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愛人などではない

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「ヘイデン。何か用か」
 バーンズは心もち首を傾けて、入ってきた男を斜に見た。
 彼、ヘイデン・ヘイワーズは同郷の男であった。兵を率いて、リ・シエロから共にやってきた仲間の一人であり、そして、竹馬の友でもあった。
「イライアス、そう睨むなよ。ちょっと小耳にはさんだんだが――」
 彼の目が抜け目なく光る。その表情に、バーンズは警戒を強めた。
 長い付き合いからこそ知っている。ヘイデンの本性は、忠犬ではなく蝙蝠だ。完全に信頼できる類の男ではない。
 バーンズの警戒心を知ってか知らずか、ヘイデンは人を食った表情で言った。
「最近宰相様に、色事の気があり――ってな」
「何の話だ」
 するとヘイデンはからかうように言った。
「とぼけるなよ。この都に女を囲うなんて――イライアスもやるようになったじゃないか。昔はなんでも、俺のあとについてきてたっていうのに」
「そんな覚えはないが」
「だからとぼけるな。全部割れてるんだよ。俺なんて聞きたくなくてもお前の噂が耳に入ってくる。城に大量に放たれた貴族どものスパイによってな」
「それは申し訳ない」
 口先だけの謝罪をするバーンズを無視して、ヘイデンはソファの上に置かれたかごに気が付いた。
 バーンズは思わず、舌打ちしたい気分になった。
「お、おおお? おやおや? これはもしかして、猫?」
 ヘイデンがにやにやとバーンズを見る。弱点を見つけて心から嬉しそうだ。
「ちょっと痩せてるが――可愛い白い子猫ちゃん。手土産にはぴったりですな。いやぁ、これはこれは……」
 ヘイデンは軽々とかごをあけて子猫を取り出して、戯れに腕に抱く。
「なんとまぁ……さぞかし可愛らしい愛人なんでしょうなぁ」
 その言葉に、バーンズは耳を疑った。
「なんて?」
「だから、愛人だよ。いやぁ気になるなぁ、いったいどんな女なのか……いてっ!」
 その時、おびえた猫がヘイデンをひっかいた。
 いい気味だ、と思いながらバーンズは子猫を取り返し、再びかごに戻した。
「言っておくが、ヘイデンが想像しているような事は一切ない。噂もガセだ」
「え? でも、白樺の屋敷に女をかこってるって」
 バーンズの眉間に深い皺が寄る。レイズの護衛をかいくぐって、屋敷の中を観察した者がいるということか。
「――人を預かってはいるが、断じてそういったものではない」
「ふうーん? でも初めてだよな、イライアスが身内以外で、そういうことをするのって……」
「成り行き上、仕方なかっただけだ」
「へぇ。ならその子、俺に紹介してよ」
「しない」
「なんでさ?」
「紹介する必要がないからだ」
 するとヘイデンは肩をすくめた。
「はー。ほんと変わったな、イライアス。俺は別に、あんたが何人女を囲おうが気にしないけどさ」
 すたすたと部屋を出ていく直前、ヘイデンは振り返ってにっとわらった。わずかに毒を含んだ笑み。
「あれは黙っていないんじゃない?」
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