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宰相様はご機嫌ななめ
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鋭くそう尋ねる彼女に、ヘイデンは笑顔のまま言った。
「いやいや、すまない。少し彼女と話しをしたかったんだ。では、外まで送ってくれるかい?」
レイズは固い表情のまま、ヘイデンを外へと誘導した。門の入り口には、ヘイデンの従者が立っている。こちらに気をとられて、ヘイデンの侵入をまんまと許してしまった。もっとしっかりせねば――と反省するレイズに、ヘイデンは気楽な調子で話しかけた。
「君と会うのも久しぶりだね。今は彼女のそばにいるのかい?」
「……お答えしかねます」
「固いねぇ。あいつに似てるなぁ。そうそう、ヘンリエッタはいったいどこの娘なんだい? 愛人にしては、不思議な雰囲気の娘だが」
「私は存じません。それよりヘイワース様、本当は何が目的でこちらへ?」
鋭く見上げるレイズに、ヘイデンはゆらりと笑う。先ほどのきれいな笑みではなく、少し小ずるい笑みだった。
「別に、取って食おうというんじゃないさ。ただ、権力者の愛人とは近づきになっていた方が――後々便宜を図ってもらえたりするものさ。そんな歴史はいくらでもある」
「ヘンリエッタさんは、そんなお方では」
「ただの他人を、あのイライアスがこの屋敷に住まわせるのかな? ご丁寧に君までつけて。まぁ、愛人にしては質素すぎるが。あいつは無骨だからな。女になにをあげたらいいかもわからないんだろうな」
忠告するように、ヘイデンはつぶやいた。
「君も今の内に、愛人サマと仲良くなっておいたほうが身のためだぞ。後々いい思いができたり、命拾いしたりするからね」
「ですから、ヘンリエッタさんは……」
ヘイデンは首を振った。
「わかっていないね。彼女は曲がりなりにも、この国の権力者の愛人なのだよ。今はそうでなくとも、これからは変わっていくよ。どんな女も……いや男でも、権力を目の前にすればそうなるものだ」
そしてヘイデンは、レイズに向き直っていった。
「あと――例のご令嬢には気を付けた方がいい。君も知っているとは思うが」
ふっと笑みを残して、ヘイデンは従者と共に白樺の木立の向こうへ消えた。
その日の夜。テーブルの上の頂きものの箱を目のまえにして、ヘンリエッタは困っていた。
バラ色の包装紙と金色のリボンに包まれた大きな箱の中には、豪奢な深紅のドレスが入っていた。肩だしで、たっぷりと布が使ってある。いささか露出度が高いが、一見して仕立ての良いものとわかる絹のそのドレスを、しかしヘンリエッタは箱にしまった。
(こんなすごいもの、もらうわけにはいかないわ)
ヘイデンと名乗ったあの男の人は、人違いをしていたのかもしれない。たかが使用人が着れるようなドレスではないからだ。それに、先ほどからレイズもずっとピリピリしている。神経を張り詰めらせて外に見張りに立っていて、とてもではないが男の人の詳細を尋ねられるような雰囲気ではなかった。
「はぁ……」
ヘンリエッタがため息をついたその時。ドアの開く音がした。ぱっとそちらを向いたヘンリエッタは、慌てて頭を下げた。
「宰相様……! お帰りなさいませ」
彼はヘンリエッタをちら、と見た後、テーブルの上の箱にすぐに気が付いた。
「やはり奴が来たのか」
いつもより鋭い目で聴く彼に、ヘンリエッタは正直にうなずいた。
「は、はい」
「何を言われた」
「大した事は――。宰相様の親友だと、おっしゃっていましたが」
その言葉を聞いて、彼は露骨に顔をしかめた。そして無言で箱を開けた。
「なるほど、あいつの考えそうな事だ」
ヘンリエッタはおそるおそる言った。
「あの、それはヘイデン様に、お返しになったほうが」
すると彼は、例の射貫くような目でヘンリエッタを見た。
「ヘイデン……様?」
なぜかそう聞かれて、困惑する。
「え……っ、あの、でも、そう名乗っておられましたので……」
名前を間違ってしまっただろうか。しかしたしかに男性は、ヘイデンと名乗っていた。
ヘンリエッタがまごまごしていると、ふと気が付いたように彼は言った。
