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抵抗
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「奴隷売買は、他国ではとっくに禁止されている。復活させるなどもってのほかだ」
「でも、この国の貴重な収入源ですのよ? 皆やっていることですわ」
「その金は国庫には入らず貴族の元で溶かされてしまうのだから意味はない。領地の返還に関しても、ソーンフィールド家は長年にわたって違法行為をなしつづけてきたのだから当然の措置だ」
するとデリラはふんと鼻で笑った。
「それなら、このヘンリエッタはうちにお返しいただきますわ。肉親の情もない者に、可愛い娘はやれませんもの……。それにヘンリエッタは、由緒正しいソーンフィールド家の娘。今後しかるべき令息へと嫁がせる予定だったんですのよ。当然、責任はとってもらえますわね……?」
その言葉に、ヘンリエッタはぐっと唇をかんだ。デリラの言っていることは全部嘘だ。イライアスを困らせるためだけに、ヘンリエッタをさも可愛がり、きちんと扱ってきた娘だということをアピールをしているのだ。
(私をだしに、宰相様をいいなりにしようとしているんだ……けど、この人は私を愛人にしているわけじゃない。お情けで置いてくれてるだけ、なのに)
彼はただ善意でヘンリエッタを助けてくれただけなのだ。だから、そんな脅しが効くはずもない。
(私、ソーンフィールド家に帰されちゃうのかな……)
そう思うと、胸の内がすっと冷たくなる。しかしヘンリエッタははっと気が付いた。
今のヘンリエッタには、前にはなかったものがある。イライアスの紹介状だ。これさえあれば。
(帰されたって関係ない……何が何でも逃げれば、こっちのものだ)
ヘンリエッタはぐっと拳を握りしめた。以前は身体に沸くことのなかった力が沸く。途方に暮れていたヘンリエッタに、立ち上がる力をくれたのはイライアスだ。彼にとっては小さな親切だったのかもしれないが、ヘンリエッタにとってあの紹介状は大きな救いだった。
そんな恩人に、デリラが下世話な濡れ衣を着せようとしているのは許せなかった。返されたのちに逃げるにしても、彼に迷惑だけはかけなくない。
ヘンリエッタは彼女に向かって言った。
「違います。イライアス様は、ただ私を使用人としてお雇いになっただけです。後ろ指をさされるような事は一切……」
しかしデリラは目を向いて一喝した。
「おだまり! あんたに話しちゃいないよ」
そしてふふんとせせら笑ってイライアスに向き直った。その真っ赤な唇は、相手を陥れる喜びに歪んだ、毒々しい笑みを浮かべていた。
「本当のところなんて、どうでもいいのよ。さすがの宰相様も――せっかく手にいれたその地位、失いたくありませんわよねぇ? 何人も、何人も殺して――お身内を裏切ってまで手にしたもの、ですものねぇ」
デリラに事実など言っても無駄だ。ヘンリエッタは唇をかんだ。
それでも、ヘンリエッタは以前のように従うわけにはいかなかった。
イライアスにもらった恩をあだで返すような真似だけは、したくない。
それに――イライアスがヘンリエッタに手を出したと真っこうから決めつけているのにも、腹が立った。
「違います! 宰相様は、そんな人ではありません! 私の境遇を憐れんで、助けてくださったのです。紹介状だって書いていただきました。イライアス様は……!」
その言葉に、デリラもバートも、そしてニックの目も、剣呑に光る。
「はん! すっかりのぼせ上って……バカな小娘だよ。いくらぴぃぴぃ喚こうと、あんたが私達のものっていう事は変わらないんだからね」
バートがヘンリエッタへと手を伸ばす。
「帰るぞ、ヘンリエッタ。宰相様の代わりに、これからは俺が可愛がってやるよ」
しかしイライアスはバートの手を遮って、淡々と言った。
「何か勘違いされているようだが、彼女はもう、ソーンフィールド家の娘ではない」
デリラもバートも、目を見開く。
「何を言っているの?」
イライアスは懐から書状を取り出した。
「彼女はもう、あなた方の娘ではない。もともと姓が違ううえ、ソーンフィールド家の籍を抜け、陛下の名のもとに保護を受けている」
デリラが色を失う。
「な……! そんな事が、私達の了承もなくできるわけが……!」
ややうんざりしたようにイライアスが説明した。
