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24 心の尻尾

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 ベッドの端に座って、じっと考える。視界には、どデカいバンプのポスターが映ってた。前髪に隠れた藤原基央の目は斗歩の伏せた視線を思わせて、心ン底がさざ波だってくる。瞼下ろし、肩で息ついた。
 飯食った後、斗歩の洗濯終わるの待たずに帰ってきてた。あいつの言葉をあいつのいない所で、じっくり考えたかった。
『デカくなり過ぎちまった』
 頭ん中で、もう一度あの言葉を再生する。確かに、斗歩は小さくはねぇ。身長百七十三センチのオレよりも、数センチ目線が高ぇくらいだ。それに、手がデカくてごついのはもとより、肩幅の広さや腰周りの太さが違う。骨格からしてデカい。骨も太い。顔に似合わず、まぁまぁのガタイしてやがる。まぁ、そうは言っても、身長の差なんてほんのちょっとだけでそう変わらねぇし、腕の筋肉の付き方とかは絶対オレのが勝ってる。体の厚みはオレのがある。あいつは骨格はガッシリしてて、それなりに筋肉もあるが、オレと比較すると薄い。面倒くさがって、ろくなもん食ってねぇからだ。ざまぁ。総合的に見りゃ、オレのが――。
 そこまで考えて、ハッとなった。違ぇ。そうじゃねぇ。なに、体格の良さで対抗しようとしてんだ。あいつの言葉の意味を考えんじゃねぇのか。
 もう一度、斗歩の言葉を脳内に呼び起こす。
『デカくなり過ぎちまった』
 そりゃあ、比較的デカい方ではある。けど、極端な訳じゃねぇ。田井のが身長はあるくらいだし、ちょっと背ぇ高ぇにしても、大人の男と思えば平均の枠を大きく超えちゃいねぇ。てことは……。絡まった疑問の糸が解けかかってきて、オレは頭フル回転させた。
 斗歩は自分が大人の体格になるってことそのものが、嫌なんじゃねぇか?
 核心に触れた気がした。そうだ。斗歩は『小さい頃のままだったら良かった』とも言ってやがった。背の高さの話じゃねぇ。あいつは、大人の体になること自体が嫌なんだ。
 尻尾を掴んだような感覚ンなった。斗歩の心の尻尾を。

「高橋くん! おはよう!」
 学校までの道のりダラダラ歩いてっと、ヒョロリと背の高い野郎が振り返ってきた。田井だ。
「馴れ馴れしく話しかけてんじゃねぇ」
「友だちなんだから、馴れ馴れしくてもいいだろ?」
「誰が友だちだ」
 立ち止まった田井ン所まで歩きながら悪態つくと、背後から声が飛んできた。
「傍からは、仲良し同士のじゃれ合いに見えるぞ」
 声も調子も低いイケボだった。後ろを見ると、口元へ薄い笑みのっけた斗歩と目が合った。瞬間、その目は三日月形に細まった。
「おはよ」
「……はょ」
 胸がギュッと締まって、つい目ぇそらしちまった。
「おはよう、澤上くん!」
 田井のバカみてぇに張りのある声が耳に響く。
「声デケェんだよ、てめぇは。至近距離に人がいること忘れんじゃねぇ。耳いてぇっての」
「あ、ごめん」
 田井が、本当にすまなそうに目尻下げる。それ見て、自分の声が必要以上に尖ってたことに気づいた。気持ちが強ばって、後ろへ振り向けなくなる。結果、オレは学校に着くまで、ただただ、二人の話を聞く羽目ンなった。
「そういや、ずっと聞きそびれてたけど、こないだ、北島さんと二人んなって、大丈夫だったか?」
「ああ。いろいろ話せて良かったよ」
「そっか。何話したんだ?」
 斗歩の質問の気軽さに比して、続いた田井の口調は随分歯切れが悪かった。
「あ、ああ。その、やっぱり北島さんの好きな漫画の話が多かったな。あとは、その、北島さんが、今、一番、ハマってるボーイズラブのカップリングがどうとか……」
 情けなくぼやけた語尾を聞くと、オレには察しがついた。あの女、オレと斗歩のこと、話しやがったな。
 オレと違って何も気づかねぇ様子の斗歩は、呑気に返す。
「じゃあ、結構上手くいったんだな。良かった」
 そこで、斗歩が息をつく気配がした。
「北島さんも、ちゃんと自分の趣味があんだよな」
 え? と田井が疑問を漏らす。斗歩の声に、ほんの少し力がこもった。
「お前も何かあんのか? そういう趣味みたいなモン」
「急に言われてもな……」
 田井は少し黙ったが、すぐ、閃いたとばかりに声を弾ませた。
「そうだ! 一人でジェンガを積み上げていくのが好きだよ! 無心でできるから!」
 一人でジェンガを積み上げていく? 斜め上の趣味過ぎて聞いてるだけのオレが目ぇ見張ってた。
 けど、そっと後ろを窺ってみても、斗歩の表情に驚いた様子はなかった。顎に手ぇ当てて、そういうんじゃないんだよな、っつった。
「君的にアウトの答えがあったの!?」
 心外だと言いたげに田井が声張った。
「いや、なんつーか、その人自身の人となりと関わってるっつうか、人間性表れてるっつうか、そういう趣味をさ、みんな持ってるモンなのかなって思ったんだ」
「なるほど」
 田井の声が少し深まった。
「確かに、北島さんの漫画好きもBL好きも、人柄に関わっていそうだね」
「ああ、オレも、なんかそういうのないかなって思ってさ」
 静かに言った斗歩に対し、田井は声を明るくした。
「あるよ! 君が君なりに好きだって思えるものだろ。ぼくもそういう趣味を考えてみるよ。それで、」
 田井は一度息をつき、続く言葉に力を込めた。
「見つけたら、一緒に楽しもう。友だちだもんな」
「ああ」
 応えた斗歩の声には笑みが滲んでた。

 学校着くと、オレはソッコーで自分の席へ行って机に突っ伏した。眠い訳でも疲れてる訳でもなかったが、誰かに話しかけられんのが嫌だった。中学ン頃は不機嫌そうな面してりゃ、みんな気ぃ使って寄り付かなかったが、なぜか今は超絶不機嫌モードでいても平気で絡んでくる奴が多い。斗歩然り、田井然り、ジャージ女然り。少しは空気読みやがれ。
 自分の両腕へ沈めた頭に、いろんなことを巡らせた。「おばあちゃん」のこと、セーターのこと、さっき聞いた趣味の話、それから――昔見た、親父に蹴り付けられたり踏みつけられたりしてる斗歩の姿。
 心の表面がザワザワ粟立った。けど、思い浮かべんのは止めなかった。全部が繋がってる気がした。全部を繋ぐ糸を見つけなきゃ、昨日掴んだあの尻尾は、斗歩の心の尻尾は、手からすり抜けてっちまいそうな気がした。だから、脳みそ絞るくらい必死に頭回した。でも、学校にいる間中そうしてても、何も見つけられなかった。
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