「そういえば……お前は、私の名を知っているか」
「いやいや、すまない。少し彼女と話しをしたかったんだ。では、外まで送ってくれるかい?」
レイズは固い表情のまま、ヘイデンを外へと誘導した。門の入り口には、ヘイデンの従者が立っている。こちらに気をとられて、ヘイデンの侵入をまんまと許してしまった。もっとしっかりせねば――と反省するレイズに、ヘイデンは気楽な調子で話しかけた。
「君と会うのも久しぶりだね。今は彼女のそばにいるのかい?」
「……お答えしかねます」
「固いねぇ。あいつに似てるなぁ。そうそう、ヘンリエッタはいったいどこの娘なんだい? 愛人にしては、不思議な雰囲気の娘だが」
「私は存じません。それよりヘイワース様、本当は何が目的でこちらへ?」
鋭く見上げるレイズに、ヘイデンはゆらりと笑う。先ほどのきれいな笑みではなく、少し小ずるい笑みだった。
「別に、取って食おうというんじゃないさ。ただ、権力者の愛人とは近づきになっていた方が――後々便宜を図ってもらえたりするものさ。そんな歴史はいくらでもある」
「ヘンリエッタさんは、そんなお方では」
「ただの他人を、あのイライアスがこの屋敷に住まわせるのかな? ご丁寧に君までつけて。まぁ、愛人にしては質素すぎるが。あいつは無骨だからな。女になにをあげたらいいかもわからないんだろうな」
忠告するように、ヘイデンはつぶやいた。
「君も今の内に、愛人サマと仲良くなっておいたほうが身のためだぞ。後々いい思いができたり、命拾いしたりするからね」
「ですから、ヘンリエッタさんは……」
ヘイデンは首を振った。
「わかっていないね。彼女は曲がりなりにも、この国の権力者の愛人なのだよ。今はそうでなくとも、これからは変わっていくよ。どんな女も……いや男でも、権力を目の前にすればそうなるものだ」
そしてヘイデンは、レイズに向き直っていった。
「あと――例のご令嬢には気を付けた方がいい。君も知っているとは思うが」
ふっと笑みを残して、ヘイデンは従者と共に白樺の木立の向こうへ消えた。
その日の夜。テーブルの上の頂きものの箱を目のまえにして、ヘンリエッタは困っていた。
バラ色の包装紙と金色のリボンに包まれた大きな箱の中には、豪奢な深紅のドレスが入っていた。肩だしで、たっぷりと布が使ってある。いささか露出度が高いが、一見して仕立ての良いものとわかる絹のそのドレスを、しかしヘンリエッタは箱にしまった。
(こんなすごいもの、もらうわけにはいかないわ)
ヘイデンと名乗ったあの男の人は、人違いをしていたのかもしれない。たかが使用人が着れるようなドレスではないからだ。それに、先ほどからレイズもずっとピリピリしている。神経を張り詰めらせて外に見張りに立っていて、とてもではないが男の人の詳細を尋ねられるような雰囲気ではなかった。
「はぁ……」
ヘンリエッタがため息をついたその時。ドアの開く音がした。ぱっとそちらを向いたヘンリエッタは、慌てて頭を下げた。
「宰相様……! お帰りなさいませ」
彼はヘンリエッタをちら、と見た後、テーブルの上の箱にすぐに気が付いた。
「やはり奴が来たのか」
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「は、はい」
「何を言われた」
「大した事は――。宰相様の親友だと、おっしゃっていましたが」
その言葉を聞いて、彼は露骨に顔をしかめた。そして無言で箱を開けた。
「なるほど、あいつの考えそうな事だ」
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「あの、それはヘイデン様に、お返しになったほうが」
すると彼は、例の射貫くような目でヘンリエッタを見た。
「ヘイデン……様?」
なぜかそう聞かれて、困惑する。
「え……っ、あの、でも、そう名乗っておられましたので……」
名前を間違ってしまっただろうか。しかしたしかに男性は、ヘイデンと名乗っていた。
ヘンリエッタがまごまごしていると、ふと気が付いたように彼は言った。
「そういえば……お前は、私の名を知っているか」
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