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第12話 サミーの提案

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 翌日、昼近くまで寝ていたジョンをけたたましい声と打撃が叩き起こした。
「いつまで寝てんだよ? 起きろ! 起きてなんでトミーがいないか説明しろ!」
 声の主はジョンの頭の下から引っ張り出したと思われる枕をしきりに顔面に打ち付けてくる。ジョンは目をつむったまま両手をかざした。
「やめてよ、ディッキー。起きるから」
 ジョンが言ってもディッキーは枕攻撃を止めない。
「ディッキー、それじゃあジョンも説明できないよ」
 すぐそこから聞こえてきたのはサミーの声だ。あまりに落ち着いた態度で、ジョンはちょっとむっとした。もう少し頑張って止めてくれてもいいのに。
 けれど、サミーのひと言でディッキーは手を止め、ジョンはやっと起き上がることができた。

「てことは――」
 ジョンがひと通り話し終えると、ディッキーは確認するように言った。
「料理長が事故で死んじゃったから、トミーはその穴埋めで戻ったんだな?」
「うん、だいたいそんな感じだよ」
 どこまで伝えるべきか迷ったジョンは嘘にならない程度に肝心なところは濁して話した。トミーの言うように彼がこの戦車に嫌気がさして出ていったというのは躊躇われたし、かといって自分たちのやろうとしていることのせいで料理長が亡くなったのだと知ったら、人によってはひどく傷つく。特に、ディッキーはデレクとジョンを除いては唯一料理長と面識があった。それにおどけた仮面の下はとても繊細だ。案の定、ディッキーは肩を落とした。
「なんだよ。オレあの人好きだったのに……」
「うん、ぼくもすごく残念だよ」
 ジョンはディッキーの背をそっと撫でた。
「でも、トミーは帰ってくるんだろ?」
 彼は緑色の美しい目を切なく向けてくる。ジョンは少し怯んでうつむいた。
「分からないんだ……」
 悲しさで湿ったように空気が重くなる。しん、と静けさが耳についた。
「帰ってくるよ」
 力強く言ったのは意外にもサミーだった。彼はジョンに向かって続ける
「ディッキーは、今、読み書きの勉強を頑張ってるんだ。覚えがすごく早くてね。それで、トミーが戻ってきたら教えてやろうって、さっき話してたんだ」
 サミーは「ね?」と言うようにディッキーへ目配せした。ディッキーはこくんと頷く。
「だって、あいつ調味料に書いてある字が読めないからって、ひとつひとつ味見して自分で勝手に作った記号みたいなので印付けてんだもん。そのくせやたらいろんな粉とか液体とか使って料理するし。あれだけで一日終わっちゃうよ」
 ジョンは自分自身を元気づけるように口角を持ち上げて笑顔を作る。そうだ。変にしょげているよりも、いつか帰ってくると信じている方がずっといい。
「じゃあ、トミーが帰って来た時のために、みんなで勉強しとこう」
 三人で目を合わせて頷き合った。

 ジョンはよく知らなかったのだけど、二人の話によるとサミーは少し前から他の少年たちに読み書きを教えようと呼びかけていたらしい。興味のある子は少なくなさそうだったそうだが、うまくいっていないという。ダンのせいだ。もともとサミーのことをよく思っていない彼がさまざまな文句を付けているため、みんな教わるのを躊躇っているようなのだ。気が強く、同年代や年少者への面倒見も良く、そしてデレクにも気に入られているダンの言うことに、あえて逆らおうとは誰も思わないのだ。ディッキーを除いては。

 その日、ディッキーとサミーの二人と連れ立ってジョンが昼食を摂りに厨房へ行くと、既に椅子に座っていたダンが急に立ち上がって入れ違いに出て行ってしまった。前日の一件ですっかり腹を立ててしまったようだ。ディッキーはいつも自分がダンにやっていたことなのに、ひどく傷ついたような顔をした。

