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11 分かんねぇ
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あんた、最近、澤上とよく一緒にいんじゃん。めっちゃ進展してない? ねぇ、学校終わったらいっつも澤上ん家に行ってるって、本当? 目撃者何人もいるんだけど。何? 澤上一人暮らしだからイチャイチャし放題とか? チューより先、行ったの? もしかして、ヤッた? ヤッたの? ねぇ、ヤッちゃった?
「死ね!!」
オレが目ぇひん剥いて一喝すると、ジャージ女はビクッと体強ばらせた。
うどん屋行った数日後の金曜日。教室入って席に座った途端、ジャージ女がやって来て地獄の質問攻めが始まった。オレが「うるせぇ」とか「黙れ」とか言っても、この女は全く構わずまくし立ててきて、いよいよ我慢できなくなって出てきたのが、凄めた声での「死ね」だった。心からの「死ね」だ。
ジャージ女はでっかく見開いた目をすぐゆるめ、ヘラヘラ笑って返してくる。
「ちょっとぉ、女子に向かって『死ね』ってなくない? せめて『うるせぇ』とか『黙れ』とかでしょ? あんま死ね死ね言ってると、澤上に嫌われちゃうよぉ」
「最初は『うるせぇ』とか『黙れ』とか言ってただろ。てめぇが聞いてねぇだけだ」
そう返して、顔背けた。
「だいたい、てめぇにゃ関係ねぇんだよ」
それに、斗歩は「死ね」なんて、ただの暴言、気にしねぇ。心ん中で言ってやった。オレが斗歩に向けて言う「死ね」は、文字通りの「死ね」じゃねぇ。あいつは、そんくらいのこと分かってるだろうし、文字通りじゃねぇ暴言くらい何とも思わない奴だ。数週間一緒に過ごしただけだったが、オレは斗歩の、見かけからは到底想像つかねぇ図太さを、嫌ってほど目の当たりにしてた。例えば、バイト先で酔っ払いに絡まれた時だって、あいつは怒った様子もビビった素振りも見せずに淡々と対応して、後ンなっても「あの人、ストレス溜まってんだろうな」なんてケロリと言う。三年生のバカ女どもが「陰キャ」だの「表情筋死にすぎ」だの騒いでたの聞いて悔しくなかったのかって聞いても「よく言われるし、気になんないな」くらいの反応だ。もう、図太い通り越して鈍い。一見、繊細そうに見えんのが詐欺に思えるレベルだ。
オレは目ぇつぶって、このジャージクソモブ女への苛立ちを鎮めた。
「とにかく、斗歩とはてめぇが思ってるようなモンじゃねぇ」
「え!? 『斗歩』! 『斗歩』って言った? 今! ヤバ! 下の名前呼び捨てとか、萌えるわ!」
ジャージ女が高い声出した。片手で口抑えて、目にわけ分かんねぇ期待光らせて。どこまでも他人の話聞かねぇクソ女だな……。
「あ! おはよ、澤上!」
ジャージ女が突然教室入口に向かって声張った。ドッと胸が打ち、体に緊張が走った。
あ、おはよ、って低くて素っ気ない感じの声が聞こえたが、オレは顔上げねぇままでいた。すると、近づいてきた斗歩の気配がオレの机の横で止まった。
「高橋」
「あ?」
仕方なく睨み上げたら、三日月形に細まった目と視線が重なった。
「おはよう」
低い、大事な何かを囁くみてぇなイケボだった。斗歩は目元ゆるめたまんま、返事も待たずに自分の席へ歩いてっちまった。
オレが奴の背中ぼんやり見てっと、ジャージ女が「ちょっと!」と抑えた声に興奮滲ませて言ってきた。
「ねぇ! 今の! ヤバッ! なにあの笑顔! 澤上、あんな顔すんの!? あたしに挨拶した時は、すっごい冷たい目ぇしてたのに!」
「てめぇ、自分に対する斗歩の態度は気になんねぇんだな……」
どういうメンタルしてやがんだ、この女。
「いや、あたしはどうでもいいじゃん。付き合ってんのは、あんたらなんだから」
「付き合ってねぇ」
「え? なんで? キスした上に毎日家行ってんのに?」
オレは顔俯けて頭掻きむしった。なんなんだよ、マジで。
「別に何にもしてねぇんだよ。ただ菓子食ったり、喋ったり、映画観たり、たまに飯食ったり、そんくらいだ」
「でも、下心はあんでしょ?」
