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22 「オレなんか」は認めない
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「お前、無理やりキスすんのはやめた方がいいぞ」
ゴンドラが地上に近づいてきた頃、斗歩が言った。
「好き合ってようが、無理やりしたら暴力だ。オレだから、まぁ大丈夫だけど、女の子とかだったら、もっと怖ぇ思いさせちまうぞ」
「てめぇ、なんでオレが他の女にキスする前提で話してんだ? 死にてぇのか?」
この期に及んで、なんでこんな舐めたこと言ってくんだ? こいつは。
斗歩は深く息ついた。
「これから先、そういうこともあるかもしれないだろ」
「マジで殺すぞ。二分前に好意確認し合ったばっかで、他の奴と付き合う仮定の話すんじゃねぇ」
お前が大丈夫なら、なんの心配も要らねぇんだよ。そういう思いを口の中で転がして、そっと斗歩の手に手ぇ重ねた。自分よりも大きくて、ゴツゴツ骨太そうな感触の手の甲には、盛り上がった筋が地図みてぇに走ってる。それを指でなぞりながら、低めた声で言う。
「嫌だったら、言え。さっきみてぇに蹴り飛ばすんでもいい。そしたら、やめる」
分かったって返事がすぐに返ってきて、ほっとした。
ゴンドラから出ると、先に降りてたジャージ女と田井が手ぇ振ってきた。ジャージ女の方は、いやににやついてやがった。
「おかえりぃ。どうだった? 何かあった?」
「いや、別に」
オレが怒鳴るより早く、斗歩が低い落ち着いた調子で応えた。見れば、本当に何も、なんっにもなかったみてぇなシレッとした顔してた。田井に向かって「平気だったか?」って話しかける様子からは、ついさっきまでの動揺も、困惑も、頼りなさげな感じも、可愛げも、毛ほども感じられなかった。
また、アレがなかったことみてぇにされたら堪んねぇって気持ちが突き上げてきた。
「おい、田井」
メガネ越しの目がきょとんとする。珍しくオレに苗字で呼ばれて、驚いたんだろう。
「何? 高橋くん」
「てめぇとジャージ女、二人でどっかで飯食ってけ。オレらは帰る」
ポカンとした田井の顔へ、数秒遅れで赤みが差してきた。
「いやいやいや、どうして、そんな……! 二人でなんて、北島さんが嫌なんじゃ――」
「いいじゃん!」
ジャージ女はうろたえる田井の言葉をスパンとぶった切った。目は爛々と輝いてた。予想通りの反応だった。
「あたしと田井が二人でってことは、高橋も澤上と――」
「うるせぇんだよ。さっさと行って飯食って帰れ」
「いや、でもやっぱり……」
田井が茹でダコみてぇンなった顔で抗議してきたが、ンなのは全力スルーだ。
「おら、行くぞ」
ぼーっとオレらのやり取り見てた斗歩の頭小突いた。次の時には歩き出してたオレの背中へ「あ、分かった」って軽い返事が来た。
「先行くよ。なんか、悪いな」
田井に言ったんだろう声が聞こえてきた。その後、すぐついてきた気配に安心し、オレは足速めた。
ベランダに出て、夜の空気吸い込む。清涼感が気持ちよく体に流れ込んできた。まだ夏の手前。昼間は暑いが、日が沈めば気温はだいぶ下がる。
見上げると、ポツポツ星が光ってた。しばらく眺めてるうちに目に映る光の粒はどんどん増えて、気づけば紺色の空には散らしたみてぇに星くずが広がってた。『ズーイーの森らんど』のうるせぇイルミネーションより、こっちのが落ち着いた。
「星、よく見えんだろ」
声がして振り返れば、網戸越しに斗歩と目が合った。ちょっと自慢げな面してて、手には黒い飲み物入ったグラスを二つ持ってた。
オレは網戸開けっと手ぇ伸ばし、ひったくるみてぇにしてグラスを受け取った。斗歩が、少しまぶた開く。
「外で飲むのか?」
「おお。てめぇもこっち来い」
オレの言う通り、斗歩はベランダに出てきた。二人並んで夜空を仰ぐ。
「あれだな。缶チューハイとかのCMみたいだな」
「缶でも酒でもねぇけどな」
オレはグラス傾けた。ごくごく飲むと、喉の奥で甘い炭酸が弾ける。斗歩を横目で見た。
「あめぇんだよ。もっと辛い炭酸ねぇのかよ?」
「ない」
斗歩は空見上げながら応じた。ンで、意味ありげに声深めた。
「なぁ、高橋」
「あ?」
今度は顔も斗歩の方向けた。目だけ動かした時は分からなかったが、星仰ぐ横顔には曖昧な切なさがあった。頬には笑みの気配が見えるような気がしたが、目元はなんだか不安そうだった。どういう表情だよ、それ。頭で文句つけて、斗歩の言葉待った。