「あなたは先ほど、奴隷売買禁止法を撤廃しろとおっしゃりながら、その内容も理解されていなかったのか」
デリラが助けを求めるようにバートとニックを見たが、彼らもお手上げという目をしていた。
「肉親、または保護者による虐待が認められる子女は、その保護者に属する籍と監督権をはく奪し、強制的に国の保護のもとに置く措置をとれる。まぁこれは貴族の令嬢などではなく、奴隷として売り飛ばされる子供たちを守るために作ったものだったのだが」
「な……なんですって! そ、そんなの……詐欺よ! それに私達は虐待なんて……!」
「でも、この国の貴重な収入源ですのよ? 皆やっていることですわ」
「その金は国庫には入らず貴族の元で溶かされてしまうのだから意味はない。領地の返還に関しても、ソーンフィールド家は長年にわたって違法行為をなしつづけてきたのだから当然の措置だ」
するとデリラはふんと鼻で笑った。
「それなら、このヘンリエッタはうちにお返しいただきますわ。肉親の情もない者に、可愛い娘はやれませんもの……。それにヘンリエッタは、由緒正しいソーンフィールド家の娘。今後しかるべき令息へと嫁がせる予定だったんですのよ。当然、責任はとってもらえますわね……?」
その言葉に、ヘンリエッタはぐっと唇をかんだ。デリラの言っていることは全部嘘だ。イライアスを困らせるためだけに、ヘンリエッタをさも可愛がり、きちんと扱ってきた娘だということをアピールをしているのだ。
(私をだしに、宰相様をいいなりにしようとしているんだ……けど、この人は私を愛人にしているわけじゃない。お情けで置いてくれてるだけ、なのに)
彼はただ善意でヘンリエッタを助けてくれただけなのだ。だから、そんな脅しが効くはずもない。
(私、ソーンフィールド家に帰されちゃうのかな……)
そう思うと、胸の内がすっと冷たくなる。しかしヘンリエッタははっと気が付いた。
今のヘンリエッタには、前にはなかったものがある。イライアスの紹介状だ。これさえあれば。
(帰されたって関係ない……何が何でも逃げれば、こっちのものだ)
ヘンリエッタはぐっと拳を握りしめた。以前は身体に沸くことのなかった力が沸く。途方に暮れていたヘンリエッタに、立ち上がる力をくれたのはイライアスだ。彼にとっては小さな親切だったのかもしれないが、ヘンリエッタにとってあの紹介状は大きな救いだった。
そんな恩人に、デリラが下世話な濡れ衣を着せようとしているのは許せなかった。返されたのちに逃げるにしても、彼に迷惑だけはかけなくない。
ヘンリエッタは彼女に向かって言った。
「違います。イライアス様は、ただ私を使用人としてお雇いになっただけです。後ろ指をさされるような事は一切……」
しかしデリラは目を向いて一喝した。
「おだまり! あんたに話しちゃいないよ」
そしてふふんとせせら笑ってイライアスに向き直った。その真っ赤な唇は、相手を陥れる喜びに歪んだ、毒々しい笑みを浮かべていた。
「本当のところなんて、どうでもいいのよ。さすがの宰相様も――せっかく手にいれたその地位、失いたくありませんわよねぇ? 何人も、何人も殺して――お身内を裏切ってまで手にしたもの、ですものねぇ」
デリラに事実など言っても無駄だ。ヘンリエッタは唇をかんだ。
それでも、ヘンリエッタは以前のように従うわけにはいかなかった。
イライアスにもらった恩をあだで返すような真似だけは、したくない。
それに――イライアスがヘンリエッタに手を出したと真っこうから決めつけているのにも、腹が立った。
「違います! 宰相様は、そんな人ではありません! 私の境遇を憐れんで、助けてくださったのです。紹介状だって書いていただきました。イライアス様は……!」
その言葉に、デリラもバートも、そしてニックの目も、剣呑に光る。
「はん! すっかりのぼせ上って……バカな小娘だよ。いくらぴぃぴぃ喚こうと、あんたが私達のものっていう事は変わらないんだからね」
バートがヘンリエッタへと手を伸ばす。
「帰るぞ、ヘンリエッタ。宰相様の代わりに、これからは俺が可愛がってやるよ」
しかしイライアスはバートの手を遮って、淡々と言った。
「何か勘違いされているようだが、彼女はもう、ソーンフィールド家の娘ではない」
デリラもバートも、目を見開く。
「何を言っているの?」
イライアスは懐から書状を取り出した。
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