ジャージ女がニッと口角上げて言ったの聞いて、ヒュッて胸ん中何かが掠め通ったような感覚ンなった。
ねぇよ。反射的にそう返してたが、実際、どうかは分かんなかった。家に行くようんなってからは、あんまり斗歩のガードが弱くてムカついて、次には斗歩が一人で落ち込まねぇようにって余計なお世話考えた。そんで、結構すぐに、斗歩ん家行くのが当たり前んなって、ほとんど意識しなくなってた。
「一緒にいんのが……楽な奴なんだよ。変に気ぃ使う必要ねぇし、向こうが気ぃ使ってる感じもねぇし、いちいちめんどくさくねぇし。てめぇと違って」
最後のフレーズを強調して言ってやったが、ジャージ女はこっちの意図を一ミリも汲まず、目ぇ爛々とさせ、両手で口抑えた。
「やだ! 何それ! 一番自分らしくいられる相手みたいな? ヤバッ」
どうして何でもかんでもそういう方向に持ってけるんだよ。一度深呼吸して胸のさざ波抑えると、机へ頬杖ついた。
「とりあえず、あんま詮索すんじゃねぇ。オレらは……そういうんじゃねぇんだよ、たぶん」
妙な間があった。そんで、また口開いた時、ジャージ女の声に、もう浮き立った雰囲気はなかった。
「あんた、本気で澤上がどう思ってるか、分かんないんだ」
はぁ、と息つく気配がした。
「なら、聞いてみなよ。いっつも一緒にいるんでしょ」
さっきまでと全然違う静かな声が、けど、オレの腹にはズンときた。
考えたことは、あった。喉元まで、声が上ったことも、あった。でも、聞けなかった。口から言葉が出そうになった途端に、昔のことが――あの時の斗歩の姿が脳裏過って、ブレーキかかっちまった。その次には、斗歩の声が耳の底に響いてきた。
『お前、アレ……小六ン時のアレ、見たから、ああいうことすんのか? オレにはああいうことして、いいと思ってんのか?』
違う。全然、違う。けど、オレらの関係について切り出したら、また斗歩にああいうこと言わせちまうんじゃねぇかって、思った。あいつの口から、またああいうこと聞くのが、怖かった。
けど、このままずっと、何だか分からねぇまま同じようなこと続けんのも、違う気がした。
「考えとく」
オレが言うと、ジャージ女は「そう」つって、意外にもあっさり離れてった。
「死ね!!」
オレが目ぇひん剥いて一喝すると、ジャージ女はビクッと体強ばらせた。
うどん屋行った数日後の金曜日。教室入って席に座った途端、ジャージ女がやって来て地獄の質問攻めが始まった。オレが「うるせぇ」とか「黙れ」とか言っても、この女は全く構わずまくし立ててきて、いよいよ我慢できなくなって出てきたのが、凄めた声での「死ね」だった。心からの「死ね」だ。
ジャージ女はでっかく見開いた目をすぐゆるめ、ヘラヘラ笑って返してくる。
「ちょっとぉ、女子に向かって『死ね』ってなくない? せめて『うるせぇ』とか『黙れ』とかでしょ? あんま死ね死ね言ってると、澤上に嫌われちゃうよぉ」
「最初は『うるせぇ』とか『黙れ』とか言ってただろ。てめぇが聞いてねぇだけだ」
そう返して、顔背けた。
「だいたい、てめぇにゃ関係ねぇんだよ」
それに、斗歩は「死ね」なんて、ただの暴言、気にしねぇ。心ん中で言ってやった。オレが斗歩に向けて言う「死ね」は、文字通りの「死ね」じゃねぇ。あいつは、そんくらいのこと分かってるだろうし、文字通りじゃねぇ暴言くらい何とも思わない奴だ。数週間一緒に過ごしただけだったが、オレは斗歩の、見かけからは到底想像つかねぇ図太さを、嫌ってほど目の当たりにしてた。例えば、バイト先で酔っ払いに絡まれた時だって、あいつは怒った様子もビビった素振りも見せずに淡々と対応して、後ンなっても「あの人、ストレス溜まってんだろうな」なんてケロリと言う。三年生のバカ女どもが「陰キャ」だの「表情筋死にすぎ」だの騒いでたの聞いて悔しくなかったのかって聞いても「よく言われるし、気になんないな」くらいの反応だ。もう、図太い通り越して鈍い。一見、繊細そうに見えんのが詐欺に思えるレベルだ。
オレは目ぇつぶって、このジャージクソモブ女への苛立ちを鎮めた。