「お前、本当にオレなんかでいいのか?」
「あ? なんだ、そりゃ」
「いや、お前は昔のこと知ってるから、何つーのかな、ただの同情を恋愛感情に履き違えてねぇかなって」
斗歩が言葉を発する毎に、腹ン中でムカムカしたモンが膨れ上がってった。オレはぐっとグラス持つ手に力込め、斗歩が全部言い切ったの見計らって「おい」って声かけた。
「ん?」
こっち振り向いた斗歩。その呑気な顔面へバシャッとグラスの中身ぶちまけてやった。
「何すんだよ…!」
斗歩はコーラ塗れんなった面、押さえた。その手を掴んで顔から引き剥がし、オレの方向かせる。
「てめぇ、超絶舐めてんな。オレがそんなクソみてぇな勘違い、するわけねぇだろ」
顔寄せると、酸味の抜けた甘いばっかのコーラの匂いがした。
斗歩が眉根寄せた。
「やめろっつっただろ」
またキスされんのかと思ったらしく、斗歩はオレを押し返した。それから「顔洗ってくる」つって引き戸開けっと、部屋ン中戻ってった。
オレなんか、か。
星空見上げて、オレは斗歩の言葉をなぞった。
納得いかねぇ。
グラスの底に残った氷を口に含み、ガリゴリ噛み砕きながら考える。ガキの頃から、あんだけ足速くて、それなりに高ぇ偏差値の高校、一位の得点で合格できるくらい勉強もできて、面も良くて、性格だって客観的に見ても良い方だろう。ついでに、やたらイケボだ。それでいて、「オレなんか」なんつってるのは、我慢ならねぇ。
けど、あいつがガキの頃に受けてた仕打ちは、かけられてた暴力的な言葉は、あいつからごっそり自信を奪っちまってても不思議じゃねぇ。
そこまで考えると、昔見たいくつもの光景が、いっぺんによみがえってきた。まだ骨ばっか際立つ細い腕した斗歩が床に這いつくばって、鼻や口から血やゲロ垂れ流してる姿。その斗歩の頭蹴りつけて、肩幅の広いがっしりした男が言う。
足も遅い、頭も悪い、そんなゴミみてぇなガキに、なんでオレが食わせてやんなきゃなんねぇんだよ!
他の言葉が脳内再生される前に、オレは頭振って記憶を払いのけた。グラス持つ手が、少し震えた。「クソ」って呟いて、残りの氷をガリガリゴリゴリやる。
大丈夫だ。頭で言葉にした。斗歩には今、オレがついてるし、それに田井もいる。オレらはあいつのこと、あいつが思ってる百倍はすげぇって分かってる。周りが分かっててやれば、あいつだって、そのうち気がつく。だから、大丈夫だ。
ゴンドラが地上に近づいてきた頃、斗歩が言った。
「好き合ってようが、無理やりしたら暴力だ。オレだから、まぁ大丈夫だけど、女の子とかだったら、もっと怖ぇ思いさせちまうぞ」
「てめぇ、なんでオレが他の女にキスする前提で話してんだ? 死にてぇのか?」
この期に及んで、なんでこんな舐めたこと言ってくんだ? こいつは。
斗歩は深く息ついた。
「これから先、そういうこともあるかもしれないだろ」
「マジで殺すぞ。二分前に好意確認し合ったばっかで、他の奴と付き合う仮定の話すんじゃねぇ」
お前が大丈夫なら、なんの心配も要らねぇんだよ。そういう思いを口の中で転がして、そっと斗歩の手に手ぇ重ねた。自分よりも大きくて、ゴツゴツ骨太そうな感触の手の甲には、盛り上がった筋が地図みてぇに走ってる。それを指でなぞりながら、低めた声で言う。
「嫌だったら、言え。さっきみてぇに蹴り飛ばすんでもいい。そしたら、やめる」
分かったって返事がすぐに返ってきて、ほっとした。
ゴンドラから出ると、先に降りてたジャージ女と田井が手ぇ振ってきた。ジャージ女の方は、いやににやついてやがった。
「おかえりぃ。どうだった? 何かあった?」
「いや、別に」
オレが怒鳴るより早く、斗歩が低い落ち着いた調子で応えた。見れば、本当に何も、なんっにもなかったみてぇなシレッとした顔してた。田井に向かって「平気だったか?」って話しかける様子からは、ついさっきまでの動揺も、困惑も、頼りなさげな感じも、可愛げも、毛ほども感じられなかった。
また、アレがなかったことみてぇにされたら堪んねぇって気持ちが突き上げてきた。
「おい、田井」
メガネ越しの目がきょとんとする。珍しくオレに苗字で呼ばれて、驚いたんだろう。
「何? 高橋くん」
「てめぇとジャージ女、二人でどっかで飯食ってけ。オレらは帰る」
ポカンとした田井の顔へ、数秒遅れで赤みが差してきた。
「いやいやいや、どうして、そんな……! 二人でなんて、北島さんが嫌なんじゃ――」
「いいじゃん!」
ジャージ女はうろたえる田井の言葉をスパンとぶった切った。目は爛々と輝いてた。予想通りの反応だった。
