかった声が上がる。
「ぼくは誰のことも恨んでなんかいないんです。それにトミーは仇なんかじゃない。両親が死んだのは、ぼくが赤ん坊の頃なんだ。トミーなわけが――」
「そういうことじゃねえだろ」
ビンセントの声は落ち着いていて、あまりに落ち着き払っていて、非情だった。
「お前の親を殺した連中と同じことを、このガキはやってた。問題はそこだ。つまりな、こいつがお前の親を殺さなかったのは、たまたま生まれるのが遅かったからだ。もしもっと早く生まれていれば、お前の親を殺してたって不思議はない。こいつは、今、お前の親を殺した奴らみたいな、金持ちを襲って食い物にしてる野郎どもを代表してここにいるんだよ。だから殺して仇を取れ」
「嫌だ!」
サミーはほとんど叫んで言った。
「なら、やっぱりオレがやるか」
また、ビンセントがトミーへ向けて銃を構える。心臓が氷を投げ込まれたように、ギュッと縮んだ。
「やめろ!」
後ろから声がした。はっとして振り返ると、ビリーがビンセントへ銃を向けていた。
「トミーもサミーも殺させたりしない。二人とも友だちなんだ……」
ビリーの声は震えていた。両手で握った銃もガタガタと揺れる。腰元は覚束無く、力が入っていないように見えた。けれど目だけは、真っ直ぐにビンセントを見据えて動かない。
ビンセントは大きな、しかしひどく冷たい笑い声を上げた。
「結局、一番根性があんのはお前だな、チビ」
そうして、口の端が左右へ裂けるような、にたりとした笑みを広げた。
「いいぞ、撃ってみろ。友だちを救え」
その言葉がサミーの内のボタンを押した。彼は銃を構えた。ビンセントへ向けて。
「だめだ。ビリーがやるんだったら、ぼくがやる」
目の前が涙で滲む。震えが止まらず、銃は今にも手から滑り落ちそうだ。けれど、撃たなくては。まだ十歳のビリーに人を殺させてはいけない。たった三つではあるけれど、サミーの方が年上なのだ。ビリーを守るためには、彼がビンセントを撃たなくてはならないのだ。
「ほう、お前もやる気になったか。そうだ、どうせだからみんなで一斉に撃つか? そうすれば、この孤児のガキもオレも死んで、お前にとっちゃ一番だろう?」
「違う!」
声が詰まって、叫び声はひっくり返った。涙が目の縁から溢れる。
「そんなこと、ぼくは望んでない。本当に、全然望んでないんだ」
「サミー」
トミーが押さえていた右手をそっと下ろし、言った。
「どうせハッタリだ。オレのことは気にしねぇでいいから撃て」
ビンセントの顔から笑みが消えた。
「ハッタリだと?」
「そうだろ。お前の方こそ、いつでもオレらを殺せんのに、やらねぇじゃねぇか。お前のやってることは全部ハッタリだ」
「馬鹿なガキだ。言っただろう? てめぇらを殺すことなんか、屁とも思っちゃいねぇ」
「だから、さっさとやれって言ってんだろ」
ビンセントは深く息をついた。
「そうだな」
そして、トミーへ狙いをつけ、
パンッ!
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