「とにかく、斗歩とはてめぇが思ってるようなモンじゃねぇ」
「え!? 『斗歩』! 『斗歩』って言った? 今! ヤバ! 下の名前呼び捨てとか、萌えるわ!」
ジャージ女が高い声出した。片手で口抑えて、目にわけ分かんねぇ期待光らせて。どこまでも他人の話聞かねぇクソ女だな……。
「あ! おはよ、澤上!」
ジャージ女が突然教室入口に向かって声張った。ドッと胸が打ち、体に緊張が走った。
あ、おはよ、って低くて素っ気ない感じの声が聞こえたが、オレは顔上げねぇままでいた。すると、近づいてきた斗歩の気配がオレの机の横で止まった。
「高橋」
「あ?」
仕方なく睨み上げたら、三日月形に細まった目と視線が重なった。
「おはよう」
低い、大事な何かを囁くみてぇなイケボだった。斗歩は目元ゆるめたまんま、返事も待たずに自分の席へ歩いてっちまった。
オレが奴の背中ぼんやり見てっと、ジャージ女が「ちょっと!」と抑えた声に興奮滲ませて言ってきた。
「ねぇ! 今の! ヤバッ! なにあの笑顔! 澤上、あんな顔すんの!? あたしに挨拶した時は、すっごい冷たい目ぇしてたのに!」
「てめぇ、自分に対する斗歩の態度は気になんねぇんだな……」
どういうメンタルしてやがんだ、この女。
「いや、あたしはどうでもいいじゃん。付き合ってんのは、あんたらなんだから」
「付き合ってねぇ」
「え? なんで? キスした上に毎日家行ってんのに?」
オレは顔俯けて頭掻きむしった。なんなんだよ、マジで。
「別に何にもしてねぇんだよ。ただ菓子食ったり、喋ったり、映画観たり、たまに飯食ったり、そんくらいだ」
「でも、下心はあんでしょ?」
ジャージ女がニッと口角上げて言ったの聞いて、ヒュッて胸ん中何かが掠め通ったような感覚ンなった。
ねぇよ。反射的にそう返してたが、実際、どうかは分かんなかった。家に行くようんなってからは、あんまり斗歩のガードが弱くてムカついて、次には斗歩が一人で落ち込まねぇようにって余計なお世話考えた。そんで、結構すぐに、斗歩ん家行くのが当たり前んなって、ほとんど意識しなくなってた。
「一緒にいんのが……楽な奴なんだよ。変に気ぃ使う必要ねぇし、向こうが気ぃ使ってる感じもねぇし、いちいちめんどくさくねぇし。てめぇと違って」
最後のフレーズを強調して言ってやったが、ジャージ女はこっちの意図を一ミリも汲まず、目ぇ爛々とさせ、両手で口抑えた。
「やだ! 何それ! 一番自分らしくいられる相手みたいな? ヤバッ」
どうして何でもかんでもそういう方向に持ってけるんだよ。一度深呼吸して胸のさざ波抑えると、机へ頬杖ついた。
「とりあえず、あんま詮索すんじゃねぇ。オレらは……そういうんじゃねぇんだよ、たぶん」
妙な間があった。そんで、また口開いた時、ジャージ女の声に、もう浮き立った雰囲気はなかった。
「あんた、本気で澤上がどう思ってるか、分かんないんだ」
はぁ、と息つく気配がした。
「なら、聞いてみなよ。いっつも一緒にいるんでしょ」
さっきまでと全然違う静かな声が、けど、オレの腹にはズンときた。
考えたことは、あった。喉元まで、声が上ったことも、あった。でも、聞けなかった。口から言葉が出そうになった途端に、昔のことが――あの時の斗歩の姿が脳裏過って、ブレーキかかっちまった。その次には、斗歩の声が耳の底に響いてきた。
『お前、アレ……小六ン時のアレ、見たから、ああいうことすんのか? オレにはああいうことして、いいと思ってんのか?』
違う。全然、違う。けど、オレらの関係について切り出したら、また斗歩にああいうこと言わせちまうんじゃねぇかって、思った。あいつの口から、またああいうこと聞くのが、怖かった。
けど、このままずっと、何だか分からねぇまま同じようなこと続けんのも、違う気がした。
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オレが言うと、ジャージ女は「そう」つって、意外にもあっさり離れてった。
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