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16 「ちゃんと寝ろよ」

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 翌朝、教室入るなりデカい声が飛んできた。
「おはよう、高橋くん!」
「あ?」
 尻上がりの調子で返すと、メガネ野郎は満足そうに笑った。 
「昨日、澤上くんからラインで聞いたんだが、うまいうどん屋があるんだってな。今度、僕と谷村たにむらくんも一緒に――」
「連れてくわけねぇだろ、き――」
 口にしかけた時、斗歩の言葉がよみがえってきた。
『深い意味はなくても、キモイだのなんだの、言わないでやってほしいんだ』
 最後の二文字を、ぐっと飲み込む。
「オレ抜きで勝手に行きゃいいだろ。てめぇらと仲良しごっこなんざ、したかねぇんだよ」
「いや、むしろ君と親睦を深めるために行きたいんだ」
「なんでオレが、てめぇと親睦深めなきゃなんねぇんだよ?」
「『てめぇ』じゃないよ。言うなら『てめぇら』だな。谷村くんも一緒だから」
「どこのどいつだよ? 谷村って」
 メガネが目ぇ見開いた。
「谷村くんだよ。いつもオレや澤上くんと一緒にいる。覚えてないの?」
 ああ、あのチビデブか。オレがそう思うと、メガネは眉をひそめて「君、周り見てなさ過ぎだろう」つった。
「オレもそう思う」
 急に飛んできたイケボが、メガネの言い分に加勢した。ぐっと胸が重くなる。
「あ、澤上くん。おはよう」
「おはよ」
「今日は、いつもより遅いんだな」
「ああ、昨日、寝れなくてな。寝坊しちまった」
「大丈夫?」
「平気だよ」
 応えてすぐ、席へ向かってった斗歩の背中に、オレは少し声張った。
「おい、澤上! てめぇ言い逃げしてんじゃねぇよ。何が『オレもそう思う』だ、舐めてんのか?」
 斗歩が振り返った。疲れ切ったような顔で、目の下には隈があった。
「舐めてない。思ったこと言っただけだ」
 斗歩は深く息ついて、またゆっくり背ぇ向けた。
 
 授業と五分休憩が交互に繰り返される間、ずっとオレは何人かの肩越しに見える斗歩の姿を見つめてた。いつもピンと伸びた背筋は丸く、休み時間の度に机に突っ伏しちまう。
 さすがにやべぇと思い、昼休みに斗歩の席へ行けば、またメガネと鉢合わせた。
 メガネはオレを見て「あ」と零した。
「やっぱり、心配だよね」
 そう言って、もはや化石みてぇに机に頭ついてる斗歩に向かって、声和らげた。
「澤上くん、保健室に行こう。それか、先生に言って早退するか……」
 少し間を置いて、突っ伏した頭が重たげに動いた。
「ああ、そうする。けど、なんか……動くと、吐きそうで……」
「吐きそうなのか!」
 メガネがデケェ声で同じこと繰り返した。いや、吐きそうなのか! じゃねぇよ。
「おぶって連れてってやるよ」
 オレは言いながら、斗歩に背中向けた。
「おら、自分でこれんだろ。そのくらいしろ」
 悪い、という掠れ声の後、背に重さが来た。
「いや、僕がおぶった方がいいんじゃないか? 高橋くんは澤上くんより体が小さいし――」
「てめぇ、殺されてぇのか?」
 オレが声凄めっと、耳元で斗歩が言う。
「いいよ、田井。高橋、力あるもんな」
 ぬるい息がかかったせいか、耳がカッと熱くなった。
「病人は黙って死んどけ」
 斗歩は、死なないって安定の応えを、けど、囁くくれぇの声でよこした。
 オレが斗歩おぶって、横にメガネがピッタリくっついて、教室ドアから廊下へ出た。
「待って」
 後ろから声がして、振り返ればデブが駆け寄ってきてた。
「僕も行くよ」
「ああ、みんなで行こう」
 メガネが笑って言い、オレたちは三人で斗歩を保健室へ運んだ。

 ベッドへ斗歩を下ろして、横にさせる。
「まだ吐きそうか?」
 訊いた時、自分の声に思いがけないいたわりが滲んでてビビった。ちょっと、顔が熱くなった。
「横んなったら、ちょっと楽んなった。ありがとな」
 力ない斗歩の声の後、メガネがやけに張りのある調子でまくし立てた。
「無理はしないようにね! そこは気を使うところじゃないから! 具合が悪かったら、遠慮なく言って! 休み時間は必ず来るか――」
「田井ぃ、うるさいよぉ」
 メガネがうぜぇくらい高いテンションで喋りまくるのを遮った声は、ドアの方からした。見れば、ジャージ女が腕組んで立ってやがった。
「廊下まで響いてきた。保健室では静かにしなきゃダメじゃん。人目忍んで愛し合う神聖な場所だよぉ」
「北島さん……」
 上擦ったメガネの声が、輪郭ぼやけるくらいゴニョゴニョした。
「一体、何の話だ……?」
 初めて、このクソメガネの言葉に同意した。マジで、何の話してやがんだ、この女。
 メガネが肩で息をつき、目ぇ閉じる。
「まぁ、確かに、保健室では静かしなきゃね。僕、昔から少し声が大きくて、その……他人ひとに迷惑をかけることは、多かった。ごめん……」
「分かればいいって! 田井は素直でいいよねぇ。どっかの誰かと違って」 
 ジャージ女が目だけ動かして、こっち見た。
「あ? オレに文句でもあんのか?」
「文句じゃないよ。素直じゃない奴ってかわいいと思うし、そういう奴が心開いてく展開、めっちゃエモいから」
「僕には、北島さんの言ってることは、全然分からないんだけど――」
 メガネは困惑しきった様子で言った。
「とにかく、北島さんは高橋くんと仲がいいんだね」
 珍しく肩落としたメガネを不思議に思った矢先、またジャージ女がべらべら喋りだした。
「そりゃ仲良くするって! 現実世界の推しカプ攻め様だからね!」
「ごめん……言ってる単語、ほとんど意味が分からなかった」
 メガネが、もっかい困惑を口にした時、斗歩の声がした。
「お前ら、オレのこと……忘れてないか?」
 まだ掠れちゃいたが、珍しく不満がギュッと詰まった低い調子の声は、どこかオレを安心させた。元気そうじゃねぇか。
「あ! ごめん、澤上くん! 騒がしいといけないからもう行くけど、ゆっくり休んで!」
「田井って、言ってる傍から騒がしいよねぇ」
 ジャージ女の言葉に、斗歩がボソリとツッコミ入れる。
「北島さんのが、うるさいけど……」
「え? そう? あたし、田井と比べたら全然声小さくない?」
 声のことじゃなくて、と斗歩は言い、少し間ぁ置いて続けた。オレ、眠いから、一人にしてくれないか?
「ああ、分かったよ。とにかく、安静にね。また後で来るから」
 メガネが応じた後、存在感激薄のデブが「お大事に」って、ジャージ女が「ゆっくり休んでねぇ」って言い、揃って保健室のドアへ向かった。しんがりのオレは、みんなが出ていくのをよそに斗歩へ目ぇ向けた。
「ちゃんと寝ろよ」
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