 食事を終えると(大量に保管されていたトマト缶の中身を温めただけの、ものすごくまずいものだった)、三人でデレクを探した。ジョンは彼と、昨晩、思い当たったあのことを話し合いたかったのだ。広い戦車を小一時間もあちこち見て回っていると、階下にある大広間でやっとその姿を見つけた。大きな部屋でただ一人佇む背。
「デレク」
 ジョンが呼びかけると、デレクは背をピクンといからせてから、胸元に何かをしまって振り向いた。
「なんだ?」
「ちょっと話があって」
 ジョンはそう言ってからすぐ横へ向けて、
「ごめん、ちょっと外してもらえるかな?」
 ディッキーは不満たっぷりにジョンを睨んだ。
「なんだよ、一緒に探させといて」
 すかさずサミーがたしなめる。
「大事な話なんだよ。向こうで待ってよう」
「ううん。サミーにはいてほしいんだ」
 サミーは目をぱちぱちさせてジョンを見た。ディッキーはさらに非難がましく眉間を歪める。
「なんだよ。結局オレだけのけ者かよ」
「ごめんね、ディッキー」
 ジョンが言った横で、サミーも申し訳なさそうにディッキーに向かって肩をすくめてみせた。

 ディッキーが文句を垂れながらも出て行くと、三人は改めて向かい合う。それぞれの緊張が空気を通して伝わってきた。
「で?」
 デレクが口火を切る。ジョンは深く息を吸い、話し始めた。
「昨日のこと、少し考えてみたんだ。それで、デレクの言ってたこと、なんとなくだけど分かるようになった。サミーのおかげだ」
 デレクが訝しげにサミーを見る。鋭い視線に捕えられたサミーは、不意に苦いものを口に入れてしまったように顔を歪めた。
「サミーにここにいてもらってるのは、彼がみんなの意見を変に偏らずに理解することができるからなんだ。だからサミー、ぼくたちの話を聞いてどう思ったのか意見を聞かせてくれる?」
 サミーはそっと首を縦に振る。ジョンもこくりと頷き、デレクへ視線を移す。その表情に異論のないことを確かめると、再び話し始めた。
「デレクの言うように、犠牲からあえて目を背けなきゃ革命なんて起こせないっていうのは、分かる気がしてきたんだ。ぼくだって犠牲が出ることはすごく嫌で、そのことばかり気にしてたら何一つできなくなっちゃうかもしれない。ぼくは犠牲を真っ向から受け止めて前へ進めるほど強くないから。でも『犠牲』は大人とかぼくたち以外の子どもだけじゃないんだよ。だって――戦車での戦いをするには戦車砲を掃除しなくちゃいけないんだから。ぼくたちのやってる戦いのために、戦車砲に入らなきゃいけない子がいるんだよ。ぼくたちに対抗する相手戦車だってそうだ。掃除兵を奪ったって、新しい子どもが売られてくる。ぼくたちのやってることのせいで、掃除兵として働かなくちゃいけなくなる子がいるんだよ。それじゃあ、全然意味ないよ」
 聞いている間、デレクは眉一つ動かさず、じっとジョンを観察するように見つめていた。一方、サミーはぽつんとした目をてらてらと光らせて、時折こくこくと頷きながら耳を傾けている。ジョンが言葉を切ると、デレクは氷のようだった表情を僅かに崩して話し始めた。
「お前の言ってることは正しいよ。でもな、何の力もない子どもたちが話し合いだけで解決しようなんて、どう考えたって無理なんだよ。戦って戦力を蓄えて、大人の戦車を配下につけられるくらいにするんだ。そうやって少しずつ大人たちを従えていくしかない。そこまでになって、やっと武力に頼らなくても話を聞いてもらえるようになるんだよ」
 ジョンの胸に、小さな驚きが投げ込まれた。デレクはやみくもに戦っているわけではなかったのだ。ジョンがようやく気がついた事実も既に考慮に入れて、もっと先を見て方法を練っていたのだ。でも――。
「そこまでになるのにどれくらい時間がかかると思う? 何年かかると思う? その間に、きっと数えきれない子どもたちが掃除兵として売られてくる。ぼくたちの代わりにね。君の言ってたことは逆なんだよ。ぼくたちは救ったのと同じだけの子どもを犠牲にしてるんだ。いつ終わるとも分からない戦いを続けるのがいい方法だとは、ぼくには思えないよ――」