「あたしと田井が二人でってことは、高橋も澤上と――」
「うるせぇんだよ。さっさと行って飯食って帰れ」
「いや、でもやっぱり……」
田井が茹でダコみてぇンなった顔で抗議してきたが、ンなのは全力スルーだ。
「おら、行くぞ」
ぼーっとオレらのやり取り見てた斗歩の頭小突いた。次の時には歩き出してたオレの背中へ「あ、分かった」って軽い返事が来た。
「先行くよ。なんか、悪いな」
田井に言ったんだろう声が聞こえてきた。その後、すぐついてきた気配に安心し、オレは足速めた。
ベランダに出て、夜の空気吸い込む。清涼感が気持ちよく体に流れ込んできた。まだ夏の手前。昼間は暑いが、日が沈めば気温はだいぶ下がる。
見上げると、ポツポツ星が光ってた。しばらく眺めてるうちに目に映る光の粒はどんどん増えて、気づけば紺色の空には散らしたみてぇに星くずが広がってた。『ズーイーの森らんど』のうるせぇイルミネーションより、こっちのが落ち着いた。
「星、よく見えんだろ」
声がして振り返れば、網戸越しに斗歩と目が合った。ちょっと自慢げな面してて、手には黒い飲み物入ったグラスを二つ持ってた。
オレは網戸開けっと手ぇ伸ばし、ひったくるみてぇにしてグラスを受け取った。斗歩が、少しまぶた開く。
「外で飲むのか?」
「おお。てめぇもこっち来い」
オレの言う通り、斗歩はベランダに出てきた。二人並んで夜空を仰ぐ。
「あれだな。缶チューハイとかのCMみたいだな」
「缶でも酒でもねぇけどな」
オレはグラス傾けた。ごくごく飲むと、喉の奥で甘い炭酸が弾ける。斗歩を横目で見た。
「あめぇんだよ。もっと辛い炭酸ねぇのかよ?」
「ない」
斗歩は空見上げながら応じた。ンで、意味ありげに声深めた。
「なぁ、高橋」
「あ?」
今度は顔も斗歩の方向けた。目だけ動かした時は分からなかったが、星仰ぐ横顔には曖昧な切なさがあった。頬には笑みの気配が見えるような気がしたが、目元はなんだか不安そうだった。どういう表情だよ、それ。頭で文句つけて、斗歩の言葉待った。
「お前、本当にオレなんかでいいのか?」
「あ? なんだ、そりゃ」
「いや、お前は昔のこと知ってるから、何つーのかな、ただの同情を恋愛感情に履き違えてねぇかなって」
斗歩が言葉を発する毎に、腹ン中でムカムカしたモンが膨れ上がってった。オレはぐっとグラス持つ手に力込め、斗歩が全部言い切ったの見計らって「おい」って声かけた。
「ん?」
こっち振り向いた斗歩。その呑気な顔面へバシャッとグラスの中身ぶちまけてやった。
「何すんだよ…!」
斗歩はコーラ塗れんなった面、押さえた。その手を掴んで顔から引き剥がし、オレの方向かせる。
「てめぇ、超絶舐めてんな。オレがそんなクソみてぇな勘違い、するわけねぇだろ」
顔寄せると、酸味の抜けた甘いばっかのコーラの匂いがした。
斗歩が眉根寄せた。
「やめろっつっただろ」
またキスされんのかと思ったらしく、斗歩はオレを押し返した。それから「顔洗ってくる」つって引き戸開けっと、部屋ン中戻ってった。
オレなんか、か。
星空見上げて、オレは斗歩の言葉をなぞった。
納得いかねぇ。
グラスの底に残った氷を口に含み、ガリゴリ噛み砕きながら考える。ガキの頃から、あんだけ足速くて、それなりに高ぇ偏差値の高校、一位の得点で合格できるくらい勉強もできて、面も良くて、性格だって客観的に見ても良い方だろう。ついでに、やたらイケボだ。それでいて、「オレなんか」なんつってるのは、我慢ならねぇ。
けど、あいつがガキの頃に受けてた仕打ちは、かけられてた暴力的な言葉は、あいつからごっそり自信を奪っちまってても不思議じゃねぇ。
そこまで考えると、昔見たいくつもの光景が、いっぺんによみがえってきた。まだ骨ばっか際立つ細い腕した斗歩が床に這いつくばって、鼻や口から血やゲロ垂れ流してる姿。その斗歩の頭蹴りつけて、肩幅の広いがっしりした男が言う。
足も遅い、頭も悪い、そんなゴミみてぇなガキに、なんでオレが食わせてやんなきゃなんねぇんだよ!
他の言葉が脳内再生される前に、オレは頭振って記憶を払いのけた。グラス持つ手が、少し震えた。「クソ」って呟いて、残りの氷をガリガリゴリゴリやる。
大丈夫だ。頭で言葉にした。斗歩には今、オレがついてるし、それに田井もいる。オレらはあいつのこと、あいつが思ってる百倍はすげぇって分かってる。周りが分かっててやれば、あいつだって、そのうち気がつく。だから、大丈夫だ。
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