 ジョンは、自分と同じ思いをデレクの内に見出したくて、まっすぐな目で彼を捕えながら話し続ける。じっとジョンを見つめ返していたデレクの表情は次第に陰り、そのうちにそっと目を逸らされた。そして――。
「じゃあ、お前は代わりにどうするつもりなんだ?」
 遮られて、ジョンははっとなった。デレクは言葉とほぼ同時に顔を上げる。目には非難とも悔しさともとれるものが光っている。
「言ってることは分かるし、その通りだ。でも他に方法がない。今の、掃除兵が戦争の犠牲になり続ける今の状況を変えるには、これしかないんだ。時間かけて少しずつ変えていくしかない。それでものんびりやってられないのは分かってる。だから戦い方を知らない奴にはそれを教えてる。少しでも戦力を上げて早く革命に近づけるために、オレはそうしてんだ。でも、お前は何してる? 何もしてねえだろ。文句付けるだけで代替案も出しやしない。それは卑怯じゃねえのか?」
 胸にぐさりと刺さった。デレクの言う通りだ。
 ジョンは自分がようやく気付いた「正論」を、ただデレクにぶつけただけだ。その「正論」を実行するのがどれだけ難しいのか、考えてもいなかった。自分の浅はかさを知って、彼はうなだれるしかなかった。
「代替案は、ある……」
 ジョンとデレクは揃って突然の声に顔を向けた。先ほどまで黙って聞いていたサミーは、ためらいがちに弱々しく、でもしっかりとした意見を語り始めた。
「まず、ジョンの言うように今やってることが『全然意味ない』ってことはないと思う。だって、掃除兵がいなくなったら戦闘はほとんどできなくなるんだから。すぐに買うっていっても、掃除兵は好きな時に好きなだけ買えるようなものじゃないからね。しばらくはその戦車は戦えない。それはデレクが交渉の時に上手くやってくれてるからだよ。そうそう手放すものじゃないからね、掃除兵は」
 サミーはデレクへ向けてにこっと笑った。デレクも少し口の端を持ち上げて応じる。
「――でも、ジョンの言う通り、掃除兵を解放するにはそれだけじゃ足りないっていうのも頷ける。それを解決する一番の方法は、元を絶つことだと思う」
「元を絶つって?」
 ジョンが言うと、横からデレクが口を挟む。
「掃除兵の売買の仕組みを壊すってことか?」
 サミーはこくんと首を縦に振る。
「人買いが村を回って子どもを買わなくなれば、掃除兵になる子はいなくなるよね。そうすれば戦いができなくなるから戦車での戦争も終わる」
 デレクは深く息をついた。
「確かにそれができれば一番だけど、無理だな。交渉中にいろいろ聞き出して調べたけど、人身売買は一つの大きな組織が取りまとめてるわけじゃないんだ。決まってるのは時期だけで、あとは砂漠のいろんなところにいる人買いが適当に子どもを集めて売ってるだけらしい。それに『人買い』って職業があるわけじゃないからな。誰でも子どもを集められさえすれば、高い値段で売りさばけるんだ。だから、片っ端から捕まえてくこともできない。きりがないんだよ」
 サミーはその話を聞いても、特に動揺したそぶりも見せずに頷いた。
「それなら、大人の戦車と戦うしかないね。でも、どの戦車でもいいわけじゃない。戦車同士にも上下関係はあるはずだよ。当然、より強い力を持った戦車が強い立場だ。だから、最も強くて恐れられてる戦車に勝てば、みんなぼくたちの言うことを聞くようになるかもしれない。少なくとも今より発言力は大きくなるよ」
「なるほど……」
 デレクはそうこぼして、少し考え込むように眉間にしわを寄せいていた。しばらくして、表情を緩めると、
「それじゃあ、ビンセントの戦車と戦うのが一番だな」
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